2話 アンロック
玄関の前にいたのは青い髪で鎧と思しきものとマントをつけた……女の子かな?
左手には盾、腰には剣を装備している
「コスプレ?」
つい聞いてしまった。
かなりかなりの美少女でそういう会場にいたら撮影許可を求めるカメラ小僧が行列を作りそうだ。
「こすぷれ?」
可愛らしく首を捻られてしまった。
声も可愛い。髪は短いけどこれは確実に女性だと思う。
ってよく見ていたら急に視界に矢印と文字が現れる。
◎◎◎◎◎◎
人間:女性
勇者:LV26
◎◎◎◎◎◎
これは3BのNPCやモンスターの簡易ステータス表示だよな?
アイテムやスキルを持ってない時でも近距離で見ればここまでは表示される。
……勇者?
「***************」
じっと見つめていたら不快だったのか、美少女勇者がなにか言ってきた。
英語ではなさそうだ。もちろん日本語でもない。なにを言っているか全くわからない。
「に、日本語わかるか?」
俺の問いにビクッと反応した少女は、驚いた表情をしながら聞き返してきた。
「す、すこしならわかる。ここはニホンなの!?」
「ああ、ここは……どこだろう?」
俺の住むマンションは日本にあったはずだが、玄関の外はなんかなんか日本には見えない気がする。
もし俺をドッキリにかけるセットだとしたら無茶苦茶大掛かりだ。
「ニホンではないの?」
「ごめん、わからない。俺にもなにがなんだか……」
回答に少女はガックリと肩を落とした。なぜか泣きそうに思えて焦った俺は少女から視線を逸らす。そのせいで巨木の枝についていた虫が動くのが目に入ってしまった。
1メートル近い大きさの巨大な芋虫。それがうにょうにょと動きながら……まさか近づいてきている?
「と、とにかく立ち話もなんだから中に入ってくれ」
「……うん」
少女が入ったらすぐに玄関の扉を閉めて鍵をかける。チェーンロックもしっかりとだ。
女性を招くにはマナー違反かもしれないが、安全のためだとわかってもらいたい。
「ここで靴を脱いでね」
「しってる。おとうさんがいってた」
少女の父は日本通らしく素直に金属板のデコレートされたゴツいブーツを脱いでくれた。
とりあえずリビングに通した俺は笛吹き薬缶をコンロにかけ、お湯が沸くのを待ちながら自己紹介する。
「俺は蔵無濃墨。ここは俺の家。……以前はちゃんと日本にあったんだけど、なんでこんな所にあるのかは不明だ」
フリートの仲間がなんか知っているみたいだけど。
いつの間にかチャットウィンドウが閉じてしまっている。
どうやって開けばいいんだろう。
「ワタシはアオイ。ましにいずとしてスウィートハートをさがしている。あなたがワタシのスウィートハートだろうか?」
お湯が沸く前でよかった。コーヒーなんか飲んでいる最中だったら間違いなく吹き出していたはずだ。
スウィートハートってたしか恋人のことだったよな? ダーリンとかそんな感じのやつ。いきなりなにを言うんだか。
「HAHAHAHA。あまりおじさんをからかうもんじゃないよ、お嬢さん」
「からかってなどいない。私はめがみデア・エクス・マキナのみちびきにしたがい、このせかいにやってきた」
むう。女神の導き?
女神様なら普通、こんな死に掛けの中高年よりも健康なピチピチの中高生を選びそうなもんだが。
「女神って言われてもよくわからんな。詳しいことを聞かせてくれないか?」
こくりと少女は頷いた。
◇
少女の微妙な日本語を聞きながらわかったことは、少女は異世界からやってきた。
幼い頃に両親とはぐれてその異世界で暮らしていたと言う。彼女が元々いた世界には日本はなかったが、父親はたぶん日本人。
「おとうさんはしょうかんされた、っていってた」
「召喚?」
「うん」
アオイの言葉はわかるんだけど、なんかたどたどしい言葉が幼児を相手にしているみたいでやりにくいな。そう思ったら、再びチャットウィンドウが立ち上がった。
◎◎◎◎◎◎
サったん > マキナの手のものであったか
コズミ > サったん!
ロっキー > コズミん、その子からもっと情報を聞き出しテ
コズミ > 俺にそんなことを言われても
ゴっさん > 話がわかりにくいならその娘の使う言語のスキルを取るがよかろうて
コズミ > 言語スキルって3Bじゃないんだから
オーどん > やってみよ
コズミ > はいはい
◎◎◎◎◎◎
すっかり存在を忘れていたステータスウィンドウを立ち上げ、内容を確認。うんうん、本当に3Bのによく似ているな。
キャラクターLVは1かよ。……いや、経験値は貯まっているからレベルアップはできるな。
でもレベルアップは置いといてスキルの確認が先か。スキルタブを開いて、っと。
◎◎◎◎◎◎
コズミ > なんかやたらにスキルポイントが多いんだが
ロっキー > そウ?
