人を許す信長
「それに比べると、我らが心配になるほど、殿は人を許されてきた。一度は謀反を企てた兄上を許し、二度も謀反を起こしたため、討ち取られた弟君の子を引き立てられた。このような大将は、ちとおらんぞ。」
お濃の表情は心配そうだった。
「斯波殿も、恩を仇で返す振る舞いで追放されましたが、ずっと気にかけられておられ、人を介して詫びを入れられると、お喜びになられ、お許しになられただけでなく、織田家一門として扱われることとされましたな。どこの大名も、躊躇なく、旧主を殺しておりますし、謀反した身内などは広く殺している。誤りとはいえ、弟君を射殺して、逐電された従兄弟殿のことも心配され、お戻りになられた時は大層喜ばれましたな。」
「そうじゃのう。殿は寛大過ぎる。浅野の息子まで、助けてやったのだから、お市様の子供であるからと。」
静御前の例を持ち出すまでもなく、敵将の子は娘なら情けをかけるが、男であれば、必ず殺すのが常識である。
「お市の方様も大いに喜んだそうですな。しかし、殿は長政と六角の娘との間の長男まで助けようと、までなされたそうな。」
蘭丸は、吹き出しかけたが、それを押しとどめて、
「お市の方様が、大反対しましたから。お市の方様から言えば、自分の腹を痛めた子ではなかったですし、その母親を呼び戻そうとしたり、その六角の種から不快な思いを受けたのですから、当然のことでしょう。殿は、お市の方様が助命をと思ってのことだったのですが。」
「その殿が、どうして許せなかったのが、叔母である、おやつ様でしたな。」
信長の年下の叔母である。武田とのはざまにあった遠山城に嫁ぎ、子どもができなかったため、信長の子の御坊丸を養子として得たが、夫の死後、武田方に降伏、武田の武将の妻となり、御坊丸を武田勝頼の元に送ってしまった。長篠合戦後、武田方が急速に衰え、攻守入れ替わり、織田側に降伏したが、信長は許さず、夫と共に逆さ吊りで処刑された。
「だいたい、武田方に降伏した際、織田に心を寄せる者の多くを殺し、生き残った者達にも過酷なことをしたのです。その者達の親族、親戚、家臣達の恨みはひどく、殿とて助命は難しかったでしょう。その上、御坊丸様のことも、あの様ななされよう、武田でのひどい待遇、その上、一度として、文の一本も出さない、心配を口にもしなかったとのこと。殿は、大いにお怒りになりました。自業自得ですな。」
信忠は攻めての大将だったので、容赦がなかった。恨み辛みを、織田派の生き残りや殺された親族、家臣達から随分聞かされていたこともあった。
「おやつ様も、何を勘違いなされたのか。」
女より美しいくらいの蘭丸が溜息をついた。“蘭丸でも女の気持ちは、分からないわ。”と思いつつ、“私もわからないわ。”