リゲルの痕を探して
ジゼルは、ジスラン・ドゥニに手紙を書くことを決めた。それが、何を生むかは分からない。でも夫が、ほかの誰かを番に選んだ時、恋人がいたら、自分の矜持を守れる気がした。
夫と二羽になれないなら、ほかの誰かとなってしまえばいい。
そうすれば、占いは当たらない。
オレールは言っていた。占いは、その結果を自分で引き寄せているに過ぎない。
ジゼルはもしかしたら、イネスの占いという名の呪いにかかっていたのかもしれない。全てを見通すと信じた結果、その結果をジゼル自身が引き寄せたのかもしれない。
最後の占いが当たらないように、ジゼルは、ジスランを選ぶことに決めた。
「ジゼル様、ドゥニ伯にですか?」
「ええ。ほかに書く相手もいないもの。」
ジスランは、必ず承諾するだろう。ジゼルの周りで立て続けに不幸が起きているという噂を、ジスランはきっと知っている。
それでも、ジスランはジゼルを受け入れる。それは、ジスランが、占いを信じない類の人間だからでもある。
「ちゃんと、話し合うべきではないですか?」
「……誰と?」
「エマニュエル様です。話し合えば、分かるはずです。」
「聞こえていたでしょう?これ以上、縋ったところで、私は幸せにはなれない。」
「でも、これは、ジゼル様の望みとは違うのではないですか?ジゼル様は、エマニュエル様を選びたいのではないのですか?」
「……私が、選んでも、選ばれるわけではない。ずっと、そういうものだと思って生きてきたわ。でも、それを、エルにされることだけは、私、許せないの。」
ジゼルは、ペン先をインクにつけて、ジスランに向けて手紙を書き始めた。内容は、愛を乞うものだったが、ジゼル自身の望んでいることではない。
ジゼルが、望みを果たすために、ジスランが望む言葉を選んでいるに過ぎない。ジゼルは少し考えて、また文章を付け足す。
愛しています。
そんな言葉を使うのは嫌だったが、致し方ない。
ノックの音ともに、モーリスが入ってくる。モーリスも反対するのか、そう思って、顔を上げた。
無表情にモーリスはジゼルを見つめた。
「……奥様、よろしいですか。」
「なにかしら、私、忙しいのだけれど。」
「お手紙です。」
「……誰から?」
「神殿からです。」
ジゼルは、ペンを置いて、モーリスの手にある手紙を、受け取った。
神殿の象徴である神の炎が、描かれた封筒を、初めてジゼルは見た。
開けて、目を通して、ジゼルは自分の間違いに気づく。
籠の中に一羽だけいる片翼の蝶
籠は、リシュリュー邸ではない。ジゼルは、その籠を以前から知っていたのに、愚かにも忘れてしまっていた。
「占いは、よく当たるものね。忌々しいわ。」
ジゼルは、書きかけの手紙を、机の上に置いたまま立ち上がった。机についた右手の鎖がサラサラと音を立てた。




