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魔女の名前、ミルザム




左手の薬指をなぞりながら、ジゼルは紅茶を口にした。

花の香りがあふれる庭の真ん中に、色とりどりのドレスを身にまとった年頃の娘たちが、微笑みながら菓子を口にしていた。

自分よりも若い娘たちが、会話をしてころころと笑うのを見ていると、幼さばかりが目についた。




「ジゼル様は、占術は信じられませんの?」

「……占術?」

「ええ!今、社交場で流行っていますのよ。」

「まあ、失礼よ。神子様に向かって、そんな、占術だなんて。」




神子について大いに勘違いをしているのが、わかったが、ジゼルはあいまいに微笑んだ。




「神子様は、占術とは関係ありませんわ。無知を晒すのは、恥ずかしいことよ。」

「……イヴォンヌ様」




髪をくるくると巻いた娘は、静かに発言したが、あたりはしんと静まり返った。イヴォンヌ・フォンテーヌが、このお茶会で場を支配するほどの力を持つことは予想していた。

そして、その力を使って、きっと、ジゼルをも屈服させるだろうこともわかっていた。

現に、敬意のために言葉が使われていないことは、扇子で口元を隠していてもわかる。

イヴォンヌ・フォンテーヌは、オレールの妃の第一候補だ。4つほどオレールよりも年上だったが、立場の弱いオレールの後ろ盾になれるだけの血統だからだ。




「私、今日は、王女殿下に紹介したい娘を連れてきましたの。」




ララが制止に入ろうとしたが、イヴォンヌはそれよりも素早く動いた。イヴォンヌの付き人たちは、教育が行き届いているようで、イヴォンヌの手の動き一つで、ララの制止よりも早く動いた。




「ほら、ご挨拶なさい。」

「……イネスです。」




目深にフードを被った怪しげな塊は、低い声で話したが、若い娘特有の繊細なアクセントだった。




「申し訳ありません。イネスは、貴族としての教育を受けていませんの。私たちは、魔女と呼んでいますわ。」

「……魔女?」

「ええ。迫害されてめっきり数は減りましたけど、まだおりますの。正しくは、ただ、知識に富んだ女というだけで、魔力なんてないのですけど。予言の多くは予測ですし、占いというのはその人の歩む可能性の提示でしかありませんもの。それ以外に、イネスは、薬草の知識も豊富で、薬を作ることもできますし、生活を豊かにする道具だってよく知っていますわ。」




ララは、一歩、ジゼルに近づいていた。ララは、ジゼルと街に出て以来、敵意をあらわにすることをやめたようだった。




「それで、どうして、お茶会に?」

「もちろん、今、流行りの占術をお目にかけたくて。」




魔女と呼ばれるイネス。聖女と呼ばれていた自分。

どちらが、本当は、魔女なのだろうか。ジゼルは、黒いフードの内側に隠れた小麦色の髪が、ひどく絡まっているのを見て、目を細めた。

イネスは、サイコロを取り出す。13までの数が刻まれたサイコロが、6つ。イネスの垢の詰まった爪が、一つをつまんだ。




「どれを知りたいですか?」




急遽、持ってこられた椅子は、貴族の子女たちが座るものより、わずかに質素だった。この娘は、血統で結びつけられた娘たちとは違う場所にいるのだと理解した。

貴族という血に鎖で結ばれた小鳥とは違うが、ある意味、血で縛られた魔女だ。




「なぜ、6つなの。」

「過去と現在と未来。前世の縁と、現世の魂、来世の体、どれも繋がっているから。」

「みんなは、何を知りたがるかしら。」




娘たちは息をのんで状況を把握しようと、せわしなく視線を動かしていた。ただ一人、イヴォンヌだけは違った。




「さあ。未来を知りたがる人は多い。人は欲深い。」

「それが、人ですもの。」




イヴォンヌは楽しそうに、そう言って、紅茶を口にする。ここでは、まるでイヴォンヌが欲深い女王のようだった。

魔女は、ジゼルの返事を待たずに、一つサイコロを選んで振った。そのあと、残りの5つもぱらぱらと机の上に転がった。

白いレースの上に飾られた茶菓子の間に、ころころと転がったサイコロは、口にしたら甘く溶ける砂糖菓子のように見えた。




「銀の狼。大きな背中と、揺れない柳。白いしわのないシーツ。汚れていない産湯。窓際の赤いベルベットのリボン。一羽だけ籠の中に片翼の蝶。」




一つサイコロを拾うごとに、一つ言葉を落としていく。意味が分からないようで、どれも、ジゼルには分かった。




「なるほど。」




ニヤリと唇が上がったのを見て、ジゼルは嫌な気分になった。




「お姫様が結婚するのは、銀の狼の獣人であるエマニュエル・バイエ。羨ましい限りです。顔良し、体良し、地位良しの男ですからね」




一つ区切って、魔女はとても楽しそうに笑った。それは、あざ笑うような、小馬鹿にするような、憐れむような笑い方だった。




「でも、心は伴わない。大きな背中は、背を向けられる暗示。揺れない柳ってのは、揺れない銀色の尾のことでしょう。獣人は、耳や尾に感情が現れると言いますから。」




まあ


口々に、娘たちが同情のような、それでいて嬉しそうな声を上げた。ジゼルは、今、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。

