85話 最終回に非ず
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84話と85話を入れ替えました
まいった。
久しぶりに吐血してしまった。
心労が祟ったか。
8組の生徒たち、そして可変型のマシニーズの運命がかかっている試合のためと、かなり無理していたからな。
試合後はエリクサーのクラフトに集中できるかと油断していたら、学園長の襲来。やはり多少はストレスがあるのだ。
場所がキッチンだったから流しに駆け込むことができて、周囲を汚すことがなかったのは不幸中の幸いだ。
だが、それを生徒たちに見られてしまったのは大失敗だったようだ。
初対面の頃から身体が弱いと言っておいたからそんなに驚かれないと期待したのだが、残念ながらかなりの騒ぎになってしまった。
そんなに心配することはないのに。
「シラユリ、早く治療を!」
「え、ええ!」
「慌てるな。この程度の吐血なら……」
まずい。またこみ上げてきた。
内臓の傷みが進んでいる……。
大丈夫だからと手で制しながらキッチンを出て自室へ向かう。
くう……階段がツラい。なんでこんなに力が入らないんだ。
「コズミ先生、無茶はいけません」
「そうだね、ここはおとなしく治療を受けなよ」
グレーシャンの肩を借りて俺はほとんど上がれなかった階段を降りて、担架に乗せられる。
む?
この担架はもしかして……。
◇ ◇
意識が戻った時には俺はベッドの中だった。
ただのベッドではない。布団ではなく液体の満ちた医療カプセル。
これはシラユリの救急車ロボ内にあった設備だ。
だが、ここはシラユリの中ではないようだ。
シラユリの注文で用意して、まだ完成に至っていない礼拝室。
治療ベッドを運び込んだのか。この部屋には、あとで楽器等を使う時のためにコンセントを設置していたが、それが役に立ったようだな。
液体の温度は温い。体温と同じぐらいなのかもしれない。
肺への負担を避けるためか完全に水没しているわけではなく、頭と胸が水上に出るように横たえられている。
鼻と口を覆うマスク、腕には点滴をつけられていて、身体はかなり楽になっていた。
「お気づきになりましたか?」
「シラユリ? 中からこれを出して大丈夫なのか?」
「はい。あの子たちが教えてくれましたので」
俺の顔を覗き込んできたのはシラユリ。このベッドの持ち主……というか、身体の一部な気もするが。
中の機器を出しても変身は解除できるのか。そして、変身解除しても出した機器は残る、と。
だがあの子たちって誰だ?
「このベッドの設置もあの子たちがやってくれたんですよ」
シラユリの視線の先には、一体のサポートドール。救急車ロボに付随するロボだ。
なるほど。こいつが治療ベッドの使い方の指導や点滴をしてくれたんだな。
「ある程度は自立型だったのか。……喋れるのか?」
「はい。コズミ先生の容態も教えて貰いました」
「そうか。……俺を脱がせたのもそいつらか?」
液体に浸すためだろうか、俺は服を着ていないようだ。
……トランクスは履いているようなので一安心。
今さら恥ずかしがる年齢でもないが、やはり生徒に脱がされたとあっては少し少ぉしショックだ。
サポートドールはシラユリと別物、そう考えるしかあるまい。
「え、ええ。あ、コズミ先生の意識が戻ったことをみんなに知らせなくてはいけませんね!」
「お、おい!」
シラユリは凄い勢いで礼拝室を飛び出していった。
そんなに急ぐのであれば護符の通信機能を使えばいいだろうに。それはシラユリもわかっているはず。明らかになにかを誤魔化すためだ。
なんだろう、その反応はちょっと気になるのだが。
まさかトランクスの中身までは見てないよな!?
暫くたっても誰もこなかった。
多少は心配してくれているかと思ったが実はそうでもなかったのだろうか。
それともまさか、皆になにかがあった?
俺の不安な表情に気づいたのか、サポートドールが教えてくれた。
皆は俺のためにエリクサーの素材を集めようと出かけているらしい。
シラユリだけが俺を看るために残っていてくれたとのこと。
「それこそ護符使えよ……」
俺のつぶやきにサポートドールはポンと手を叩くのだった。
お前も気づかなかったのか。
自分の護符で連絡をつける気にもならず、のんびり待つことにする。
なんとなく、このまま死んでもそれはそれでいいかな、なんて思いながら。
教え子たちにはまだまだ教えたいこともないわけでもないが、彼女たちならもう大丈夫だと信じている。出来損ないと呼ばれることももうあるまい。
そして、基地こそ造れなかったが8組の寮はほとんどできている。家妖精が居着いてくれそうだったから俺の作品が後々まで残ってくれるだろう。
本来ならむこうで人知れずにコントローラを握りながら死んでいたはずの俺が、こんなにも前途有望な美少女たちの役に立てたのだ。
しかも、リアルで巨大ロボの操縦もできた。男の浪漫を叶えているのだ!
俺が死んだら生徒たちは泣いてくれるかな?
そんなことを考えながら再び微睡みの中に落ちていく。
◇ ◇ ◇
目が覚めた時にはベッドの周りを少女たちが囲んでいた。
みんな心配そうな顔をしている。
治療ベッドの蓋が開いているところを見ると、俺の治療を行おうとしていたところなのだろうか?
「そんな泣きそうな顔をするな。まだ俺は生きている」
「コズミ!」
濡れるのにも関わらずアオイが抱きついてきた。
震えている?
やはり俺の死期が近いのかな。それをアオイも知ってしまったのだろう。
「ありがとう、アオイ。君のおかげで死ぬ前に楽しい時間を過ごすことができた」
「コズミ……」
震えるアオイを抱きしめ、背中をぽんぽんとやさしくたたく。点滴が抜けそうだが、今更かまいはしない。
「グレーシャン、8組の生徒たちのことを頼む」
「今際の際みたいなことを言うなよ……」
実際そうだと思うのだが。
こっちの言葉で遺書を書こうと思っていたのに間に合わなかったなあ。
「イザベル、結婚式には行けそうになくてゴメンな」
「なにを言うの! コズミが出ないなら私、結婚なんてできないわ!」
「ははは。それじゃサモピンに恨まれそうだな」
二人の新居、建築してあげたかったよ。
レストランなんてMODにあったパーツにピッタリのがあったのに。
「みんな、あのお願いを叶えてあげられなくてすまない……立派なマシニーズを目指して……俺的にはもう立派なマシニーズになっているとは思うが、がんばってくれ。ずっと見守っている」
「コズミ先生……」
ああ……なんかいい気持ちだ。
この治療ベッドのおかげだろうか、苦痛がほとんどない。
「コズミ……」
「なんだアオイ? 死に水をとってくれるのか?」
父親が日本人でも、小さい頃に生き別れてしまったアオイは死に水の取り方なんて知らないはず。正しいやり方を教えなくては。
ああ、だがもう……力が入ら……な……。
…………。
……。
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