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88話 コズミの妻

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今回はアサギリ視点

 突然、アオイが真っ青になってしまった。

 コズミ先生を助ける物資が入っているはずの箱から出てきた少女になにか言われたから。

 この少女はさっきもいきなりアオイを叩いたりしている。

 ……アオイもビックリした顔だった。勇者であるアオイが回避できないほどのビンタなんて何者?


 睨むようにじっと見つめていたらその少女は自分を指差して「スズリ」と口にしました。

 なんだろう?

 もう一度「スズリ」と。


「スズリ?」


 私がつぶやくと彼女は頷きます。

 ああ、彼女はスズリという名前なのですね。

 今度は私を指差して首を傾げた。

 くっ、可愛い。……鼻に詰めた紙がなければ。

 なるほど、今度は私に名乗れと言うのですね。


「アサギリ」


 スズリはニッコリしてうなずいてくれました。

 そしてちょっとの間のあとに。


「ありがとうアサギリ」


「あれ? 大陸語を話せるの?」


「ええ。今覚えたわ。あなたのおかげでこちらの言葉を解放(アンロック)できたの」


 さっきまでアオイとまったくわからない言葉で話していたのに、スズリは流暢な大陸語で会話を始めたのだ。

 アンロック? コズミ先生もそんなことを言っていたけど、スキルに関係するものだったはず。


「アサギリ、作業台がある場所に案内して。あるのでしょう?」


「え、ええ。作業台はあるけど……」


「お願い。スズリがエリクサーを作ってくれるみたい」


 アオイもそれに賛成する。

 エリクサーを作ってくれるというのなら、なんでそんな表情をしているの?


「どうしたの、アオイ?」 


「スズリはコズミの……」


 その先が聞こえない。よほど言いにくいことなのだろうか?

 ……まさかコズミ先生の子供?

 たしかにスズリの髪も目もコズミ先生と同じ色をしている。コズミ先生ならばこれぐらいの子供がいてもおかしくはないのかもしれない。


 スズリはコズミ先生に近づくと、お風呂ベッドの中に手を突っ込んでいる。お風呂ベッドの液体は色が濃くて透けていないので手探りでなにかを探しているようだ。

 やがて、沈んでいた左手を見つけて持ち上げたスズリ。その左手になにかを取り付けた。


「コズミ先生になにをしたの?」


「忘れ物を渡しただけよ」


「忘れ物?」


 コズミ先生の左手をよく見てみる。

 薬指にシンプルだが綺麗な指輪がはまっていた。


「夫婦の証、結婚指輪(マリッジリング)よ。これを装備していればカップルブーストの範囲が広がるの」


そう言いながらスズリは自らの左手を顔のまえに持ってくる。その薬指にもコズミ先生と同じ指輪がついていた。


「結婚指輪……お父さんとお母さんもつけていた」


「アオイ、それってまさか?」


「スズリはコズミ先生の妻なんだって……」


 娘ではなく、妻だったのね。

 なるほど、アオイがショックを受けてそんな顔になるのもうなずける。好きな男が結婚していたなんて知ってしまったのだから。

 でもよく考えてアオイ。スズリが本当にコズミ先生の奥さんなら私たちにもチャンスがあるということなのよ。コズミ先生が年齢の差をあまり気にしていない、という証明になるわ。


「アオイはコズミのそばにいて。フリートボーナスを維持しなさい」


「う、うん」


「さあ、作業台に案内して。コズミは私がなんとかするわ」


 ふん、と鼻息で紙を吹き飛ばすスズリ。その先端は真っ赤に染まっていた。鼻血が出たから紙をつめていたのね。

 それぐらいなら言ってくれればシラユリが治療したのに。



 ◇



 作業室へとスズリを連れていく。気になったのか数名ついてきたけど、アオイとシラユリは礼拝室に残った。コズミ先生のためだろう。


「作業台とこれは……魔法作業台と調合作業台? そう、これがMODで追加されたというものね」


「使えるの?」


「ええ、なんとかね。コズミほどではないけれど、これだけプラスのついた作業台なら失敗せずにクラフトできるはずよ」


 キンちゃんのお気に入りとなった調合作業台の椅子に腰掛けるとスズリは作業を開始する。

 コズミ先生と同じようにどこからともなく調合のための材料を出しながらだ。

 キンちゃんがいればその作業に釘付けになっただろうが、私たちはもっと他に気になったことがあった。


「ねえスズリ、聞いていい?」


「……今はいいけど、集中している時は答えないわよ」


「ありがとう。コズミ先生の奥様って言うのは本当なの?」


「本当よ! ……よし、失敗してない」


 答えるのに力んで、手が滑ったみたいね。質問したのはまずかったかも。

 それでも失敗はしなかったみたいなので、スズリは話を続けてくれた。


「あのコズミの、というと完全には正しくないかもしれないけど、あなたたちに説明するのも難しいし、コズミはコズミなんだから私はコズミの妻で間違いはないわ」


 なんだろう、よくわからないことを言っているが誤魔化しているようにも見えない。

 スズリは自分が妻だと確信していることだけはわかった。

 ゴリゴリと薬草をすり潰しながらスズリは続ける。


「私は両親の名も顔も知らないわ。巨大な化け物がたくさん彷徨く土地。それどころか、少ない食べ物で人間同士で争うのも珍しくない過酷な環境で私は育ったの。むこうではそれが当たり前だった」


 すり潰した粉を鍋に移して水を足し火にかけるスズリ。あの蛇口の使い方も知っているのね。


「そんな私たちをコズミは助けてくれたの。人を集めて村を作り、建物を建築、畑や田んぼも作ってくれた。化け物たちだって退治してくれたわ」


「コズミ先生ならやりそうっすね」


 化け物退治!

