異世界での生活④
そして、決闘の日を迎えた。決闘場というので、どんなものかと少し期待していたが、ただの空き地のようだった。中心に四角形の線が引かれている。大きさはボクシングのリング4つ分くらいだ。
「では、代表者前へ」
国からの見届け人という初老の男性が、俺とグラムを呼ぶ。
「じゃあ、行ってきます」
俺は、工場の皆の声援を背に中心に進んだ。目の前に立ったグラムは、俺に比べてゆっくりとした歩みで進んでくる。無理もない、グラムの身に着けている鎧は重厚というより、過重なものだった。その姿は、亀を彷彿とさせる。グラムが停止線で止まる。それを確認すると見届け人が良く通る声をあげる。
「これより、橘賢人とグラム・リッチによる決闘を行なう。本件は、商人グラン・リッチの主張する。土地の利用件の裁判の代替えとして執り行われる。勝敗はどちらかが敗北を認めるか戦闘不能となるまで続く。意義のあるものは前へ、無ければこの勝敗こそが王の裁きとなる!」
僅かな静寂。それを破る、見届け人の声。
「始め!!」
その声を合図に、グラムは俺に手を向ける。直後に俺の全身にかかる強烈な負荷。筋肉が裂け、骨が軋むような痛み。
だが、全ては予想通りである。
*******
「もう一度!もう一度だ!」
決闘の日、2日前の夜。俺は、ノートを再度確認していた。
そして、一つの結論に至った。
「この能力じゃ……ない」
イヴさんと一緒におこなった、お客さんへのあいさつ回り。その過程で集めたグラム・リッチの様々な情報。それを、集約し整理する。『原理を(ニュートン)教えたるは林檎』は直接触れることで威力を最大に発揮する。しかし、グラムは直接対象に手を触れて攻撃したことが無い様子だった。最初は、相手を怪我させない様に配慮しているのかと思ったが、あいつの性格から考えられない。他に重力を操る能力が無いわけでは無い。しかし、他の能力もデータとは当てはまらない。
「どういうことだ……」
考えられる説は二つ。一つ目はこのノートはただの妄想で、この世界とは何の関係も無い、ということ。その時は、がむしゃらに戦うだけだ。もう一つは、ノートに能力は書かれているが俺が気づけていないということ。二つ目の説を信じると、根底の考えを変えなければいけなかった。
「重力じゃ……無いのか」
重力を操らずに、俺を酒場の床に押し付ける状況を作り出す能力。集めた情報に該当するものが一つだけあった。
「……」
気が付けば朝になっていた。その日は、鎧を合わせる予定だった。俺は、この日工場の皆に二つ、お願いをした。
*******
グギギ
歯が砕けてしまうのでは無いかというくらい、強く歯を食いしばっていた。今、俺の全身に強烈な重さがのしかかっていた。しかし、酒場の時のように床に押しつぶされているわけでは無い。
今日に向けた毎日の筋トレの成果。と、言うわけでは無かった。グラムの本当の能力に気が付いた時に、皆に鎧の改造をお願いしたのだ。その改造によって留め具を調整することで、可動部を固定することができる。さらに、武器と言って渡された剣も剣というよりは体を支える杖のようになる。
装備は全て、相手を倒すわけでなく、倒れないようにする。これが、一つ目のお願い。
「いつまでかかっているんだ!グラム!」
グラン・リッチの檄が飛ぶ。始めの合図が出てどれくらい時間がたったのかは分からないが、俺もグラムも開始線から動いていない。正直、俺の方は体制を整えるのに精いっぱいで、全身にかかる負荷で気を失いそうだった。
「ちっ。しぶとい奴め」
何かぶつぶつ言いながらグラムが俺に向かって歩いてくる。一歩一歩、俺に近づいてくるたびに、俺の体にかかる負荷は大きくなっていく。
グラムの踏み出したその足が、予定していた距離を過ぎたことを確認して、食いしばった口を開ける。
ドンッ!!
