異世界での生活③
次の日、作業場から聞こえるカンカンと言う音で目を覚ます。寝坊してしまったと急いで起きたが、思えば今日は休みのはずだ。それに、仕事は出来なくなったはず。
「えーと……。おはようございます」
恐る恐る、作業所に入ると副工場長からの怒号が飛んだ。
「遅ぇだろうが!新人のくせに重役出勤かぁ!!」
「す、すいません!!すぐ手伝います!!」
いつもの癖で、頭を下げて準備をしようとするのを他の従業員たちが笑いながら止める。
「副長。ケンには手伝わせないって話したじゃないですか」
「そうだっけか。まぁ、どうせ暇だろうぜ、やっぱり手伝わせてもいいじゃねぇか」
「どっちにしろ、オヤジに話を通してからですって」
気が付けば、俺は従業員の皆に囲まれていた。誰かが強く背中を叩いた。一瞬リンチでも受けるのかと思ったがそうではないらしい。次の聞こえたのは少しバツの悪そうな声だった。
「昨日は、なんとも恥ずかしい姿を見せちまったな」
「でも、お前もあそこまでの啖呵を切れたもんだな。見直したよ」
「いやぁ、お前は最初から根性のある奴だと思ってたんだよ」
「えっ、あんた確か3日で辞めることに賭けてたじゃねぇか」
俺を中心に皆が良く分からない盛り上がりを見せ始めた。
「改めて、お前に礼をしたい」
そう言って副工場長は頭を下げた。乱暴と強引が服を着ているような強面が、俺に綺麗にお辞儀をしている。
「俺らは、皆がこのままじゃいけないと思っていた。でも、真正面からあの男と戦う勇気なんてなかった。やる前から諦めていた。お嬢は俺たちにとっても大切な人だってのにな。……怖かったんだ。俺は一度グラムに足を潰されたことがあった。それが思い出されちまってな……。酒場の時もそうだが、情けねぇ話だ」
それからも、恐かった先輩達から感謝や健闘を祈る言葉を投げかけられた。
「頑張れよ」
「あれだ、きっとあの豚の背後に急いで回るとかすれば大丈夫だ」
「決闘は申し込んだ奴しか出来ないからな。頼むぞ」
「そうだな、それに俺達には戦える能力を持った奴なんていないしな。一番若いお前が一番可能性もあるかもな」
「いや、攻撃できる能力持ちなら。クロウの爺さんがいるか」
「いや、能力持ちとはいってもあの人確か70近いぞ」
ちなみに、クロウの爺さんというのは以前この工場に勤めていた人だ。俺たちはクロウ爺と呼んでいる。この国に定年退職という言葉は無いようで、本人が希望すればいくつになっても働ける。
ちなみに、クロウ爺は午後からふらりと工場に来て、ちょっと仕事をしてお茶を飲んで帰る。仕事をしに来ているのかお茶と俺達に昔の自慢をしに来ているのか分からないと、皆で話していた。能力は「爪伸」と呼ぶ、自分の爪が刃物のようになるものである。長い爪で敵と戦うヒーローはアメコミにもいるが、クロウ爺は歩く時も杖をついているので、グラムと戦う姿は想像できない。
気が付けば話が脱線していたので、最初に作業場に下りてきた理由を尋ねてみることにした。
「それで、どうしたんですか?今日は休みでしょ?それに仕事はできないんじゃ……」
「ん?あぁそうか。とりあえず、受けている中でできそうなのはやっておこうということになってな。それと―」グイッ
「ひゃぁぁ。何するんですか!?」
急に服をめくられたので。とんでもない声が口から洩れてしまった。
「女みたいな声出すんじゃねぇよ。ちょっと、体のサイズを測らせろってんだよ」
「な、なんでそんなことを?」
「副長。説明が足りないですよ。ケン、決闘はいいがお前、ろくな武器や防具持ってねぇだろうが、仕事はできないが趣味であればここも使っていいだろ。剣は無理でもお前の鎧、一週間で作ってやるよ」
「えっ!?」
そう言えば、能力のことは考えていてもそれ以外のことは何も考えていなかった。自分が恥ずかしいと同時に、仲間の優しさが身に染みた。
「ありがとうございます!お、俺。手伝いますよ」
「いや、まずはオヤジとお嬢に挨拶してこい。二人とも心配してんだよ」
そういえば、二人には昨日の夜から顔を合わせていない。
「わかりました。あの……後で、手伝いに来ます」
頭を下げて俺は駆け出した。
工場長の部屋に入ると、ギロリと強烈な視線が俺に向けられる。この部屋に入るときは基本的に叱られる時だが今日は違う様子だった。その証拠に最初に強い視線を俺に向けた後の工場長は随分優しい声で俺に話しかけた。
