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23話 8組の聖女

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今回は学園編

8組クラス委員長の3年生の視点です

 大神殿にて治療奉仕を行う日であったが幸いと言うべきか、今日は患者がこないらしい。

 アオイの無事を女神様に祈りに行こうか迷っていた時に、患者ではなく彼女が現れた。


「シラユリさん、ちょっとよろしいですか?」


「なんですか、クリム」


「話がありますのですわ」


 ふう。

 ため息をついてから廊下に出て周囲に目を配る。誰もいなかった。

 治療のために私にあてがわれた部屋の扉のノブに“瞑想中”の札を下げて扉を閉める。

 声が漏れないよう、念のために結界もかけておこう。


 これでも私は〈聖女〉のスキル持ちだ。この結界を解除できるのは教皇様ぐらいしかいない。あの腐れ司祭では中を覗くことどころか音すら聞くことはできまい。


「誰にも見られてませんわ。それぐらい気を使っているのですわ」


「だといいのですが」


 この大貴族のお嬢様は能力は高いのだが世間知らずでどこか抜けている。

 私が用心しなければならないのだ。


「そんなことよりもシラユリさん! 貴女がついていながら、なんでお姉様が停学なんてことになっているのです!」


「落ち着きなさい。声が大きい」


 結界をかけておいてよかった。

 短気なところが本当に姉に似ている。


 彼女の名はクリム・パイプルーン。

 パイプルーン公爵家の娘であり、出来損ないの私と違い完全な機神巫女(マシニーズ)である。

 そして……私のよく知る人物の妹だ。

 クリムとの出会いは彼女が入学してしばらくたった日だった。



 ▼ ▼ ▼



 私が2年生になってしばらくたったその日、私は大神殿で懺悔室の担当を押し付けられていた。

 本来なら学生の私が行うのはおかしいのだが、出来損ないである私が〈聖女〉スキルを持っているために目の敵にする勢力があるのだ。

 どう考えても懺悔して悔い改めなければならないのは、あの連中だろうに。


「よろしいでしょうか?」


 女神教では懺悔に対し、なにかを言うことはあまりない。

 懺悔が終わったら「女神がお聞きになりました」とそれだけ。だから安心していいと。

 胸に溜まったものを吐き出してスッキリする者も多いのでそれでいいのだろう。知りたくもないことを聞かされるこっちはたまったものではないけれど。


 もちろん懺悔の内容は部外秘だ。

 ただし内容によっては女神教の愚か者たちに利用され、お布施を強請られるので8組のみんなには絶対に懺悔室は使用しないように言ってある。懺悔したいことがあれば私が聞くからと。


「女神がお聞きになりました」


 まったく。

 妻子ある教師とデートしてしまった、なんて懺悔は勘弁してもらいたい。

 後半ほとんど惚気になってるし。

 こんな話を聞かされても女神が困るっての!


 ……聞いたのが私でよかった。これがあの連中なら相手の教師が強請られることだろう。

 自業自得な気もするが。

 というか、あの先生と、ねえ。彼女枯れ専だったのね。


「よろしいでしょうか?」


 おっと、新しいお客さん、いえ、迷える子羊がやってきました。

 彼女の悩みを聞かなくては。


「ワタクシはクリム・パイプルーンです」


 別に名乗る必要はない。匿名の方が安心して懺悔できる人が多いからだ。

 それに大貴族の彼女のことは有名人なので名乗らなくても知っていた。


「ワタクシには姉が一人おりますの。優しく美しい自慢の姉でしたわ」


 でした、ね。過去形ってことはなにかがあったと。


「そう。姉が出来損ないだと判明するまでは!」


 やはりか。クリムは機神巫女(マシニーズ)科の生徒。機神巫女(マシニーズ)は同じ家に生まれやすい。姉が機神巫女(マシニーズ)でもおかしくはない。


「父は愚かにも姉を家から追い出してしまいました」


 まあ、貴族だったら守るものがあるんだし仕方がない部分があるのかもしれないけどさ。


「ですがそんなことは関係なく、ワタクシは姉を慕っておりますの! きっと姉もそうだと信じてこの学園にやってきたのですわ!」


 よほどのお姉ちゃん子らしい。

 けれどパイプルーンのお嬢様なんて8組にいただろうか。クリムの姉ということは2年か3年のはず。それとももう卒業したのか?


