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31話 勇者帰還

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今回は三人称

次元門(ゲート)が壊れているだと?」


「ええ。大神殿が管理しているのにドメーロ司祭たちが口出しして神官たちを近づけないからこっそり確認したのだけど」


 大神殿での仕事を終えたばかりのシラユリからの情報にシンクレーンは拳を握り締めて怒りを露にした。


「そこまでやるのか、あの悪党は!」


「あれは貴重な聖遺産なのだ。それだけではなくて、門の名前のとおりに異世界からの侵入者をブロックしているという言い伝えもあるのだ。ドメーロもそれぐらい知っているだろうに」


 キントリヒも呆れた声で告げる。

 不安にさせてはいけないと、下級生の中で彼女にだけは相談したシラユリ。賢者ならなにかを思いつくのではないかと、わずかながらの期待で。


「ドメーロは出来損ないを苦しめることしか考えていないわ。自分を教皇に選ばなかった女神様を恨んでさえいるようにも感じる」


「小せえ。元々教皇の器じゃないだろ、あいつは。それよりも今はアオイの方が心配だ」


「アオイのことは心配いらないと思うのだ。でも、戻ってこれるように準備しないといけないのだ」


「準備? オレにできることなら手伝うぜ」


 8組の3年生であり、自分が支えなければという強い責任感を持っていながら、アオイの試練を止められなかったと後悔していたシンクレーン。思いつめていたが故につい教師に手を出してしまった。

 普段なら他の8組生徒にも迷惑がかかりかねない行為だと我慢していたというのに。


「まずは次元門(ゲート)の詳しい状態を確認したいのだ。もし完全に破壊されていたら使うことはできないのだ。他の方法になるのだ」


「他の方があるのか!」


「ないワケでもないのだ。エルフにのみ伝わっていた秘法を使うのだ」


 キントリヒはダークエルフではあるが、魔大陸ではなくこのビッゲスト大陸で生まれエルフの国で育った。

 祖父が怪獣戦争――異世界からやってきた怪獣帝国との戦い――の英雄であり、エルフの女王とも友人のため、キントリヒ自身も女王と親しく、その話をよく聞いている。


次元門(ゲート)が壊れていればこそ使える秘法があるのだ」


「……まさか、勇者召喚? あれはもう何百年も行われていない儀式よ」


「さすが聖女シラユリなのだ。次元門(ゲート)が無事に稼働していればさっきも言ったように異世界から呼ぶのは無理なのだ。だけど、もし壊れているのならば成功するのだ」


 勇者召喚の儀式は女神教のみならず、他の宗教にも伝わる秘儀だ。むしろ、機神巫女(マシニーズ)という切り札を持たない他の宗教によって過去何度か行われてきた。


 しかし、シラユリの言うようにここ数百年は行われていない。

 正確には行われているが成功していない。次元門(ゲート)によって阻まれていたのだ。


「勇者召喚……それでアオイが帰ってくるんだな?」


「勇者召喚の儀式には聖女と多くの巫女の祈りが必要なのだ。幸い、こっちには聖女シラユリがいる。巫女も8組のみんながいればなんとかなる、と思うのだ。シンクレーンはみんなの動揺が少ないようにこのことを説明してほしいのだ」


「わかった。あいつらだってアオイのためなら協力するだろ」


 今にも説明しにいきそうな勢いのシンクレーンが頷く。


「本当にできると思っているの?」


「もちろんなのだ。なにしろ、エルフの女王から聞いた方法なのだ。女王は300年前の怪獣戦争の折に勇者召喚を行い、それに成功して伝説のスウィートハートをパートナーにすることができたのだ!」


「エルフの女王って、あの伝説の機神巫女(マシニーズ)だったのかよ。全機神巫女(マシニーズ)の憧れじゃないか! まだ生きているのか!」


 伝説上の存在だと思っていた人物が本当にいて、しかもまだ生きていると知り、シンクレーンは興奮気味だ。


「やさしいお姉ちゃんなのだ。残念ながらスウィートハートはもう亡くなっていて、キンちゃんは会ったことがないのだ。でもその人が各地の次元門(ゲート)をメンテナンスして再稼働させたって話なのだ」


