第36話 スキルとイチャイチャしてる人
困った。とーっても困った。
俺は今、どういう訳か天井に突き刺さってる。いや、理由は分かるんだけどね。
天井に突き刺さってると言う意味不明な状況のせいで俺は目の前が真っ暗だ。しかも、少しでも身動きを取ると周りの石がパラパラ......という音を立てて落下して行くので、俺も落ちるんじゃ無いかと気が気じゃない。
いや、気が気じゃないなんてレベルじゃない。ガチで怖い。
まあ、落ちなきゃ困るんだけどね! ただ、心の準備というものがある。いきなり落ちるのは余りに心臓に悪すぎる。
俺が天井に突き刺さってる理由を簡単に説明すると、憎きリアムにレア・ケイリー・マチルダが殺されかけてそれを俺が颯爽と救った代償にこうなってしまったのさ。
《......。ご主人様の記憶に少々間違いがある為訂正いたします。第一にご主人様は名称⋮レア・マチルダ・ケイリーを救った、と仰りましたが、3人とも救えていません。無論、3人とも生存はしていますが》
うっ、うぐぅ!
おっ、おっと少々間違えちゃっ......《第二に》
《ご主人様は颯爽と救った、と仰りましたが、ただただ【魔闘】の制御を間違い天井に突き刺さっただけです》
ぐっ、ぐさぁ!
あっ、あのお? 【賢者】さん? いや、【賢者】さまあ? あの、何時になく冷たい声で正論をぶつけて来られるようですが、どうされました?
《ご主人様》
少し怒気を感じるような【賢者】の声が俺の頭に響き渡る。そして、1拍置く事で改まって、という雰囲気を出てきた。
さっきまでは正直ふざけてたけど、今までこんな事は無かったから俺は内心ビクビクだ。
《ご主人様はハッキリと言って余りにも弱すぎます。今までは脆弱な人間やゴブリンが相手だったから勝てたでしょう。しかし、しっかりと鍛えた人間や魔獣が相手になった場合、負けるでしょう。そして、他の神々が相手になった場合......恐らくご主人様の相手をした神は小指だけでご主人様を殺すことが出来るでしょう》
そ、そうなの、か。そこまで言われると自信を無くす、な。
だが、逆に笑えてくるな。小指って。そこまで実力差があるのか。
たださ。俺はそれを知って指咥えてるほど柔じゃないんだよ。そんなに実力差があるなら下克上すればいい話だ。
《スキルです。ご主人様はスキルを扱う力が全く、と言っていい程備わってません。スキルを磨きましょう。そうすれば、自ずと力が付いてきます》
【賢者】の少々楽しそうな、期待感が込められた声が俺の頭に響く。
【賢者】に言われて気付いたが、俺も少し調子に乗ってたんだろう。憧れだった外に出て、絡んできた冒険者をぶっ倒し、ゴブリンを仲間にし、裏組織もぶっ倒した。
しかし、当たり前だがこの世に俺よりも強い奴らは沢山居る。このままで居たらそのうち足元をすくわれてただろう。
ふぅ。【賢者】ありがとな! お前のお陰で自分が驕っている事に気付くことが出来た。これからは前向いて、強くなって、突っ走っていくよ。
今、丁度リアムとの訓練をしてるんだ。絶対強くなってやるよ!
《これが相棒の務め、ですから》
どこか嬉しそうな声で、【賢者】は言った。
コイツ、さては前に俺が相棒って言ったのが嬉しくてアドバイスしてくれたな?
可愛い奴め。
《ぼっ、僕が!? かっ、可愛い!? うぅ、失礼致しました。ですが、ご主人様のご期待に添えるよう、より一層努力致します》
ああ。頼りにしてるよ、相棒。
てかさ、お前の一人称って僕なんだな。初耳だよ。
俺、密かに思ってたけどお前って声、めっちゃ可愛いよな! いや、なんかさレアみたいなザ女の子! みたいな可愛さじゃ無くてさちょっと男の子っぽさのあるけど優しい感じの声でさ。中性的って言うのかな? まあ、めっちゃ可愛いよ!
【天啓】の時は感情の無い無機質な感じだったけど【賢者】になったら可愛くなったよな。
いや、かわいい、かわいいって言い続けてるけど性別は分からないんだけどね。男だったらごめんよ! スキルに性別があるのか知らんけど!
