39話 引っ越し
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目が覚めたら夕方だった。
ミスった。マジ寝してしまったか。
俺の身体がそう長く保たないことを話したら暗い雰囲気になってしまったので、いたたまれなくなって寝たふりで逃げようとしたのだが、どうやらどうやら思った以上に徹夜が応えていたようだ。こんな時間まで寝てしまうとは。
「む?」
俺の上には粗末な布が掛けられていた。継ぎ接ぎされて、それでもボロボロの布。薄い布に毛皮も混じっている。
これが、彼女たちの毛布なのだろう。
日本ではけっこう近年まで布団は高級品だったが、こっちでもそうなのかもな。
「わざわざ寮から持ってきてくれたのか」
俺のようにアイテムボックスなんてないから持ってくるのは面倒だったろうに。
そう思いながら部屋を出たら8組の生徒と会った。この爆乳は3年のシンクレーンだったな、たしか。
「もういいのか?」
「ああ。心配をかけた。毛布は君が?」
「オ、オレは別に心配なんてしてねーよ。毛布かけたのはワカナだからな、礼言っとけよ!」
ワカナも3年だ。アオイの話によると、実家は宿をやっていて料理や裁縫の得意なみんなのお母さんポジションらしい。
そうなるとこのシンクレーンがお父さんポジションか。だからオレっ娘なんだろう。
「水道、スゲエな。楽になるってワカナが喜んでたぜ」
「今までは井戸だったのか?」
「そうだ。寮からはちょっと離れててな。みんなで汲みに行ってたんだぜ」
それは大変そうだな。
風呂なんてどうしていたんだか。セクハラになりそうなんで聞かないが。
「引っ越しはだいたい終わったぜ。みんな荷物なんてほとんどねえからよ」
「引っ越し?」
「オトメがマシンナリィして運んだからすぐだったぜ」
オトメってのは2年の子か。
引っ越しに活躍するマシニーズってどんなだろう。
出来損ないって言いながらも変身時の姿を活用できている子もいるんだな。
「まだここは未完成なんだが、もう引っ越したのか?」
「まあな。未完成っつてもあのボロ小屋よりはよほど頑丈そうだからな。正直、今までんとこはいつ潰れるか不安でよ。……まずかったか?」
「いや、それならば仕方ないだろう。ただし、作業はまだ続くから俺を邪魔だって怒らないでくれ」
ちゃんと完成してからの方がよかったんだが、そうも言ってられない。安全第一なのである。
「お、おう。みんなにもそう言っておくよ」
「そうなると優先順位が変わるか。まずは窓だな。完全に暗くなる前にやってしまおう」
窓も少しデザインに凝りたかったのだが。
……なに、後でも変更はできる。
割り切って個室の窓枠にガラス窓をはめていく。……ガラスだけに割り切って、なんて思ったが口には出さん。
チュートリアルで素材が見つかってよかった。でなければ窓も鏡もクラフトできなかった。
「こんな透明なガラスを使うのかよ」
「うん? 見えすぎると困るか? カーテンも用意しないといかんな」
「いや、そうじゃなくてよ」
ふむ。ステンドグラスの方がいいのだろうか?
マシニーズは女神に力を授かったという話だから信心深いのだな。
だがそうなると女神教の物語を知らないといい物は作れない。今すぐには無理だろう。
「しばらくはこれで我慢してくれ」
「これに文句なんかねえよ。ったく」
なぜため息?
注文があるならはっきり言ってくれた方が作りがいがあるのだが。
若い女の子の部屋に入るなんてかなり気後れしたが、作業のためだと許可をもらって生徒たちの部屋に入室し窓をはめていく。
……荷物が少ないってのは本当のようだ。
ベッドもなんか草を並べて、その上に布をしいていた。
これはいかん。
だが布団やマットレスには布が必要だ。
チュートリアルで鉱石や原油はかなり多く集めたが布を作るための素材が少ない。全員分には足りない。
こんなことならもっと繊維を集めておくんだった。アオイの服で予想できただろうに。
化繊でやってしまうか?
