異世界での生活①
「ちくしょー!」
ドコッ!!
足に激痛が走る。まぁ、電柱を蹴っ飛ばしたから当然か。橘賢人、今年で25歳。職業は派遣社員。派遣なのに正社員の倍は働いていて、それなのに給料は生活ギリギリ。しかも彼女いない歴25年。イライラも募る。でも、今日は別に仕事と言うわけでは無かった。中学の同窓会のため休みを取ったのだ。
「あぁぁ!イライラするぅ!!」
イライラの原因は、その同窓会にあった。20名程度が居酒屋に集まり、昔話や近況報告で盛り上がる。正直乗り気でなかったが、周りの奴らもそれなりに苦労しているようで妙な連帯感が生まれ、楽しめた。弁護士や医者になった奴がいる一方、クラスの秀才がフリーターになっていたり、人の数だけ色々な人生があったということだろう。その楽しい飲み会の中、事件は終盤に起きた。
「ここに皆さんの思い出の品と手紙を用意しました!!これを皆さんで読んでいきましょう!!」
幹事の声に一同が注目した。話を聴くと三年生の時にタイムカプセルに入れた、将来の自分に向けての手紙と品をわざわざ掘り出してきたというのだ。それを聞いた参加者の半数は心から盛り上がり、半数は苦笑いをするしかなかった。人生に満足している半数と満足していない半数。俺は当然、後者だった。
「ちっ」
ガサゴソ
紙袋から、手紙と数冊のノートを取り出す。手紙には子供っぽい下手な字で「クリエーターになった僕へ」と、書いてある。中学生の時は夢にあふれていた。漫画やゲーム、アニメが大好きで、自分はきっとそういう関係の仕事に就くと思っていた。でも、現実は全く別の人生。情けなくなる、そしてノートには「もしネタや設定を忘れてしまったら使ってください」と、書いてある。中には、オリジナルの魔法の名前や主人公、特別な効果のある武器等の設定やイラスト。中学生時代の俺が書いた正真正銘の中二ノートと言うわけだ。
「ふぅ……」
ペラペラめくってみたが、オリジナルと言ってもどこかで聞いた設定や効果ばかり、新鮮味や斬新さは皆無だ。正直捨てたいが、万に一にも他の人には見られるわけにはいかない。どこかの山か川で火葬にしようと思う。でも、その前に明日の仕事だ。
「……あれ?」
気を取り直して早く帰ろうと周囲を見渡すと、どうも見慣れない道だった。いつも通り、帰ってきたつもりが、イライラして道を間違えたのだろうか。スマホはカバンの中でわざわざ出すのが面倒だ。適当に歩けば見慣れた道に行けると考え、歩き出した。
「ん?」
目の前にトンネルがある。見覚えは無いが通り抜ければ広い道に出るかもしれない。フラフラした足取りで入っていく。しかし、短いと思われたトンネルは思いのほか長い。しかも、電灯が切れてしまったのか、明かりが少なくなっている気がする。不安を感じて、戻ろうと体を反転する。と―。
「えっ!?」
壁だ。気が付けば明かりが消えて、通ってきたはずの道は石の壁になっている。混乱したまま再び体を反転させようとする。しかし、それもできない。続いていたはずの道も壁に、混乱したまま自分がどういうわけか石の棺のような四方を囲まれた状態になっていると気が付く。
「なんだよ!!これ!わっぷ……」
どこからあふれ出たのか、もしくは染み出したのか、水が入ってきて息が苦しくなる。必死に足掻くが、どうしようもない。でもまぁ、多分俺の死を悲しむ人はいないだろう。家族も彼女も特別仲の良い友人もいない。同じ会社の正社員が、仕事を押し付ける相手がいなくて困るくらいだ。意識はゆっくりと無くなっていく。
********
バッシャーン!!