《うぅう、こんなの褒め殺しだぁ。ご主人様のせいで僕が本当はクールじゃ無いことがバレた! もぉー》
全力で恥ずかしがっている【賢者】の言葉に思わず笑いが込み上がる。
そして、恥ずかしさを紛らわすように早口で俺が疑問に思った事を答えてきた。
《スキルが進化した事によってご主人様への干渉度も上げる事が出来たんです。つまり、ご主人様が名称⋮リアムとの訓練でスキルを磨けば、より一層ご主人様のお役に立てるんです。期待してますよ?》
ああ。勿論だ。期待に答えてやるよ!
《性別に関しては......まだ定まってないと言うのが正確です。ご主人様と同じように、自分がそうと思った性別になるようです》
へー。そうなんだ。お前、割と悩んでるだろ。声がちょっと震えてるぞ?
俺に隠し事を出来ると思うなよな。お前は俺の相棒なんだ。辛い時に辛いって言わなきゃ俺が嫌だからな!
よし。まあこんな時だ。どうせ暇だしライリーのお悩み相談コーナーの開催だ!
まあ、言っちゃなんだけど性別なんて正直どうだっていいよ。
俺さぁ、ここの所生活してて思ったんだけど、男だったらカッコよくあれとか、女だから可愛くあれみたいなの嫌いなんだよね。
人間じゃないからよりそう思うのかも知れないけどさ、人間って性別に縛られてる気がするんだよ。
俺は自由なのが好きだからね。
この世に男で生まれたなら男であれ? この世に女で生まれたなら女であれ?
価値観が固まり過ぎなんだよ。いつからダイヤモンドになった?
もっとさ、楽に考えようぜ? 可愛くなりたいなら可愛くなればいいじゃん。カッコよくなりたいならカッコよくなればいいんだよ。
やりたい事やって、思い詰めずに一緒に大笑いしようよ!
正直、正解は分からないよ。お前がどのレベルで悩んでるのかも知らねぇ。
たださ、これだけは言わせてくれ。
未来なんて見えなくて、明日を拒みたい時があるかもしれない。辛いよな。綺麗事、と思うかも知れないけど分かるよ。
でもさ、俺はお前と一緒に未来を見たいんだよ。お前と一緒に喜び、笑い、そして悲しみたいんだ。誰1人、欠けちゃいけないんだよ。
一緒に明日を見ようよ。
俺達、相棒だろ?
《......ぅぅ、本当に、本当にご主人様の相棒で良かった......っ。そうですね。これからを楽しみましょう! しんみりしてる暇なんて無いですね!》
ああ! 俺達にしんみりなんて似合わねぇよ! ゲラゲラ笑って、辛い事なんて忘れようぜ!
「ラァァアイリイイイ!! てめぇ収穫の時間だぞぉ!!」
ふぇっ!? 何事だ!?
リアムの大絶叫が響き渡ったと思ったら次の瞬間、目の前が唐突に明るくなる。
リアムに、天井から引っこ抜かれた......のか?
急だったから、目が眩む! 目の前が真っ白だ!
俺がちょっと、楽しいななんて呑気に考えながら目を閉じて視界を回復させる。
ドンッと音と共に地面に到着したが、思ったよりも振動が無かった。リアムは人間を辞めてるのかもしれない。
ん? 待てよ? 俺が刺さっていたのは割と高い天井だ。そこに生身の人間が当然のように俺を収穫できるか?
ああ、やっぱり俺の教官は人間辞めてたわ。
恐る恐る、という感じで目を開けると目の前に人外......じゃなくて魔王......でも無くて、リアムが居た。
「なあ、ライリー? 剣の訓練してて、どうやったら天井にぶっ刺されるんだ? あァ?」
わあ! 顔がおっかないね!
この前、裏組織ぶっ潰したけどさ! リアムの方がよっぽど裏組織のドンぽいよ!
「てめぇ、さては死にてぇか? 死にてぇんだな? だがよ、一応てめぇは俺の生徒だ。だからよぉ、てめぇが死んだらこの俺が学長様から怒られっちまうんだわ」
リアムはそこで一旦区切って、俺の胸ぐらを掴み顔をぐっと近づけて来た。
まままま、待って待って。嫌な予感しかしないんですが!
俺の嫌な予感を肯定するかのように、リアムは満面の笑みでこう言い放った。
「死ぬほどキツイ訓練してやんよ」
ごめん。相棒。
全力で逃げたい!!
《ライリー様。僕は強くなる事を期待してますね!》
くっそぉーそんな事言われたら逃げれないじゃあああん!!
悩みがあるなら聞くなんていう無責任な事は言わないけど......ライリーの奇行をみんなで見守ろうよ!
(おい、奇行って......まあ、皆でゲラゲラ笑おうぜ!)