目覚め
気が付けば暗い森の中を走っていた。
俺は幼さの残る少女を背負い、無精ひげを生やした男性と桃髪の女性に挟まれる形で並走していた。
背後からは尋常ならざる気迫の怒声が聞こえてくる。何を言っているのかも聞き取れないほどだ。
俺達は今、何者かに追われているらしい。ここがどこかも分からないし、何故追われているのかも分からない。
ただ一つ、分かっているのは捕まればただでは済まないということだけ。
不気味な焦燥感に追われるがままに、訳も分からず走り続けた。
しばらくすると不意に開けた場所に出た。商隊等がキャンプする時に使うような場所だろう、焚火の跡が点々と残っている。
そのキャンプ場を突っ切る途中、中間地点にさし掛かった頃、前方の茂みに多数の人間が潜んでいることに気が付き足を止めた。
正確な数は分からないがどう少なく見積もっても二十人はいる。いつの間に……
「……薄汚れた神殺しの逆賊共が!!ここで死ね!!!」
突然の罵倒。非常に強い語気に思わず面食らう。激しく興奮している様子で、そいつを細々と宥めるような声が聞こえてくる。
一体何をそんなに激怒しているのか?……考えても答えが出ない、身に覚えが無いからだ。
奴は今、俺達を「神殺し」と罵倒した。「神」が何なのかは測りかねるが、ソレを殺したから俺たちは今追われているんだろう。しかし心当たりのない身としては、この状況は理不尽以外の何物でもないんだが…
「総員、構え」
先程の声と違い、冷たい声が辺りに響く。
その一言が終わるや否や、ギリギリと弓を引き絞る音が一斉に聞こえてきた。
その音で我に返り、急いで矢を防げる遮蔽物はないかと辺りを見渡すが……
……ここはキャンプ場、遮蔽物といえばせいぜいが切り株や倒木で、身を隠すにはあまりにも小さい。それに多分強撃とか属性付与の付加魔法を施しているだろうから、木材程度じゃ防げて2、3本だ。
逃げ場はない。言わばここは即席の狩場、まんまと誘導されてしまったワケだ。
「第一射、放て」
もっとここらの地理に詳しければ、あるいはキャンプ場を通らずに大回りしていればこうはならなかったかもしれない、と後悔するが時既に遅し、男の一言で弓隊の攻撃が始まった。
幾本もの矢が空を裂き飛んできた────
───────────────────────
「─────っ」
…………夢、だったか。まぁそうか、そうだよな。あまりに突拍子のない話だったしな……
たしか夢にはそいつの深層心理が映るとかどうとか前にどっかの占いのバァさんが言ってた気がする。詳しい話は覚えてないけど。
ってかここ何処だ?。目開けても暗いし両肘が壁につくくらい狭い。手触り的にこれは木材………木箱?木箱に入れられてんのか俺は。なんでまたそんなとこに?
少し力をこめると天板はあっさりと外れた。木箱の外は馬車の荷台───
「……………………」
───ではなく、見知らぬ石室だった。
「……………………」
広すぎず狭すぎず、一般的な家屋の一室程度の広さで、
「……………………」
出入口は一つ。壁には淡く橙に光る石の入ったランタンが掛けられている。
「…………えぇ……?」
長い沈黙の後、ようやく出せたのは間抜けた声だった。
寝ても覚めても、理解の及ばない状況であることに変わりはなかった。
「ふぅ…………」
木箱の淵に腰を下ろし、ひと息つく。ようやく状況に頭がついてきた。………理解はできてないが。
さしあたって今日あったことを順に思い出していこう。
朝は確か……そう、残ってた保存食殆ど使って贅沢な朝食にしたんだった。久しぶりの具たっぷりのスープ……山盛りの肉……ジャムたっぷりのパン……うへへへへ。
話が逸れた。
朝食をとった後は最寄りの街に向け出発……着いた時には陽が昇りきっていたから、到達時間は四時間くらいか。そこでアイツを倒したことを報告、歓待を受けて昼食をご馳走になったんだったな。
その後は適当に時間潰して、夕方になった頃、迎えの馬車が街に来たんだ。んで……ん?…ここからの記憶が曖昧だな。
多分、多分だが俺は馬車で寝たんだろう。疲れてたし、揺られてりゃ眠くもなるか。
で、悪夢を経て今に至ると。
……いや意味が分からん。馬車で寝落ちして起きたら石室で木箱に押し込められてたとか超展開すぎるだろ。夢でも見てん………あっ。
そうか、これもまた夢って可能性もあるのか。夢の中で夢を見る、なくはない。
ベタだが頬をつねって確かめてみるkいだだだだだ!!痛い!!
