33話 学園長室
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まいった。
まさか俺が教師になるなんてあり得ないと思うのだが。
結局断れずに、教皇と一緒に学園のお偉いさんと会うことに。
どうやら俺だけが連行されるようだ。
「アオイちゃん、これを」
アイテムボックスから大きなビニール袋を出して渡す。中身は切り分けた鳥肉だ。
傷まないように俺が預かっていた。この後どれくらい時間取られるかわからないから、今のうちに渡しておく。
「コズミ……」
「みんなと食べたいってずっと言ってただろ」
「うん。それで……」
「礼はいいって。鳥を倒したのはほとんどアオイちゃんなんだし」
特訓中も戦ったけど、俺が直接倒したのは僅かだ。スキルがすぐ解放されるのであまりあまり戦う必要を感じなかったから。
「ううん。そうじゃなくて、もう二袋ほしい」
「……育ち盛りだもんな」
アオイちゃんの食欲を忘れていた。
言うとおりにアイテムボックスから鳥肉を追加してアオイちゃんに渡す。あまりの量に持てるか心配になったが余裕だったようだ。
「ありがとうコズミ」
正面が見えないほどに鳥肉を抱えたアオイちゃんを残し、俺は学園長室へと向かう。
「優しいのですね」
「彼女たちは育ち盛りなのに普段の食事は恵まれていないみたいだからな」
「そうですか……」
ショックを受けたのか教皇は黙ってしまった。
気まずい。
◇
学園長室のある建物は大きな校舎だった。
そして学園長室の扉も大きい。高さ3メートルぐらいないか?
「どうぞ」
教皇のノックに返事があったので、大きな扉を開けて中に入る。
いたのは、高そうな椅子に座って大きな机に向かう大きな爺さんだった。頭には天に向かって伸びる長い2本の角。
◎◎◎◎◎◎
オーガ:男性
教師:LV73
◎◎◎◎◎◎
オーガの爺さんか。
たぶんこのでっかい爺さんのために扉が大きいのだ。
これが学園長なのだろうか?
「話は伺っております、教皇シルヴィア」
「よろしくお願いします、副学園長」
「副学園長?」
教頭じゃないのか。
よく見たら、オーガ副学園長の大きな机に隠れるように普通サイズの机と椅子がある。そっちの方が椅子も豪華だった。
「学園長はこの地の領主だ。滅多に学園には姿を現さん」
そういえばアオイちゃんもそう言っていた。学園長を見たことはないと。
「私が副学園長のサローだ。あなたが伝説のスウィートハートか?」
「俺はコズミ。スウィートハートかどうかは知らないが勇者アオイにパートナーとして選ばれたので、この学園にきた」
副学園長が姓を名乗らなかったので俺も名前しか言わない。姓が先なのか、名前が先なのかわからなかったからだ。
「あなたを8組の担任教師とするように神託があったとのことなのだが」
「副学園長、ベドロはそのような状態となってしまったのです」
俺たちより先に学園長室に運ばれていたできの悪いブリキの像、つまり偽神官ベドロを見る教皇。
彼女の話によればこの状態でも生きているとのこと。女神教の司祭クラスなら解呪できるようだ。
あとで解呪して事情聴取を行う予定と言っていた。
「機神巫女科の教師は女神教の方に任せているとはいえ、大丈夫なのか? ベドロ先生は優秀だったのだが」
「は?」
あれ、このオーガも偽神官の仲間なのだろうか?
でも簡易鑑定の文字色は敵対カラーになっていない。
もしかして知らない?
