異世界探偵業 第一の依頼②
依頼の手紙には、直接会って依頼の詳細を話したい旨と、時間と待ち合わせの場所の地図が入っていた。時間の指定は明日、急ぎの依頼のようだ。
この国は五つの地区に分かれている。国王の住む城がある城下町とそれを取り巻く東西南北の四つの地区、今俺がいるのが東地区で待ち合わせは西地区の空き地だった。
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翌日、俺は定期的に出ている馬車に乗り西地区までやってきた。それぞれの地区に特色があるようで西地区は東地区に比べて石造りの高い建物が多い。路地も入り組んでいて、指定の空き地は地図が無いと迷ってしまいそうだ。
「……」
昼間だというのに裏路地はやけに暗い。思えばこういう路地で犯罪は行われるのではないだろうか。例えばカツアゲとか…殺人事件とか……。
ガサッ!!
「うわッー!」
「にゃー」
急に、何かが側面から飛び出してきて、男子としては恥ずかしい声を上げてしまったが、飛び出してきたのは、一匹の猫だった。黒い猫、黒い猫は不吉の象徴だが目の前の猫にそのような感想は持てなかった。理由は二つ、一つ目はその猫が足を怪我していたこと、もう一つは、少し笑えるほどその猫が太っていたことだ。
「にゃー」
俺は動物愛護の精神に溢れている訳でも、生まれながらの猫好きという訳でもない。だが、どこか憎めないこのデブ猫を放っておけるほど冷酷でもなかった。
「…まぁ、お前みたいのがいた方が和むかもしれないからな。……おいで」
「にゅあー」
猫は、人懐っこい鳴き声を出しながら近づき何の抵抗もなく俺に抱かれる。よく見ると首輪もしている。ペット探しも探偵の仕事だ、依頼の内容を聞いたらこの猫の飼い主を探してあげよう。
それに、今回の依頼主がどんな人かは知らないが、動物は人を癒すと言うし、話を聞くことをスムーズにしてくれるかもしれない。
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途中拾った猫が、依頼主の心を癒してくれれば、などと思っていたがそのような配慮は必要無かったようだ。と、いうより依頼主はいなかった。待ち合わせの空き地には、見知った顔の男が一人。
「……国外退去になったんじゃなかったっけ?スタイ・ホーマー」
スタイ・ホーマー。万物のスタイと呼ばれ、一か月前に俺に決闘で負けた男が立っていた。
「えぇ、滞在期限は過ぎています。そうでなくても、この国にはいれませんよ。あのような侮辱と屈辱を受けたのですから」
侮辱と屈辱と言われても。ただ能力を逆手に取られて負けただけだ。まぁ、戦いの直後、通り名が万物〔笑〕のスタイ〔笑〕になったのはかわいそうと思った。
「ただね、このままでは帰れませんよ。まだ、あなたへのお礼が済んでいないのですから」
そういいながらスタイは鋭い視線を俺に向ける。この場合のお礼は、プレゼントをくれるという訳では無く、いわゆるお礼回りという奴だ。
「懲りないな、同じ男に二回負ける必要も無いと思うんだがな……」
スタイの能力はすでに理解している。対策を考えてきたのかもしれないが、能力の理解が違う。……俺が何年、中二病を患っていたと思っているのだ。
「負けるよりは勝つ方が好きですよ。……どんな手を使ってもね」
空き地に三人の男が入ってくる。全員が、棍棒のような武器を持っている。
「えっ!?」
「……まさか、僕が能力をわざわざ使うとでも?」
「い、いや。スタイさんって。男らしいところあるし、ここは正々堂々と戦うのかと……。あの、お腹痛くなってきたから帰っていいですか?」
「…打ち合わせの通り、殺さない範囲で痛めつけて下さい」
棍棒を持った男たちが迫ってくる。
「ちょっと。話し合いましょう。ま、待ってくれ!待て!か、金か!金ならあるんだ!」
ちなみにお金は無い。あ、それに今のB級映画とかの、序盤で死ぬ悪役っぽい。
男たちに囲まれ、絶対絶命の俺を救ってくれたのは意外な人物だった。人物というより、猫だった。
「に゛ゃ゛ー」
猫が目の前の男に飛び掛かり包囲網に隙間ができる。
「よくやった!猫ちゃん!!」
その隙間を猫を抱きかかえながら突っ切る。
「何をやっている!早く追え!」
背後からスタイの怒号が聞こえる。
「はぁ、はぁ。無事にここを抜けたら、猫缶……。は、無いだろうからいい肉とか買ってやる!」
ちょっと死亡フラグっぽいセリフを話しながら、細く走りにくい路地を必死に走る。猫を抱いているのでスピードは上がらない。せっかく異世界に来たのだから。この猫が猫耳の美少女にでも変身して助けてくれると助かるが、そのような虫のいい話は無いらしい。まぁ、一度助けてもらっているので、二度目を望むのはそれこそ虫が良すぎる。
「おい!いたぞ!!」
目のまえに、先程の三人組の一人が立ちふさがる。近道があったようだ。
「くそっ」
少し戻って違った道に出る。
「待て!」
「待てと言われて、待つ奴はいねぇよ!!」
ドスン!!
