〇 都市の新たな歯として
ただひたすら貪欲に、自らの身体はもちろん周りの人間を消耗してでも、純粋な創造を求める芸術家像、なんてものはすっかり時代遅れになってしまったように感じます。
この作品に着手したのはちょうど二年前、その頃の自分はシンプルに鬱屈としていて、そして、貪欲になれなかった。だからこそ、貪欲な芸術家像に憧れ、それを描くことで、その奔放さに引かれるようになにがしかの自由を見られれば良いと思った。
結果として、こういうお話になりました。よければお付き合いください。
「コース、お前、人を殺したのに無罪になったんだろ。それって、どういう気分なんだ」
「気分? 最悪。最悪最悪最悪、最悪の最悪だ」
俺は最悪の気分で最悪の質問に答えた。
三年前、初めて俺が、彼女と共にアトリエの床を踏んだ時の会話がそれだった。
中枢地区である《歯抜けの街》の郊外、廃墟同然のアパートの一室。〈天泣の〉テトという、当時十五歳の女が、新たな創造の場としてセッティングした場所だった。
「どう最悪なんだよ」
テトは大人四人も入れば手狭になるほどの室内に、俺には背を向けるように仁王立ちして、そのくそ長い金色の髪の毛を揺らす。意地悪な問いに、俺は少し考え込んだ。
「やった時は大したことない。死んだな、と思っただけだ。でも、しばらく経って、脳みそがものを考えられるようになってから……無限に恐怖が押し寄せてくる。とんでもなくゆっくり崩れていく建物の中で、崩壊してくる瓦礫を見ているような」
「ふ、いつ遅延の『魔法』が解けて、降り注ぐ瓦礫がいつ自分の身体を押し潰すのか、怯えてるっていうのか」
「たぶん」
「でも、それは僕たちの『生』の有りようそのものじゃないのか?」
くるりと、テトはこちらを振り向く。金糸のマントのように髪がはためいた。
「生まれた瞬間、崩れ出す建物に閉じ込められる僕ら人間。いつ〈死〉という瓦礫が自らを潰すかもわからない。それでも、他人の建物が倒壊していくのを遠目で身ながら、当面の間、自分の番はまだ来るまいと思いなすことができる」
「まあ、そういう意味での最悪だ」
「死の恐怖に怯えることか?」
「いや、もっと根本的に……自分が生きていると、思い出してしまったこと。生きることが不安になってしまったことだ」
俺の台詞に、テトは少し驚いたように目を見開く。栗色の瞳が飛び出してきて、俺の中身をしげしげと眺めるかのように。
やがて、口の中の苦虫を吐き出すように、言った。
「何言ってんだ、馬鹿か」
その瞬間、俺の中の不安は本物になった。テトとの間で――。