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ラサルハグェと祈る人




ジゼルは、ほとんどの時間を天秤宮と呼ばれる、かつて妹たちが過ごしていた宮にいた。

ジゼルが使っていた処女宮は、寂しすぎる場所だったし、オレールが執務を行い生活している獅子宮から遠すぎたのだ。

必要な時に、出向き、弟の話を聞く。

それ以外の時間は、自由に過ごす。

ジゼルにとっては、とても退屈な時間だったが、祈りを捧げている時も同じだったので、さして困ってはいなかった。

アンヌ=マリーは変わらず、ジゼルの傍にいる。一方で、相変わらず、ジゼルの傍には、獣の耳を持つものたちはいない。




「姉上」




ジゼルは、庭で静かに花を摘んでいた。天秤宮の庭は、年若い王女たちが住んでいただけあり、美しい花が多かった。




「姉上、」




ジゼルは、摘んだ花の束を、近くに控えていたアンヌ=マリーに手渡す。アンヌ=マリーはひどく、戸惑った顔をしていた。




「アンヌ=マリー?」

「……守り人様」




呼ばれている。


そこで、初めてジゼルは気づいた。その声が、まだ声変わりする前特有の天使の柔らかさを持ったものだと認識して、すぐに振り返った。




「ごめんなさい、オレール。気づかなかったわ。」

「いいえ、姉上。いいのです。」




オレールは、少し傷ついていることを隠すような微笑みを浮かべた。

自分の名前にも、姉という呼びかけにも、ジゼルはなかなか慣れなかった。それは、誰のせいでもないのに、オレールは責任を感じているようにすら見えた。




「何か、用事かしら?呼んでくれれば、出向くのに。」

「違うんです。姉上に、見せたいものがあって。」

「見せたいもの?」




繋がれた手は、幼いだけじゃなかった。少し、かさついた手は、ジゼルのそれより強い。




「あ、お待ちください!陛下!」




花を持ったまま、追いかけようとして、すぐにアンヌ=マリーは思い直したように、花を隣にいたクロエに渡した。

花弁がいくつか舞ったのが見えた。

獅子宮でも、かつてジゼルがいた処女宮でもない場所は、人馬宮と呼ばれる場所のようだった。

使用人たちの多くがここで生活をしているようで、賑やかで、人の気配が多い。

そこから外れた広い土地に連れてこられて、ジゼルは戸惑った。




「エマニュエル!」




そうオレールが呼びかけると、静かに傍に控えていた銀の狼が、指笛を吹いた。

ピューという大きな音とともに、翼の音が聞こえた。

風が舞うと、ジゼルの袖についていた花弁が舞った。




「陛下、それ以上は、近づかないように。」

「分かっている!姉上!この黒竜は、ここにいるエマニュエルの竜で……」

「覚えています。私を迎えに来てくれたわ。」

「はい!エマニュエルは、私の近衛です。とても優秀で、黒竜と契っている竜騎士なのです。」




竜騎士という存在を、ジゼルは知っていたが、こうして目にすることは初めてだった。竜と心を通わせなければならない竜騎士の多くは獣人だと聞いていた。




「もし、よろしければお乗りになりますか?」

「……え?危ないのだろう?」

「ラサルは、大人しい性格ですから。」

「お前、いつも、僕のことは乗せないくせに!」

「姫、手を」




エマニュエルの赤い瞳に見つめられると、なぜか、姫という呼びかけが自分に馴染んでいく気がする。

黒竜は、エマニュエルが近づくと、乗りやすいように首を下げた。それでも、体高はジゼルの背丈よりもずっと高い。

大きな竜の背に飛び乗ったエマニュエルの強い手で引き上げられる。




「つかまっていてください。」




その声と共に、エマニュエルに後ろから抱きしめられる。そのことに気を払えないほど、勢いよくラサルが飛び立った。

悲鳴は出なかったけれど、体はこわばった。それに気づいてエマニュエルはフッと笑う。その吐息が耳の後ろに当たって、くすぐったさを感じた。




「まあ、すごい」




目を開くと、世界が見えた。オレールは小さすぎて、もう見えなかった。




「どこか見てみたいものは、ありますか?どこでもお連れできますよ。」

「……この子は、賢い子なのですね。」

「ああ、ラサルは俺の大切なパートナーです。賢いが、初めてあった人を、乗せてはくれない。」

「……でも、」

「あなたは、特別なようです。きっと、穢れない人だから、ラサルハグェも乗せてくれた。」

「ラサルハグェ……」

「この子の真名です。あなたには、教えてもいいと。」




穢れない人


ジゼルは確かに、そうなのかもしれない。俗世に汚されないように、神殿が心を配り続けていたのだから。でも、俗世に汚されなくとも、心は容易に穢れていく。

人は、そういうものだ。




「ラサルハグェ、ありがとう。」

「どこか見てみたい場所はありますか?」

「もう少し、高くは飛べませんか?」

「……それは、慣れないと、難しいです。気圧の変化で気絶することもある。」

「そう」




ジゼルは、少しだけ残念に思った。もっと、高くから世界を見られたら、それで満足できると思っていたからだ。




「なぜ、ですか?」

「この国を、見てみたくて。ずっと、この国のために、陛下のために、国民のために祈ってまいりました。でも、私は、この国も国民も一度も見たことがなかった。私が祈り、守ってきたものを見てみたいと思ったのです。でも、これだけでも、十分。」

「人も獣人も平等に扱われる……美しい国です。あなたが祈りを捧げてきた国は。」

「でも」

「……でも?」

「でも、陛下は、無意味な人質と仰っていたわ。私は多くの守り人がそうであったように、祈りに、人生を捧げるつもりでいたけれど、守り人制度はきっと、陛下の仰る通りだったのね。」




悲しいことだけど




ジゼルはため息を漏らすように、つぶやいてしまった。体に回されていた腕が一瞬強くなった。




「そんなことはないです。あなたが祈り、守った炎が、この国を確かに照らしている。誰が何と言おうと、あなたはこの国の光です。」

「……優しいのね。あなたもラサルハグェも。」




少しの間、夕日を眺めて、ゆっくりと降下した。空を飛んでいる時は、興奮して気づいていなかったが、地面に降りると肌が粟立っていた。




「ジゼル様!こんなにお体を冷やして!」




責めるようなアンヌ=マリーの口ぶりに、ジゼルは小さく首を振った。

そして、振り返り、ラサルハグェの鼻面に手を近づける。ラサルハグェは自分からその手に鼻を寄せた。




「ジゼル様!!」

「ありがとう、ラサル。とても、楽しかったわ。」




そっと撫でてから離れる。弟は、驚愕したように見つめて、そして、ジゼルに小さく頷いた。

ジゼルはその頷きの意味が分からずに、首を傾げた。







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