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①意味などない

 ミンミンと、暑苦しく蝉が鳴き、

 チリンチリンと、風鈴が鳴る。

 夏休みの真昼。茹だるような熱気の中、あたし夏樹詩歌は縁側で空を眺めていた。

 お盆に父方の祖父母宅に帰ったものの、流石ド田舎。ネットもなければショッピングにも行けない。特にすることもない。高校一年生という身空故に切羽詰まって勉学に勤しむ理由もない。

 つまり、暇だ。

「なんだろう。凄く時間を無駄にしてる気がする」

 こんなことなら面倒臭がらずに皆と一緒にお墓参りに行けば良かった。しかし、あたしは現代版イケイケガール。夏の昼間から墓参りなんてナンセンスなことは許容できなかった。

 そんなこんなで今あたしは青過ぎる空を睨みながらお留守番をしている。こうして縁側に座っているのだってそのためだ。まぁ、年中鍵をかけなくても問題ないほどの田舎なので、今更になって自分の存在意義を見失いつつあるんだけど。

「あーあー。UFOでも降ってこんかねー」

 それは、何の意味もない言葉。

 暇潰しの、愚痴にもならない呟き。


 そのはずだった。


「ん?」

 青と白で構成された視界に、黒い点が生まれた。

 最初は鳥かと思ったが、次第に大きくなっていくソレは、お椀のような形をしていた。

「は?」

 ソレがこの家を簡単に押し潰せる大きさだと気づき、ようやく危機感を覚えたあたしは立ち上がるものの、どうしたらいいか分からず間抜けにソレを凝視していた。

「……え? まさか、そんな」

 その全容がはっきりし、色まで見えてきた距離で、あたしは絶望と恐怖の中にある種の喜びを感じていた。

 今までテレビやネットの動画でしか見たことのなかった存在。その中でも偽物と指摘され笑い物としてしか扱われなかったソレ。

 そう、それはついさっきあたしが願ったこと。

 日常を砕き非日常へと導いてくれる、その名前は、


「ゆーふぉ、ってこれカップ麺の方」


 と叫んだ直後あたしは巨大なカップ麺に潰されたのだった。



 ♨


「っていう夢見たんだけど面白い? 面白い?」

「没」

 カキーンというヒット音が、二人の少女しかいない放課後の教室に響く。

 続く野球部の掛け声を引き金に、昨日の夢を語った短髪の少女は椅子から立ち上がり叫んだ。

「何故⁉ ホワイッ! つーか没って何よ没って! 編集者か!」

「さすがに一文字で評価するような編集者はいないと願ってますけど……。説明しないと分からない……のですよね、はぁ」

「溜……息……だと? いいからどこが面白くないか言ってみろコラー!」

 姦しいという漢字は「女」が3人いるが、この茶髪ショートの少女は一人でその体を成していた。

 夏樹詩歌。その名に反して活発かつ自己主張の激しい少女である。

 対する黒髪ロングの少女は読んでいた週刊漫画を閉じ、ようやく夏樹に目を向けた。

「まず無駄に話が長いです。導入の田舎紹介要りますか? 聞き手が飽きたらお終いですよ」

「ぐはっ」

「次にくどい表現が多いです。胃もたれします」

「おげっ」

「最後に」

「ま、まだあるの……?」

 最早教室の床に伏している夏樹が、せめて一つくらい褒めてくれてもという視線で見上げるのを確認し、

 毒舌少女、冬川亜夜は黒い笑顔でこう言った。

「落ちが産業廃棄物」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ‼」

 止めを刺され床を転がり最後の慟哭を上げる夏樹詩歌。救いなどない、あるのは絶叫である。

 さらに冬川の口撃は止まらない。

「そもそもですね、夢落ちってだけで評価下がるのに、何ですって? UFOだと思ったらカップ麺でしたー、ですっけ? あまりに詰まらな過ぎて逆に哲学の一種かと思いましたよ、ええ本当に。後学のために詳しく説明して頂けますか? あ、やっぱりいいです。時間の無駄なので。こうしてあなたと話してる時間も無駄なのでもう帰って下さい。いや帰れ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さい勘弁して下さい」

