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サジタリウスの矢




高い場所から眺めた街は、最初に見た時と同じだけど、違って見えた。この街には、ジゼルが祈りを捧げ続けた人が、獣人がいる。




「姫、話とは。」

「……エル、あのね。」




夕日がまぶしくて、目にしみる。ゆっくり目を閉じて開けた。痛みで涙が出そうだった。




「私……明日、陛下に謁見するわ。」

「なぜ」

「私は、知らなかったの。番の意味を。でも、それは、言い訳にはならないわ。」

「……誰から聞いたのですか。」




ラサルはやっぱり、神殿を目指して飛んでいるようだった。お前のいるべき場所は、神殿だと言われている気がする。




「私は、ただ、空を自由に飛びたかったの。」




ジゼルは、間違えた。言うべきではなかった。あの時、弟に察せられるような、そんな言葉を言うべきではなかった。

ジゼルは、間違えた。神殿から出るべきではなかった。檻の中で、ずっと祈り続けていればよかったのだ。




「でも、私のその一言で、あなたの翼を手折ってしまった。神殿でね、私の言葉は神の言葉と同じだった。だから、決して軽率に言葉を使ってはいけなかった。神殿から出て、私は、自由になったと思った。でも、私の言葉は、今度は王女の言葉になっただけだった。私は、間違えてしまったの。」

「姫、それでも、この結婚は、」

「陛下のご下命。私を幸せにするために、あなたと番を不幸にした。」




後ろから包み込まれるような体勢は、とても温かくて悲しくなる。ほんの少しだけ、腰に回されていた腕に力が込められた気がしたけれど、きっと、気のせいだ。

ゆっくりと左手をかざす。赤いガラスが、夕日の中、きらめいて見えた。




「私は、自由なあなたを、ただ見ていたかっただけなの。あなたの半身を奪って、苦しめたかったわけじゃない。」




約束の指輪を、ゆっくりと引き抜いた。自分で嵌めた指輪を、自分で外した。まるで、自分一人が、喜んで舞い上がったこの婚約の隠喩のようだった。

自分の下腹部に回されていたエマニュエルの手を取った。その掌の上に、指輪を置く。




「だから、返すわ。」

「それでは、姫が、」

「あるべきところに、全てをかえす。私、こう見えて、王女だもの。ちゃんとできるわ。」




ちゃんと、してみせる。


ちゃんと、もう一度、檻の中に戻って心を殺して祈ることができるはずだ。

前と違って、祈るべき理由を持っている。前と違って、誰かのために祈ることができる。




「姫、」




最後にジゼルと呼ばれたら、ジゼルの心はどんな形に変わるだろうか。泣いて、縋り付きたくなるだろうか。それとも、満たされて、戻ることに躊躇しなくなるのだろうか。

ゆっくりと、エマニュエルの手が、指輪を握りこんだ。

この手が、ジゼルの手を握り返すことはないけれど、なぜだか、指輪が握りしめられるのを見て、ジゼルは少しだけ救われた気になった。




「姫、申し訳ありません。」




何に対する謝罪なのだろうか。


ジゼルを好きになれなくて?隠し通せず、結婚できなくて?


謝るのは、こちらなのに、エマニュエルの謝罪は、ジゼルの心を引っ掻いた。それと同時に、回された腕が外れ、ジゼルの手をつかんだ。




「え?」




何が起きているか分からないまま、首筋に鋭い痛みを感じた。痛みで呻いて、ジゼルは体をよじろうとしたが、自分がどこにいるか思い出して、懸命に耐えた。

食いちぎられる、反射的にそう思ってから、自分が噛まれていることに気づいた。

痛みがあまりに強くて、ジゼルは、ゆっくりと意識を失った。








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