異世界での生活⑦
馬車に揺られて30分程度で目的地に到着した。そこは以前の決闘場ではなかった。前の決闘場が広い空き地のような空間だったのに対して、そこは石造りの円形の舞台、ローマのコロッセオのような建物だった。馬車から降りた俺を出迎えたのは前回の見届け人ではなかった。知らない顔では無いので挨拶をする。
「えーと、こんにちは。国王様」
そこに立っていたのは、正真正銘のこの国の国王にして、この世界のことについて色々教えてくれた。アルベルト=クロノスその人だった。
「そなたとの再会がこのようなものになるとはな……」
国王、呆れているのか、悲しんでいるのか分からない表情で話しかけてきた。
「いや、自分もまさかこんなことになるなんて、思わなかったですよ。でも、なんで国王様が?」
「歩きながら話をしよう」
そういって、国王は俺を決闘場まで案内する。道中、国王から今回ここにいる説明を受けた。一言でいうと興味があったから、とのこと。この会場も国王の意向で変更されたらしい。
「無能力者の訪問者が、能力者を決闘で倒す。決闘自体多くあることではないが、私の知る限りでは前例が無い。それも今度は我が国の誇る騎士を倒した冒険者に勝負を挑むという。勝算はあるのかな?」
「え、えぇ。まぁ……やって見なければ分かりませんが」
国王は不審な目で俺を見る。どちらかというと、俺のところに来るよりグラン・リッチのところに行って、この決闘自体無かったことにして欲しい。でも、確認すると司法に王様はあまり口が出せないとのこと。使えない王様である。
「王室が法を整備し、司法院が裁く、分けることで正義を成しているのだ」
「えっ!?そ、それは素晴らしいシステムですね!」
何も言っていないのに、指摘された。もしや、王様の能力は心を読むことなのか。
「そなたは、顔に出やすいな。……到着だ。健闘を祈る」
中央に石で作られた四角いリング、少し離れてその周囲には観客席のようなものもある。最も、そこにいるのは関係者だけだ。工場の皆の心配そうな顔とグラン・リッチのにやけ顔が見えた。そして、リングの中央にはあの男が、万物のスタイが待っていた。
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見届け人は前回と同じ男性だった。
「この決闘は国王様も拝見される。各自、誇りを持って戦うように。それでは、開始線まで戻り合図を待て」
「ちょっと待って下さい。一つ提案があります」
スタイが俺と見届け人に言った。妙に自信満々の態度がムカついてしょうがない。
「僕は、リッチ氏からあなたをできる限り痛めつけるように言われているんですよ。場合によっては殺しても良いとも」
「……だから?」
「でも、僕はこう見えて平和主義でして。可能であれば、人を傷つけずにこの決闘を終わらせたいのです」
「何が言いたいんだよ。ジャンケンで勝負を決めようってわけじゃないだろ?」
スタイはニヤニヤしたまま自分の靴を指差した。
「僕の靴を舐めて、許しを請いなさい。そうすればきっとリッチ氏も許してくれます。あなたは傷一つ負わずに帰れる。素晴らしいでしょう?」
「……なるほど、分かったよ」
俺は一歩踏み出す。そして、差し出されたスタイの足を踏みつけた。
ググッ。
「これでいいか?」
痛みを耐えたまま、それでいて笑みを押さえたような表情でスタイは言った。
「お前は、殺す。楽に死ねると思うな」
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今回の開始の合図は国王が行なうらしい。立ち上がり良く通った声を張り上げる。
「これより、橘賢人とスタイ・ホーマーによる決闘を行なう。本件は、商人グラン・リッチの主張する。土地の利用権の裁判の代替えとして執り行われる。勝敗はどちらかが敗北を認めるか戦闘不能となるまで続く。意義のあるものは前へ、無ければこの勝敗こそが我が国の裁きとなる!」
僅かな静寂。それを破る、国王の声。
「始め!!」
その直後、背筋に悪寒が走る。同時にスタイの声。
「まず足を焼いてやろう!!燃やし尽くせ。炎川流」
スタイの手から放たれた炎は扇状に俺に向かってくる。速くは無いが逃げ場のない炎の川。これは幻覚でも偽物でもない。逃げることができないのだから、立ち向かうしかない。
すぅ。
息を大きく吸う。俺の予想が、推理が当たっていればできるはずだ。手を合わせスタイと同じように前方に。声は大きく、自信を持って、高らかに。
「水龍持ちし、雫の盾、水魔鏡!!」
直後、俺の前方には水の盾が出現し、スタイの火の川を相殺した。水と炎が打ち消しあったことで生まれた蒸気でスタイが見えなくなる。わずかに間をおいて、晴れた蒸気の先にいたスタイは青い顔をしていた。背後から工場の皆の声が聞こえる。
「お、おい!今、ケンの奴何やった!?」
「水……出したよな」
「土壇場できっと能力に目覚めやがったんだ!水を扱う能力に!!」
残念だが、そうではない。
「我が風は全てを切り裂く!鎌鼬!!」
「大地の聖霊よ!!俺を守れ!!大地讃頌」
スタイの手から風の刃が放たれ、俺の周囲に展開された土の壁によって弾かれた。ザワザワとこの戦いを見ている人達の動揺を感じる。もっとも、一番動揺しているのは目の前にいる男だと思うが。
「ま、まさか……。気が付いて、いるのか。ぼ、僕の能力に……」