「なのにお姉様ったらそっけないんですの!」


 私が知らないということはその姉もパイプルーン家の出であることを隠しているのだろう。馴れ馴れしくなんてできまい。


「お姉様のお暮らしはツラいようなのですわ。あの美しかった髪も短く、ボサボサになってました。それにお顔に傷まで……可哀想すぎますですわ!」


 おい、ちょっと待て。

 私の知ってる8組生徒で顔に傷があるやつなんて一人しかいないんだが。


「まあ、お胸はかなり豊かに育っていましたが」


 間違いない、やつだ。クリムの姉はシンクレーンなのか!

 ぐへへへへと笑い声が聞こえたのは幻聴ということにしたい。なに、慕ってるってまさかソッチ?


「あの優しかった口調まで粗雑になってましたわ。ワタクシはお姉様を取り戻したいのですわ!」


 ええぇ、懺悔になってないんですけど。


「どうすればよろしいかお教えくださいませですわ」


 その問いに私は思わず、クリムの前に出て結界を張ってしまいました。

 彼女も生徒が懺悔を聞いているとは思わなかったのでしょう、驚いた表情をしていました。その顔に私は言います。


「このバカ!」


「え?」


「あんたはシンクレーンの思いを無駄にする気か!」


 このお花畑があのシンクレーンの妹なんて……。

 よく見たら顔は似てるわね。

 胸も姉妹そろって大きいけれど!


「あ、あなたは?」


「私はシラユリ。8組の生徒。シンクレーンとは学年も同じよ」


「お姉様の同級生?」


戦友(ダチ)ね」


 シンクレーンは元お嬢様だといまだに信じられないくらい入学当初から粗暴で、よく私と衝突していた。

 ルール内で8組生徒を守ろうとする私と、ルールを破ってでも守ろうとするシンクレーン。

 折り合いをつけるまでは不仲だったが、今はそれほどではない。


「あのバカは家に迷惑をかけたくないんだろう」


「お父様はお姉様を捨てたんですのよ」


「シンクレーンがそう言ったのか?」


「……いえ」


 あいつは言っていた。自分から家を出てやったと。強がりもあるのだろうが、それは本当のことなのだろう。


「出来損ないが生まれたなんて知られれば、貴族は大変なんだろ?」


「……はい。信仰心が足りないからだと他の貴族から爪弾きにされるのですわ」


「それだけじゃない。その信仰心の不足分を埋めなさいと、多額の寄付金を要求される」


 本当に懺悔室にいたのが私でよかった。

 あの連中に聞かれていたかと思うと。


「それぐらいワタクシが払うのですわ!」


「だからバカだって言うんだ。そういう寄付金はほとんど女神教には渡されない。一部の連中の懐に納まるのさ」


「そんな……」


「出来損ないがいるから高額寄付したなんて、それこそ貴族は言えないだろう。真実を知っても泣き寝入りさ」


 そうなってしまって家に申し訳ないと泣く先輩もいた。もう卒業したけれど、その後の話を聞かない。元気だといいのだが。


「それなら直接教皇様に寄付すればいいのですわ!」


「大バカ!」


「ええ!?」


「いいか、どんなに寄付金を積もうが出来損ないは出来損ないのままだ。無駄金でしかないの!」


 それでも一縷の希望にすがってという思いを食い物にしてるあの連中は地獄に落としたい。

 女神様はあんな連中をなぜ野放しにしているのだろう?


