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冒険者に朝が来る

作者: 白ム月比心
掲載日:2019/12/12


 朝だ、朝がやって来た。

 家の窓に訪れ、顔を明るく照らす。


 「何だ...。」


 それで男が起きた。

 いつもと比べ、今日の寝ぐせは特段に酷い。


 そんな彼には日課がある。

 ベッドのすぐそこ、窓の外を見ること。

 そこに見えるのは、仕事を終えた船が帰るところ、それに加え、海鳥の奇妙な鳴き声と木々の囁きが聞こえてくる。


 「これぞ港だな。」


 たった一言で片づけた。

 この男には風情を感じる事が出来ないのだ。

 だってこいつは荒くれ者、とんでもなく小物で、とんでもなく間抜け、そして何より冒険を愛する冒険者である。

 この港町に来たのは昨日が初めてであった。

 冒険者ならば心沸き立つ筈であるが。


 「まだ遠いな。」


 彼はなにやら落胆していた。

 それから、バッグから食べ物を取り出して齧った。


 「ゲロの味。」


 次に、男は懐から手紙を取り出してそれを見た。

 紙は高級だが、これは上等な物ではなく庶民にも買える安紙。

 ただ、その表面を見るだけで男は満足して、また同じ場所に仕舞い込むと、いそいそと旅の準備を始めた。


 そんな彼の旅路は慎ましい。

 大それた決断を強いられることもなく、何かしら豪運を引き当てることもなく、ただ釈然とした延々の道を歩んでいくだけである。


 (潮の香りが途絶えたな。)


 その中で、こんな僅かな変化を楽しむ。


 しばらくして、森林に敷かれた道の途中でこんな事があった。


 「そこのお兄さん、いまここを通るのは危険ですよ。」


 しわがれた老人の声だ。

 長い白い髭に、首から木製のペンダントを下げている。


 「何があった。」


 「何って盗賊、食い扶持に困ったどっかの村人共に町が襲われたのです。それで撃退されたんですが、ここらで彷徨っていると噂です。」


 老人は長い髭を引っ張りながらそう言った。


 「それを知っているのに、どうして老人が一人ここで?」


 これを聞くと少し照れ臭そうに答える。


 「あぁ、困りますな。そこまでの用事ではないと思われますが、私は墓参りに来たんです。死んだ私の妻のね。今日が誕生日だったのでどうしても。」


 老人の話を聞き、男の方もつい自らの境遇を喋った。


 「そうか。なら、俺もここをいま通らねばいけない理由がある。自分の嫁が子供を産んだと聞いて、一日も早く向かおうと思ってな。」


 自分の子供、言葉からして心躍る響き。

 老人は懐かしい物を見るような目で言った。


 「おやおや、お互い止められませんな。」


 「じゃあ、急いでるのでこれで。」


 それからのこと、運の良い事に盗賊とは出会わなかった。

 代わりに野生の獣が顔を出したのみで、男は無事、目的地の村に辿り着いた。


 「おぉ、久しぶりだ。よく帰って来てくれた。」


 そこで早速、妻の父親、義理の父に出会う。


 「手紙を見たから帰って来たんだな。そうなんだな。」


 「心配しなくてもちゃんと届いている、それで私の妻は何処にいるんだ! 早く子供に合わせて欲しい!!」


 「こっちだ。みんな疲弊しているから、あまり怒鳴らないでくれよ。」


 妻の家に着くと、男は迷うことなく寝室へ入り込む。

 そこには子共を抱いた嫁の姿があったのだ。


 「あぁ、可愛いじゃないか! 本当に私の子か?」


 ようやく出会えた私の子供。

 手紙を手に入れた時から約3日、男はずっと歩き続けて辿り着いた。


 「ふふ、あまり怖がらせないでね。」


 「それは...保証できない。」


 しばらくして、男が子と戯れて泣かせた頃のこと。


 「身なりを整えて来て、物置に髭剃り取って来てさ、眠ろう。疲れたでしょう?」


 と、男は妻に言われて外に出た。

 そこで男は義理の父に肩を掴まれて、物置の裏に連れて行かれる、何やら話があるとの事で。


 「今日は誕生日なんだ。何か持ってきたか。」


 はて、誰のだろうと男は。


 「誕生日、それは誰のだ。」


 そしたら驚いてこう義父は言った。


 「誰ってお前の妻、私の娘さ。忘れていたのか。」


 「ああぁ、しまった、子供にうかれてすっかり忘れていた。」


 あまりの衝撃に、男は両手で顔を覆い隠した。

 これに呆れて義父が。


 「もう二度と忘れるなよ。」


 その言葉がとても心に痛む。


 「それは勿論だ。生涯を通して、老人になっても、骨になっても忘れない。」


 「それならいい。」


 と、義父は肩をポンポンと叩いて男を奮い立たせる。

 嘆くばかりでは無駄だからな、と声もかけながら。


 「確かに。港町でこれを思い出せていれば良かったんだが。仕方ない、こうなったら今日中に何か作って渡すか。もう、それしかない。」


 義父はこう聞いた。


 「だとしたら何を。」


 「そうだな。木で作ったペンダントだ。あれが良いな、きっと喜ぶ。」


 老人の姿を思い出しながら男は答えた。

 簡素な物だったが、一目見た時から自分の心に深く刺さり、どうしても忘れられない、残り続ける棘であった。

 これを考えると同時に男は思い出す。


 「そう言えばだ。ここに来る途中で出会った老人が、町を盗賊が襲ったと言っていた。ここはどうだったのか。」


 首を傾げて義父は答える。


 「それは噂でも聞いてないな。ここからじゃ町も遠いし。その老人、ボケていたんじゃないか。」


 「そうなのか。そうなんだろうな。」


 男は納得してペンダント製作に取り掛かった。

 あまり気にしていても仕方ないのだ。


 それから製作はとても暇だった。

 木だけに黙々と作業するばかりで、これを手伝っていた祖父は思い出したかのように言った。


 「そうだ。ここに盗賊が現れたなら、お前はどうする。」


 「守る。妻も、子供も、村も守る。」


 当然、じゃなきゃ男じゃない。


 「なら冒険やめてさ、ここに住まわないか。」


 これには即答出来ない。

 でも、最後にはこう答えた。


 「困るな。でも、それが一番だ。」


 「その通り。お前の娘を任せて正解だったよ。」


 男は嬉しくなってこんなことを言った。

 とても珍しいことを。


 「俺も妻に出会えて良かった。こんな自分でも愛してくれて。だからこう思えたんだ。全力でここを守りたいって、こんな間抜けがね。」


「それだけじゃない、自分ならまだ出来る事がある。今までの冒険の伝手を使って、商人を呼び寄せて、この村を発展させる事が出来るんだ。」


 「そしたら町になる。」


 義父は驚いた顔をして、男を褒め称えた。


 「お前は立派だ。間抜けなんかじゃない。」


 こうして一日が過ぎて行く。


 これはとある町に伝わる、ちょっとした話だ。

 昔はただの村だったが、今では盗賊に襲われても撥ね退けるぐらいに成長しているらしく、これからも立派に発展するのだろう。


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