異世界での生活⑥
決闘を明日に控えた夕暮れ時。工場に続く街道をトボトボと歩く。今日まで、できる限りのことはしてきたつもりだ。スタイの戦いを見たという人から何回も話を聞いた。ノートだって何回も確認した。スタイの泊っている宿を調べて、尾行まがいのこともやった。しかし、なんの成果も無かった。分かったのは、あいつの能力が様々な現象を自在に起こすこと、自分の能力を調べさせないために、護衛を雇うほど慎重な性格なことである。まだ時間はある。そう自分に言い聞かせるが、できることは思い浮かばない。
「ん?」
工場の前に人影が見える。近づくとイヴさんが立っていた。俺を見つけると手を振ってくれた。どうやら、待っていてくれたようだ。
「おかえりなさい」
「……ただいま戻りました」
返事をしたが、どんな顔をして向き合えば良いのか。イヴさんの顔を見ると不満そうな顔だ。無理もない、俺はこのままでは何も変えられなかったことになる。
「もう、敬語はやめるって言っていたじゃないですか」
「え?あぁ、ただいま」
グラムの情報を集めるために、イヴさんと一緒に町を歩いた時、できれば敬語で自分と話すことはやめて欲しいと頼まれていた。自分とあまり年齢が変わらない人から敬語で話されるのは、距離を感じてしまうとのこと。だから、二人の時は砕けた言葉で話すことにした。もっとも、他の従業員に聞かれたら、ただでは済まないので気を付けなければならない。
「あの、お疲れですか。良ければ少し散歩に付き合ってもらいたいんですけど」
「えっ?あ、あぁ。いいけど……」
イヴに連れられるまま、日の落ちた町を歩く。本来なら、可愛い女の子と夜の散歩は心躍る展開だ。だが、今は散歩を楽しむ気持ちにはなれない。イヴも俺の気持ちを知ってか、てくてくと先を歩いていく。
「ここです。私のお気に入りの場所」
連れていかれたのは、大きな公園の花壇だった。イヴが言うには元々野原だったこの土地は道と役所などの施設になる予定だったのが、周辺住民の声によって公園にすることにしたらしい。まだ子供だったイヴも反対運動に参加したとか。前の世界では見たことの無い白くてきれいな花が月明かりで輝いて見える。
「……綺麗だ」
「えへへ。そうでしょ。お母さんの好きだった花なんです」
花もそうだが、花壇を背にしたイヴも綺麗だと思った。近くにあったベンチに座ってのんびりと星と花を見ながら夜風に当たる。本来なら最高に気持ちのいい夜。
「明日は、戦わないで下さい」
「な、なに言ってるんだよ。俺は」
「だって、死んじゃいますよ。この前とは違います」
「で、でも……」
言い返したかった。でも、確かにこの前とは違っていた。情報がまとまらない、ノートから能力の候補を絞ることさえできない。相手の能力を分からない状態で立ち向かっても死にに行くようなものだ。
「みんな、ケントさんに感謝してます。自分たちのために頑張ってくれて。嫌がらせをしてきたリッチ家の人たちの鼻を明かすことができたんですから」
「で、でも……」
でも、明日の戦いで勝てなければその努力も無駄になる。工場は解体され、従業員の皆はグランに雇われてこき使われるか、新しい仕事を探すしかない。それにイヴだって。……駄目だ。
「駄目だ。まだやれることはあるはずだ。だから……」
「たぶん明日、工場の皆があなたを決闘場に行かせません。力づくで止めるって言っていましたから。……スタイっていう人、人を能力で殺したって噂もあるんです」
「くっ」
知っていた。冒険者のスタンはこの国の前にいた国で、決闘だか、裏の依頼で人を殺して報酬をもらって、この国に渡ってきたらしい。決闘の最中であれば、殺そうが一生モノの傷を負わせようと無罪放免。今回は明日の決闘が終われば、すぐにこの国を出る予定とのことだ。
「……」
「寒くなってきましたね。帰りましょうか」
「あぁ」
どうやら、俺の沈黙は了承と取られてしまったようだ。足取りは公園に来た時より格段に重い。俺の気持ちを察してか、イヴは明るく話をしてくるが俺は生返事しかできない。
「本当に、しょうがないですよ。きっと達人ってああいう人を言うんでしょうね」
今日買ったパンがおいしかったという話を切り上げてイヴが話を始めた。俺を慰めるためだと気が付いてさらに落ち込む。
「この国に来てからも難しい依頼をたくさん受けて。評判は悪いけど毎回成功するんですって。それも一人でですよ」
知っていた。
「性格は悪くて無抵抗な人に攻撃魔法で追い打ちをかけたりするらしいし」
知っていた。
「それでいて、用心深くてお金で護衛を雇っているんですって」
知っていた。
「普段はへらへらしているけど、戦いになると容赦がなくて」
知っていた。
「この前の決闘場では私、殺気って言うのを初めて感じました」
……知らなかった。でも、それはおかしな話だ。すかさず確認した。
「殺気ってどういうこと?」
「ほら、私はスタイさんが能力を使った時にその場にいなかったんですよ。薬箱は用意してあったけど、お医者さんを呼んできた方が早いと思って」
それは、知っている。問題は殺気の話だ。
「それで向かっている途中、もう少しで決闘場だ。っていうところで、急に悪寒っていうか、背中に冷たい風が吹いたような感覚に襲われて。工場のみんなも同じように感じたらしいんですけど。きっと、あれが剣の達人とかが放つ殺気ってやつなんですね。まぁ、スタイさんの見た目は達人って感じはしないですけど」
俺は足を止めた。気持ちが落ち込んで、足が止まってしまったわけでは無い。その逆だ。
「イヴ、その話もう一度聞きたい。工場の皆の話も」
攻撃する時に、殺気が放たれるのは聞いたことがある話だ。周囲の人がそれを感じ取るのも分かる。でも、スタイを直視していないイヴまでそれを感じ取るのはおかしい。
それに何より、攻撃は俺に向かって放たれたはず。それなのに、俺は殺気も、悪寒も何も感じなかった。
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翌朝、俺が階段を降りるとイヴや工場長をはじめとした工場の皆が俺の前に立つ。昨夜イヴが話してくれたように俺を力づくで止めるようだった。怖い顔をして、俺に向かってくる皆を手で制する。そして、宣言する。
「悪いけど。行ってきます。勝てる勝負をしないわけにはいかないですから」
皆が俺の発言に驚いた表情になる。しかし、それもすぐに消沈した。工場長が優しい声で俺に語り掛ける。
「無理はしなくていい。相手が悪かったんだ。お前はもう俺たちの家族みたいなもんだ。やめてくれ」
どうやら、空元気だと思われたらしい。
「どこで、この話を聞いている奴がいるのか、分からないですから今は詳細を説明できません。でも、スタイ・ホーマーの能力の謎は全て解けました」
俺の自信満々な態度に押されたのか、工場長は道を譲ってくれた。
「格好よく勝ってやりますよ」
自信はある。仮定は立てた。裏付けはまだだが、筋は通っている。ノートには、スタイの能力は書いていなかった。でも、俺はスタイが何をしているのかわかっている。
スタイの行動は、俺には見覚えが……。いや、身に覚えがあった。