「お前には、悪いことをしたな、働きだして三か月程度でこんなことになっちまって」
俺は恐縮して答える
「い、いえ。俺も勝手なことして、すみません」
「それはいい……。ケン、随分強気だったがお前まさか能力に目覚めたのか?」
「……違います。でも、勝算が全くないわけじゃありません」
「勝算?なんだ?」
勝算、能力の説明書を持っているんですよ。とは言えない。それに、ただの偶然かもしれないのだ。そうなれば勝算もへったくれも無い。でも、それにしがみ付くしかないのだ。
「……あいつの能力を一度喰らっています。まだ、確信は持てないけど、弱点があるかもしれません」
「能力の弱点か……。確かに強力な能力ほど弱点やデメリットが大きかったり、発動の条件が厳しいってのは有名だがな。……『右手の重力操作』だったかな。あるのか、弱点」
『原理を教えたるは林檎であれば、発動が五分しか持たないことや、距離が遠ければ威力が弱いことが弱点のはずだ。
「あると……思います」
「思う、か……。ふ、ふふ。あははは」
突然、工場長が笑い出したので身構えてしまう。俺の顔を見て、工場長は笑うのをやめた。
「いや、すまんすまん。違うんだ、お前を馬鹿にしたわけじゃない。俺にもあったんだよなぁ……。がむしゃらにさ、猪突猛進で無謀な挑戦してさ。思えばイヴの母親に出会ったのもそんな時だよ。俺はまだ18歳でまだ見習いの小僧だった。イヴの母親はその時、町で一番の美人と有名で―――」
「すみません……。それ、長いですか」
工場長とイヴのお母さんとのロマンスに興味が無いわけでは無い。だが、今作業場では皆が自分の鎧を作っているのだ。自分一人がここで、昔話を聞いているのも申し訳ない。
「ふむ、そうか。まぁいい、武具の作成は他の奴らに任せろ。お前には別の仕事を用意してある」
「別の……仕事ですか?」
「あぁ、どちらにせよ今回の件で工場はまともに回せねぇ。お得意さんに、謝罪と事情の説明に行ってこい」
「はぁ……」
確かに、説明の必要はあると思う。だが、こういうのは基本的に責任者である工場長の仕事では無いだろうか。そんな考えが顔に出ていたのか工場長は追加で話をする。
「決闘に関しては、能力のことを調べるのも違法にはならねぇんだよ。グラムってやつはガキの頃から能力使って悪さするクソガキってことで有名だったんだ。少しは決闘の参考になるだろう」
なるほど、情報収集をして来いというわけか。確かに助かる。工場の仲間から話を聞くくらいしか手段が無かった情報収取の幅が広がった。
「お前ひとりで行っても怪しまれるだけだからな。イヴも連れていけ。あいつには昨日のうちに話してある。今は部屋で待っているはずだ」
それは助かる。話を聞くのにも、初対面の男に正直に話してくれるわけでは無いだろう。それに、単純にイヴさんと二人で出かけられるのはうれしい。
「言っておくが、これは仕事だ」
工場長の声が、普段俺に説教をするようなものに変わっていた。
「………はい」
「デートじゃねぇからな」
「……はい」
「仮にお前が決闘に勝っても、イヴとの交際は認めねぇからな」
「…はい」
「出かけるときは、口閉じてろ一言でもしゃべったら殺すぞ」
「は…いえ、それだと情報収集とか説明もできないです」
「そっか……。まぁ、けじめつけて頑張れってことだよ。大体話がなげぇんだよ。イヴが待ってるだろ!急いで迎えに行ってこい」
「は、はい……。失礼します」
少々理不尽な気がするが、ある意味いつもの工場長であった。ただイヴさんの部屋に急いだほうが良いというのはその通りだ。俺は急いでイヴさんの部屋に向かった。
*******
「失礼します」
ガチャ。
急いで、部屋の扉を開けた。女性を待たせるのは申し訳ない。
「……」
部屋で立っていたイヴさんはいつもと雰囲気が違っていた。全体的にすっきり見えるというか、肌色の面積が大きいというか……。
まず、普段は三つ編みにしている少し長い黒髪は自然のままに下ろされていた。そして、普段かけているメガネは外されている。優しい瞳がいつもよりはっきり見える気がする。
そして、上半身には普段より存在感を主張している大きな胸が、イヴさんの清楚なイメージにぴったりの白いブラに包まれている。下半身は上とおそろいの下着。普段はソックスや長いスカートで見ることのできない綺麗な足も、はっきりと見える。俺の考えが正しければ、イヴさんは着替え中ということだろう。