 いつの間にか土下座に移行していた夏樹が呪詛のように謝罪する姿に引きながら、少し言い過ぎたかと冬山は咳払いを一つし漫画を再度開いた。

「まぁ、そもそも夢の話らしいので、はなから期待してないですし、夏樹さんらしいコミカルさは評価に値しなくもないですよ」

「だよね! あたしもそう思ってたよ! 流石あたしの親友分ってるぅー」

「そこの窓からヒモ無しバンジーしてもらえますか? そしたら凄く笑えますよ?」

 すぐに調子に乗る夏樹に冬川が静かにキレ、再度茶髪ショートが地に伏せる。

 これは、二人の少女が適当に雑談し、適当に時間を過ごし、適当に喧嘩する物語。

 意味の無い日常に、意味を見出す物語。

 その一部始終である。


 ☆


 翌日の放課後。

「待てええええ夏樹詩歌‼ 今日こそは我が陸上部に入って貰うぞおおおお‼」

 大男が何事かを叫びながら廊下を走る。

「いいえ! 彼女はバスケットボールをするために産まれた神の子よ! 女子バスケ部の女神(ミューズ)になってもらうわ!」

 それに並列する形で中背の女子生徒も走る。

「どいつもこいつもわかってないな。夏樹氏の真骨頂はスポーツなどという自己満足に収まらんよ。私は見た。今朝夏樹氏がご老人に連れ添って道案内をしていたのを。夏樹氏こそボランティア部に必要な人材なのだよ!」