 やはりコズミ先生は強いのね! エリクサーで身体が治ったら稽古をつけてもらわねばなるまい。

 断られたらスズリでもいいかも。彼女からもとてつもないプレッシャーを感じるのだし。


「私たちのこともフリートに入れて鍛えてくれたわ。私たちはコズミのクラフトした武器や防具を纏い、自分たちを脅かす化け物や不埒者から身を護ることができるようになったの」


「私たちも同じです。コズミ先生が鍛えてくれて、強くなれました」


「そう? まだまだだと思うけど……でもそうね、それならばあなたたちは私の妹弟子。私のことをお姉様と呼ぶことを許しましょう」


「お姉様?」


「ええ。ふふっ、嬉しいわ。いつも私は妹分扱いされてばかりだったから」


 それは幼いから当然なのでは?

 そう思ったが怒られそうなので言わなかったわ。

 作業に失敗しても困るし。


「他にもコズミが育てた子が何人かいるの。……死んだ子もいるわ。その時はコズミもかなり落ち込んだ。それからしばらくしたある日、コズミは私にプロポーズしてくれたの。いつまでも一緒にいよう、って。もちろん私は一秒で了承して夫婦になったわ!」


「あ!」


「……セーフ」


 盛り上がったせいで瓶を落としそうになってしまったスズリにこちらも慌てたが、なんとか落とさずにすんでほっとした。

 エリクサーは高いだけあって、すぐにはできないのかしら?


「それからは本当にずっと一緒だったわ。採集、戦い、そしてクラフトと建築。私はいつだってコズミのそばにいたの」


 羨ましい。

 コズミ先生とずっと一緒にいたなんて。

 私だったら一緒に修行して貰えればすごく幸せだろうな。


「だけど……コズミが医者から余命宣告を受けたって言って……私たちを置いて一人で行ってしまったの」


「コズミ先生が?」


「ええ。自分の生きた証として最高の基地をたくさん造るんだって言って。私たちはコズミのフリートの仲間に預けられたわ」


「そんな……」


 死期を悟って奥さんを残して旅立ったの?

 コズミ先生はそんな無責任なことをしないと思う。

 ……フリートの仲間に預けたのだから、無責任ではない?

 なんだろう。なんか頭がぐちゃぐちゃしてくる。


「私たちはコズミが戻ってきてくれるって信じていたけど、フリートの一人が教えてくれたの。コズミがさらわれたって」


「さらわれた? ……まさかアオイのこと?」


「違うわ。あの子じゃない。あなたたちの言う、女神にコズミは誘拐されたの。それでアオイに引き合わされた」


 女神様が誘拐?

 アオイがコズミに会ったのが女神のお導きというのなら、そうなるかもしれないけど。

 ますます頭が……。


「それからもフリートの人はコズミのことを教えてくれた。女の子、つまりアオイね、と暮らし始めたとか、あなたたちの先生になったとか」


「フリートの人たちって何者?」


「さあ? 女神の知り合いみたいだけど詳しいことは知らないわ。それでその女神がコズミが死にそうだから必要な物資を支援ボックスに入れてくれと言ってきた」


「女神様の知り合い!?」


 え、え?

 コズミ先生の仲間が女神様の知り合いで、女神様はコズミ先生を誘拐……ますますわけがわからない。


「私たちはコズミのためにエリクサーの素材を集めて……チャンスだから私も支援ボックスに潜り込んだのよ。コズミのところへ行くために」


「だからあの箱からスズリが出てきたっすね」


「でも、女神は私がそうすることも計算づくだったのかもしれないわね。なにを考えているのかしら?」


「そんなの私たちにわかるわけがありません」


 まったくだ。神ならぬ私たちがわかるはずもない。

 わかるのは、女神様はコズミ先生を助けようとしているということだけ。


 女神様は間違っていないと思う。

 誘拐とスズリは言うけど、そのおかげで私たちはコズミ先生に会うことができた。出来損ないじゃなくなることもできたわ。

 コズミ先生と出会えなかったらなんて、考えたくもない。


「できたわ。……プラスはつかなかったけれど、これならコズミは助かるわ」


「やった!」


「すぐにコズミ先生を治して!」


「待ちなさい。洗面所はどこかしら?」



 ◇



 スズリは洗面所につくと念入りに顔を洗い、歯も磨きだした。

 大事な人に会うのだから身だしなみを整えたいというのはわからないでもないけど、急いでほしい。

 その間にグレーシャンとイザベルの二人の先生、教皇シルヴィア様、霊草を探しに出ていたシンクレーンたちも戻ってきていた。


「エリクサーができたって言うのはマジか?」


「大マジよ。これから使うから静かにしていて」


「お、おう」


 初対面のスズリに驚きながらも道を開けるシンクレーン。お風呂ベッドに眠るコズミ先生にむかうスズリに視線が集中する。

 スズリはエリクサーだと思われる液体の入った瓶を出すと、おもむろに自分の口に含んだ。


「そ、それは!?」


「ちょっ?」


「まさか?」


 みんなが騒ぐのも気にせずにそのままスズリは顔をコズミ先生に寄せていく。

 そうきましたか。

 まさか口移しで飲ませるとは!


「ズルい!」


「コズミ先生……」


 スズリに口づけされたままコズミ先生の喉がゆっくりと上下すると、その顔色がみるみるよくなっていきます。

 対照的にスズリの顔は赤さをどんどん増していって。


「ふっふっふ……やったぜ!」


 唇を離したスズリはそう叫び、その場に倒れたのでした。

 ……鼻血がたらりと出ていますが満足げな表情ですね。



読んでいただきありがとうございます

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