夢だと思って思い切りつねったのがマズかった。僅かに残っていた眠気も吹き飛び、頬を抑えてうずくまる。うっすらと涙すら出てきた。
夢ではなかった。正直まだ半信半疑ではあるが、未だ消えない頬の痛みが現実であると証明してしまった。
「どうすっかなこれ………」
重なりに重なった謎の中で、俺は途方に暮れることしかできなかった。
「……ふぅ…よしっ!」
いつまでもぼーっとしている訳にはいかない。まずはこの周辺の探索をしよう。もしかしたら何か手がかりが見つかるかもしれない。
幸いな事に剣も一緒に木箱に入れられており、ひとまず身の安全は確保できそうだ。
…と、思ったのだが。
「……!?重っ……!!」
剣が尋常じゃなく重くなっていた。持てないことはないのだが、両手を使って持ち上げるのが限界だ。とてもじゃないが振り回せない。
なんでこんな重いんだ、俺の能力値でここまで重く感じるって相当だぞ!?加重の呪いにしてもエグすぎるだろ!!
「……ん?待てよこれ………えっ……?」
………この剣、呪いがかかってないように見えるんだけど気のせいだよな……?
呪いは付加魔法の一種で、負の効果を示すもの全般がそう呼ばれている。付加魔法である以上、魔力が纏わり付いているわけだから見ても分かるし触るとなおさら分かりやすい。
しかし剣には今挙げた特徴が全く感じられない。上手く隠している可能性もあるが、視覚ならまだしも触覚すら欺く付加魔法の使い手なんて存在するのか……?
「…た、確かめれば済む話だ」
誰に言うわけでもなく、そう呟いた。
柄を両手でしっかりと握り、天井近くまでゆっくりと振り上げる。
そして力を抜き、重力に任せて石畳に叩きつけた。
ガッ!という硬音と共に石畳に小さなヒビが入り、僅かに欠けた。
だが、その程度だ。剣の重量はおよそ40キロ、それを自由落下で叩きつければ……まぁ、こんなもんだろう。
………最悪、だ。
剣が重くなったのではない。俺の能力値が落ちているのだ。そこらの一般人のレベルにまで。
「………嘘だろ…」
結果を見て尚、信じられなかった。認めたくなかった。
これまで積み上げてきたもの、その全てが一瞬にして消え去ったのだから。
「……よし!」
パチンと頬を叩き気合いを入れる。少し、いやかなり凹んだがいつまでもクヨクヨしてられない。無いものは諦めて目先の問題にとりかかろう。気持ちを切り替えるのは得意なんだ。……しばらくは引きずるかもしれんけど。
あれから追加で分かったことだが、今の俺には魔力がほとんど残っていないらしい。
俺の剣は魔術武器の一種で、使用に魔力を要する。この剣の場合、刃の展開に魔力が必要になるのだ。
重くて取り回しが悪いが、刃があればまだ使い物になると思い魔力を流したのだが、刃は展開されなかった。これじゃただのクソ重い棍棒じゃないか…
なので、剣は一旦箱に仕舞いこの遺跡?を拠点に活動することにした。もし近くに人里があればそこに助けを求めよう。
さぁ、まずはここを出て、周辺地理の確認と今日の食料の調達にいこう。
部屋から出ると左右に別れた通路になっており、どちらを見ても等間隔に並ぶ壁掛けのランタンしか見えない。
その場に屈み、床に積もった埃をつまみ上げる。指を擦ってサラサラと落とし、その様をじっくりと見つめた。
すると、ごく僅かに左から右へと空気が流れていることが分かった。
進路を左に定め、罠を警戒しつつゆっくりと進んでいく。