背後を気にしながら走っていたせいで、前方の確認が疎かになった。何かにぶつかって転ぶ。
「痛ってー」
転んで起き上がると、一人の青年が背中をさすりながら立っていた。
「こっちのセリフだよ。まぁ、しゃがんでいた、こっちが悪いか……。大丈夫か?」
歳は十台の後半から二十代の前半だろうか。目は鋭いが、どこか安心感のある気のよさそうな青年だ。そんな彼の雰囲気によるものだろうか。自然に助けを求める言葉が出た。
「た、助けてください!悪い奴らに追われてるんです!」
「ん?」
青年は初めて気が付いたように目の前の男達を見る。その後、俺の方に目線を向ける
「…いや、助けてと言われてもさ。お前とは今出会ったばかりだしさ。それに、実は悪いのはお前さんで、この三人が悪い奴を追っているっていう可能性もある――――」
「危ない!」
男の一人が棍棒を振りかぶり青年の頭に振り下ろす。
「…無いか」
青年はわずかに体を捻り、棍棒を避けた。そして、自分の腰に刺さっていた剣を抜く。だが、剣と言っても木製の木刀のようなものだった。目の前に自分より大柄な男が、自分の持つ木刀より大きな棍棒を持って向かってくる。にもかかわらず、青年は余裕の表情で対峙していた。
「まぁ、ちょっと話をしようや」
男は、叫びながら再び青年に向かって棍棒を振り下ろす。
「どういうトラブルかは知らないけどさ」
青年は会話を続けながら、棍棒の一閃を避ける。
「まずは話し合いが大事なんだよ」
男は、青年の胸に向かって棍棒を突きだす。
「愛は世界を救うとかいうだろ?暴力反対!ってね」
コン!青年は自分に向かってきた、木刀で棍棒を弾く。最低限の無駄のない動きだ。
「あ、そう言えば名乗ってなかったな」
青年は棍棒を弾いたまま、男の懐に潜り込むと腹に拳を叩きこんだ。
「灰猫の騎士団。ハヤサキだ。よろしくな」
男は多分、青年の名前は聞こえなかったと思う。すでに失神してしまっていた。助けてもらっておいてなんだが、暴力反対では無かったのだろうか?
「……暴力反対なんじゃ」
「正当防衛だ。助けてもらっておいて、なんだその口は」
「いえ、すいません。ありがとうございます」
思わず、会話してしまったが、呑気におしゃべりを楽しんでいる場合では無かった。まだ、ならず者は二人いるし、スタイもここに向かっているはずだ。いつ襲ってきてもおかしくない。だが、そんな状況を知ってか知らずか、ならず者が会話に参加してきた。
「灰猫の騎士団。王国直属の五騎士団の一つだったな」
確か、王国直属の五騎士団というのは、この国の治安維持のための特別な騎士団だという。以前の世界でいう、警察や消防と言ったところか。ハヤサキと名乗った青年は嬉しそうにならず者に話しかける。
「おっ、知っているのか?そうそう、その五騎士団の一員」
「あぁ。知ってるさ。五騎士団の中で、灰猫の騎士団は、最も歴史が深く、規律を重んじる……」
「そうそう、なんか建国の時からあるらしいぜ。俺は知らんけど」
「そして……。今は、団員が少ないうえに、無能力者しかいねぇ!雑魚の集まりだってなぁ!!」
男は叫びながら突進してくる。先ほどの男より大きな体。避けるには路地の道幅は狭すぎる。
「そうそう」
ハヤサキは、木刀を捨てると向かってくる男に手を伸ばす。次の瞬間、ハヤサキは宙に投げ出された。そのように見えた。だが、事実は違っていたようだ。宙に投げ出されたと思ったハヤサキの体は、空中で一旦制止した。男の両肩を掴んで逆立ちのような形。そこから、重力と遠心力によって威力を増した膝蹴りが、男の腹に直撃した。男は、うめき声のようなものを出してその場に倒れこむ。
「んで、その雑魚に倒されたお前は、なんだ?超雑魚か?」
これが、俺と灰猫の騎士団の出会いだった。