 さらに並走するのは小柄な男子生徒だ。

 そんな人肉壁達に、夏樹詩歌は追われていた。

「うるさああああい‼ どいつもこいつも好き勝手言うああああ‼ 毎日毎日しつこいんじゃああああ‼」

 走る走る。長い廊下を夏樹詩歌は全力で駆ける。  

 肺が悲鳴を上げ、汗が視界を塞ぎ、脚が重くなろうとも、決して止まることはない。

 人間恐怖を覚えている最中はリミッターが外れると聞くが、それに近いのかもしれない。現に夏樹を追う各々の面相は獲物を狙う獣のそれだった。

「いい加減諦めてよ! 私は部活に入らないの! 他にやることがあるの! 何度も言ってるでしょ⁉」

 走りながら、息切れしながらの叫びだったため届いているか怪しかったが、ストーカー共の耳には入っていたらしい。

「大丈夫だ! 分かっているぞ夏樹詩歌! ……照れ隠しだろう?」

「もう自分を偽らなくていいのよ!」

「さぁ! 某と新たな世界を!」

「やっぱり駄目だこいつら!」

 流石は獣。耳に入っても理解できないらしい。

 アドレナリン全開の両者に冷静な会話は不可能。

 それならこれ以上話すことはない。こっちも全力で逃げ延びるのみとばかりに、夏樹はギアを上げる。

 因みにスカートの下は短パン装備という夢の無さだ。

「ば、馬鹿な。まだ速くなるという、のか……がく」

「素晴らしいわ。やはり彼女こそ、選ばれし、も……の、がく」

「お、お腹痛い、がく」

 次々と追っ手が勝手に崩れ落ちていくのを無視し、夏樹は目的地にようやく辿り着いた。

 とある教室の前である。

 入る前に息を整え、汗を拭ってから夏樹は扉を開けた。

「やーやー、お待たせ亜夜ちん。しつこいストーカー共を撒くのに手間取っちゃったよ」

「……別に待ち合わせをしてるわけでもないですし、謝る必要はないのでは?」

 そう言う少女は、いつもの窓際の席で漫画を読んでいた。

 開いた窓から吹き込む風が黒く長い髪を揺らす。

 高校一年生ながらも大人びた雰囲気を漂わせる冬川に、少し羨ましさを感じながら夏樹は冬川の前の席へ壁を背にするように座る。ここが定位置だった。

「で、何であなたは汗だくで当然の様にそこに座るんですか? そこは五所川原さんの席ですよ」

「……この前本人に確認したんだけど、あたしがいつも使わせてもらってる席の子、五所川原さんじゃなくて飯田さんだったよ」

 タイミングよく、冷たい秋風が再び吹いた。

「……申し訳ありません。私興味ない人の名前が覚えられないんです。あれ、ところで蝿丸権之助さん。そのレジ袋には何が入ってるんですか?」

「いやいやあたしに謝られても困るよ飯田さんに謝ってよ。ていうか蝿丸権之助って誰だよ悪意しか感じないよ。せめて性別は合わせてよ。そしてレジ袋の中はこれさ!」

 まくしたてる夏樹にうんざりした冬川は、夏樹が取り出すのに合わせてわざと視線を漫画へと逸らした。

「長い。三行で」

「文章にしたら二行内に納まってるよ、たぶん! あと漫画から目を放してこれ見て! ほらこれ見て!」

「見て見てって、あなたは変態ですか? 通報しますよ」

「いいから見ろやおらああああ‼」

 痺れを切らした夏樹が雄叫びと共にソレを冬川と漫画の間に突っ込む。

 蝿丸権之助のくせにいい度胸ですね、と罵ろうとした冬川だったが、ソレを見てあっけに取られた。

「夏樹さん」

「お、何だ。あたしの名前覚えてるじゃんかー、もー。このこのー」

