稽古
「う、うん……」
翌日の朝、エインは何かが動いている気配を感じて目を覚ました。
周囲を見てみると、雑魚寝していた子供たちが様々な体制で寝ている。
「悪い、起こしちまったか」
声のした方を振り向くと、寝間着から着替え終えてすでに活動用の服に着替えたシュウが立っていた。
「おはよう、シュウ。早いんだな」
窓の外はまだ日が昇り始めたくらいだった。
「いつも、このくらいに起きてるのか?」
「まあな、できる限り剣の練習ができる時間が欲しいからな。完全に日が昇れば別の仕事をしなくちゃいけないし。こっちこそ、起こしちまったみたいで、ごめんな」
「いや、大丈夫。正直あんまり寝付けなくてさ。夜の間も何回か起きてたんだ」
「そっか。慣れない場所だし、昨日までぐっすり寝てたんだから当然と言えば当然か」
「あはは……。それもあるけど、何回かは誰かに蹴られたような感覚があったらそれも原因だけど」
事実、エインは3,4回ほど起きた記憶があるが2回ほどは蹴られたか、何かをされて起こされた記憶がある。
「あー、あいつじゃないかな、原因は」
そう言ってシュウが指さした先には部屋のど真ん中に陣取って大の字で寝ている男の子がいた。
「えーっと……」
「一応昨日紹介してたと思うけど、その様子だと忘れてるっぽいな」
「う、うん」
「まあ、いきなりこの人数を覚えるのはちょっとしんどいかもな。こいつはオルト。見てのとおりすげー寝相だから気を付けろ。というか慣れろ」
「そ、そんなに悪いのか?」
「そいつの布団、一番端っこのとこなんだよ」
そう言いながらシュウは部屋の一番奥のところを指さす。
「大体いつもこのくらいの大移動はしてっからなぁ」
確かに、この距離を見ると大移動といっても間違いではないだろう。大げさではあるが。
「……お前らは蹴られることとかないのか?」
「言ったろ、慣れろって」
「ああ、うん、わかった」
つまりシュウたちはなれるくらいまで蹴られたということなのだろう。
「そういえば、剣の練習をするって言ってたよな」
「ん?そうだけど?」
「僕も一緒にしていいか?」
「別に構わねえよ。この孤児院、無駄にたくさん木剣があるから適当に使えばいいと思うぜ」
「ありがとう」
そうしてエインは昨日、リューナに借りた服を着て(以前この孤児院を出て行った子の服らしい)シュウとともに玄関に行く。
玄関には5,6本の木剣が傘立てに刺さっていた。特に違いもわからなかったので適当に手に取り、シュウに案内され裏庭まで移動する。
「大体いつもここでやってんだ」
そう言ってシュウは素振りを始める。孤児院出身の騎士たちが来るとき以外は基本的にこうして素振りをしているのだそうだ。
エインはとりあえず、シュウから少し離れた場所で素振りをすることにした。ミクトラン王国の王宮で教えてもらったことを思い出しながら、型をなぞるようにして。
□ □ □
「シュウ、朝ごはんだよー。あれ、エイン君もいたんだ」
完全に素振りに集中していたエインは自分が呼ばれたことに気づくまで少しかかった。
声がした方を見ると、そこにはショートヘアの女の子が立っていた。
「おう、ルルか。わかった、すぐ行くよ」
「早く来なさいよ。今日は私が作ったんだから」
「え、マジで?そうだったけ?」
「……なんでちょっといやそうなのよ」
「いや別に」
ルルは不満そうな顔を見せるがシュウはごまかすようにそっぽを向く。
エインは呼ばれてようやく、すでに結構周りが明るいことに気づいた。
「結構やってたんだなぁ」
「そりゃな。ていうかすごい集中してやってたぜ」
「え、そんなに?」
これまでの剣の修業は義務感から半分いやいやながらにやっていた。王宮で練習していた時は早く終わらないか、と考えることが多かったくらいだ。
(そもそも、自分から練習しようと思ったのはいつ以来だ?)