「その話は聞いたことがあります。ただ教会としてはエルフの女王とスウィートハートよりも、女神様の方の人気を上としたいのであまり広めることはないのですよ」


「教会の方針なんかどうでもいいぜ。教会のおえらいさんで信じられるのはシルヴィア教皇だけだ」


 やはり女神教の方針で一般にはあまり知られていないが、シルヴィア教皇が出来損ないということをシラユリからの情報で知っている8組生徒たちに彼女の評価は高い。


「あの方は小さな教会の神官からいきなり、女神さまの神託によって教皇となったため後ろ盾になる者がなく、教皇でありながら発言力も影響力も低いのです」


「試練といい、女神様もなに考えてるんだよ。シラユリ、聖女なんだろ、なにか聞いていないのか?」


「そう何度も神託がきてたまりますか」


「ちっ、使えねえ。わかった、とにかくみんなに説明してくるぜ」


 キントリヒが調べて作った野草茶を一気飲みしてついにシンクレーンは席を立ち、シラユリの部屋を出て行った。


「酷い言い草ですね」


「いつもどおりなのだ」


「そうですね。それよりもキンちゃん、なにをたくらんでいるのです。勇者召喚の儀式に8組のみんなに協力が必要などと。頼るならば大神殿の神官たちの方がよいのではありませんか?」


 ボロボロの寮の床を軋ませるシンクレーンの足音が聞こえなくなってから、シラユリが問う。


「もちろんなのだ。これは出来損ないが信仰心が足りないという世間の風潮もついでに覆すためなのだ。8組のみんなは優秀なのだ。キンちゃんの計算ならじゅーぶんに召喚を行えるのだ」


