冒険者に朝が来る
朝だ、朝がやって来た。
家の窓に訪れ、顔を明るく照らす。
「何だ...。」
それで男が起きた。
いつもと比べ、今日の寝ぐせは特段に酷い。
そんな彼には日課がある。
ベッドのすぐそこ、窓の外を見ること。
そこに見えるのは、仕事を終えた船が帰るところ、それに加え、海鳥の奇妙な鳴き声と木々の囁きが聞こえてくる。
「これぞ港だな。」
たった一言で片づけた。
この男には風情を感じる事が出来ないのだ。
だってこいつは荒くれ者、とんでもなく小物で、とんでもなく間抜け、そして何より冒険を愛する冒険者である。
この港町に来たのは昨日が初めてであった。
冒険者ならば心沸き立つ筈であるが。
「まだ遠いな。」
彼はなにやら落胆していた。
それから、バッグから食べ物を取り出して齧った。
「ゲロの味。」
次に、男は懐から手紙を取り出してそれを見た。
紙は高級だが、これは上等な物ではなく庶民にも買える安紙。
ただ、その表面を見るだけで男は満足して、また同じ場所に仕舞い込むと、いそいそと旅の準備を始めた。
そんな彼の旅路は慎ましい。
大それた決断を強いられることもなく、何かしら豪運を引き当てることもなく、ただ釈然とした延々の道を歩んでいくだけである。
(潮の香りが途絶えたな。)
その中で、こんな僅かな変化を楽しむ。
しばらくして、森林に敷かれた道の途中でこんな事があった。
「そこのお兄さん、いまここを通るのは危険ですよ。」
しわがれた老人の声だ。
長い白い髭に、首から木製のペンダントを下げている。
「何があった。」
「何って盗賊、食い扶持に困ったどっかの村人共に町が襲われたのです。それで撃退されたんですが、ここらで彷徨っていると噂です。」
老人は長い髭を引っ張りながらそう言った。
「それを知っているのに、どうして老人が一人ここで?」
これを聞くと少し照れ臭そうに答える。
「あぁ、困りますな。そこまでの用事ではないと思われますが、私は墓参りに来たんです。死んだ私の妻のね。今日が誕生日だったのでどうしても。」
老人の話を聞き、男の方もつい自らの境遇を喋った。
「そうか。なら、俺もここをいま通らねばいけない理由がある。自分の嫁が子供を産んだと聞いて、一日も早く向かおうと思ってな。」
自分の子供、言葉からして心躍る響き。
老人は懐かしい物を見るような目で言った。
「おやおや、お互い止められませんな。」
「じゃあ、急いでるのでこれで。」
それからのこと、運の良い事に盗賊とは出会わなかった。
代わりに野生の獣が顔を出したのみで、男は無事、目的地の村に辿り着いた。
「おぉ、久しぶりだ。よく帰って来てくれた。」
そこで早速、妻の父親、義理の父に出会う。
「手紙を見たから帰って来たんだな。そうなんだな。」
「心配しなくてもちゃんと届いている、それで私の妻は何処にいるんだ! 早く子供に合わせて欲しい!!」
「こっちだ。みんな疲弊しているから、あまり怒鳴らないでくれよ。」
妻の家に着くと、男は迷うことなく寝室へ入り込む。
そこには子共を抱いた嫁の姿があったのだ。
「あぁ、可愛いじゃないか! 本当に私の子か?」
ようやく出会えた私の子供。
手紙を手に入れた時から約3日、男はずっと歩き続けて辿り着いた。
「ふふ、あまり怖がらせないでね。」
「それは...保証できない。」
しばらくして、男が子と戯れて泣かせた頃のこと。
「身なりを整えて来て、物置に髭剃り取って来てさ、眠ろう。疲れたでしょう?」
と、男は妻に言われて外に出た。
そこで男は義理の父に肩を掴まれて、物置の裏に連れて行かれる、何やら話があるとの事で。
「今日は誕生日なんだ。何か持ってきたか。」
はて、誰のだろうと男は。
「誕生日、それは誰のだ。」
そしたら驚いてこう義父は言った。
「誰ってお前の妻、私の娘さ。忘れていたのか。」
「ああぁ、しまった、子供にうかれてすっかり忘れていた。」
あまりの衝撃に、男は両手で顔を覆い隠した。
これに呆れて義父が。
「もう二度と忘れるなよ。」
その言葉がとても心に痛む。
「それは勿論だ。生涯を通して、老人になっても、骨になっても忘れない。」
「それならいい。」
と、義父は肩をポンポンと叩いて男を奮い立たせる。
嘆くばかりでは無駄だからな、と声もかけながら。
「確かに。港町でこれを思い出せていれば良かったんだが。仕方ない、こうなったら今日中に何か作って渡すか。もう、それしかない。」
義父はこう聞いた。
「だとしたら何を。」
「そうだな。木で作ったペンダントだ。あれが良いな、きっと喜ぶ。」
老人の姿を思い出しながら男は答えた。
簡素な物だったが、一目見た時から自分の心に深く刺さり、どうしても忘れられない、残り続ける棘であった。
これを考えると同時に男は思い出す。
「そう言えばだ。ここに来る途中で出会った老人が、町を盗賊が襲ったと言っていた。ここはどうだったのか。」
首を傾げて義父は答える。
「それは噂でも聞いてないな。ここからじゃ町も遠いし。その老人、ボケていたんじゃないか。」
「そうなのか。そうなんだろうな。」
男は納得してペンダント製作に取り掛かった。
あまり気にしていても仕方ないのだ。
それから製作はとても暇だった。
木だけに黙々と作業するばかりで、これを手伝っていた祖父は思い出したかのように言った。
「そうだ。ここに盗賊が現れたなら、お前はどうする。」
「守る。妻も、子供も、村も守る。」
当然、じゃなきゃ男じゃない。
「なら冒険やめてさ、ここに住まわないか。」
これには即答出来ない。
でも、最後にはこう答えた。
「困るな。でも、それが一番だ。」
「その通り。お前の娘を任せて正解だったよ。」
男は嬉しくなってこんなことを言った。
とても珍しいことを。
「俺も妻に出会えて良かった。こんな自分でも愛してくれて。だからこう思えたんだ。全力でここを守りたいって、こんな間抜けがね。」
「それだけじゃない、自分ならまだ出来る事がある。今までの冒険の伝手を使って、商人を呼び寄せて、この村を発展させる事が出来るんだ。」
「そしたら町になる。」
義父は驚いた顔をして、男を褒め称えた。
「お前は立派だ。間抜けなんかじゃない。」
こうして一日が過ぎて行く。
これはとある町に伝わる、ちょっとした話だ。
昔はただの村だったが、今では盗賊に襲われても撥ね退けるぐらいに成長しているらしく、これからも立派に発展するのだろう。




