10話 グレーシャンの師
ブックマーク登録、評価、感想ありがとうございます
今回も学園編
アオイの同級生視点
「いつまで隠れているつもりだい?」
マシンナリィを解いたグレーシャンにいきなりそう言われて驚いた。
見つかっていないと思っていたのに。
諦めて彼女の前に姿を現す。
「私はアサギリ。隠れて見ていたことは謝ります。どうしてもあなたの戦いが見たくて!」
「そのボロい制服……出来損ないか」
「……はい。8組の2年生です」
いきなり見破られてしまった。
やはりこんなみすぼらしい制服を着ているのは出来損ないしかいない。
「ふふっ。そうかたくなるな。あたしは女神教のやつらとは違う。お前たちを馬鹿にしたりしないよ」
「でも……出来損ないは弱い。機神巫女は強くないといけないのに」
機神巫女は女神デア・エクス・マキナ様が地上の民を護るために授けてくれた力。
弱いなんて許されない。
「そうか? あたしの師匠は出来損ないだよ」
「嘘です! 最強の機神巫女の師が出来損ないなんて!」
「嘘じゃないんだなあ、これが。あたしは師匠のおかげでこの若さで将軍にもなれたんだ。っと、こんなとこで長話してるとやつらが追ってくるかもしれない。続きは学園街で話そう」
そう言うとグレーシャンはマシンナリィして私を掴んで走り出した。
高速移動系のスキルを使っているのだろう、凄い速さだ。
グレーシャンは皇子たちに遭遇しないようにか、わざと遠回りするようにしてパレタ荒野から離れた入り口を使い、学園街へと戻った。
「大丈夫か? 気持ち悪くなってないか?」
「大丈夫です。あまり風や振動がかからないように気を使って下さいましたので」
「それがわかるか、たいしたもんだ」
カラカラと笑うグレーシャン。
将軍を辞めさせられたというのに、凄い余裕だ。
「さてと、腹も減ったしなんか食いながら話すか。おごってやるからついてきな」
「そこまでしてもらうワケにはいきません」
「ガキがそんなこと気にすんな。あとで代金要求したりしないっての。これでも将軍だよ。元だけどな」
強引に私の手を取って歩き出す元将軍。
うちの3年生にもいます。このタイプに遠慮は通用しない。嫌だと正直に言ってもきっと聞いてくれそうにない。
◇
「申し訳ありませんが、出来損ないを同伴なされての来店はお断りいたします」
これで三件目。
私を連れて入ろうとした店に断られ続けている。
当然だろう。逆にもし入店できたら私が緊張しまくって困る。先ほどから連れて行かれそうになる店は高級店ばかりなのだから。
「ちっ、どこもなってないね」
「出来損ないを入れると他のお客さんが嫌がる。入れる方がおかしいです」
「あんたまでそんなことを言うのかい」
はあ、と大きなため息をついたグレーシャンは大通りを外れて、路地裏をずんずん進みだした。
「この街に詳しいのですね」
「そりゃあたしも機神巫女だからね。学園の卒業生だよ」
そうだった。機神巫女のほとんどがフロマ学園に通うのだった。
学園には機神巫女科以外にも多くの科があり生徒が通う。
そして、生徒以外にも学園街には人が住んでいる。それもすごいたくさん。田舎で生まれ育った私には信じられないほどの人数だ。
街はフロマ学園を中心に発展してきたらしい。領主様は学園長でもあるということだが、学園に姿を現すことはまずないそうだ。
「ここだ。入るよ」
私の返事を待たずに店に入ってしまうグレーシャン。仕方なく私もついていく。
怒られたらすぐに出ればいいだけだ。
「おい、出来損ないじゃないか!」
ほらきた。店の用心棒だろうか、やたらに筋肉質な男が怒りの表情でグレーシャンに詰め寄る。……この男、できる。〈武闘家〉のスキル持ちと見た。
「よお、サモピン。久しぶりだな」
「ったく、何年ぶりだよ。将軍様になったら俺の料理なんざ食いたくないってか」
「あたしだって忙しいんだっての。んーで、出来損ないだとなんだって?」
「なんでもっと早く連れてこない!」
は?
連れてきたことではなく、連れてこないことを怒っている?
いったいどういう……。
「こいつはサモピン。あたしが学生だった頃の同期だ。こいつは出来損ないを差別なんかしないから安心していい」
そう言ってウインクするグレーシャン。なんかカッコイイ。
ちょっと悔しいのは何故だろう。「ほら、出来損ないだから店になんて入れない」って、不幸自慢したかったとでも言うのだろうか?