「やはりそんなことを考えていましたか。シンクレーンに聞かせるわけにはいきませんね」


「そうなのだ。シンクレーンなら確実性を上げるために神官にも協力させろと言いだしそうなのだ。だから知らない方がいいのだ」


 アオイの無事帰還を信じ切っているキントリヒはこのチャンスを最大限に利用しようとしていた。

 このためにこそ自分が賢者で、聖女までが出来損ないだったのだと。



 ◇ ◇ ◇



「こんな目立つところでやるのか?」


「もちろんなのだ。この場所こそ、召喚の絶好のポイントなのだ。だいじょーぶ、シラユリがちゃんと許可をもらってあるのだ」


「で、でも、みんな見てるよぅ」


 大神殿の聖殿、巨大な女神像の前に集う8組の生徒たち。皆、アオイのために勇者召喚を行うと聞かされた翌日、早速行動に移った。

 場所が場所なだけにかなりの野次馬が集まっている。


「恥ずかしがってる場合か! アオイのためだ。みんなやるぞ!」


「しかたありません。みなさんがんばりましょう」


()()シラユリを中心にキンちゃんの言うとおりに立って、機神の護符(アミュレット)を掲げるのだ!」


 聖女のところに特に力を入れて大きな声で説明するキントリヒ。

 ドメーロの一派が出来損ないに聖女がいることを隠そうとしているので、ここでついでにシラユリが聖女であることも広めようとしていた。


「面白いことをしていますわね」


「ふん、無駄なことを。出来損ないに勇者召喚などできるはずもない。無様をさらすだけだ」


「だから彼女たちを止めもせずにニヤニヤして見ているのですわね、ドメーロ司祭」


 悪趣味ですわ、という感想は続けずにシンクレーンの方に視線を集中させるクリム。

 すぐに「お姉さまの真剣な表情を絵画に残しておきたいのですわ」との思いに心が支配されてしまった。


「アオイのことだから護符(アミュレット)は必ず持っているのだ。それをパスにして勇者召喚にするのだ。みんな、駄目な方の勇者と間違えないように注意するのだ!」


「当然っす。8組の絆を見せてやるっすよ!」


 その気合に反応したかのようにオトメの手の護符が光を放ち始めた。

 オトメだけではない。次々と8組生徒の護符が強く輝き始める。

 まだ昼間なのに、離れた距離からでものその輝きを眩しく感じるほどに。


「さすが聖女ですわね。シラユリさんのが一番光っているようですわ」


 クリムは「でも、光の色はお姉さまの方が美しいのですわ!」そう叫びたいのをぐっと堪える。

 隣で薄ら笑いをしていたドメーロからはその笑みが消えた。


「ふ、ふん。きっと護符が壊れただけよ」


 ドメーロはそう言い残してまるでこの場から逃げるように急ぎ足で離れていく。

 額に流れる汗は、急いでいるからだけではなかった。



 ◇



 8組生徒たちの護符が光り輝き続けて数分後、ついにじっと目を閉じて祈りを奉げ続けていたシラユリの目が開いた。


「女神様の声が聞こえました」


「アオイは戻ってくるのか!?」


「ええ。みなさん、少し後ろに下がってください」


 立っていた場所から自らも移動するシラユリに従い、8組生徒たちも歩き出す。

 代わりに野次馬たちが何事かと近づき始めた。


「きます」


 シラユリの言葉と同時に護符が一際強く輝き、呼応するように女神像電子片眼鏡(サイバーモノクル)からの光が放たれ、8組生徒たちがいた床に魔法陣を描き始める。


「女神様が力を貸してくれるのだ! 女神様は出来損ないを見捨ててなんていないのだ!」


「帰ってこい、アオイ!」


 魔法陣が完成すると、その上の空間が揺らめき始めた。

 中心には二つの人影がぼんやりと現れ、どんどんとはっきりした形となっていく。

 やがて、それは儀式の目的であったアオイと8組生徒たちも知らない男性の姿となった。


「みんながいる? ここは学園?」


「はい、ここは学園ですよ。おかえりなさいアオイ」


 涙を拭いながらアオイを出迎えるワカナ。

 他の生徒たちも彼女に続く。


「おかえり。そっちの人は誰?」


「ただいま。こっちはコズミ。伝説のスウィートハート。私のパートナー」


 その言葉を受けて、前に出てくる者がいた。

 アオイと同じく、学園生徒の勇者であるモーブだ。


「嘘だ! どう見ても弱そうなおっさんじゃないか!」


「嘘じゃない。コズミはスゴイ! モーブは見る目がない」


 コズミを指差したモーブを睨むアオイ。殺気含みのその視線にモーブは思わず後ずさりしてしまう。


「で、でも」


「機神の護符がちゃんと反応している。間違いない」


 自らの護符を高く掲げ、ドヤ顔のアオイ。

 その彼女の前に詰め寄る者がまた現れる。


「ならばその護符が壊れているだけだ」


「ベドロ……先生?」


「もし本当にその男がパートナーというのなら、この正常な護符で確かめてみろ」


 いくつもの護符を入れた箱を差し出す8組担任のベドロ。

 アオイがその箱に手を伸ばそうとした時、コズミがこの世界にきて初めて口を開いた。


「やめた方がいい」


「な、なんだと!」


「おやおや。勇者様の連れてきたというスウィートハートはご自身の証明ができないようだ」


 ベドロともにやってきたドメーロがコズミを挑発する。だがコズミはきょとんとした表情で問う。


「アオイちゃん、この偽神官はどちら様?」


「なっ!? 儂を愚弄するのか貴様! ……司祭である儂を侮辱するということは女神様を侮辱するということであるぞ。勇者様、このような男が試練で見つけたパートナーだとでも? 」


「もちろん。コズミこそ伝説のスウィートハート! それがわからないなんて、ドメーロとベドロはコズミの言うとおりに偽神官」


 ドメーロは青筋を立ててアオイを指差す。


「所詮は出来損ないの勇者であったか。そこまで言うならばこの護符で証明してみせろ。そうでなければ儂は認めん!」


「別に偽神官に認めてもらわなくても構わない。それに……」


 ベドロの持つ箱からいつの間にか手にしていた木刀でひょいと護符の紐を引っ掛け、それをベドロの首に掛けた。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 首輪を外そうともがくベドロが首から徐々に金属化していく。