「教皇様に直接渡したりなんかしたら、あんたんとこに出来損ないが生まれたって知れ渡るだろ! そんなことになったらどうなる?」


「お姉様とワタクシがずっと一緒にいられるのですわ!」


 どうしよう。こいつぶん殴りたい。

 下級生じゃなくてシンクレーンだったら迷わず殴っていた。

 彼女の守りたかったのは家であり、領民の生活である。


「そんな領主の治める土地だ。生産物は他領に買い叩かれるどころか全く売れなくなる」


「え?」


「そんぐらい出来損ないってのは忌避されてるんだ!」


 それから数時間、クリムに説教した。

 甘やかされて育った世間知らずのお嬢様にはショックだったのだろう。泣き出した時には焦ったけれど。

 それでも話は理解してくれて、シンクレーンに近づくのは控えると言ってくれた。


 ……かわりに私がシンクレーンの近況を彼女に報告することになったのはまいったわ。



 ▲ ▲ ▲



「あのクソ教師を殴るとはさすがお姉様ですわ! ですが、なぜお姉様が停学にされるんですの! むしろ表彰されてしかるべきなのではなくて!」


「私が治療したから停学ですんだんだ」


「治療? なんで介錯して差し上げなかったのですの!?」


 あのお嬢様がこんなタフになるとはね。

 ま、根っこのとこは全く変わってない。


「私はこれでも神官だから」


「ならばこそ、お姉様に害なす邪悪を浄化するべきなのですわ!」


「私だってチャンスがあれば一掃したい」


 私も地獄に落ちるかもしれないけれど、あのにっくき機神巫女(マシニーズ)科主任の腐れ司祭、ドメーロだけは仕留めないと出来損ないは不幸なままだ。

 8組のみんなを巻き込まないチャンスがほしい。もし私がやつを殺し(やっ)てもそれが原因で出来損ないがさらに迫害されても困る。


「ずいぶんと怖い顔をなさいますのですわ」


「失礼な。アオイを心配する優しい先輩に向かって」


「アオイさんなら心配いりませんわ。ワタクシのライバルですもの。今頃は倒したドラゴンとキメラを前にどっちから食べるか迷っているのですわ」


「あの子だからありえそうで完全に否定しきないけれど、さすがにドラゴンやキメラはない」


 尊敬する姉が出来損ないのせいかクリムはアオイを出来損ないと侮らない。

 ドメーロの影響でたとえ勇者でも出来損ないだとアオイを蔑む者すらいるのに。


「ワタクシはパートナーを見つけて帰ってきたアオイさんに試験で勝利し、主席で卒業してパイプルーンの当主となりますの」


「アオイは強いわよ」


「そんなことはよおっくわかっているのですわ! だからこそワタクシはモーブ君をパートナーに選んだのでしてよ」


 クリムの夢は公爵家当主となって姉を取り戻すことらしい。そのためには誰にも文句を言わせない実績、つまり学園主席の座が必要とのこと。

 たしかにこの学園を主席で卒業して、しかも機神巫女(マシニーズ)ならば帝国でも大きな影響力を持つことができるはずだ。


 ただし、そんなことをしてもシンクレーンは戻らないと思うのだけれど。


「でも早く帰ってきてくれないと、お姉様が迎えに行くと言い出しかねないのが不安なのですわ」


「それは止めるから安心しろ」


 シンクレーンまで帰ってこなくなったら下級生がもたない。

 それだけは避けなければならない。

 こんなことならアオイの試練前にやつを殺し(やっ)ておけば……。


「また怖い顔なのですわ」


「ふん。用件はそれだけ? この前みたいにシンクレーンの下着がほしいとか言われても困るわよ」


 あれにはまいった。

 洗濯は持ち回りでやっているから作業自体は簡単だったけれど精神的にきつかった。破ってしまったと誤魔化して代わりの下着を受け取った彼女に「お前、こんなの履いてんの?」などと言われた時のあの気持ち……。


「違いますわ! お姉様にはもっと相応しい下着をつけてほしいからすり替えてもらっただけなのですわ!」


「じゃあ交換した元の下着はいらなかったわよね」


「ちゃんと料金は払ったのですわ!」


 ごめんなさいシンクレーン。

 あのお金はみんなの胃袋に納まったんだから怒らないでくれるわよね。



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