ロっキー > コズミんに贈ったパソコン内の3Bの仕様になってるはずなんだけドー
サったん > MODの設定変更もちゃんと反映させてある
コズミ > マジで?
サったん > マジなのである
◎◎◎◎◎◎
自鯖の3Bは建築を楽しむために激ユル仕様にしていたりする。
じゃなきゃ3Bでソロプレイなんてできない。標準設定だとキツすぎるのだ。公式サーバーなんて死にゲーだよ。
さらにシステム系のMODも入れているのでかなりかなーりの簡単仕様。
最大レベル:制限なし
入手する経験値:最大
レベルアップ時に入手するステータスポイント:×100
レベルアップ時に入手するスキルポイント:×100
ドロップするアイテムの量:×10
レアドロップの出現確立:×100
アイテムボックスの最大容量:制限なし
死亡時のアイテムボックスの開放:なし
結婚できる相手の数:制限なし
こんな感じだったかな。
他にも変更できる項目が多すぎてよく覚えていない。
スキルの入手ポイント100倍なんてやりすぎかもしれないが、習得できるスキルもMODで増えているのでこれぐらいやらないと足りない、って思ったんだよ。
ついでに言うと結婚相手の制限の設定はハーレム願望などではない。3BのNPCって死亡したら、重要なイベントキャラ以外はほぼ復活できないんだよね。
ただし、プレイヤーキャラとの結婚相手だけは復活できる。公式サーバーでは一人しか結婚できない。だから普通はお気に入りのNPCの保護のために結婚システムを利用するんだよね。
フリートの仲間から、自キャラ同士を結婚させようって話もあったんだけど断った。
結婚相手がそばにいると自動でバフがかかる。それを有効活用するには俺のキャラよりもログアウトのないNPCの方がいいでしょ、ってね。
「アオイちゃんの使いやすい言語ってどこの言葉?」
「びっげすとたいりくのことば」
ビッゲスト大陸? やたらにでかそうな大陸だな。
そう理解したら、スキルリストに〈ビッゲスト大陸語〉が表示された。自動検索機能付きって便利だねぇ。
必要スキルポイントは1。習得に必要な他のスキルもなしか。スキルポイントもあることだし、試しに取ってみましょかね。
って、選べない?
ああ、3Bと同じ仕様だと解放されないとスキル習得できないんだっけ。よく見たらスキルリストの〈ビッゲスト大陸語〉の表示もちょっと暗い。
「ビッゲスト大陸語を少し教えてくれないか?」
「わかった。……なにからおしえればいい?」
「ええと、俺が適当に指差すからそれの名前を教えてくれ。じゃあまずはこれは?」
「それは****」
日本のお茶だと教えるとアオイちゃんが喜んだ緑茶の入った湯のみを指差すと彼女はすぐに答えてくれた。俺はそれを復唱する。
次に別のを指差してアオイちゃんの回答をさらに復唱。そんなことを繰り返していたら3回目ぐらいでスキルリストの〈ビッゲスト大陸語〉が鮮やかな表示になった。
3Bは関連する動作の蓄積によってスキルが解放される。その状態でスキルポイントを使うことでやっと習得できるのだ。
これの設定も一番ユルくしているので、すぐにアンロックできてしまった。早速習得しなくては。
……これでいいのか?
スキルウィンドウを確認するとたしかにスキルポイントが1減って〈ビッゲスト大陸語〉を1レベルで習得していた。
◎◎◎◎◎◎
〈ビッゲスト大陸語:LV1〉
ビッゲスト大陸で使用される標準的な言語
簡単な聞き取りが可能
◎◎◎◎◎◎
そうだったそうだった。3Bでは言語スキルはレベル1じゃ聞くことしかできなくて、ハイイイエすら答えられないんだった。
レベル2で簡単な会話ができて、レベル4で難しい言葉も会話に使えるようになる。もっと上のレベルは方言や文字の読み書き関連だけど、取り合えずはレベル4まで上げておけばいいだろう。
◎◎◎◎◎◎
〈ビッゲスト大陸語:LV4〉
ビッゲスト大陸で仕様される標準的な言語
会話が可能
難しい単語や言い回しも理解、使用できる
◎◎◎◎◎◎
これでよし、と。
うんうん。なんか使えそうなので俺が次のものを指差すのを待っているアオイちゃんにむかって使ってみる。
「たぶん覚えたよアオイちゃん、これからはビッゲスト大陸語で会話しよう」
「え? ……スキル習得した?」
「うん。なんか試したらできた」
「速すぎる。コズミは何者?」
そんなこと聞かれても……。
死期が近いアラフォーですがなにか?
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