「ゲホッ!!ぜぇ、ぜぇ!」
新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。どういうわけか生きている。状況は分からないが、今は生きるための酸素が必要だ。息苦しさが楽になった時に誰かが話しかけてきていることに気が付く。
「##########」
少なくとも、日本語じゃない。訳の分からない言語。
「#########ね」
顔を向けると黒い服に身を包んだ老人が何か話しかけているようだ。
「儂###が###かね」
老人の言葉が徐々に日本語になっている気がする。自動翻訳を聴いているような不思議な感覚。
何回目かわからない老人の言葉の意味がはっきり聞こえた。
「儂の言葉が分かるかね」
「は、はい……。あの!ここは!」
思わず答えた。俺は日本語を話しているはずだが、老人は何を言っているのかわかっているようで俺を棺から出した。出た後見てみるとまさしく石の棺、その中に水が入っている。
「まずは着替えるがよい」
そう言うと、老人は俺にローブのような衣類を渡して部屋を出て行った。周囲を見てみると石造りの部屋に一か所、絨毯と鏡の置いてある箇所がある。そこで着替えろというのだろう。たしかに、ずぶ濡れのスーツは気持ちが悪い。それにあの老人の言うとおりにする以外選択肢も無いようなので鏡の前に立つ。鏡に映る自分の姿を見て、どこか違和感。
「えっ!?これって……」
部屋の扉を開けると老人が待っていた。
「儂の後をついてまいれ。前に出ることは許さぬ」
そう言って先を歩こうとする老人を急いで制止する。
「待って下さい!どこですかここ!それに俺!なんかおかしいんです!」
そう、鏡には確かに俺がうつっていた。化け物になっていたとかそういう落ちは無かった。でも、違和感があった。その顔は仕事に疲れた25歳の俺では無かった。おそらく、10代後半どういうわけか、若返っている。説明を受ける権利はきっとある。このまま流されてはいけない。
しかし―。
「黙れ」
老人の声は静かだったが、重く反論を認めないものだった。
「説明は儂の仕事ではない。この黒の王国において最も高貴な方から話される予定だ。それまで黙ってついてくればよい」
そう言うと、老人はスタスタと歩き出した。
「……」
しょうがないのでついていく。しかし、老人の歩くスピードが速い。
「ちょ、ちょっと」
絨毯の敷かれた豪華な廊下。決して歩きにくいというわけではない。しかし、俺は着なれない服でうまく歩けない。しかも、ローブの裾が長く踏みつけてしまいそうだ。
「待って下さい!」
「ん?」
老人は歩きを急に止める。それも、あり得ないスピードでの反転。
「ちょ!急に」
びっくりした拍子にローブの裾を踏みつけてしまう。老人に倒れこむ、ふと自転車事故や正月に餅を詰まらせて亡くなるご老人のニュースが頭を駆け巡る。
ぐいっ!
しかし、俺の体は倒れこむことは無かった。目の前に老人の澄ました顔がある。
「儂は何か君から暴力を受けなければいけないほど、失礼なことをしたかね?そうであれば謝ろう。しかし、場合によっては正当防衛に訴えても良いのだが」
老人の声を合図に俺の目の前に黒に刃が当てられた。俺の体は今、黒い手によって支えられている。黒い手と刃はどちらも老人の足元から出ている。訳が分からないがこのままでは殺されると直感。悲痛な声を上げた。
「ち、違います!事故です!……あの、足がひっかかって。すみません」
「ふむ、それは失礼した」
ザシュ!
黒い刃は俺の足元を通ったと思えばローブの裾を切り落とした。
ドサッ!
「痛ぇ……」
体を支えていた黒い手も消えて床に叩きつけられる。さっきから訳の分からないことばかりだ。老人の助言も忘れて思わず聞いてしまう。
「今の……。いったい何なんですか?」
また、黙れと言われるのかと思ったが老人は顔に微笑を浮かべ答えた。
「それも含め、この部屋のお方に聞くと良い。……儂のは「影の者」と呼んでいるがな」
「はい?」
老人がノックし中から返事が聞こえた。扉が開かれ、老人は慇懃に頭を下げる。そして、はっきりとした声を上げた。
「国王様!訪問者をお連れしました」
その部屋は質素であるが高価そうな家具と装飾が、ちりばめられていた。一番奥には木製の大きな机。そこに王と呼ばれた男性が座って待っていた。
「あぁ、ありがとうシド。では、彼と二人にしてくれ」
「はっ!」
シドと呼ばれた老人が頭を下げ、退室する。王は近くにあったテーブルと椅子に座り俺にも座るように促した。今まで感じたことの無い重圧に押されながら椅子に座る。口を開いた王の声は深く渋いものだったが優しかった。
「まずは、名乗らなければならないだろう。クロノス国、国王、アルベルト=クロノスである。」
「た、橘賢人です」
「ふむ、ケント。いきなりのことで混乱しているであろう。順を追って説明をする。質問は最後にまとめてくれると助かる。よいかな?」
「……はい」
時間をかけて王様は説明をしてくれた。
まず、ここは俺の住んでいた世界とは別の世界、異世界である。この世界には「迷い込みの扉」と呼ばれる石の箱があり異世界から人が召喚される、この国では城に設置され、迷い込みの扉から出てきた人は訪問者と呼んでいる。召喚の頻度はバラバラで何十年も召喚されない場合も、一年に複数が召喚された場合もあるという。