「副学園長、あなたはベドロのことをご存じなのか?」
「うむ。機神巫女科主任のドメーロ司祭と一緒に学園にきてから毎年8組を担任していた。彼の指導によって、8組の生徒の成績はいつも高かったよ」
「なるほど。成績か。上っ面しか見ていなかったんだな」
「なんだと?」
ギロリと睨まれてしまった。
オーガだけあって怖い顔だ。〈耐性・精神〉のスキルレベルを上げていなかったら恐慌の状態異常になっていただろう。
「8組の生徒を見たことはあるか?」
「うむ。出来損ないであることを覆そうと、制服すらも寄付に回すほど必死な者たちであった」
「その姿見て、なんでそう思うんだよ。それ、自主的にやったのじゃないから。ベドロに強制されていたと勇者アオイは言っていたぞ」
「なんだと?」
さっきと同じ言葉が返ってきたが、今度は驚きの表情だ。
「そんな馬鹿な話が……」
「疑うのなら直接聞いてみればいい」
「う、うむ。8組の委員長は聖女だったな。彼女ならば嘘は言うまい」
◇
しばらくして学園長室にやってきたのはさっきも見た少女。
「機神巫女科8組委員長、3年生のシラユリです」
アオイちゃんの先輩に聖女がいるって言ってたがこの子か。
シラユリもツギハギの制服を着ている。アオイちゃんの着ている物よりもボロい。
試練に旅立つアオイちゃんのために一番いい服をくれたというのは本当のようだ。
「コズミ様、先ほどはお肉をありがとうございました。これで久しぶりに8組の皆がお腹を満たすことができます」
俺に向かって深々と頭を下げる少女を見て、震えている副学園長。
その顔色は非常に悪い。
「シ、シラユリ君、それはどういう意味なのだろうか? 学園からは裕福でない生徒のために学食の券が配布されているはずだが」
「8組の生徒は元担任のベドロによって、学食の券を全て取り上げられていたからです、サロー副学園長」
「な! じ、自分から寄付したのではないのか? 制服のように……」
「いえ。制服も教科書も、私たち8組の生徒の手に渡る前にベドロによって売りさばかれました」
それがどうかしたのか、という感じでたんたんと語るシラユリ。感情的になっていないのが逆に真実っぽく思える。
「教科書もなしにどうやってあの成績を?」
「先輩方が残してくれた古い教科書が残っていましたので。幸い、ベドロは授業をサボって自習になることが多かったので、よく皆で図書室に向かえました」
いないから好成績って、よほど無能って思われているみたいだな偽神官。
その報告を聞いて、副学園長の震えが止まり表情が消えた。
「それだけではない。勇者アオイの話によればベドロは授業料を生徒たちに要求して、払わなければ自分は8組の担任を止めると脅していた。自分の他に出来損ないの教師となる物好きはいないから、生徒たちは学園にいられなくなる、と」
「ええ。修道院行きならまだいい方で処分されてもおかしくないな、と笑っていました」
バァンという大きな音ともに副学園長の机が爆発した。オーガの大きな両手で強く叩いたのを俺が見逃さなかったのは〈観察〉スキルのおかげか。
「そんな、そんな男が教師を名乗っていたというのか!」
ゆらりと立ち上がる副学園長。
でかっ。角を含めなくても2メートルを軽く超える巨体だ。
顔は爺さんだが身体は筋骨隆々。
そのマッチョ爺さんが太い指をボギボギ鳴らしながらブリキ偽神官へと歩いていく。
「お待ちください。ベドロにはまだ話を聞かなければなりません。8組生徒をこのような扱いにしたのは彼個人ではなく、ドメーロ司祭も含む複数の機神巫女科教師の疑いがありますので」
「……わかった」
どかっとその場に胡座をかいたかと思うと、爺オーガはその立派な角の片方を掴み力を入れて、角がミシミシ音を出すのが聞こえ、やがてバギッと折れてしまった。
「教師生活50年。ただひたすら生徒のために働いてきたつもりであったが、この目は曇っていたようだ。生徒がそのような目にあっているのを見逃していたとは! もはや、死んでわびるしかない。シラユリ君、すまなかったな」
折れた付け根から血を流しながら頭をさげると、副学園長は、「ふんっ」と自分の腹にその折れた角の鋭い先端を突き刺す。
うわ、かなり深く刺さっちゃっている。
「8組の生徒たちにもすまなかったと、伝えてくれ……」
「バカヤロウ! 失敗の償いで自殺なんて生徒の教育に悪いだろうが! それも生徒の目の前でなにやってるんだ! 教皇、シラユリ、早く治療を」
急な切腹もどきに驚いていたシラユリが俺の頼みですぐに動いて回復魔法による治療を開始してくれた。
「シラユリ君。こんな無能な私に生きろ、と?」
「そうですね。副学園長が死んでも皆の後味が悪くなるだけです。はっきり言って迷惑ですので、償いは別の方法でお願いします」
「私に生きる目標をくれるのだな。おお、聖女よ!」
爺さんのシワシワな顔が涙に濡れていく。教皇によって角も引き抜かれるが、傷はすぐに治ってゆき出血も少ないようだ。オーガだからか聖女の力がスゴイのか。
折れた角はさすがにくっつかないのか、なぜか俺に渡された。くれるの?