そう気が付いている。
「あぁ、そうだな。俺はその能力を知っている。……能力者のお前よりも」
「う、嘘だ!!そんなのは認めない!!」
*******
スタイの能力に当たりをつけられたのは、中学時代のある出来事があったからだった。
……中学一年生の時、俺は中二病だった。今、思い返せば2、3回死にたくなるような思い出である。まぁ、中学一年で中二病だったので、俺は周囲より大人だったと言えるのではないだろうか。……そう思わないと過去に殺されてしまう。
まぁ、中二病はいい。良くないけど、クラスに一人ぐらいそういう痛い奴がいても許されると思う。だが、俺の所属していた一年A組にはもう一人いたのである。毎日左手を包帯で巻いていたミツル君である。中二的痛い奴同士が出会うと、自分のことを客観的に見えて中二病が治る。あるいは、相乗効果で余計大変なことになる。
……大変なことになった。なぜか、すれ違うと無意味に「ふっ、やるな」「お前もな」みたいなことを言い。学校を風邪で休んだ次の日には「俺の中のあいつを抑え込むのに苦労したぜ」とか「あっちの世界では一年経ったはずなのにな……」などと意味不明なことを言い合っていた。そんな、中二的空間の中で、俺と彼は共有の設定を作り出してしまった。
俺と彼の妄想の中では、世界にはもう一つあり、そこは魔法や魔族が支配するファンタジーな世界である。そして、一部の選ばれたもの異世界の記憶と魔法を持っているのだ。そして、世界を改革する力を巡って戦っているのである。
ちなみに、俺の設定は全ての魔法を修める大魔術師、その魔術をもってすれば戦いに勝利することは確実であるが、平和を愛し、穏やかに暮らしたいと考えている。ミツル君は世界に絶望した邪龍の化身で、怒りにより真の姿を現す。というものだった。……死にたい、苦しいとか、そういうんじゃなくて、なんか、死にたい。その設定の中、俺とミツル君は本人たちにとって、楽しい学園生活を送っていたのだが、ある日事件が起きた。
「うわっ。きもっ。寒っ」
校舎裏で、〈卑怯な手を使ってきた敵に対し、しょうがなく手を組むライバル〉的なことをしていたのだが、それをクラスの女子に見られたのであった。本来なら不登校や自殺に追い込まれるほどのダメージ。ヤバい!と思ったが俺とミツル君は得意の妄想の世界に逃げ込むことで事なきを得た。……事は無くなってないが気にしてはいけない。そんなことがあって、異世界の能力を使う時は、周囲にドーム状の結解が展開され、その空間に入り込むとわずかに寒気を感じる。という、設定が追加された。
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おそらく、スタイの能力は当時の設定が能力として成立したものだ。自分自身が能力を使用するのではなく、ドーム状の異空間を創り出す能力。空間内に入れば誰でも条件を満たせば能力を使用できる。その空間の条件は、ポーズや呪文である。中二的言動や行動が具現化する。名付けるとすれば『仮想能力空間』と言ったところか。
スタイがうろたえて口を開いた。
「ば、馬鹿な…本当に気が付いたのか」
「スタイ!お前の能力は空間を創り出すものだ!この空間では―――」
この空間では、格好良さが比例し能力として具現化される。
「馬鹿な、この羞恥心の大きさが比例し能力として具現化されることを見破っただと!」
「……発動のキーはお前が術を使う時に使用するポーズや呪文だつまり―――」
カッコいいポーズや、呪文などを使用することでそれが実現するのである。
「ふざけるな、あの恥ずかしいポーズや、ダサい呪文が実現することになぜ気が付いたぁ!!」
「うるさい!!」
……いや、分かるけど、でもそこまで言わなくていいじゃん。当時はまだ若く、純粋で馬鹿だったんだ。
「だが、僕はこの能力に目覚めてから、研究を怠らなかった!能力を理解したからといって、調子に乗らないことだ!!」
そう言い放つとスタイは目を閉じ、指揮者のように手を振り回しながら呪文を唱え始めた。おそらく、あれが彼の考えた最も威力の出る呪文なんだろう。ならば、こちらも全力で迎え撃つだけだ。
……暗記したなぁ。この呪文……。丸パクリはマズいから色々アレンジしたんだけど結局パクリはパクリだったんだよなぁ……。俺は目を閉じ、静かに呪文を唱え始めた。
「明星より輝く存在、永久の闇よりも暗き存在
無限を喰らいつくし、零を孕みし、偉大なる汝の名において
我この場、この時に誓わん、我らを阻みし
全ての無知なる愚者に、我と汝が力もて、等しく終焉を与えんことを
堕聖龍殲滅覇」
俺が呪文と共に突き出した手には巨大な力の塊。……思っていたより溜めと力量が大きい気がする。
「うわっ!ヤバッ!」
咄嗟に、手を上に動かして呪文を外す。
バシュウゥ!!ゴゴゴゴ!!
大きな音を出しながら堕聖龍殲滅覇は空に向かって放たれた。スタイの攻撃はこちらの余波で打ち消したようだが、急いで体制を立て直さなければ。
「……ん?」
スタイの方を見ると倒れこんでいた。
「……死んでる」
「いや、気絶しただけのようだな」
見届け人が、スタイの様子を確認して、国王に目を向ける。国王は黙ってうなずいた。
「勝負あり!!勝者は橘賢人!!」
二度あることは三度あるとも言うが、今回は正真正銘、これで終わりである。