57話 勇者の姉
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今回はグレーシャン視点です
「まいったな」
学園都市をぶらつきながらつい、そんな言葉が出てしまう。
あたしはグレーシャン。
帝国北軍将軍。元、ね。世間では帝国最強なんて呼ばれていた。
だけどハンデがあったはいえ、決闘に敗れて皇子に将軍をクビにされてしまった。
今じゃフリーの機神巫女さ。
後悔はない。
師匠に「皇子のことをよろしく頼む」とは言われていたが、あの時あたしが決闘に勝っては皇子のためにならない。そう思ったから勝負を切り上げて敗北宣言したんだ。
だがもう少しやり方があったかもしれない。
師匠に合わせる顔がない。クビにされたのは渡りに船だった。
帝国に戻らない口実ができてよかったよ。
北軍はちょっと心配ではあるが、少しは機神巫女の扱いを考えるいい機会にしてくれ。
もし本気でヤバい状況ならあたしにもお呼びがかかるだろう。そうでないなら、帝国が危機に陥るだけだ。
問題は、特にやりたいことがないってことだ。
サモピンとイザベルがくっついてりゃ、あたしもマジでパートナー探しをすんだけどね。
……未練がましい。
帝国じゃ、機神巫女との結婚は貴族の地位を示すためみたいな風潮があるから面倒なんだよな。
馬鹿な貴族が上から目線で妻になることを命じるとか日常茶飯事だったしさ。
もちろん、それに応じる義理はない。
帝国軍だって機神巫女の力に直結するのがパートナーだから、結婚を強制されても断ることができる。
けど、そういう貴族に限って狙った機神巫女のパートナーに嫌がらせするんだよ……。
あたしはパートナーがいなかったけど、それでもちょっといいなって思ったやつはすぐに会わなくなって、あたしの周りは女と既婚者ばっかりになっていた。
そりゃパートナーなんてできるワケがない。
はあ……。
この際だ、あいつらの後押ししてみるか。
それでうまくいったら、あたしのパートナー探しだ!
◇ ◇ ◇
試練に挑戦し帰還を絶望視されていた勇者様が学園都市に帰ってきた。
勇者だけど出来損ないだったせいか、ドメーロに疎まれて試練に挑戦させられたんだろうね。まあ、あたしは心配なんてしてなかったよ。
だって勇者は同じ孤児院出身の妹とも言えるアオイだからね。同じ孤児院のモーブは心配しまくってたけどさ。
まさか勇者召喚とはね。
出来損ないの聖女と賢者がいるって情報は帝国軍も掴んでいたけど、上層部は半信半疑だった。
だってレアスキルホルダーが三人も出来損ないだっていうのはちょっと信じられなかったんだろうね。
だが勇者召喚によってそれが証明された。しかも相当優秀だってことも証明されている。
勇者召喚と、女神の試練を成功させたんだからね!
今頃帝国もこの情報を入手して、どう対応するか会議してるんじゃないかね?
ただ、出来損ないたちの扱いはあたしが学生だった頃よりも悪化しているみたいだ。
女神教の神官が先頭になって出来損ないを貶めていやがる。教皇が出来損ないってのも秘密にしているぐらいだしな。
この状況をなんとかしないと、サモピンとイザベルをくっつけんのは難しそうだね。
◇ ◇ ◇
アオイが帰還して数日。
あたしはイザベルと再会し、サモピンのことをどう思っているか確認していた。
「しつこい。あんたが結婚してやりゃいいだろ!」
「いいのか? あいつのこと好きなのはわかってんだよ」
「べ、別にあたしはサモピンのことなんて」
ならなんで半泣きで睨むんだかね?
まったく。素直じゃないんだからさ。
「あたしだってあいつのこと、嫌いじゃ……なんだよ、うるさいね」
「上を見てるやつが多いけどいったい……おい!」
イザベルが指差した空に飛んでいたのは機神巫女だった。しかも出来損ないだ。
それにこの感覚、あたしの知っているやつみたいだね。
空を飛ぶ機神巫女ことアオイのバラ撒いた紙によって、街は大騒ぎさ。
それだけ紙に書かれた内容は衝撃的だったからね。だけど疑う気にはなれない。
女神様が出来損ないなんて失敗をするのはおかしいってのは納得できるんだ。
イザベルのような8組の連中が信仰心が不足してるなんておかしい、女神様はなにを見てるんだってずっと思ってたからね。
その疑問が一気に解消された。胸にストンと落ちるってやつさ。
それにしても寮が放火されたってのは許せないね。
あたしがその場にいたら犯人を地獄に送ってやったのに。
街の騒ぎは広がる一方かと思われたけど、8組の機神巫女が大通りを走りながら心配するなって説得したおかげか、そこまで酷くはならなかった。
チッ。ドメーロを吊るし上げる暴動にでもなりゃよかったのにさ。
「マシンナリィしても喋れるのはアオイだけじゃなかったのかい」
「あんな光と音を出すのも初めてだ。これは勇者が連れてきたという伝説のスウィートハート、本物かもしれないね」
「そうだね。会いに行ってみようか」
サモピンの店に行こうというのは嫌がったイザベルだったけど、この提案には反対しなかった。後輩たちが心配なんだろうね。
イザベルも暮らしていた寮はもう見る影もなかった。8組の子は無事なのかい?