あ、感動のあまり抱きつこうとした副学園長をシラユリが緊急回避した。
◇
「コズミ君の先ほどの叱咤、まさに教師に相応しい! 教師就任を認めよう。学園長には私から伝えておく」
「いや、雇用条件も聞いてないのに勝手に決めないでくれ」
「うむ。しっかりした状況判断も教師には必要だからな。伝説のスウィートハートというのも信じよう!」
なんでそれで信じるんですかね?
あれだけ泣いても目の曇りが取れていないのではないだろうか。
熱血系というか勢いに流されやすそうな爺さんだ。
「コズミ様、いえ、コズミ先生、よろしくお願いします」
シラユリまで。
この子は意外としたたかな感じがする。苦労していたせいかもな。
「俺は身体が弱いから重労働や長時間労働は無理だ。それと、こっちの世界に来たばかりで金もなければ住む所も決まっていない。そこをなんとかしてもらわないと困る」
「ならば8組の寮に住めばいいだろう」
「女子寮で男が暮らすわけにいかないだろ! なにか間違いがあったらどうする!」
「私はコズミ先生を信じておるよ。それにスウィートハートは機神巫女と結婚するのだ。多少早くなったところで問題もあるまい」
アオイちゃん以外もそんな認識とは。
先ほどまでとはうって変わっていやらしい笑みを浮かべるエロ爺い。こんなのが副学園長でいいのか?
「神託にあったコズミ先生を拒否するわけではありませんが、8組の寮はちょっと……あまりにもボロいのでいつ倒壊してもおかしくありません」
「修繕費は出していたはずだが……まさか」
「そんな話は聞いていませんのでベドロが着服していたようですね」
なんて奴だ。もうずっとブリキのままでいいんじゃないかな。
まあ、そのおかげで女子寮行きはさけられそうだが。
「どこかに空いている土地はないか? 家ならば俺が建てる。むしろ建てさせてくれ!」
「おお! さすが機神巫女のスウィートハート! 彼女たちの家を建ててくれるというのか!」
え?
いや、俺の家のつもりなのだが。
「ありがとうございます、コズミ先生」
……少女たちが倒れそうな家に住んでいるのを見過ごすわけにもいかないか。
大きな家を建てるチャンスでもある。
俺の家はあとで別に建てさせてもらうことにしよう。
「場所はあるのか? 面積はどれぐらいだ? それと、建築に関係する法律も教えてくれ。何階までなら建てていいんだ? 地下室はいいのか? ドアの大きさで税金変わったりとかは?」
こうなったら建築を楽しむしかないだろう。
基地ではないがついに建てられる!
……女子寮なんだから不審者対策にトラップがあったっておかしくはないよな。
◇
シラユリを送るついでにアオイちゃんに会いに行く。
建築予定地は、8組寮の付近ならどこでもいいとのこと。
8組寮は学園都市からも離れた寂れた場所で、他に建物もないらしい。
要するに悪い場所なのだが俺にとっては都合がいい。付近になにかあったらそれとのバランスも考えないといけないからな。
「コズミ、おかえりなさい」
アオイちゃんが駆け寄って出迎えてくれた。
いや、もう教師となったのだからアオイちゃんはまずいか。
ん?
なんかアオイちゃ……アオイの他の生徒の様子がおかしい。
自己紹介したいのに寄ってきてくれない。むしろ逃げたがっている?
「なんか俺、怖がられている?」
「みんなにむこうでのこと聞かれて、見るだけって言ったのにやっちゃったって説明したらこうなった?」
ああ、ボス戦のことで彼女たちは俺が怒っているって思っているのかな?
勘違いスタート、かも
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