48話 実演
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朝。生徒たちの話題は布団とトイレのことばかりだった。
「興奮して寝れないかと心配したのに、すぐに寝ちゃったみたい」
「あのお布団は危険です。起きたくないという誘惑に抗えない」
「だからお寝坊さんが多いんですね」
むう。
そんな弊害があるとは予想できなかった。
たしかに布団の寝心地は悪くなかったとは思うのだが。
「お尻に温かいお湯が当たった時は悲鳴を上げてしまいました」
「あのトイレはなんなんだよ」
「先生の故郷では一般的なものだが?」
「そ、そうなのか? 深い意味はねえんだな?」
あまりの衝撃だったのだろう。シンクレーンがおかしなことを聞いてきた。
こっちのトイレ事情はよくないらしいからな。
校舎のトイレもなんとかしたいところだ。
主に俺のために!
「トイレにどんな意味があるというのだ」
「そ、それは……尻を……」
赤い顔でもごもごと言いよどむシンクレーン。
もしかしてトイレの排水が肥料に回されるのが不満なんだろうか?
多感な年頃の少女だけに恥ずかしいのかもしれない。
「排水はちゃんと処理されて肥料になるから恥ずかしいことなどなにもない。そんなに気にすることはないぞ」
「そ、そういう意味じゃなくてよ……」
「ま、まさか、ビデ機能のことか? スマン、先生はそっちのテストはできないんだ。不満があるなら言ってくれ、すぐに改修する」
クラフトレシピにあったトイレにもその機能があって驚いたけど、3B仕様で元からあったのだろうか?
あ、それともトイレにクズカゴを置いておくのを忘れたのがマズかったのか!
女子トイレにはないと困るらしいからな。
「コズミ先生、その話はあとにしましょう」
「そうか? トイレは重要だぞ。健康のためには避けてはいけない話題だからな。……男性相手には話しづらい話題だったかな、すまん」
こういうデリケートな話題を対処してくれる女性はいないだろうか?
学園の教師とはまだそれほど親しいわけでもない。
シルヴィアに相談したら怒られるかな。
「ならば今日の特訓の話に移るがいいか?」
「さっさとそうしてくれ」
「わかった。ではまず、渡したバッグの中身を確認してくれ。武器も入っているから気をつけてな」
すでに各自に昨晩クラフトして強化したバッグを渡してある。その中には生徒たちの装備品を入れてあった。
「このバッグにですか?」
「不満があるならどんなバッグがいいかわかるようにしてくれ。見本でもイラストでもいい。今回は戦闘の邪魔にならないようなデザインにしたつもりだ」
女性はバッグにうるさいものだからな。
男でもこだわるやつはいるが、俺は服やアクセサリーよりは建築とロボの方ばかりが気になってしまうのだ。
「この大きさに武器が? ……本当に出てきた!?」
剣を出したアサギリが驚いている。
バッグよりも大きな剣だからだろうが、こっちにだって魔法の鞄くらいあるとキントリヒが言ってたはずだが。
「マジックバッグ? そんな高価な物を……」
「いや、マジックアイテムではい。収納ボックスをセットしただけだ。収納ボックスと同じように名前を入れておけばその人物しか使えなくなる。ただ、小型の収納ボックスしかセットできなかったから、それほど収納量は多くないし、あまり大きな物も収納できない」
収納した物の重さは感じないようだから、せめて中型の収納ボックスがセットできれば。ロボサイズのパーツも収納できるようなバッグが作れるMODを入れておけばよかった。
「これだけでも十分すぎます。いくらすると思っているんですか!」
「知らん。給金もまだ貰っていないから、こっちで買い物なんてまだしていない。どんな物が売っているかは楽しみだが、それは試合がおわって時間ができてからだ」
副学園長と交渉した時は建築に夢中になっていて失念していたが、よく考えたら当座の生活費として前金でいくらか貰っておくべきだったと反省している。
まあ、土地を貰ったようなものだし、現金がほしくなったらなにか売ればいいかと深く考えないことにしよう。
「コズミ先生は大物ですわね」
「えっへん」
なぜそこでアオイが胸を張るかな。
それ、褒めてないっぽいから。
たぶん心配されているから。
「それじゃ全員、確認するぞ。まずは剣だ。他の武器がいいなら言うように」
「試合じゃ剣を使うから剣でいいだろ」
「そうなのか? あとで試合形式も教えてくれ」
試合で使う武器も決まっているのか。
マシニーズ用の強い武器をクラフトしようとも思っていたのだが、それは試合では使えないかもしれないな。
「けど、この剣スゲエな。よく斬れそうだぜ」
「練習用だからちょっと地味だがな。重くて使えそうにない者はいないか?」
「8組の生徒をなめないでほしいっす! これぐらい余裕っす!」
マジか。俺、鋼の剣は成長ポイント使ってステータス上げないとまともに振れなかったんだが……。
女の子よりも非力だったことにショックを受けている間に少女たちはバッグから中身を出して装備し始める。
