67話 歴史的瞬間
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今回は三人称です
機神巫女科の課題であるパートナー探し。
パートナーを得た力を示す試合は学園都市にとっては観光行事としても見られていた。
なにしろ、確実に次世代の機神巫女の戦いを見ることができるのだ。スカウトマンだけではなく、ただのマニアやファンをはじめとした学園都市の住人のほとんどがこの日を楽しみにしている。
「例年よりも盛況のようですね」
「どうやらドメーロが盛んに宣伝してたようですな。伝説のスウィートハートの名を騙るペテン師の化けの皮が剥がれるのを見せてやる、と。だが化けの皮が剥がれたのはあやつの方だった。まだ諦めてはおらぬようですがな」
「困った物です」
副学園長サローと女神教教皇シルヴィアが同時にため息をついた。
機神巫女は強さこそが重要。弱き出来損ないのパートナーである男が伝説のスウィートハートであるはずがない、というドメーロの主張を女神が認めることはないが、来賓客や学園長がそれを認めたら面倒になりそうだ、と。
「私はあのコズミ君ならばなんとかしてくれると信じたい」
「はい。彼は勝てる自信があるようでした。彼だけではなくグレーシャンさんもそう思っていましたよ」
「なんと、あのグレーシャン君がか。コズミ君がコーチとして雇ったというのは本当であったとは。たしかに8組の生徒たちの目に去年まで諦めの色はない。ふむ、彼女は帝国軍将軍を辞めさせられたと聞くが、もしそうならドメーロのかわりに1組を任せてもいいかもしれん。学園長と相談してみるとしよう」
ドメーロ派の排除が進まない理由として、彼らが引き継ぎを拒否しているというのもあるが、替わりの教師の目処が立っていないというのもあった。
「すみません。本来なら女神教から新たに派遣したいところなのですが、恥ずかしながら偽神官騒ぎで各地で人手不足となっているのです」
「困ったものですな。女神様にはなにかお考えがあるのでしょうが……」
「女神様は出来損ないと呼ばれている機神巫女たちのことに心を痛めているようでしたから、ついに動いたというべきでしょうか。……私に力があればあの者たちも耳をかして、女神様に見放されることもなかったでしょうに……」
「お気になさいますな。調べてわかったのですが、偽神官となった者たちの行いは目に余ります。私とてあれを見逃していたかと思うとこの目の節穴っぷりに情けなくなります」
ドメーロ派と呼ばれる神官たちがいかにこの学園都市で幅をきかせ、8組の生徒たちを蔑ろにするよう工作していか、調べれば調べるほどに余罪が浮かび上がってきていた。
「……おお、そろそろ第一試合が始まるようですな。シンクレーンは剣を身体に固定しましたか。ああいうのは初めてです」
「本当にシンクレーンさんにもコズミさんの色が出ていますね。あの方はいったい……。相手の子は1年生ですか。パートナーもいないようですけれど」
「あの者は魔法に長けておってな。パートナーなどなくても自分は強いと思い上がっておるのですよ」
「ふふっ。若いですね」
そう微笑むシルヴィア。彼女は二十代前半の姿であったが、実年齢はその倍以上。女神の加護によって老化が抑えられていると噂されていた。
試合場では二機の機神巫女が準備を終えた。
剣を構えた巨人と剣を固定した消防車が離れた間合いで向かい合う。
巨人は相手を侮ったか、盾を装備していなかった。
……否。盾を装備しなかったのは別の理由である。巨人は剣を持つ手とは反対の手を消防車に向けると、巨大な火球を発射したのたのだ。
消防車はそれを巧みな走行で回避しながら巨人へと近づいていく。巨人は次々と火球を放つが消防車にはかすりもしない。
「ほう。シンクレーンは去年までとは動きが違うな。スピードも速い」
「1年の子は焦っていますね。無駄撃ちばかりです」
観客だけではない。1組の生徒たちも今までとは違う8組の動きに戸惑っていた。
「そこですわ、そこでいくのですわ! ああっ、かわされたのですわ!」
「……どっちを応援してるんだ、クリム?」
「ああっ! そうでしたわ。1年を応援しないとあの下着を見ることができないのですわ! もっと気合いを入れなさい、ですわ!」
パートナーのいる指揮者の丘では、ドメーロがイライラしていた。
「その程度の出来損ないぐらいさっさと仕留めんか!」
「ドなんとか、パートナーでもないのに聞こえるわけないだろう。偽神官はそんなことも知らないのか」
