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異世界での生活⑤

 工場の権利を獲得するための決闘に勝利してハッピーエンド。

 

 とは、ならなかった。


 決闘の後、戦意を消失したグラムは運び込まれて部屋から出された。決闘に負けたというより、自分の能力を暴かれた挙句に無能力者の俺に倒されたのがショックだったのだろう。

 勝ち名乗りをあげられた直後、イヴさんを始め工場の仲間が俺に駆け寄ってきた。歓喜に沸いた高いテンションのまま、周囲の目など気にせず俺に抱き着く。……工場長が。

「やりやがったなぁ!!!!」

 身体は痛いが、心は満ち足りている。今まで感じたことの無いような高揚感。

それに水を差すように見届け人の冷静な声が俺と工場長を呼んだ。


「今回の裁判において話がある」

 そう言った見届け人の表情は少々暗いものだった。決闘場の隅で、俺と工場長、グラン・リッチが対面する。

「まさか、さっきの戦いで物言い。ってわけじゃねぇだろうな。お前の息子の情けない声は皆が聞いているんだぜ」

 工場長のドスの利いた声。グランは鼻で笑って答えた。

「……えぇ、情けないことだ。こんな男に負けるとは」

 声は平静を保っていたが俺のことをギロリと見たグランの目には憤怒が宿っていた。見届け人と工場長に視線を戻したグランは懐から何やら紙を取りだした。

「この契約書は、ただの紙切れになってしまいましたね」

 そう言いながら、紙をびりびりと破きだした。少々驚きながら俺と工場長はその様子を見る。破り終わると、工場長が口を開いた。

「ふん、いいかこれに懲りたら二度と俺たちにちょっかいを―――」

「ただし―――」

 工場長の言葉を遮ったグランは懐から再び用紙を取りだして話を続ける。目は怒ったまま口は口角が上がり気持ちの悪い笑顔。

「こちらの用紙にはまだ効力があるのですが」

「なっ……」

 驚くと同時に状況を理解できていない俺たちに見届け人が説明を始めた。グランは根回しや裏金などの手段で違う内容で同じ結果をもたらす裁判を同時に開いていたという。要約すると、もう一度決闘しなければ何も結果は変わらないということだ。

「リッチ殿、商人から法律家になられたとは驚いたな。法律の穴という穴を突いている。いや、法律家は恥ずかしくてこのようなことは出来ないだろう」

 見届け人も怒っているようだった。

「王に説明し法律の整備は進めなければなるまい。ただし、一度受理されたものはしょうがない。もう一度、各々の代表で決闘をしてもらう。……勝ったところで評判は地に落ちるだろうがな」

 見届け人の嫌味にグランは涼しい顔で答える。

「評判は先ほど地に落ちました。このようなこの世界に来たばかりの訪問者に。無能力者のガキに。私の息子は辱めを受けた。やり返さなければいけません。逃げないですよね。あなたは」

 辱めも何もケンカを売られたのはこちらである。だが、グランの言う通り逃げるわけにはいかない。

「いいよ。もう一度やってやる。グラムが相手か?それともあんたが息子の仇を打つのかな?」

「うちの代表は決まっています。ご挨拶を」

 グランの合図で一人の男が決闘上に入ってきた。30代くらいと思われる痩せた男。

「冒険者のスタイ・ホーマーという者です。以後、お見知りおきを」

 そう言って頭を下げた男。正直言って弱そうだった。身長は高いが体にあんまり筋肉がついていない。少なくとも素手のケンカでは負けることは無いと思う。しかし、工場長はおびえた顔で話しかけた。

「まさか、万物のスタイ……」

「えぇ、そういう通り名で呼ばれているみたいですね」

 万物のスタイ。どういう意味だろうか。質問しようとしたが工場長の顔が思ったより青く、質問する気にはなれなかった。

「勝負は一週間後とする」

 見届け人の声で解散となった。決闘場から出ようとしたところでグランと並んで歩いていたスタイが振り向いた。

「そう言えば、君の戦いを見たのに僕が能力を見せないのは不公平かな」

 スタイはそう言って俺に人差し指を向けた。

「発現せよ。炎の弾丸。フレイムブレッド」

「えっ?」

 次の瞬間。スタイの指から火の玉が飛び出した。大きくなりながら俺に向かってくる火球。

「うわーっ!!」

 突然のことで、回避することもできず。俺はその場に尻もちをつく。

 ボシュ!!

 俺の目の前で火球は消えた。

「大丈夫かい、本番では当ててしまうよ。じゃあ、失礼。ははっ!!」

 高笑いをしながらスタイとグランは消えていった。

「はぁ、はぁ」

 バタッ

 スタイとグランの高笑いを聞きながら俺の意識は遠のいていった。



*******


 

 翌日、起きると工場長から部屋に呼ばれた。開口一番、工場長は俺に向かって決闘を止めるように言った。

「今回は相手が悪すぎる。命を粗末にすることはねぇ」

「ま、待って下さいよ。そんな……。やる前から諦めてどうするんですか!」

 そうだ、能力が判明すれば勝機はある。火を操る能力はポピュラーなので絞りこむのに時間がかかるかもしれないが、一週間あれば間に合うはずだ。

「勝機があれば、俺だって止めねぇよ。でも、あいつは王国直属の騎士さえ倒したって噂だ。勝てるわけない」

「でも……」

 そこで、気になっていたことを質問する。もちろん、スタイという男に関してだ。

「……あいつは、一か月ほど前からこの国に来た流れ者の冒険者だ。無法者退治やモンスターの討伐などの仕事をしているようだが、金さえもらえればなんでもすると評判だ」

「万物のスタイってどういう意味ですか?」

「俺はあいつの能力を見たのは昨日が初めてだ。ちょうど昼時だ。何人か実際にあいつの能力を見たやつがいる。話を聞くといい」

 食事は工場の皆で食べることになっている。皆に昨日の健闘を称えられながら席に着く。最も、状況を知っているので皆の顔は暗く沈んでいる。

「あの、スタイってやつのことを教えて欲しいんですけど」

 俺の質問に最初に答えたのは副工場長だった。

「俺が見たのは、昨日みたいな炎の能力だったな。それも火の玉じゃねぇ。火の剣だ。ケンカ相手の棍棒を燃やしたんだ」

 つまり火を操る能力。俺はノートから該当する能力を探そうとする。副工場長に詳しく話を聞こうとすると、他の人が俺の質問を遮った。

「いや、ちげぇよ。俺が見たのは、水だ」

「……えっ?」

「水だよ。他の冒険者とトラブルになった時に出くわしたんだ。手から水を出してギルドから追い出してたよ」

 火と水の能力。……だけではなかった。

「俺が見たときは土を操ってぞ」

「いや、きっと本命は風だよ。国のはずれに出たモンスターを風で切り刻んだって」

「俺は雷を落としたって聞いたが」


 その後、町の人にも話を聞いた。しかし、誰に聞いても能力を断定することは出来なかった。勝ちをイメージすることさえできない。呪文を使って様々な攻撃手段を持つ能力者、万物を操る者。だから万物のスタイ。

俺が空想した能力の中には、そんな能力は無かった。


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