プロローグ
新連載始めました
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フロマ学園。
大陸一の規模を誇り、有能な人物を多く輩出していることでも知られる学園である。その中には各国の大臣のみならず有名な賢者や勇者もいる。
規模は小さな街に匹敵する。
多くの国から多数の生徒が集う学園には幾つもの教会や神殿が存在するが、その中でも一際巨大で荘厳なる大神殿がある。
奉るは機械の女神デア・エクス・マキナ。
これまで幾度となく世界を救ってきた女神には信者が多い。
大神殿の聖殿に聳え立つ巨大な女神像。
30メートルをはるかに超えるそれはもちろん女神デア・エクス・マキナを模した像であった。
女神像は重厚な機械鎧に身を包み、電子片眼鏡をかけた異形の姿であったがその微笑みは優しく、どの女神よりも美しいというのが信者たちの弁であり、誇りだった。
その女神に祈りを奉げていた少女に、頭を下げる少年がいた。
「すまないと思っている」
彼の名はモーブ。数少ない本物の勇者。勇者科に所属する生徒では唯一の勇者である。
勇者科は勇者とその仲間になる者を育成する学科で貴族平民問わず人気が高く、受験生の倍率も高い、実力者しか合格しないと言われている難関だ。
「なぜ勇者科のモーブが謝るのかわからない」
祈りをおえ、モーブの謝罪に首を捻る少女はアオイ。
モーブと同じく〈勇者〉スキルを所有する本物の勇者なのだが勇者科ではなく、機神巫女科の生徒だった。
機神巫女科は勇者科と同じかそれ以上に狭き門。勇者でなくとも入ることが可能な勇者科とは違い、機械の女神デア・エクス・マキナから大いなる力を授かった機神巫女しか入ることはできない。
「俺のせいでアオイがパートナー探しの試練を受けることになってしまって……」
「スウィートハートは機神巫女にとって重要な課題。モーブには関係ない」
アオイの言うスウィートハートとは恋人のことではない。
そうなる場合も多いが、機神巫女のスウィートハートとはパートナーであり、彼女たちの授かった大いなる力を最大限に発揮させてくれる伝説の存在だ。
滅多に見つからず、多くの機神巫女は真のパートナーを得ることなくその一生を終える。
「アオイさん、強がりを言うのではなくてよ。モーブくんがワタクシのパートナーになりアオイさんのパートナーになれなくなったので、あなたは試練を受けなければならないのですわ!」
そう得意気に言い放ったのはクリム。アオイと同じく機神巫女科の少女。
「ん? ……ああ、そういうこと? 安心していい。私は最初から試練を受けるつもりだった。気にする必要はない」
「最初から? 俺は眼中になかったって言うのか?」
「私は本物がほしい。課題合格のための名ばかりのパートナーではない本物のスウィートハートが」
機神巫女科の出すパートナー探しの課題。
真のパートナーであるスウィートハートがまず見つからないために形骸化しており、仲のよい男子や雇った者で済ますのが普通だった。
一応、本物のスウィートハートを探すために“試練”と呼ばれる旅に出ることも可能だが、この試練は難易度が高い。旅の行き先が次元門を通った異世界だからだ。
「そうですわね。出来損ないの8組の生徒なんて、試練を受けでもしない限りパートナーは見つからないですわね。もっとも、アオイさんのおっしゃるスウィートハートなんて試練先の異世界にいるとは限らないのですわ」
「そうだアオイ、異世界なんてムチャだ! 二年前に試練を受けたドワーフだって戻ってこなかったって言うじゃないか! 俺とパートナーになろう」
「それは無理ですわ。モーブくんはワタクシのパートナー。申請はもう受領されてしまいましたのですわ! 勇者科最強のモーブくんがパートナーとなったワタクシこそが最強の機神巫女。今度の課題こそワタクシがトップに立つのですわ!」
「モーブはクリムのパートナーになるのね。頑張って。……そして気をつけて」
「気をつけるのはアオイだろ!」