そうして分岐点に当たる度に埃を落とすこと計八回、ようやくランタンの青白い光とは異なる白い光が見えてきた。風も肌で感じられるほど強くなってきたし、ここが出口で間違いないだろう。
出口に近づくにつれ、暗がりに慣れた目が悲鳴を上げた。手で覆いながら一歩、また一歩と前に進む。
そして───
「…こりゃすげぇな」
目に飛び込んで来たのは大森林、いや、そんな言葉では片付かない程の大きな森であった。
胴回り数十メートルはありそうな大木がそこらじゅうに乱立しており、そのいずれにもビッシリと蔦が這っている。
生えている草も俺の身長を優に超えるものばかりで、小人になったのかと錯覚しそうになる。……さっきから意味不明な事態が立て続けに起きているあたり、ありえなくもないのが怖いところだ、ハハハ………笑えねぇ。
さて、とりあえず辺りを探索してみてはいるが、なんせ森が深すぎて周辺地理の理解などできたものではない。
遭難しないように、通った道の木の枝や飛び出た根に蔦で大きく蝶々結びで印をつけることしかできなかった。
こうも視界が通らないと、ふとした瞬間に遭ってはならない存在と遭遇してしまうことがある。
今の俺は、そこらの一般人と何ら変わらないほど脆弱だ。小型の肉食獣ですら充分すぎるほどに脅威となる。一瞬たりとも気は抜けない。
などと考えていた矢先、木陰からソレは突然現れた。
「ヴルルルル………」
一言で形容するなら、大型の熊。ただ、通常の野生動物のものより一回り体格が大きいのと、毛皮が鮮やかな緑色なのが特徴的だ。
普段の癖で一瞬臨戦態勢に入りかけるが、すぐに自身の状況を思い出し我に返った。
今の俺にとってこいつは捕食者である。やりあえば戦いにすらならず、一方的に狩られて餌になる……そんな存在だ。
決して俺の存在を感づかれてはならない、なんとしても対面することを避けるべきである。
幸いなことにまだ向こうはまだ俺に気づいておらず、すぐ側にあった大木の裏に身を隠すことに成功した。
そして呼吸のペースを落とし、限界まで気配を殺す。
理想はこの状態を維持してあいつをやり過ごすこと。だが相手はこの大自然の中を生き抜く生粋の野生だ。果たして潜伏スキルも使えん人間の潜伏で誤魔化せるかどうか……。
「ヴゥ………」
姿は見えんがこちらに気付いた様子はない。
そして少しづつ、少しづつだが足音と唸り声が遠くなっていった。
(……よし、なんとかやり過ごせそうだな)
心の中でほっと一息つき、思考を熊のことから食料と水場の確保に傾け始めた。
───シュルルル
「!!」
反射的にその場から飛び退いた。近くの草地にガサガサと音を立てて着地する。
それとほぼ同時に、俺が居た場所に黒い蛇が落ちてきた。もう少し反応が遅れていたら、首筋を噛まれていたかもしれない。
蛇は獲物を逃がしたことを悟ると、素早く這って草むらの中に姿を消した。
(やっぱあの音は枝の上を這う音だったか。気づけて良かった…)
ギリギリだったが、蛇に関する危険は回避できた。……だが、着地先が草むらなのはマズかった。
音を立ててしまうと、まだそこまで離れていないヤツに感づかれてしまう。
「………チッ」
一度は離れた足音が再び近づいてきた。それに伴い、低い唸り声と鼻につく獣臭が大きくなっていく。
「ヴルルル……」
───つい先ほどまで思い描いていた、最悪の状況である。
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