孫市はいっぱい
「孫市は、殿に敵対しようとする心は、もうないのか?」
話題を変えようとしたのか、信忠は孫市のことを問題にした。雑賀衆を率いて本願寺側に立ち、その多数の鉄砲を中心とした戦法で、織田軍を度々苦しめた男である。信忠は、心配だった。
「中将様のご懸念はごもっともかと。しかしながら、孫市は本願寺が殿と敵対したので、殿と戦ったまでで、当の本願寺が講和したので、戦う理由はないということで、何の遺恨もないようです。」
「それならよいが。」
信忠はまだ心配そうだったので、
「孫市は、今、殿のお力を後ろ盾にして雑賀をまとめよう、敵対者と戦っているので、殿のご関心を向けようと、熱心なのでございましょう。今日も、先日、太田孫市がまいりまして、殿とお話しが、多いに盛り上がったと聴いて、色々話を用意してきたようです。」
信忠は、さらに懸念が、強まったという顔になった。
「まさか、以前より殿に従がっていた孫市達と争うつもりではなかろうな?」
蘭丸はにっこり笑った。それが杞憂だというように。
「殿の傘下に入っている皆で、合力して雑賀をまとめようという積もりのようです。皆、関係も良いようです。」
「よい心がけじゃ。」
お濃の方は、手を打たんがばかりに嬉しそうな顔になった。
「同じよう殿の下についたのだから、過去の恨み辛みは捨て、同僚として仲良く、合力して勤める。これが一番なのた。殿はちゃんと見ていて、報いてくれるのじゃ。松永は、全く分かっておらなんだ。荒木もそうじゃ。」
「そうですな。」
信忠は溜息交じりに言った。2人とも、父信長が如何に高く評価していたことも、松永の二度目の裏切りも、荒木の不祥事、疑惑も許すつもりであったこと、裏切りに当惑していたこと、これからの彼らが満足できる処遇を与えられる機会にも考えを巡らしていたことをよく知っていたからである。
「松永は、仇敵の筒井が殿の臣下となり、自分の大和国の一円支配ができなくなった、荒木は自分が手柄を立て、領地を拡げる場所が周りになくなったということで謀反を起こしましたが、全くの了見違い。いずれ殿より働きぶりを示す機会が与えられるはず、それまで、領地を整え、良き家臣を増やすなど手柄をたてられる準備をしておけばよろしいのに。天下の地、どこでも自分の地と考える器量もなかった、全く狭い了見で身を誤りました。家臣らから、領地をもっとくれという突き上げがあったからとはいえ。」
“困ったものだ。”と苦い顔になっていた。父信長がそれを説得し、押さえたことを見ていたし、自分も父ほどではなく、それに苦労しているから、彼らの行動は許せないし、悩むのである。
「中将殿のいうとおりじゃ。筑前殿の北陸での振る舞いも、それが不満であったとの噂であったのう。しかし、かの2人とは違って、筑前殿は、殿のご癇気を受けるとかえって発奮し、おおいに働き、手柄をたてて許されたのじゃ。」
考え深げにお濃は言った。秀吉の言い分は、救援を求めてきた城が、裏切りで既に落ち、このまま上杉謙信と戦うことになると、彼との同盟上問題で、約束を破らない信長の方針に反すると判断したと言っているらしいが。
「おお、そうでありました、しばしお待ちください。」
蘭丸が立ち上がり、部屋を出た。