 肘で小突く夏樹に青筋を立てる冬川。

「ウザいです。そんなことより、これはどういうつもりですか?」

「決まってるでしょ」

 自信満々に胸を張る夏樹は、それを指差しこう言った。

「皆大好きカップ麺さ!」

 がくっ、と挫けそうになる心を奮い立て黒髪少女は言葉を選ぶ。

「それは見れば分かります。私が聞いてるのはこれをどうするのか、ということです」

「ふっ、がっかりだよ亜夜ちん。がっかリンカーンだよ」

「右ストレートでいいですか?」

「暴力反対!」

 ボディランゲージに切り替えてきた冬川から距離を置きながら、夏樹は話を進める。

「正夢って知ってる?」

「夢で見たことが現実になるっていう与太話でしょう? 夏樹さんじゃないんだから知ってますよ」

「私も知ってるよ! 知ってないと話ふれないよ!」

「で、その正夢とこのカップ麺がなんなんですか? まさか昨日の産業廃棄物と関係してないですよね?」

「産業廃棄物言うな! そして君の言う通りさ亜夜ちん!」

 いちいちどこかで見たヒーローのポーズをとりながら、茶髪少女はこう宣言した。

「私は、夢を、正夢にする!」

「……」

 冬川亜夜。言葉を失うという体験を初めてした16才の秋であった。

「んー? なんだい亜夜ちん。言いたいことがあるなら言ってごらん?」

 ウザさに拍車がかかる夏樹にこれ以上関わるべきではないと悟った冬川は、全力で無関係を装うことにした。

「いや、いいんですよ? あなたが何しようと私に関係なければ。何処へでも行って夢を叶えてください」

「戯言を。亜夜ちんも同席だよ」

「嫌です」

「駄目です」

「じゃあ死にます」

「そんなに嫌⁉ 死ぬほど嫌⁉ 待って待って窓に手をかけないで!」

 涙目で抱きついてくる級友に鬱陶しさを感じつつも、なんやかんやで話を聞いてしまう冬川だった。

「では、納得いく説明を」

「ほ、ほら。もし正夢にできたとしても、証人がいないと、さ」

「そもそも夢の話な時点で嘘も本当もないでしょうに。証人なんていらないですよ」

「……一人は、寂しいよ」

 冬川の口撃にだんだんと顔を曇らせ、最後には感情に訴えた夏樹ちゃんであった。

 が、効果はあったようで、

「……はぁ、分かりましたよ。で、具体的にどうしたいんですか?」

「さっすが親友! そんな君にしか頼めないことがあるんだ!」

 そう言うと、夏樹は戦友に恋人のペンダントを預けるように、カップ麺を冬川に差し出し、

「今から下まで降りるから、これを窓から放り投げて欲しい。私はそれをキャッチする!」

「もういいから病院に行きましょう? ね?」

 本気で心配された。

「心配しないで亜夜ちん。あたしなら大丈夫。体のコンディションは完璧だよ」

「脳外科へ」

「頭も大丈夫だよ⁉」

「そうは思えないんですよ……」

 頭を抱える冬川は何も考えていない悪友を諭すため、まず現実をつきつけることにする。

「第一正夢にするんなら、巨大なカップ麺に潰されないといけないんじゃないですか? ロケーションも違うんですが、その辺りはどう考えてるんです?」

「とりあえず降ってくるカップ麺に接触するってところだけ再現できたら満足だよ」

 本当に適当だな、と呆れる冬川は質問を追加する。

「あと、下まで降りるってここ3階ですよ? 失敗する度にまたここまで持ってくるんですか?」

「あ」

「あ、ってあなた……」

 冬川の中で夏樹の人間レベルが2下がった!