途端に、俺の体は床に叩きつけられた。酒場の時の再現。耳にグラムかグランの笑い声が聞こえる。顔を床に押し付けられていてどっちの声か分からないのだ。
「あはは!ほら、とっとと負けを認めろよ!!止めてやらないけどね」
「ッ!」
全身が悲鳴を上げているようだ。最後の気力を振り絞り、口を開く。俺が叫ぶべきは負けの宣言などではない。
「ツ!」
この戦況をひっくり返す。一つの呪文。
「ツメノビール!」
*******
まだ、幼稚園に通っていた時の話だ。よくあることで先生や親に怒られていた。利発で可愛いお子さんと評判のけんと君は自分の爪を噛む癖があったのだった。だから、爪を伸ばせる魔法があれば良いと思った。童話に出てくる魔法使いはもっとすごい魔法が使えるのだから、爪を伸ばして先生やお母さんから怒られない様にするくらいの奇跡があっても良いと思ったのだ。
だから、「ツメノビール」幼稚園児の考えた稚拙な魔法。同じもも組には、たかし君という友達がいて、彼は爪を切りたがらないので彼の爪を切って自分の指にくっつけばよいと思った。よって、この能力には一時的に、能力の譲渡が可能である。
俺が、仲間に頼んだ、二つ目の願い。正確には、クロウ爺さんに頼んだことは、最大限に伸ばした爪を一本貰うということだった。
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「ツメノビール!」
クロウ爺から、もらった爪を自分の爪に付けると一度だけ伸ばすことが可能。伸びている途中の爪は硬さを操ることができ、鞭のように使うことも、槍のように突き刺すことも可能だった。その後数分だけその状態を維持してその後外れる、付けた爪は取れて二度と付かない。でも、その一度で十分だった。
倒れている俺の右手から伸びた爪が、伸びてグラムの左手首に結び付く。
「なっ!?なんだよ!!これ!!」
グラムが驚いて結ばれた爪を外そうとする。
俺は、負荷が無くなったことを感じ取りゆっくりと起き上がった。グラムと目が合う。
「なっなんで!?つ、潰れろ!!潰れろ!!」
グラムは俺に手を向け、必死に叫ぶ。しかし、俺の体には何の変化も無い。
「くっ来るなぁ!!」
俺はゆっくりと爪を辿るようにグラムに近づき、その左手首を掴んだ。
「捕まえたぁ!!」
俺は、掴んだ左手首を離さない様に強く掴み。左手で渾身のストレートをグラムの顎に放った。
「ぐあぁ」
倒れるグラムの体を押し倒すように、俺はマウントを取った。
「くそっ!!なんでだ!!僕の重力が!!なんで効かない!!」
グラムの叫びを俺は鼻で笑って答える。
「重力?重量だろ?お前のチカラはさ」
「なっ!?」
『重量変換』
グラムの能力は重力を操るものでは無かった。自分の体重を相手に押し付けるもの。正確には自分が身に着けているものや、持っている自分自身の重量を相、手に与えるものだった。いきなり自分の体重が何十キロも増えるのだから、不意を突かれれば誰もが倒れてしまうし、重さを押し付ける場所を集中させることで骨や筋肉に負荷をかけることもできる。弱点はわずかに触れられてしまうと能力が使用できないことである。グラムが、重い鎧を着ているのも。最初に出会ったときに、机を掴んでいたのも。自分の体にかかる重さを増やして相手に押し付けるためだった。
「どうする?もう勝負はついた」
「ふざけるなぁ!!僕がお前みたいな奴に!!」
「了解だ!」
俺は拳を握り。全力で振り下ろす。
「負けだぁ!!負けを認めるぅ!!」
ドゴッ!!
俺の拳がグラムの顔の横の地面に叩きつけられる。
「殴る価値もねぇよ。お前なんてな」
僅かな静寂の後、見届け人の声が響く。
「勝負あり!!」