エインは自分に対して疑問を感じたが、納得いく答えが出ずそのまま食堂に向かった。
□ □ □
「あ、シュウおはよ。今日も剣の練習してたんでしょ。お疲れ」
食堂に入って真っ先に声をかけてきたのはポーラだった。
「おう。騎士になるんだからな。毎朝やんねえと絶対になれねえよ」
「そっか。あれエインと一緒なんだ」
シュウとの会話の途中、ポーラはシュウの後について食堂に入ってきたエインを見つけて、若干意外そうな声を出した。
「ああ、こいつと一緒に素振りしててな。すげー集中してたから、こっちも結構身が入ったぜ」
「そっか。良かったじゃん。あ、エイン、おはよう。あとお疲れ」
「あ、うん。おはよう」
「さあ、席に座って」
そういわれて、シュウはポーラの隣に座る。それに対して、エインは昨日と同じ席がいいのかどうなのか悩んだ。
「あ、別に誰がどこの席とかは決まってないから適当だよ。好きなとこに座ってね」
基本的にはどこでもいいらしいが、エインは少しどこに座ろうか決めかねる。一番近い席はポーラの隣、シュウと反対の席だが、同い年の女の子の隣の席、というのはどこか気恥ずかしさがあった。
周りの席を見渡してみると、シュウの正面の席が空いていたためそこに座ることにした。
「あら、もうそろっているようね」
そう言いながら入ってきたのは、リューナだった。
リューナの席は固定なのか、彼女は昨日と同じ席に座る。しかし、エインはその言葉に違和感を感じた。
周囲を見れば違和感の正体が分かった。確かにほとんど全員がこの食堂にいるが、ミアの姿がないのだ。
「あれ、ミアがまだいないみたいだけど……」
「ああ、ミアはお寝坊さんだからね。この時間に起きる方が珍しいわ」
「……それでいいんですか?」
どうやらこの孤児院は就寝時間や起床時間、門限などが決まっているらしい。
がちがちに縛っているわけではないそうだが基本的にみんなしっかり守っているそうだ。
「何度注意しても起きれてないからね。最近はようやく朝食が終わるころには起きられるようになったのだけど」
「ふぅん」
「そういうわけで、大体朝食はミア以外で食べてるのよ。その分ミアには他の仕事を多めに振っているし」
そうして、ミア以外で朝食を食べる。
味は正直微妙だった。別にまずいわけではない。だがうまくもないのだ。
「……やっぱミアとかポーラの作ったほうがうまいよなぁ」
エインが微妙な顔を浮かべていたのか、シュウはこっちを向いて小声で話しかけてきた。
「聞こえてるんだけど?」
しかし、小声とはいっても体面にいるエインが聞こえる声だ。当然この料理を作った本人、ルルにもその声は聞こえた。
「文句があるならあんたが作りなさいよ」
「うぐ……。で、でも微妙なのは事実だろう」
「む……」
どうやら、シュウは料理が不得意なようだ。だが、この料理の味が微妙なのも事実。お互いそれ以上傷のえぐり合いはしたくなかったのだろう。そのまま、会話は途切れてしまった。
「あ、そういえば今朝はエインも剣の練習してたんだよね。何やってたの?」
あまりいい空気でもなかったためか、特に何も考えていないのかはわからないが、ポーラがエインに話題を振ってきた。
「特に面白いことはしてないよ。ずっと素振りをしてただけだし」
「ふーん、たまにシュウ兄の練習見てるけどやってて楽しいの?」
「え、うーん。そういうわけではないけど……」
「そうなんだ。ねえ、明日もやるの、剣の練習」
「え、うん、そうするつもりだけど」
「なら明日はどんな事やってるのか見てみよっかなー」
ポーラがそんなことを考えていると、隣に座っていた女の子が、何かを訴えかけるような眼をポーラに向けた。
「ダメ、明日はチルルと一緒に朝ごはん作るの」
「あ、そっか。明日だったね。ごめんね、チルルちゃん」
「むー、ポーラお姉ちゃん忘れてたんだ」
話しかけた女の子、チルルは自分と朝ごはんを作ることを忘れていたポーラに少し不機嫌になっていた。
「わ、忘れてなんてないよ」
「嘘だー、絶対忘れてたもん。この間だってチルルと遊ぶ約束してたのにルルお姉ちゃんと一緒にどこか行っちゃうし」
「もう一か月以上前のことなんだけどな、それ……」
「ふんっ」
その後、朝食が終わるまでポーラはチルルの機嫌を取り続けるのだった。