訪問者は身体などが変化する場合がある。今までは性別がかわったケース、腕の欠損が治っていたケースなどもあるらしい。基本的に訪問者の話す言語はこの世界の言葉に統一される。正確には、俺の言葉は自動的にこの世界の言葉に変換される。この世界の人の言葉を俺は日本語のように感じる。言語に関するトラブルは全く無いようで実際に王の言葉は日本語にしか聞こえない。
王の説明は、この国の基本的なルールや貴族などに関するものまで多種多様であったが説明が分かりやすく何とか理解できたと思う。ちなみ、訪問者への説明は必ず王様がすることになっているという。
「最後に、能力の話をしよう」
「能力……ですか?」
王は表情を硬くして続けた。
「……愚かなことだと私は思うが、この世界には人を二種類に分ける考え方がある。能力を持つもの、持たないものだ。」
「はぁ……」
いまいちピンとこない。
「しばらく生活していけば分かるが、中には差別的な者もいるだろう。人は平等であり、価値は能力では決まらん。それを分からない者も多い」
能力の説明は今まで以上に時間がかかった。
能力者は生まれながらに力を持つ場合と成長の途中で身に着く場合、一生持てない場合がある。能力は分類分けが困難なほど種類が多い、炎の球を出すようなものから、ただ汗の量が増えるだけ、みたいなものもある。この国では無能力者への差別的な発言や態度は法律で厳しく処罰される。
話を聞いていくうちに、自然に質問が口からこぼれた。
「では、王様は何か能力をお持ちなのですか?」
俺の質問を聞いた王の目が見開かれる。それまでは、冗談なども交えながら話していた表情は凍ったように冷たいものになる。
「す!すみません!!」
自然に頭を下げていた。頭を上げると王の表情は多少柔らかくなっていた。
「私には国民を守るための力がある。しかし、説明がまだであったが、この国において他人の能力を暴こうとすることは大罪としている。プライバシーでもある。能力が生死にかかわる弱点を持つこともある。それが認められるのは、それを知ることができるのは国が認めた者だけだ。今後はそのような質問には気を付けることだ」
「はい……。すみません」
この世界において、能力の話は色々複雑らしい。まぁ、当然と言えば当然かもしれないが。
「最後だが、君に見せて欲しい物がある」
王はそう言うと手を差し出す。
「ローブに小さな水晶が入っている。それを渡してくれ」
「えっ?」
指示通りに調べてみるとローブに隠しポケットのようなものがあり、中には手のひらに収まる小さなガラス玉のようなものがある。色は透明。
「ふむ……」
「あの、それはいったい……」
王は水晶をまじまじと見つめる。どうやら俺は王の期待には沿うことができなかったようだ。
「これは、特別な水晶でな、能力の有無を図ることができる。訪問者も能力を持つものと持たないものがいるからな」
「それで…。結果は?」
正直聞かなくても分かるが聞いてみる。
「残念ながら……」
まぁ、べつに能力なんてぴんと来ないからどうでもよい気がする。だが、王も表情や声色だけで随分俺を傷つけてくれるものだ。
訪問者には二つの選択がある。一つは、一定の金銭や防具などをもらい、国を出て暮らすという選択。現在、この世界はいくつかの大きな国がありクロノスもそのひとつ。100年ほど前は領土を取り合い戦争をしていたが、今は平和。そのため、危険はあるが国を渡り、様々な仕事をする冒険者になるわけだ。二つ目がこの国の国民となり国内で仕事をするという選択。冒険者など国外の人間が国民になるには、様々な手続きや制約があるが、訪問者は無条件で国民になれ、仕事の斡旋などもしてもらえるとのこと。
ちなみに、無能力者の俺は国民として働かせてもらうことにした。本日は、部屋を用意するので、お城に泊まり。明日から職場と下宿先に連れて行ってくれるらしい。
「はぁ……」
用意されたベッドに寝ころび、息をつく。どうしてこうなったのか、考えても仕方がないことだ。正直、今までの生活には不満しかなかった。でも、同窓会の前半は楽しかったし、昔話をするような自分の過去を知っている人間が誰もいないというのは正直心細い。
「……」
自然にベッドの脇に置いた手紙とノートに手が伸びた。少々はずかしいと思いながら手紙を読み。ノートをパラパラめくる。前の世界の物はこれらとスーツぐらいなので大切にしたい。
「ん?」
パラパラとめくっていた時、ある文章が目についた。
【絶影造形〈シャドウエッジ・グランドマエストロ〉】
自身の影を操作し、刃物や分身を創り出す能力。能力の経験値によって操る影の量や造形の精度が上がる。
弱点:影の無い暗闇や、影を作れないように光を当てられると能力を使うことができない。敵が自分の影を踏んでいる状態であればすぐに対応できるが影の反対側にいる時は一手遅れる。
「……」
正直、ひどい文章だ字も汚い。漢字は適当に組み合わせただけだし、英訳も意味が分からない。能力の経験値とかも意味不明だし。多分、当時俺は「一手遅れる」みたいな表現がかっこいいと思っていたんだろう。
だが、思い浮かぶのはこの世界で最初に出会った老人、シドのことだ。思えば、老人は俺を一切先に歩かせようとしなかった。廊下は光の加減でシドの影は常に俺の足元にあった。
「くだらないな…」
俺はノートをしまって明かりを消した。明日から新しい人生が始まるのだ。ばかなこと考えてないで早く寝なければ。眼を閉じるとすぐに寝てしまった。