「……」
ガチャ。
終わった。つい先ほど工場の仲間から励ましをもらったばかりなのに。工場長から念を押されたばかりなのに、殺されるー。全員から一回ずつくらい。もれなく全員から殺されるー。
自分の中では急いで閉めたつもりだがイヴさんと眼があってしまった。きっと「キャー」という悲鳴をあげられて、工場長を始め従業員の皆から殺されてバラバラにされて製鉄の事故に見せかけられて殺される。
「……あれ?」
ガチャ。悲鳴の代わりに聞こえたのは扉の開く音だった。うつむいたイヴさんが見える。
「……説明に行くんですよね。お父さんから話は聞いています。行きましょう」
「は、はい……」
俺に着替えを見られたことに気が付かなかったのだろうか。それとも、俺に対してはどうでもよいのだろうか。どちらにせよ、悲鳴は上げられずに済んだようだ。
工場長から、イヴさんと一緒に出掛けると言われた時は、正直うれしかったが先ほどのこともあって、あいさつ回りはほとんど無言で回った。それに、今日はあまりグラムとは関係のないところに行くということもあり、説明もほとんどイヴさんがして、色々心配はされたがそれ以上の収穫は無かった。
帰り道を会話も無く進む。着替えのことを怒っているのか。何回か謝ったのだが、イヴさんは聞いているのかいないのか生返事ばかりだった。取りあえず、明日は改めて謝罪をして少しでも関係を修復しようと思う。一日経てば少しはイヴさんも話を聞いてくれるかもしれない。そう考えていると――。
「あの!」
顔をあげるとイヴさんがまっすぐに俺を見つめていた。しかし、俺と目が合うと少しうつむき逸らす。
「……昔は」
「昔?」
なんの話だろう。イヴさんは弱々しい声で話し出した。
「昔は、結婚相手を親族が決めるのは普通でしたし。顔を見たことも無い男性のところに嫁ぐということもよくありました。だから―」
イヴさんの話したいことは分かる。だが、それが心から分かっているなら俺は昨日あんな啖呵を切らなかったし、工場の皆が歯を食いしばることも無かった、イヴさんが涙を流すことも無かった。イヴさんも色々考えて、この話をしようと思ってくれたのだろう。だが、それを聞くのは俺の自由のはずだ。俺はイヴさんの声を遮って話しかける。
「……だから―」
「だからって、逃げませんよ。俺は」
「でも……」
「もし、ここでイヴさんが。あなたが、余計なことするな。結婚の邪魔をするな。っていうなら俺は言うとおりにしますよ。だって、俺や工場のみんなが頑張っているのは、自分のためもあるが、あなたのためなんだ」
「……」
「でもね、あなたが、俺に傷つかないで欲しい。闘わないで欲しい。っていうなら、悪いが勝手にさせていただきますよ。俺や工場の皆だってイヴさんには傷つかないで欲しい。笑っていて欲しいと思っているからだ。どうなんだよ、あんたはあの場所が、あそこでの生活が大好きだったんじゃないのか?」
顔をあげた。イヴさんは涙を流していた。でも、まっすぐに俺の目を見てくれた。
「……はい」
「俺もなんだ。多分、前いた世界ではもう手に入らなかった俺の大事な居場所なんだ。でも、それが無くなりそうなんだ。命を懸けて頑張らなきゃいけないんだと思う。自分一人が犠牲になればとか、しょうも無いこと考えるなよ」
「ごめんなさい。でも……」
「それに、勝算はある。言っとくけどあっさり勝つよ。『あれ、俺また何かやっちゃいました?』みたいな、もう8割がた勝ったようなもんだから」
もちろん、嘘だ。もし能力を予想できても実際に勝てるかどうかは戦ってみないと分からない。でも、イヴさんには気持ちが伝わったようだ。
「そうですか……。ふふっ、じゃあ勝った時のお祝いの準備をしておかないとですね。酒場だとこの前みたいなことになるかもしれないから。私が腕によりをかけて、食堂で」
「それは楽しみだ。期待してますよ。……それも、いいですけど勝ったら」
「勝ったら?」
「着替えのぞいちゃったの、チャラにしてくれません?」
もう日は落ちていたが、話を聞いていたイヴさんの顔が赤くなったのが分かった。
「もう!知りません!」
そっぽを向かれてしまった。だが、イヴさんはもう泣いていないと思う。それは、本当に良かったと思えた。