未来の占いだと言ったのに、今言われたことのほとんどは、ジゼルでも知っていることだった。揺れない尾は、今だってそうだ。




「白いしわのないシーツは、おそらく、」




ああ、聞きたくない。聞かなくても、わかるもの。


この茶会に出ている全員が、その白いシーツの意味が分かるだろう。

どんな顔をすればいいのだろうか。どんな風に、続きを聞いていればいいのか分からない。

ジゼルは、ゆっくりと手に持っていた紅茶のカップを、不自然に体の脇に持っていき手を離した。

耳をつんざくカップの音が嫌に響いた。それは、扇子の下で、ジゼルを笑っていた娘たちの小さな囁き声が消えたからだった。




「あら、やだわ。」




割れたカップは女王のカップだ。母が大切にしていた王家のカップ。このカップ一つで、たぶん、ぜいたくな生活ができるほどの価値がある。

ジゼルは静まり返る中、ゆっくりとイヴォンヌを見つめて微笑み、指先でカップのソーサーをつまみ上げた。イネスが、サイコロをつまみ上げたのと同じように持ち上げて、カップと同じように、手を離す。

地面にぶつかって割れる音に、今度は、皆が肩を震わせた。イヴォンヌの顔色は良くない。




「私のものなのに……そう思った?」




イヴォンヌに、微笑んだまま、そう告げると、彼女の顔は色をなくした。




「ちが、」

「あなたのものじゃないわ。このカップも、咲くバラも、この庭も、ここにあるもの全てが、私のもの。」




ここにある命も、全て。


囁くように唇を動かすと、何人かがふらりと意識をなくした。イヴォンヌは、かたかた震えながら、目をそらせないでいるようだった。




「この、魔女も。」




そう言った瞬間、ララがイネスを椅子から引きずり下ろした。ちょうどカップが割れたそこに、膝をつく形になったが、イネスは悲鳴を歯で噛み殺したようだった。

これ以上、怒りを買わないようにと思ったのだろう。だが、賢明でいて頭の悪い行動だと思った。




「私ね、占いは嫌いだわ。嘘しか言わないのだもの。」

「……どうか、お許しを。」




黒いローブの膝のあたりが湿って見える。紅茶が染みているのだろう。魔女に微笑んでから、イヴォンヌをもう一度見た。




「ですって。主人は、あなただもの。あなたが許しを与えなきゃ。」

「……申し訳ございません。」

「何を、謝っているの?ただの占いよ?……アンヌ=マリー、そこのマカロンを取ってちょうだい。」




イヴォンヌは、震える足を叱咤して、立ち上がりイネスの隣に傅いた。その美しいドレスは、紅茶で染まる様子がない。

ジゼルは、イヴォンヌは賢くて、ずる賢いのだと思った。




「お許しください。私が、愚かでした。」

「でも、占いは本当のこと。」

「……違います。私が、指示しました。私が、この魔女に、占いの結果を捻じ曲げさせました。」

「そう?それは、安心したわ。みんなも、そう思うわよね?」




凍り付いていた娘たちが、必死に首を縦に振る。




「私の行いの責任は、私がとります。ですから、どうか、この娘をお許しください。」

「あら、意外。」




イヴォンヌは、王妃になりたいのだろう。王妃になるために、人の間で絶大な人気を誇る小姑を抑える必要がある。仲良くなるという手段ではなく、ねじ伏せるという手段をとったのは、性格によるものだろうか。

聖女と呼ばれる小姑が、こうして反撃するとは思っていなかったようだ。まだ、若くて青くて浅はかだ。

そして、自分の非を認め、巻き込んだものを、犠牲にすまいと自分の身を投げ出している。

浅慮で短慮で、ずる賢さが足りない。他人を踏みつけてでも、立っていればいいのに。

だからこそ、イヴォンヌは、オレールにふさわしい。

あとで、弟に、そっと推してみよう。ジゼルは微笑を深くした。




「でも、口にした魔女が悪いのではない?占いを捻じ曲げて、口にした。呪いには対価がいるわ。結果をかえるなら、報いが必要でしょう?」

「どうか!どうか、お願いします!私が、悪いのです。私が、罰を受けます。どうか、この子は助けてください。このものには、養うべき弟がいます。だから、私の愚かな計画を実行したのです。どうか、この娘の首を切らないで、」

「……本当に、嫌だわ。私を、悪魔か何かだと思っているの?」




ジゼルは、微笑みの種類を変えて、ララに目線を送った。ララは、不服そうに二人を立ち上がらせた。魔女は一瞬、顔を歪めたが、すぐにそれを隠した。




「怒ってなんかないわ。余興に怒るほど、狭量じゃないわ。」




ジゼルは、ことさらに優しく聞こえるように声を選んだ。一瞬にして、緊張感が和らいだ。




「王女殿下、」

「でも、イネスは、私のもとに来てもらう。」

「王女殿下!」

「仕えてほしいだけよ。首を切ったりしないし、悪いようにはしないわ。イネスが好きに過ごせるようにするわ。少し、知恵を借りることもあるけれど。獣人と結婚するんだもの。知らないことも多いし、知恵が欲しいこともあるもの。」




イネスとイヴォンヌは、顔を見合わせた。




「弟さんの援助もするし、連れてきてもいいわ。私の生活が落ち着いたら、あなたのもとに帰すわ。もちろん、首と体がつながった状態でね。」




ウインクをして、冗談めかして言うと、やっとイヴォンヌはわずかに笑った。イネスの表情は分からない。そのフードの内側までは見えなかった。




「……イネスのことは、お任せいたします。」

「ありがとう、イヴォンヌ。」




ゆっくり微笑むと、イヴォンヌは怯えを隠して、しっかりとジゼルを見つめ返した。これ以上なくオレールにふさわしい。

ジゼルは、必ず、彼女をオレールに推そうと、強く思った。








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