クリムがいるから詳しく言わなかったためにモーブはアオイの警告の意味に気づかなかった。
モーブがパートナーを承諾したクリム・パイプルーンは公爵令嬢。婚約者のある身だ。しかも婚約者も当然身分の高い者であり、さらに学園の生徒である。
課題で高得点を取るのための一時的なパートナーとはいえ、婚約者を奪われた彼の面子は潰れており、勇者相手でもどんな嫌がらせをしてくるかわからないというのに。
「私は出来損ない。だけど勇者でもある。問題ない」
異世界へ行けるだけでも嬉しい。
とは幼馴なじみの勇者には言わなかったアオイ。
アオイとモーブは同じ孤児院で姉弟のように育った。
周囲もアオイのパートナーにはモーブがなると見込んでいて、だからこそクリムがモーブをパートナーにしたのだ。“出来損ない”の癖に勇者であり、前回の試験でも自分よりも高得点を出したアオイに勝つために。
「俺、クリムに言われたんだ。パートナーが見つからなければアオイは機神巫女科にいられなくなるから、勇者科にいくことになるって。だから俺、あいつと……」
「パートナーが見つからなくても成績が下がるだけで追い出されたりはしない。なにしろ出来損ないの8組。そんなことをしたら生徒がいなくなってしまう」
アオイが所属するのは機神巫女科の8組。1組に入れなかった者が回される受け皿。
女神から大いなる力を授かりながらもそれを十全に発揮することができない者たち。
それでもその力は脅威なので悪の道に走らぬように教育するためのクラスだ。途中で放り出すことなどできはしない。
「女神の神託だ。誰かが試練を受けなければならない」
「3年生だっているじゃないか」
「先輩たちがいなくなったら8組は生活できない。それに私は勇者だ。こんな時こそクエストをこなすのは当然」
機神巫女科8組は他のクラスと違い、人数が少ないので三学年まとめて一つのクラスとなっている。
だが、学園側からの扱いは良いとはいえず、8組生徒たちはボロボロの寮で暮らし、食事にもこと欠いているのが実情だった。それを3年生が寮を修繕し、食料を調達してなんとかやりくりしている。
「アオイは勇者科なら間違いなくトップなのに」
「モーブも勇者。いつまでも私を頼ってはいけない」
「でも、異世界なんて危険すぎる!」
「もし私が戻ってこない時は、故郷に戻れたんだと思ってくれればいい」
アオイは孤児院に保護される前の記憶がある。彼女は自分が異世界で生まれたと信じていた。
だから試練は自分の故郷に戻るために、両親と会うためにも渡りに船だったのだ。
「俺も行く!」
「邪魔だ。絶対にやめてほしい」
「アオイさん、考え直した方がいいのですわ。あなたなら勇者科も必ず受け入れるのですわ」
「ありがとうクリム、この甘えん坊を頼む。鍛えなおしてやってくれ」
アオイはクリムに感謝した。
なぜかいつも自分を目の敵にしてくる努力家の少女、それがアオイのクリムに対する認識だ。
その少女が面倒な弟を選んでくれた。これで後顧の憂いなく試練を受けられる、と。
◇ ◇
「行ったか。もう帰ってくることもあるまいて」
「ドメーロ司教、まるでアオイさんが帰ってくることを望んでいないように聞こえるのですわ」
「儂とて生徒が、それも勇者がいなくなるのは悲しい。だが、出来損ないではな。異世界の地で果てることも女神の思し召しよ」
「相変わらず司教は出来損ないを憎んでいるのですわね。ですが、アオイさんは勇者でしてよ。この程度の試練、楽々乗り越えてくるのですわ」
それは無理だとドメーロは確信していた。
彼はアオイを送りだした貴重な聖遺産である次元門をこの後に破壊するつもりであったのだ。
「出来損ないなど勇者ではないよ」
ドメーロは知らない。
勇者アオイこそ、出来損ないではなく女神デア・エクス・マキナに最も祝福された者であったことを。
クリムの言葉のように異世界から舞い戻ってくることを。
1話は17:00に投稿予定です
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