『無能だな』
戦闘中のシンクレーンも相づちを打つ。それぐらい余裕であるというアピールなのだが、ドメーロはそれに気づかず、より一層声を荒げた。
その声が聞こえているわけではないが巨人は連射を止める。MPが尽きたのではない。消防車を真正面に見据え、その剣が届くよりも先に火球を当てるつもりなのだ。
『そういうの、嫌いじゃねえぜ』
シンクレーンは相手にパートナーがいないのを残念に思う。もしパートナーがいれば変形してまともに戦ってみたのに、と。
一直線に向かってくる消防車に巨人が今まで一番大きな火球を放った。だが、それと同時に消防車も放水する。
『ウォーターショット!』
火球は水によって消され、さらに続く放水が巨人の顔に当たり視界を塞ぐ。
回避が遅れた巨人は伸びた梯子の先に固定した剣に貫かれ、消えていく。
『おいおい、一撃たあ鍛え方が足りないんじゃねえのか?』
「可哀想なことに教師に恵まれてないからな」
ダメージによる変身解除によって、制服が破けた1組の少女。シンクレーンも自ら変身を解除してその少女に前もって用意していたマントを羽織らせる。
「いい勉強になったろ?」
「はい……」
シンクレーンは気づかなかった。
対戦相手の少女の頬が染まっているのを。
この日から爆発的に増えるシンクレーンの熱狂的なファンの一人となることを。
「8組生徒の初勝利ですね」
「これは歴史的な出来事と言っていいでしょう」
「まだまだこんなもんじゃないんだよね。次からの戦いもしっかり見てくれよ」
貴賓室に現れたグレーシャン。
副学園長もそれに気づく。
「久しぶりだな、グレーシャン君」
「副学園長も元気そうだね。解説が必要だと思ってやってきたよ」
「まだなにか8組にはあるのかね?」
「そうだね。それこそ歴史的な、ってやつが待っているよ」
ニヤリと笑うグレーシャンが指した先にはシラユリの姿があった。
彼女は生身のままゆっくりと剣と盾を受け取る場所へと歩いて行く。
「また剣をくくりつけるつもりか? 今度の相手は3年。さっきのようにはいかんぞ」
「今度はちゃんとパートナーもいるようだな。ドなんとかも聖女は怖いと見える」
「ふん。出来損ないが聖女などであるはずがなかろう」
シラユリの対戦相手であるサベージュのパートナーも指揮者の丘にいたのだが、コズミとドメーロの雰囲気にかなりの居心地悪さを感じていた。
なんとしてでも勝たせろ、とドメーロからのプレッシャーも大きい。もっとも彼はドメーロを偽神官だと軽蔑しているので、指示に従うつもりはなかったが。
「やはりなにもわかっていないな」
フッと鼻で笑うコズミとタイミングを合わせたのかのようにシラユリが変身し、さらに変形していく。
「なっ、シラユリは出来損ないではなかったというのか!?」
「今頃気づいたか、偽神官」
「だ、だが、出来損ないではないというのならシラユリは1組の生徒だ! 儂の駒だ!」
「生徒を駒扱いするな。……シンクレーン、見せてやれ」
コズミの指示に従い消防車に再び変身し、そして変形するシンクレーン。
人型に変形した二機を見て観客たちがザワザワと騒ぎ出す。
あれはなんだ、いったいなにがどうなっているのか、と。
それに答えたのはグレーシャンだった。先ほどの副学園長にまけないぐらいの大きな声で告げる。
「静まれ! あたしは元、ズーラ帝国北軍将軍のグレーシャンだ。8組の生徒のコーチをしていたので事情に詳しいあたしが解説してやるよ。8組の二人が姿を変えたあれが変形だ。8組の生徒たち、可変型の機神巫女が持つ能力だよ」
グレーシャンの解説によって静まりかえる観客たち。
それを満足そうに見回してグレーシャンは続ける。
「いいか、8組の生徒たちは出来損ないなんかじゃないよ。今までは無能な偽神官が教師だったから変形できなかったけど、勇者アオイが見つけ出した伝説のスウィートハート、コズミによって全員が変形できるようになっている!」
観客たちは理解した。
自分たちは今まさに歴史的瞬間に立ち会っていると。
それだけに今まで出来損ないと蔑んでいた生徒たちがそうでなかった証拠を目にして、自分たちがいかに愚かだったかを知ることにもなったのだ。
「8組の生徒を出来損ないなんて呼んでいた無能に、うちの生徒を渡すワケにはいかないな」
コズミにそう言われたが、あまりのことに頭の中が真っ白になってしまったドメーロはしばらく返事すらもできないのだった。
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