「ワカナ、毛布ありがとう。おかげで風邪をひかずにすんだ」
ワカナの部屋で作業後に礼を言う。
彼女の部屋には他よりは少し荷物が多かった。と言っても繕うのに使うのだろう、ボロ布の束だったが。
「いえ。コズミ先生、お手伝いできることがあったらなんでも言ってください」
「そうだな。君たちの制服を副学園長に頼んだのだが、ちゃんと届くかあやしい。その時はこっちで作ることになるから手伝ってほしい」
「制服を、ですか?」
「裁縫室にミシンを設置するから使い方を覚えてくれ」
素材さえあれば俺がクラフトした方が簡単だ。
だが彼女がみんなの制服を修繕していたのだとしたら、新しい制服が用意できた時には今着ている制服が用無しになるわけで。
そうなったら、いくらちゃんとした制服を貰ってもいい気分がしないかもしれない。そうならないために彼女にも手伝ってもらおう。
ワカナだけじゃない。他の生徒たちの力を借りる必要もありそうだな。彼女たちの教育のためにも。
うん。なんかなんか俺、教師っぽい?
これも〈教師〉スキルの影響かもしれん。
「みんなにも手伝ってもらうことがあるだろう。その時は頼む」
「いいけど、あんまり変なことは頼むなよ? エロいこととかよ」
「当然だ。いくら8組の生徒たちが美少女ばかりでも俺が教師となった以上、そんなことをするわけがないだろ」
さすが8組のお父さん、当たり前のことを釘刺されてしまった。
俺が潔癖症だなんて言うと、逆に引かれそうなので今は黙っておく。
◇ ◇
全室、取りあえずの窓をつけ終えたので、別の作業に移る。
ワカナが夕食の準備をすると言うので急いでコンロを設置したが、彼女は念のためにと置いておいた溶鉱炉の方が使いやすかったようだ。
まあ、見た目どおり竈としても使えるから問題はあるまい。
「これは冷蔵庫。食材を冷やして傷みにくくする。今はまだ電気がきてないから冷えてないが、明日には使える予定だ」
「それならこっちにもあるのだ」
俺がキッチンに大型冷蔵庫を2つ設置したら、一際小さい褐色の生徒が木の箱を指さした。パカッと大きな上蓋を開けると俺が渡した鳥肉が入っている。
「この蓋に氷が入っているのだ。氷はキンちゃんが魔法で作るのだ」
「なるほど。クーラーボックスか。氷が溶けた水は?」
「また凍らせるのだ」
ふむ。こんなのが一般的なのだとしたら、そりゃ科学は発展しそうにない。
で、この生徒がダークエルフの賢者らしい。
どう見ても小学生。ダークエルフだから少し成長が遅いとか。
「キントリヒは凄いな」
「キンちゃんなのだ。愛をこめてそう呼ぶのだ。キンちゃんはコズミ先生から異世界の知識をいろいろ教わりたいのだ!」
さすが賢者、知識欲も高いのかも。
だが俺が知ってる知識ってこっちで役に立つのだろうかね?
……遊び人じゃなくて賢者なのは、キンさんじゃなくてキンちゃんだからかね。
◇
外観に違和感がないように注意しながら屋根の上に太陽電池パネルを設置。
……下からは見えないけど上から見たら変だろうと思いつつも必要だからと諦める。
他の発電設備が整ったら撤去すればいいか。
バッテリーや各部屋に繋がるよう配線をしていく。
3Bの発電機やバッテリーは高性能だが、配線が面倒なんだよな。
目立たないように俺は壁の中に配線するんだが、ちゃんと繋げるのには慣れが必要だ。
かなりのパネルを設置したから、洋館の電気は全て賄えるはず。湯沸かし器だって動く。ただし、今からだとバッテリーには充電できないので電気を使えるのは明日の昼以降だろうが。
今夜の照明は魔法に頼るしかない。
……魔法で風呂沸かせないかな?
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