「ベルトはちゃんと入っていたか? それは絶対に必要だから必ず着けておくように!」
「見た目は普通のベルト?」
「向こうに着いたら使い方を見せる」
◇ ◇
装備品の確認を済ませて前日と同じく地下室のゲートからチュートリアル世界に移動。サイズの調整はなかったから一安心だ。
「それではベルトの使い方を実演する。このベルトにはパラシュートがセットしてある。このように」
起動させると俺の背中にパラシュートが出現した。ベルトだけではなく、肩のあたりかも紐が伸びている。
「使いたいと念じれば、こんな感じで袋状の布が出現する。これを使うと高所からの落下速度を減速することができるんだ」
「こんな布でか?」
「今、見本を見せる。……ちょっと待っていてくれ。これは一回で使えなくなるから」
アイテムボックスから別のベルトを取り出して交換する。3Bのパラシュートは基本、使い捨てなのが残念だ。たしか、もう一つセットして何度も使えるようにするアイテムがあったはずなのだが。
「これでよし。アオイ、俺を運んでくれ。みんな、しっかり見ておくように」
天を指差すとアオイがすぐに変身して飛んでくれる。
「これぐらいでいいだろう。アオイ、ハッチを開けてくれ」
『どうするの?』
「飛び降りる」
『死んじゃ駄目』
ハッチを開けてくれないアオイ。
俺が心配なのもわかるが、パラシュートのことは説明したろう。
「大丈夫だ。俺を信じろ。もしパラシュートがうまく使えないようなら助けを求めるから、その時は頼む」
『……わかった』
ようやくハッチを開けてくれた。
……うわ、けっこう高いな。ここから飛び降りるのか?
まずは箱かなんかにパラシュートをつけてテストすることにすればよかった。
ふう。
やるしかない。俺は自分のクラフトを信じるぞ。
飛び込み台で尺を稼ぐ芸人ではないので、さっさと飛び降りることにする。
「3、2、1、ゼロ……!」
シャイニーブルーから足が離れると、すぐに俺の身体が落下を始めた。
一瞬、意識を失ったが、大丈夫だ。操作しないでも落下時に一定の高度で開くようにパラシュートをセットしている。
3Bでもこの設定で何度かキャラクターが生き延びた。その時はベルトではなく普通のパラシュートだったが。
俺のキャラクターってクラフト関係にスキル振ってたから、よく気絶してたんだよな。
そんなことを考えている間にも高度は下がっていく。
気持ちいい、なんて考える余裕は全くない。
ウィンドウで高度を確認しながらかなり早めにパラシュートを開いた。腰と肩が引っ張られるような感じがして、落下速度が低下する。
気づかなかったがそばに人型になったシャイニーブルーが飛んでいた。俺をいつでも助けられるようにだろう。
……成功したか。
地面はまだだろうか。
◇
着地は思ったよりも足に衝撃がかかった。3Bだと着地してすぐに走り出していたのに。
ふらつく俺に生徒たちが駆け寄る。
「だ、だいじょうぶか、コズミ先生?」
「ああ。パラシュートはこんな感じで使う。わかったか?」
「凄いのだ。魔法なしであんな高さから落ちても生きているのだ!」
「これで空を飛べる機神巫女も安心ですね」
マシニーズは大きなダメージを受けると変身が解除されるらしい。
空中で変身が解けた時のためにこれは必需品だろう。
「さあ、全員、パラシュートの訓練を行うぞ」
「え? 全員って飛べない子もですか?」
「もちろんだ。砂漠では戦闘訓練はちょっと大変だからな。適当な強さの相手がいる場所となるとかなり離れている。飛んで移動するぞ」
塔の付近はボスだったボットガルーダがいるおかげかモンスターは出現しないが、砂漠自体は出てくるモンスターが強い。
まだ皆に相手をさせるのは早いだろう。
「私たちに乗って、ですか? ……コズミ先生以外の人を乗せるのはまだ抵抗があります」
「そういうものか? 安心していい。操縦席に乗せるわけじゃない。ミレスならコンテナを運べる。それに乗ればいい」
さすがUFO変形ロボと言うべきか、ミレスには重力ビームという特殊能力があった。これを使えば全員の乗ったコンテナも運べるはずだ。
「他にもキントリヒの土台、逆ピラミッドだってみんな上に乗れるだろう? だが、飛行時になにがあるとも限らん。安全確保のためにも全員がパラシュートを使えるようになってもらう」
「着地の前にマシンナリィすればいいのでは?」
「成功すればカッコいいが、失敗したら大ダメージですぐに変身解除されそうだが。……それも練習してみるか?」
「やめておきます」
マシニーズが大ダメージを受けて変身が解ける時は服も破れるらしいが、ベルトは破れないようにしておくってマキにゃんもチャットで言っていたから、これで心配は一つ減ったかな。
……服が破れるのはなあ。
ダメージをある程度肩代わりするから仕方ないって話だけど、それもなんとかできないものだろうか?
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