ポルックスのように
「姉上……」
ジゼルは、オレールの静かな呼びかけにハッとして、顔を上げた。
今は、オレールと二人で夕食をとっていた。家族との食事の記憶は一度もなかったジゼルには、これが、家族との食事という最初の記憶になる。
「ごめんなさい、オレール」
ジゼルが、ナイフとフォークを置いて、シャンパングラスに手を伸ばすと、手首の金属の鎖がサラサラと音を立てた。
ジゼルは、ギー・アゼマに祝福を与えてから、ずっと、この鎖を身に着けていた。そうすることで、神殿にいたころの自分に近づけると信じたからだ。
諦めることを覚え、感情を揺らすことのない自分に戻れると信じた。
「姉上の体調が優れないと、最近、耳にしました。」
「……そんなことはないの。ただ、頭痛がして。昔からのことだから、気にしていないのよ。」
「御典医をリシュリュー邸に、遣わしましょう。」
「いいえ、いいの。イネスがいるから、最近はましになっているわ。」
ジゼルは、少しシャンパンを口にして、すぐにやめた。
「イネス……あの魔女ですか?」
「ええ」
「あれは、信用できるのですか?姉上のお体を任せていいのでしょうか。」
「あの子の腕は確かだわ。占いもよく当たるし、薬もよく効く。」
ジゼルの発言に、オレールは、眉をひそめた。それは、少し嘲りが混ざっているように見える。
「占いなんて、信じない?」
「……占いなど、適当なことを言っているだけです。」
「占いは、未来の一つの可能性を言っているに過ぎない。でも、イネスのそれは、未来を見通しているかのように、ぴたりと当たるの。」
「そんなの、占いに、縛られているだけです。当たっていると思って、その結果を引き寄せてしまっているだけだ。占いなんて、ろくなものじゃない。」
「そうかもしれないわね。」
ふと視界に入ったオレールの皿の上に、ニンジンがよけられているのを見て、ジゼルは微笑んだ。
「姉上の口に入るものを、その魔女に作らせるのは賛成できません。」
「そのニンジンは、魔女の作ったものじゃないわよ?」
ジゼルが笑うと、オレールは顔を真っ赤にした。
「イネスは、もともとイヴォンヌ・フォンテーヌが拾った娘よ。あの子が私を害せば、フォンテーヌ家も責を問われる。オレールには、願ったり叶ったりではない?」
「姉上!たとえそうだとしても、姉上の体が害されるようなこと、私は決して望みません。」
「フォンテーヌ家は、確かに、婚姻を結ぶには難しい家だわ。あなたの後ろ盾には十分だけれど、強すぎる。」
母の父、すなわち祖父である宰相さえも嫌ったオレールが、黙って婚姻を結ぶとは思えない。
「でも、私、イヴォンヌはとてもいい子だと思うわ。」
「いい子?ですか?」
「ええ。」
「いい子というだけでは、王妃は務まりません。」
「しっかりものね、オレールは。でも、違うわ。イヴォンヌは、あなたにとって相性のいい子だと思うわ。」
それは、獣人で言う、運命の番だ。自分とよく似ていて、不憫で可哀そうで可愛い弟に、イヴォンヌは、ぴったりだ。
「毛嫌いして会っていないと聞いているけれど、一度会うといいわ。」
「会いたくない」
「珍しいわね、オレールがそんなことを言うなんて。でも良い君主は、食わず嫌いするものじゃないわ。ニンジンも食べてみたら美味しいかもしれないでしょ?」
一度、食べてみたら、分かるわ
ジゼルは、自分の皿に乗っていたニンジンを口に入れた。オレールは、じっとそれを見て、わずかに唇を尖らせた。それが、年相応に幼く見えて、ジゼルは弟を抱きしめたいという気持ちに駆られた。