「サモピンだ。君たちの苦労はわかっている、とまで言うつもりはないが普通の客として扱ってやる」
「ほ、本当ですか? 腐った食材の料理を出してきたり、あとで何倍も高い料金を要求したりなんて……」
「俺は自分の料理にプライドがある。そんなことするわけがない! ……されたことがあるのか?」
信じられない。
この人、用心棒じゃなくて料理人だったの?
……そうじゃない。
料理人かどうかはともかくとして出来損ないなんて店に入れたら他の客が嫌がる。不信心者なんかと食事したら自分の信仰心まで下がる、って。
だからサモピンの言うことが信じられない。
「プライドだけじゃないだろ?」
ニヤニヤしながらのグレーシャン。
いったいどういう意味だ?
「こいつさ、出来損ないの女に惚れてんだよ。学生の頃からずっと。だから出来損ないのことを差別なんてできないワケ」
「グレーシャン!」
「いいじゃないか。本当のことを言った方がこの子も安心するだろ。んで、どーよ。少しは進展したのか?」
うわ、サモピンが真っ赤になってしまった。両手の太い人差し指を擦り合わせるようにもじもじしている!?
「そ、それがよう、あいつ、自分のことは忘れていい女を見つけろってばかりで……俺はあいつ一筋なのに! あいつじゃなきゃ駄目なのに!!」
「ったく。相変わらずかい。あたしが身を引いた意味がないじゃないか」
「え? それって」
「い、いいからあんたは料理を作れ! おススメで四人前! あとで話聞いてやるから美味いの頼むよ!!」
「お、おう! 待ってろ嬢ちゃん、メチャクチャうめえの食わせてやる」
サモピンは台所へと行ってしまった。それを眺めるグレーシャンの目はさっきまでとはどこか違って。
「もしかしてサモピンのこと……」
「バレたか。さっさと結婚してくれりゃ諦めもつくんだけどね」
「それは……難しいと思います。サモピンの想い人がどんな方かは知りませんが、サモピンのことを想っていたらそれこそ結婚なんてしないでしょう」
「サモピンが不幸になるってか。そんな言葉はさんざん聞いたっての。サモピンだって覚悟してるんだからそれでいいじゃないか」
グレーシャンはわかっていない。
私たちだって出来損ないでも食料を売ってくれる数少ないお店は、迷惑がかからないよう、人目につかないように行くのだ。
出来損ないと結婚したらサモピンは店をやっていけなくなる。客商売なんて絶対にできません。
自分のせいで大好きな人がそんなことになるなんて許せるはずもない。
◇
サモピンの作ってくれた料理はどれも美味しかった。こんな路地裏にあるのが信じられないほど。
表通りの店はこれよりも上の味なのだろうか?
「また腕を上げたな、あいつ」
「なるほど。グレーシャンは胃袋を掴まれている、と」
「まあね。ったく、これより美味い飯を用意できる男が現れないと、あたしはいつまでたってもパートナーなしだね」
パートナーか。出来損ないの私には望んでも手に入らないもの。
異世界にまで探しにいったアオイは無事に見つけることができただろうか?
「どうした、深刻な顔をして。美味いもん食ってんだからもう少し嬉しそうな顔するもんだよ」
「いえ、パートナーを探しに試練を受けた友人のことを考えてしまって」
美味しい食事のせいか、素直に話してしまった。
グレーシャンに言ってもどうにもならないことなのに。
「ああ、神託があって誰かが試練を受けなきゃいけないからアオイが異世界に行ったってやつか。大丈夫だろ、あの子なら」
「知ってるんですか?」
「妹だよ。血は繋がってないけどな。同じ孤児院で育ったんだ。と言ってもあたしが学園にきちまったせいで一緒に暮らしたのは短い間だね」
まさかアオイが最強の機神巫女の妹?