「だ、大丈夫大丈夫! 一発で成功させればいいだけだから! あたしを信じてよ!」

 両手を組み懇願する奇抜な馬鹿に、なんだかんだ付き合いのいい少女は折れることにした。

「分かりましたよ。これを放り投げればいいんですね? 怪我しても知りませんよ」

「ありがとー! じゃあ行ってくる!」

「……何があなたをそこまで駆り立てるんですかね」

 廊下? 走る場所でしょう? と豪語する夏樹はあっという間に校舎を降り外へ出た。

 秋の夕風が火照った体を冷やしてくれるのを感じながら、叫ぶ。

「亜夜ちーん、いーよー!」

「ほいっ、と」

 思いの外すぐに、そして適当に放られたカップ麺に慌てて駆け寄る。

「え、ちょ、おとととと⁉」

 しかし見当違いな方向に落ちていくカップ麺に追い付けるはずもなく、花も恥じらう年頃なはずな少女は生け垣に飛び込むはめになった。

「ぬぎゃー!」

 哀れな断末魔をBGMに、3階の窓辺から漫画を読む黒髪少女が一言。

「だから言ったのに」

 そう呟いた。


 ☆


「亜夜ちん。あんな露骨にあらぬ方向に投げなくてもいいんじゃないかな」

 数分後、制服を葉っぱや枝でコーディネートした茶髪少女が黒髪少女に詰め寄る図があった。

「特に指示がなかったので」

「いや分かってたよね⁉ 分かってて適当に投げたよね⁉」

「心外ですね。私はちゃんと無関係な人が巻き込まれず、あなたが面白く転げ回るであろう位置を予測計算して放りました。断じて適当ではありません」

「クオリティが段違いだった⁉ というか二つ目は完全に悪意があるよね⁉」

「まぁ冗談は置いといて」

「本当に⁉ 本当に冗談⁉ じゃあ今隠した色々数式が書かれた紙は何⁉」

「気にしたらそこで負けですよ」

「そもそも亜夜ちんには勝てる気がしないよ……」

 がっくり項垂れる夏樹をよそに、やれやれと冬川は話を進めることにする。

「で、どうするんですか? まだ続けますか?」

「や、やるさ! さっきのは悪魔の策略が邪魔しただけだもんね! あの程度で諦める夏樹詩歌じゃないよ!」

「ちっ」

「もう隠しもしないんだね! いいよー! そのあっけらかんさが寧ろ清々しいよー!」

 正直もう帰りたい冬川は言外に諦めろと言っていたのだが、夏樹にそんな機微は搭載されていない。

 あっという間に校舎の外へ飛び出し、疲れを吹き飛ばすように声を上げる。

「ヘイガール!」

 そんな同級生のがむしゃらな姿を見てさすがに良心が傷んだのか、

「ここら辺、ですかね」

 冬川は夏樹が確実にカップ麺を受け取れるようそれを放った。

「よっしゃー! バッチこーい!」

 校庭の野球部も振り向く程の大声で走り出す夏樹。

 そこまで気合いを入れなくても十分なのだが、夏樹詩歌という少女にはブレーキは存在しない。

 しかし、夏樹は忘れていた。

「見つけたぞ夏樹詩歌!」

「見つけたわ夏樹さん!」

「お腹痛い……」

 自分が三匹の獣に追われているということを。

「な、しつこっ!」

 どこから湧いてきたのか、勧誘三人組は夏樹とカップ麺予測落下位置に割って入っていた。しかも道を塞ぐような横一列である。

「邪魔じゃー!!」

 肉壁に向かって果敢にもぶつかっていく全力少女だったが、その頑張りも空しくカップ麺は地面に落ちた。

 眼下に広がる非日常風景から目を逸らすように、冬川はまたページを捲った。



「あれは私でも予測不可能です」

「……ぜぇ、ぜぇ、し、親友が、ケダモノ共から、命からがら逃げてきたのに、そんな事務的な台詞で迎える?」

 冬川ははて? と首をかしげる。

「私は夏樹さんに対していつもこんな感じですが?」

「やめて! あたしのライフはほぼ0よ!」

 そうでもなさそうだが、実際に息は切れ疲労感が漂っていた。

 夕日が射す教室で、赤く染まった少女が言う。

「もう日が落ちてきましたね。明るさ的にもう終わりでしょう」

 お開きですね、と締めようとした冬川だったが、

「……やるよ。やるに決まってるよ」

 夏樹はそれを認めなかった。持ち帰ったカップ麺を冬川の机に置き、振りかえる。

 戦場へ赴く戦士のように。

「本当に、何故そこまでするんですか?」

 思わず冬川は尋ねていた。

 意味が分からなかったから。

 無駄に時間を、体力を使う。

 こんな茶番に価値を見いだせなかった。

 問いに対し、背中を向けたままの少女はこう答えた。

「今しか、できないから」

 迷いなく言葉が溢れた。

「あたしだって、分かってるんだ。こんなことしてもなんの意味もないって。でもさ」

 ようやく振り向いた顔は、


「意味がないことに、本当に意味がないかを確かめるのは、きっと今しかないんだよ」


 冬川にはとても力強く見えた。

 自分にはない強さが、そこにある気がした。

 だからだろうか。

「なるほど。よく分かりました」

 くたびれたカップ麺を両手で抱え、冬の少女は夏の少女を真っすぐに見つめて、

