65話 試合服
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今回は三人称です
学園都市には様々な来訪者がやってくる。
観光目的だけではない。
フロマ学園に跡継ぎを通わせる貴族の見学や、機神巫女科の生徒をスカウトするための視察等で大臣や将軍を派遣する国もあったりするので、それらに対応した高級宿もいくつか存在する。
その高級宿の一つで苛立つ男がいた。
自分たちを批難する暴徒一歩手前の市民のために神殿や教員宿舎にいることもできず、馴染みの旅館に逃げ込んだドメーロである。
この宿も、商売敵の人気宿が「出来損ないの関係者が利用している」と噂を流したりして妨害工作を行ったほどの仲だ。他にもドメーロとともに行った後ろ暗いことは数知れず、今さら手を切ったりもできない。
「ええい、あやつらはまだ排除できんのか!」
苛立つままにワインを呷る元司祭。
あの出来損ない勇者が帰還してからというもの、彼の思惑は外され続けている。
この苛立ちは、女神の神託が降りて自分がなるはずだった教皇の座を名も知らぬ小娘に奪われた二十年前のあの日を思い出すほどだ。
「なにが伝説のスウィートハートだ、ペテン師めが……っ!」
コズミに打たれた肩が痛み顔を顰める。
あの男の暴行を世間に知らしめる材料として利用するつもりが「その程度の傷も癒やせないとは本当に偽神官だったのか」と逆に自分が不利となる証拠となってしまった。
配下の神官に治させようとするも、彼らも力を失ってオロオロするばかりである。仕方なく薬で治したが、傷は完全に癒えているはずなのに痛むのだ。
「昨夜、出来損ないの新たな寮に向かった者のうち二名が卑劣な罠にかかり、捕縛されました。その者たちがあなたの名を出したため衛兵たちがドメーロ様を探しております」
「ふん、やつらが勝手にやったことよ。儂が指示したわけではないわ!」
「逃げ帰れた者たちはあの寮に手を出すのは無理だと泣き言を言っております」
裏事を得意とする者たちであったが、それ故に全く見抜けないトラップ群に恐れをなしていた。
女神の奇跡を失ったことも大きい。
自分たちは女神に許されているからなにをしてもいい、という免罪符がなくなったのだ。
全てをドメーロの責任にして、女神に懺悔する者すらいた。
「冒険者を雇え。傭兵でもかまわん」
「難しいかと。捕まった二人を衛兵に突き出したのはグレーシャンです。最強の機神巫女を敵に回す者などいません」
「なんだと? おのれ、学生時代に目をかけてやった恩を忘れおって!」
グレーシャンが聞いたら鼻で笑うようなことを本気で思っているドメーロ。彼がしたことと言えば、有能な機神巫女であった彼女を各国に売り込み、高い情報量をせしめただけだ。
他には友人であったイザベルとの接触を禁じたりして、恨みこそすれ恩を感じることは一度たりとてなかった。
「シラユリはどうした? あの出来損ないにペテン師を浄化させよ」
「呼び出しにも全く応じる気配がありません」
「ちっ、誰があの出来損ないを神官にしてやったと思っているのだ!」
シラユリは言うだろう。お前ではない、と。
彼女はドメーロたちに従うことが多かったが、それは8組の生徒たちの被害を減らすためで、たとえ自分がどうなってもドメーロは必ず始末するとさえ思っていたのだ。
「こんな時にこそ役に立たんでなにが聖女だ!」
「あの者が聖女だというのは真だったのですか!?」
「そんなわけがなかろう! 出来損ないが聖女など許されてたまるか!」
出来損ないに聖女が現れては現教皇の後押しとなると恐れたドメーロはシラユリが聖女であることをひた隠しにし、使い潰すつもりで手元に置いていた。
「飼い犬に手を噛まれるとは……」
マキにゃんは「その言葉、そっくり返します!」と言っていたが奇跡の力を失ったドメーロに届くことはない。
もっとも女神由来のスキルを回収する前からドメーロには彼女の声は届かなくなっていたのだが。
「出来損ないどもが使用している畑は焼いたのだろうな?」
「はい。……しかしペテン師に騙された愚民どもが謝罪として食料を差し入れております」
「ならばそれに毒を紛れ込ませんか!」
「はっ、はい!」
自分たち正しき神官を批難する愚かな者どもめ、忌々しい……ギリッと歯軋りすると、口の中に違和感があるドメーロ。
ペッと床に吐き出したのは歯であった。
副学園長サローによって与えられた攻撃によって、ぐらついていた歯がついに抜けてしまったのだ。
今まで自分の怪我や病気は真っ先に回復魔法で治療してきたドメーロにとって、この衝撃はあまりにも大きい。
「くっ、くそっ! ……まあいい、明日の試合で出来損ないどもの無様な姿を見れば、女神も愚かな考えを改めるであろう。教皇に相応しいのは貧弱な出来損ないなどではなく、この儂であるとな」
「……そろそろ、飲酒はお控えになった方がよろしいのでは?」
「なにを言う、酒だ、酒をもて! 祝杯だ! 真の教皇の命令であるぞ!」
忠告した元神官は泥酔したドメーロのあまりにも都合のいい妄想に首を振って部屋を後にし……二度と戻ってくることはなかった。
◇ ◇ ◇
機神巫女科のパートナー探しの課題、それの確認のための生徒たちの試合が行われるその日。
試合会場であるパレタ荒野に8組の生徒たちの姿もあった。
コズミとグレーシャン、イザベルといった指導者たちも一緒である。
「や、やっぱこれ、恥ずかしくねえか?」
「シンクレーンはこういうの着慣れてそうですけど?」
「こんなの、昔だって着てねえよ!」
8組の生徒たちは全員が同じ服装をしていた。
今まで彼女たちが着ていたツギハギの旧制服ではない。
また、1組生徒たちが着ているような学園の新制服でもなかった。
「ふん。黒一色とは喪服のつもりか。学園の制服を着てこんとは学園を去る覚悟ができているようだな」
「学園を去る準備を早くしてくれ、偽神官ドなんとか。副学園長の許可は貰ってある。どっかの偽神官が執拗に制服の購入を邪魔してたから少し違う物になったのは仕方あるまい、とな」
8組生徒の衣装はドメーロが指摘したように黒一色。
これはコズミ先生の色だから、と生徒たちが強く望んだことだった。
コズミとしては学園の新制服と同じ物を用意してやりたかったのだが、記憶を頼りの再現では上手くいかなかった。これが服ではなくロボットや鎧、建築物ならばまた違ったであろうが……。
そのため生徒たちに修正する箇所を確認したところ、色は黒がいいということになり、デザインもいつのまにか新制服とは少し趣が違う物となっていく。
思い出せない細部をフリルで誤魔化してみたら、それがイザベルに気に入られフリル増量が進む。
出来上がったものを見てコズミは「黒ゴスかよ」と呟いていた。
ゴシックファッションならば存在する世界だが、制服の面影をいくらか残しつつ、あまりにも見事なレースのフリルがふんだんに使われた漆黒の衣装は貴族の目をもひく。
「よく似合っているのですわ! お針子さんはよくわかっているのですわ!」
鼻息荒くシンクレーンを凝視しているクリム。
これならば下着も黒を贈るのでしたわ、と若干後悔していた。
一方その隣ではクリムのパートナー、勇者モーブがアオイを見つめ、耳まで真っ赤になって惚けている。
「綺麗だ……まるでお姫様みたいだ」
「これ、動きにくい。やっぱりジャージの方がよかった」
アオイの方は不満気であったが。
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