そんなこと一言も言ってなかったのに。
「あの子、小さい頃から勇者でさ、とんでもない子だったよ」
「なんとなく想像できます」
アオイは思い込んだら止まらないところがある。その目標に向かって全力疾走、障害は乗り越えるというより粉砕する。
もっとも、彼女に言わせれば私の方が無鉄砲らしい。
「アオイが戻ってきたら、いや、出来損ない全員に伝えてくれ。卒業しても帝国にはくるな、って」
「え?」
「あ、いや出来損ないが不要だから言ってるんじゃないよ、勘違いしないでくれ。お前たちのために言っているんだ」
帝国にはってことは帝国軍に入るなってことだろう。
ズーラ帝国はたまに出来損ないでも軍に入隊する者がいたはずだが。
「帝国軍の出来損ないの扱いは酷すぎる。皇家からして機神巫女を道具として扱う風潮があるが、出来損ないはその最たるものだ」
「……いったいどんな?」
「標的だよ。演習で的にされるんだ。大砲や機神巫女の必殺技の」
標的?
グレーシャンの言ったことがすぐには理解できなかった。
「機神巫女は大ダメージを受けても死なずにマシンナリィが解けるだけだろ。出来損ないだってそれは同じだ。だから何度でも再利用できる的にされている。再びのマシンナリィは力が戻るまでできないけど、それすら酷い時には回復魔法で治療されてすぐに的にされる」
「そんな……」
「機神巫女の必殺技を練習する大きな的なんて簡単な物でもそう幾つも作れるもんじゃない。金も時間もかかるんだ。だから……私も出来損ないと練習して最強って言われるぐらいになった」
「まさか師匠って!」
料理と話に夢中になって気づかなかったがいつの間にかお酒を飲んでいたグレーシャンがツラそうな顔で頷いてコップを置いた。
それから、ふうと酒臭い息を吐いて語りだす。饒舌なのは酔っているせいもあるのかな。
「師匠は別格だ。出来損ないじゃなければ、最強と呼ばれるのはあの人だよ」
どこか遠くを見る目で続ける。
「あの人は的の癖に気に食わないやつの攻撃はひょいひょい回避するんだ。実戦で相手が動かないわけがないだろうって、それで上のやつに怒られても全く気にしない」
「それでいいのですか?」
「いいワケないだろ。それでさ、あたしは出来損ないの友達もいたからほっておけなくて、師匠が仕事して見えるようにがんばって攻撃を当てたんだ。もちろん手加減してだよ。そしたらなんて言ったと思う?」
「ありがとう?」
その答えはテーブルをバンバン叩いて笑われてしまった。
酔ってるなあ。
「ぬるい。そう言われた。あたしはさ、手加減したって説明したんだ。こっそりとね。なのに言いわけはするなって怒られた。さすがにあたしもカチーンときてね。次の時はもっと強めにやったんだ。けど師匠ムチャクチャ固くてさ」
「出来損ないが?」
「ああ。しまいにはスラッシュまで使ったけど、たいしたダメージを与えられなかった。なんか負けたって思って悔しくて師匠に頼み込んで練習に付き合ってもらった。師匠凄いんだよ、自分は必殺技使えないのにアドバイスが的確なんだ。それで、あたしはクロススラッシュ、アステリスクスラッシュとどんどんマスターしていった」
「……その伝家の宝刀が見たくて私はあの決闘を覗きに行きました」
グレーシャンを最強にしたとされる必殺技。勇者モーブをパートナーにしたクリムならもしかして引き出してくれるかと期待してこっそり馬車の屋根にしがみついていったのに。
「そりゃ残念だったね」
「わざと失敗したの?」
「まさか。んなことしたら師匠に大目玉食らうよ。あん時は皇子のせいであたしは半分の力も出せなかった。見てたんならわかるだろ? あたしのボディには皇子のカラーはほんの少しも出てなかったって」
あれで半分と驚いて声も出ず、とりあえず頷く。
たしかにグレーシャンのボディは灰色一色だった。
パートナーがいれば、クリムのようにその色がボディのどこかに現れるはずなのに。
「あーあ、あたしの舌と心を染めてくれるパートナーはいつになったら現れるんだよぉ」
あ、これ面倒そう。
「あの、サモピンさん、残ったの包んでもらっていいですか? こんな美味しい料理を寮のみんなにも食べさせてあげたいです」
「そうか。待ってな、もっと作るからそれも持ってけ!」
サモピンいい人だ。グレーシャンが横恋慕するのもわかる気がする。
出来損ないの想い人との恋は無理だろうけど応援したい。
「聞けよ!」
いえ、グレーシャンはサモピンの話を聞くのが先。
そう約束したじゃないですか。
料理人なので名前はサーモンピンクから
読んでいただきありがとうございます
たいへん励みになりますので面白かったら
ブックマークや評価、感想をよろしくお願いします