「行ってらっしゃい。ほんの少しだけ、手伝ってあげます」

 珍しく、本当に珍しく、微笑んでみせた。


 ☆


 風が騒がしい。

 暴れる短髪を無視して、夏樹詩歌は顔を上げる。

 そこには親友が、夏樹がそう信じてやまない冬川亜夜がいる。

 赤いカップ麺を掲げる少女は、風が落ち着いたタイミングを見計らい、

「いきますよ」

 手を離した。

 しかし、

「な⁉ このタイミングで……⁉」

 そんな冬川の考えを嘲笑うかのように、突風が吹いた。

「まだ、間に合う!」

 風に煽られ回転するカップ麺を凝視し、駆ける。

 だが、

「なつうううううう!」

「きいいいいいいい!」

「しいかあああああ!」

 神は残酷だった。

「あの三人まだ帰ってなかったんですか……⁉」

 常識はずれな執念に冬川が恐怖するのも無理はないだろう。

 目の焦点は明後日の方向を向き、今度は横一列ではなく縦に間隔を開けて迫ってくる。

 とは言えまだ言語能力は残っているようで、

「見たかい夏樹詩歌! これぞ! これこそ僕達が編み出した最終形態! あーお腹痛ったい‼」

「三人が順に前から迫ることであなたを捕らえるチャンスも三倍! 赤くなくても三倍の捕獲力ということよ!」

「しかも貴様に迫る刺客は順に強くなっていく! 体格的に小・中・大と迎え撃つ体力が、今の貴様に残っているかなぁ‼」

 そんな度重なる障害において、

「それを、待っていたよ‼」

 夏樹詩歌は笑っていた。

「どうするつもりですか⁉」

 冬川の叫びに答えず、夏樹は両脚にさらに力を込める。

 だが、それは前へ進むためだけではない。

 上へ行くためだ。

「馬鹿な! お腹痛い!」

 まず先頭にいたボランティア部員の肩を踏み、跳ぶ。

「私達を!」

 次にその後ろにいたバスケットボール部員の肩を足場にし、さらに跳ぶ。

「踏み台にげぶっ⁉」

 最後に陸上部部長の顔面を全力で踏みつけ、跳ぶ。

 風に流され決定的に手が届かなくなる前に、カップ麺が落ちてくるのを待たず夏樹は跳んだ。

 その先にはカップ麺が。

 焦ったように暴風が吹くがもう遅い。

 待つという選択を捨てた挑戦者に、何者も追い付くことはできない。

「「届けえええええええ‼」」

 二人の少女の思いが重なり、響き、


 それは、夢見る少女の手にしっかりと収まったのだった。


 ☆


「いやー、今日の教訓はあれだね。欲しいものがあるなら自分から取りに行け、ってことだね」

「立ってるモノは馬鹿でも使えじゃないんですか?」

 日が暮れた時間、二人の少女がコンビニの前で雑談をしていた。

 茶髪短髪、特技は元気ですで自己紹介が終わる少女、夏樹詩歌。

 黒髪長髪、最近の口癖は「眠い」な少女、冬川亜夜。

 今二人はコンビニのポットを借りてカップ麺にお湯を注ぎ、出来上がりを待っていた。

「最後のあれは、読んでいたんですか?」

 手袋をミトン替わりにして、両手で持ちながら今か今かと体を左右に揺らす夏樹を横目に、冬川は半信半疑でそう聞いた。

 夏樹はうーん、と斜め上を見て、

「正直賭けだったね。二度あることは三度あるって言うし、もしかしてくらいの考えだよ」

 はっはっはー、と笑う悪友に冬川は戦慄する。

 普段からなにも考えていないくせに、いざとなると最善を選択できる。例えそれがどれだけ低い可能性だとしても選択し挑戦できる。

 それが強さでなければ、なんだというのか。

「それで、確認できたんですか?」

「んー?」

「惚けないで下さい」

「真面目だなぁ亜夜ちんは」

 一見意味がないことに、本当に意味がないのか。

 元々は正夢の実現がどうのだったはずだが、主旨はとうの昔にずれていた。

 雑談とは得てしてそういうものだ。

「意味はあったよ」

「それは何ですか?」

 三分経ったカップ麺の蓋をぺりぺりと剥がしながら、夏樹詩歌は笑って答えた。

「亜夜ちんでも、あんなに叫ぶんだってことさ」

 プチ、と何がが切れた音を冬川だけが聞いた。

 それが自分の頭から聞こえたものだと気付き、

 少女は割りばしを掴んだ。

「……私、鼻から麺を通して口から出す芸に興味がありまして。実演してもらえますか今すぐ」

「あははそんなのできないよー。……あれ? 亜夜ちん怒ってる? いや無理無理花の乙女がそんなの物理的にも精神的にも無理だって!」

 涙目で拒絶する夏樹に、暗黒スマイルで追い詰める冬川。

 この時冬川もある答えを得ていた。

 自分は、怒ると、制御が効かない。

「大丈夫。私、信じてます」

「さっき言ってよそれ! あ、ああ、ああああああああああああ!!」

 これは二人の少女があれこれ話す物語。

 正解も不正解もない話をだらだらする物語。

 それでも、何かに全力で挑み、意味があったと笑う少女達の物語。

 その一部始終である。


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