終に廻る運命
柊 零界は残酷な人間性を有しているのだろう。
一人と多数、そして世界を相手取る際に用いる手段は変わらない。
それの弱点を探り、釣り糸を垂らし、幾重にも罠を張り、それの全てを破壊することに執着する。
相手が最も嫌がることを炙り出し弄る天才とも言える。
故に、今回もそれは変わらない。
「まさか。ここまで用意周到とは恐ろしい!」
素直に感嘆の声をあげる零界。
おなじみの黒いハット帽からのぞく鋭い目は愉悦に歪んでいる。
そんな零界の眼前には姫愛が佇み、少し先には王我と向かい合う碧がいる。
零界は王我が碧の気をそらしている隙に姫愛を亡き者にしようと攻撃を仕掛けたのだが、その攻撃はとある力によって無効化されてしまっていた。
「事象の否定ですかねぇ・・・?この魔術は容易に壊されるものではありませんし」
「考察中悪いが消えてもらうぞ」
聞こえると同時に必殺の斬撃が零界を襲う。
それに対して零界は身を素早く屈めた。
いつ間にか距離を詰めてきていた碧が追撃しようと零界の動きを捉える。
碧は刀の勢いを殺し、零界の真上で刀の軌道を変える。
「っ!!なるほど!!」
零界は素早く魔術を発動させ、地面から鎖を現出させる。
ガキィィィ、と鉄同士がぶつかり合う音が鳴り響き碧の斬撃を絡め取る。
止められた刀を手放し、左手で魔術を展開。
もう一振りの刀を取り出しすかさず攻撃。
「容赦ないですねぇーーー!!」
零界は自身の周囲を鎖で囲み魔力で強化する。
それを見た碧はニヤリと笑った。
「意味ないぞ、それ」
碧の刀は鎖を無視するように通り過ぎて、零界の脇腹を斬りつけた。
「なっ・・・!?」
零界にとっては切り札的な魔術があっさりと破られ、少しばかり動揺が走る。
【創造否定】碧の力はあるものを代償にした異質過ぎる力だ。
どんなものであれ、創られたものであれば破壊する。
もしくはその創造権を得て、作り変えることすら可能にする力。
恐らくだが、碧に対してのあらゆる力や武装は意味を成さない。
それが例え、目に見えない力だとしても。
「さてと・・・お前だよな?あの大規模な魔術トラップ仕掛けたの」
心底冷めきった声音で問う。
魔術的な傾向、立ち振る舞い、感じ取れる魔力の質からはじめに見た魔術を行使した者だと断定した。
こういった感覚的な要素と経験則からくる判断の仕方から碧の過去には何かしらの黒い影が落ちているのを感じられる。
「天神碧・・・私達の仲間になりませんか?私は以前から貴方に興味があったのですよ」
ニヤリと笑いながらも、斬られた傷を押さえなが碧を見据える。
「問うだけ無駄か」
諦めるような、初めから期待していなかったと感じ取れる声音が響く。
そして・・・
それは眼にも止まらぬ速さどころではなく、何も感じ取れない領域に達していた。
何かがおきた事すら認知できないほどの斬撃。
しかしーーー
「まだ死ぬわけにはいかないものですから」
「ちっ・・・歪曲魔術の応用か」
零界の行使した魔術は空間の歪曲。
先程の鎖と同時に鎖の周囲の空間を歪ませ、碧の視界を一瞬遮り自身の体を後方へと緊急転移させた。
その魔術を発動できたのは直感。
零界の感覚全てが嫌なものから遠ざかるように動いた結果だ。
反応すらできないもの同士の衝突は零界の頰に軽い切り傷をつける程度で終わった。
「ここまでのようです。あ、王我さんは好きにしていいですから」
仲間を簡単に見限る発言を聞き流し、追撃を加えようと碧が刀を握り直した。
「あおくーんーー!!」
どさぁっと姫愛が碧に飛びついてきた。
「あっぶね!?いきなり飛びついてくるかフツー?!」
「飛びつくなんていつものことじゃんーー!!」
日常を思い出して姫愛の言葉に納得した碧は、ふぅと息を吐いた。
いつの間にか零界は姿をくらましていて、辺りには静けさが戻っている。
次に合ったら即斬りつけてやろうと心に決め、姫愛の頭をわしゃわしゃと撫でる。
ニコニコーっとされるがままになっている姫愛を見ながら、とあることを思い出す。
「そういや、王我は・・・?」
結果だけ言えば、王我は死んだ。
碧との勝負を邪魔されたあげく、仕掛けた側の零界が返り討ちという結果に激怒したことは容易に予想できる。
ではなぜ王我が死んだのか。
それは・・・
「今回は流石に我慢がならないんだが、零!!」
コードネームで呼ぶことも忘れ、別の呼び名で声を荒げながら呼びかけた。
今回に限った話ではないという雰囲気は感じ取れ、王我の殺気が大きなうねりとなって零界に襲いかかっている。
常人であれば容易に殺せる程の殺気をそよ風を受けるかのような調子で浴び続けている零界。
「いやー、すいませんねぇ。予想以上に碧君の実力があったものでしたので、プランが全ておじゃんになってしまいました」
いつも通りの飄々とした調子で答える零界。
その様子に更に怒りを増した王我は、零界に殴りかかろうと距離を詰め右拳を振り上げた。
瞬間。
心臓の辺りに鋭い痛みを感じると同時に、唐突な浮遊感までもが王我を襲う。
ガクリ、と膝をつく王我は目の前の青年を見つめた。
「もうあなたは用済みだ。さっさと退場していただきますよ」
王我の胸には先端が鋭い鎖が刺さっており、その鎖を通して体の内部に魔力が送り込まれていた。
「私特製の暗殺用の毒です。まあまあ強いので、もう少しで絶命すると思いますのでご容赦を」
「毒・・・の生成・・・?いや、これは・・・」
零界は笑みを浮かべながら王我を見やると、声高に言葉を紡ぐ。
「少しは根本に気付きましたか?いや、あなたでは無理でしょうねぇ」
目深に被ったハット帽を被りなおしながら、くるりと反転して王我に背を向けた。
「では、また地獄で会いましょう」
台詞に込められた意味を考える暇は無かった。
王我の意識はそのままプツリと途切れ、永遠を彷徨うことになったからだ。
呟く。
それは独り言にも誰かに語りかけているようにも聞こえる話し方だった。
とある空間に一人佇んでいる姿は、周囲の視線を根こそぎ集めそうな程に綺麗だ。
その青年は、虚ろな眼を動かし眼前の空間を見やった。
青年が見ている空間には何もない。
いや、何もないように見える。
まるで本を読むように視線を彷徨わせたりしていることは窺え、ページを捲るような動作も確認できる。
「彩限創造は問題なく扱える。後は、破壊よりも優位性があるということを証明する何かが必要だ」
年相応の声が響き、青年の目の前にあるパソコンには絶えず何かしらの信号が送られているようだった。
エラーと、それを解除しているような何かを表示した画面を見た青年は視線を横にズラした。
先にあるのは1つの本だった。
古い書物を思わせるような外観でありながら、特別な何かを宿しているようにも見える。
「天神碧・・・。全てはお前と戦う為に・・・!」
その言葉の真意はわからない。
だが、この青年から冷めるような闘志が感じられるのは確かだった。