不安になりながらも新しい寮へと向かう。
「まるで砦だね」
「この呼び鈴を使うみたいだ」
寮への行く手を阻む巨大な塀。ぐるっとかなり大きな面積を囲んでいるみたいだ。あまりの高さに寮の姿なんて全く見えない。
イザベルが門のそばに見つけた呼び鈴を押すと、それから声がして驚いた。門の向こうにいるのかい?
『どちらさまですか?』
「……あたしはグレーシャン。アオイの姉だ」
そう名乗ったのがよかったのか、暫くして門が開いて8組の子が出てきたよ。
この門は特定の者しか開けられないらしい。マジックアイテムなのかねえ。
防犯のために罠がしかけられているので真っ直ぐついてきてくれと言われる。
砦よりも警戒してるみたいだね。
案内された先の新しい寮にまた驚かされてしまった。
8組の古い寮とは比べものにならない、いや、あたしが暮らしてた1組の寮だって上回る豪勢なお屋敷だったからだ。
「ほ、本当にここに8組の生徒が住んでいるのかい?」
イザベルの質問は当然だろう。あたしだって信じられない。
けれど案内してくれた子は肯定した。
8組の新しい担任となった伝説のスウィートハートが僅か数日で建てたというからさらに驚きだよ。
再会したアオイはあたしのことを覚えていてくれた。
あたしの記憶では小さな子だったのにね。大きく……そこまでは大きくないけど成長していたよ。
アオイが選んだ伝説のスウィートハートのコズミは予想とは全然違う、ひょろっとした眼鏡と髭のおじさんだった。あたしより年上だろう。
こいつが本当にこのお屋敷を作ったっていうのかい?
だけどアオイや生徒たちはこの変な男を信用しているみたいだよ。
コズミの提案であたしとイザベルが8組の子のコーチになってしまった。
教えるのはかまわないけど、1組の子に勝つのは難しいのをわかってんのかねえ。
◇
変な男かと思ってしまったコズミだけど、ただの変な男ではなかった。
料理の腕がとんでもないのだ。
カラアゲっていう料理しか食べてないけど、信じられないくらい美味しい。
使った鳥肉もいいのはわかる。ガーリックと……なんだろう、この味は? こんなの初めてだよ。
とっておきだという酒も美味しかった。
初めて見る金属筒に入れられたそれはよく冷えていて、カラアゲに合う。あっという間に飲み終わってしまった。
どこで手に入るのかと聞いたら、異世界らしい。残念でならない。
コズミはこの寮で暮らしているだけにとどまらず、8組の子全員のパートナーになっていると言う。
異世界からきたから機神巫女のパートナーを軽く思っているのだろうね。
食後も何度か驚かされる。
見事な大浴場や、宿泊する部屋などだ。特にあのトイレはおかしい。
「ひゃうぁっ!」
アオイに説明されて使ってみたが、変な声が出てしまった。
誰がこんなの考え出したんだい?
だけど本当に驚いたのはその翌日。
あたしたちのコーチが始まってからだ。
8組は訓練場なんて使わせてもらえないので、街からかなり離れた外で訓練するのかと思ったが違ったよ。
屋敷の地下にあった小型の次元門を通っていった先は異世界。コズミの世界とは違うらしいが、ここでアオイと会ったのだと言う。
それだけでも驚きなのに、そこにはあまりにも巨大な鳥がいて、思わずマシンナリィしそうになってしまった。事前に守護鳥がいると聞いていたのにだよ。それぐらい威圧感を感じるやつだったね。
問題はこの先。
次元門のすぐそばには大きな壊れた塔があって、周囲は砂漠。
ここならマシンナリィしても周りに迷惑がかからないからか、8組の子たちがマシンナリィしていく。
うん。やっぱり全員が出来……特殊な形状の機神巫女だね。
だけど、コズミが指示を出したら、あの子たちの姿が変わっていく。
なんだよ、これは!?
折れ曲がったり伸びたり回ったりして、腕や脚が生えてきて……!
「お、おい……これって」
「普通の機神巫女に……なった?」
イザベルとあたしはお互いの顔を見合ってしまう。
そして、もう一度8組の子へと視線を戻すがやはり目に映るのは普通の機神巫女と変わった子たちだ。
「これが変形。出来損ないと言われている特殊な形状のマシニーズの能力だ」
『変形するとちゃんとスキルも魔法も使えるのだ』
『コズミ先生のおかげでみんな変形できるようになったんです』
『コズミはスゴイ』
さも当然のことかのように淡々と説明するコズミ。
その胸の護符から複数の子の声がしていた。よく見れば8組の子みんなに黒いラインが入っている。あれがコズミの色か。
本当に何人もとパートナーになってるなんて!
……あたしもパートナーになれるかね?
ふとそんなことを思ってしまうのは、お年頃だから仕方がないよ。
変形というあまりのショックにあたしの思考は現実逃避してしまうのさ。
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