 まるでブリキの玩具のような姿へと。


「た、助けてくれ、ドメ……」


 完全に金属化したベドロは動かなくなった。

 もう一つ、箱から出した護符を木刀の先に引っ掛け、ドメーロに向けるコズミ。


「こんな呪いのアイテムを渡そうとするやつが偽神官じゃないとでも?」


「だ、誰かがすり替えていたのだ。そ、そうだ、邪神の信徒の仕業に違いない! ベドロは邪神の信徒であったのだ」


「へー。司祭様を名乗る男が呪いのアイテムを見抜けなかったとでも? ずいぶんと無能な司祭もいたもんだ」


 木刀を小刻みに動かして威嚇しながらのコズミをドメーロは睨み続ける。


「き、貴様がすり替えたのであろう、邪神の信徒め!」


「仲間に罪を擦り付けたと思ったら今度は俺に? ならば、あんたが偽神官だって証明しようか?」


「……ほう。出来るものならやってみろ」


「そこまでです!」


 コズミが証明をする前に止めたのは一人の女性だった。

 シラユリやドメーロの物に近い、そしてもっと仕立ての良い服を着た彼女こそ、女神教の現教皇シルヴィアである。


「な、なぜお前がここに……」


「神託があったのです。勇者アオイが帰ってくると。彼女がつれてくるのは本物のスウィートハート様だと」


「ば、バカな……」


「ドメーロ、あなたは神託を受けなかったのですか? 多くの司祭が同じ神託を受けていたのに」


 救いを求めるように周囲を見回すドメーロ。

 シラユリは拍手して大笑いしたい気持ちを抑えながら告げる。


「私も神託を受けました。大神殿の司祭様もそう。ですから勇者召喚の儀式を許可してもらえたのです」


「じゃ、邪神の信徒が近くにいたから神託が届かなかったのだ! ベドロのせいだ!」


「そうですか。ベドロを神官と機神巫女(マシニーズ)科の教師に指名したのはあなたでしたね、ドメーロ。追ってあなたには呼び出しがかかると思います。学園での仕事の引継ぎをしておきなさい」


「貴様のような出来損ない風情が儂に命令するというのか!」


「先ほどのあなたの言葉を使いましょう。私は女神デア・エクス・マキナ様によって指名された教皇です。私を侮辱するということは、女神様を侮辱するということ。女神の信徒にあるまじき行為です。先ほどスウィートハート様が言ったようにあなたは偽神官なのですか?」


 もはや言い返すこともできずにドメーロはがっくりと肩を落とした。

 シルヴィアはコズミに向き直り、頭を下げる。


「ご迷惑をおかけしました、スウィートハート様」


「スウィートハート様ってのはよしてくれ。俺はコズミだ」


「ではコズミ様、迷惑ついでにお願いがあるのですが」


「お願い?」


 まさか教皇から要求されると思っていなかったコズミは、一瞬で表情を変えた。


「女神様の神託には続きがあります。コズミ様、あなたに8組の担任になってほしいとのことです。どういうことかと悩みましたが、ベドロがああなるのも女神様はお見通しだったのですね」


「さすが女神様。コズミなら最高の教師になれる」


「えっ、ちょっ」


 アオイの拍手に8組の生徒たちも続く。

 その雰囲気に流され、野次馬たちも拍手喝采。

 司祭として外面のよかったドメーロとは違い、ベドロの評判は8組以外にも低く、学園の生徒たちのほとんどに嫌われていたからだ。


「ベドロが教師を続けられなくなったのはコズミ様のせいでもあります」


 そう言われてはコズミも逆らうことができず、願いを受けるしかできなかった。



なんとか今月中にタイトル回収できました


読んでいただきありがとうございます

たいへん励みになりますので面白かったらブックマークや評価、感想をよろしくお願いします

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