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夕食後

「一応、ここがエインの寝室だな。まあ、この孤児院には個室とかはないから男女で分かれているだけなんだけどな」


そう言ってエインに部屋の案内をしたのは、この孤児院で唯一エインよりも年上の男子、シュウだ。自己紹介では10歳だと言っていた。これはこの孤児院の中でも最年長でその下にそろそろ9歳になるという少女、ルルがおり、その下がエインと同い年のミアとポーラだ。

その下にはまだ4人の少年少女がいるが、エインは覚えきることができなかった。


「分かりました、ありがとうございます」

「なんか、よそよそしいな。まあいいや。少しづつ慣れていけばいいよ」


シュウはそのほかにも、リューナの部屋や女子の部屋、共用部屋やトイレといった孤児院内の施設を次々と紹介していく。


「んで、ここが勉強部屋」

「勉強部屋?」


「そうそう、リューナが文字とか計算とか、歴史とか他にもいろいろ教えてくれるんだよ。一週間のうち二日間、勉強会が開かれるんだ。別に強制とかではないんだけど、いまこの孤児院にいる奴らは全員が受けてるよ」

「へえ、すごいなぁ。自分から勉強したいだなんて……」

「おまえがどんな環境で育ってきたのかは知らないが、俺たち孤児は将来どんな風に生きるか選択肢はそんなに多くはない。一番いいのは国仕えになることだし、そうでなくても読み書き計算はできていないとまともな職業に就くことすら難しいんだ」


エインの返答に少し機嫌を損ねたのか、嫌みのようにシュウは孤児の現実を語る。


「でも、たしかこの国には冒険者って職業もあるし……」

「冒険者になる場合だって、最低限の読み書き計算ができていない奴は、依頼主に騙されたり、報酬をピンハネされたりすることも少なくない。お金がなければ新しい装備も、怪我の治療だってできない。そうあがいても俺達には知識は必要なんだよ」


冒険者とはこの国では最も簡単になることができる職業だ。冒険者ギルドが斡旋する依頼を達成することで報酬をもらい生活している。国籍さえあれば経歴、技術はほとんど問われない。その分すべてが自己責任になる、この国で最も危険な職業の一つである。

ただ、実力さえあればどこまででも登れるためとんでもなく稼いでる冒険者や英雄的な活躍をしたことで貴族にまでなった冒険者も存在している。そのため、小さい男の子の憧れの職業でもある。


「……ごめん」


エインの出身であるミクトラン王国には冒険者という職業は存在しない。しかし、ヴァルスリア王国の冒険者は世界的に有名であるため基本的な制度は知っている。だが、やはり華やかな面が中心の知識であることは間違いない。


「……すまねぇ、ちょっと熱くなっちまった。まあ、そんなわけで結構みんな真剣に勉強しているってわけ。リューナはすごい教えるのがうまいしな。実際この孤児院をでた後に王宮の仕官になった人も少なくないらしいし」

「へぇ、それは……すごいことなのかな」

「もちろんだよ。毎年とんでもない人数が受けては落ちているって話だし。王宮の仕官になれば将来安泰だしな」

「なら、シュウも仕官になるのか?」

「いや、俺は騎士になりたいんだ」

「騎士?」

「そうそう、国と人々を守る強くてかっこいい騎士に俺はなりたいんだ。そのために毎朝剣の訓練をしているんだ」

「剣の訓練?」

「そうそう、リューナって別に強いわけじゃないんだけど結構いろいろ助言をくれるんだ。以前この孤児院から騎士になったって人が来て、リューナの助言は素直に聞いておけって言ってたから助言をもらいつつ頑張ってるんだ」

「……リューナっていったい何者なんだ?」

「うーん、よくは知らないけどもともとは王都にいたシスターらしいよ。リューナ自身はその時に聖騎士の訓練とかも見てたから助言をできるって言ってたけど」

「……そうなんだ」


エインは少し納得できない部分もあるがこれ以上聞いても仕方ないと考え、話題を変えることにした。


「なら、一応僕も受けてみようかな」

「それがいいと思うぜ。これからどう生きようとも勉強はしていて損にはならないだろうし」


どのような勉強をしているのか、どのくらいの頻度、時間でやっているのかといったことを聞いていたエインは、ふと勉強部屋の奥に扉があるのを見つけた。


「シュウ、あの扉は?」

「んー、俺は入ったことないけど図書室だよ。結構いろんな本がおいてあるらしいよ」

「あそこが図書室か……。そういえば、俺が起きたときにミアが本を読んでいたな。図書室の本なのかな?」

「多分そうじゃないか?あそこぐらいしか本はないし。まあ、図書室もミア専用みたいになっているけどな」

「ミア専用?」

「ミア以外はほとんど図書室には入らないし。リューナはたまに入っているけど、ミアほどじゃないしな。一回ルルが入ったことがあるらしいんだが、訳の分からん本ばかりだったらしい」

「へぇ。なら、ミアって頭いいのか?」

「リューナに言わせれば天才らしいぜ。実際俺やルルも勉強会の時にミアに教えてもらうことも多いし。そもそも、この孤児院の家計を付けてるのはミアだしな」

「そうなの!?」

「らしいよ。リューナにもいろいろと仕事があるらしいから、家計はミアに任せてるんだって」

「大丈夫なのかな……」

「不安になるのも分かるが、もう二年以上やってるっぽいからな。問題はないよ」

「ならいいけど……」


そんな会話をしていると、扉の開く音がした。振り向くと、そこにはリューナが立っていた。


「まだこんなところにいたの?そろそろ消灯時間よ。部屋に戻りなさい」

「やっべ、早く戻ろうぜ。言い忘れてたけどいまが消灯時間だからな」

「それもっと先に言おうよ……」


急いで戻ろうとした、シュウだったが何かを思い出したように扉付近で止まり、リューナのほうを向いた。


「そんじゃ、リューナ。おやすみ」


就寝の挨拶を忘れていたシュウはリューナにそう挨拶した。


「……おやすみなさい」


それにつられて、エインもリューナに対して挨拶をする。


「はい、おやすみなさい」


エインはシュウに連れられて、さっき教えてもらった就寝部屋に向かう。ちらっと後ろを見ると、リューナは優しげな笑顔で手を振っていた。


 □ □ □


二人を見送ったリューナは、そのまま勉強部屋の奥の扉、図書室に入っていった。

そこでは、銀髪の少女、ミアが椅子に座って静かに本を読んでいた。リューナは背後からミアに声をかけた。


「やっぱりまだここにいた。早く寝なさいよ」

「……」


よっぽど本に集中しているのか、返答はない。単純に返事が面倒臭く虫をした可能性もあるが。


「ミーア」


今度は本を読んでいても分かるであろう、正面に立って声をかける。


「ん……リューナ」

「早く寝なさいよ。もう就寝時間なんだから」

「うん、これ読み終えたら、寝る」


そう言って読んでいた本を少し前に出し、主張する。


「……まだ半分以上あるじゃない。だめよ、とっとと寝る!」

「……眠くない」


意固地になっているのか、ミアはどうしても読書を再開しようとする。


「はぁ、分かったわよ。じゃあ眠くなるまでお話しましょう。例えば……エイン君のこととか」

「……わかった」


リューナはあっさり受け入れたことに意外感を覚えたが、やはり気になっていたのかと考え、納得した。


「まだ、起きて半日くらいだけど、ミアから見てどう思う?」

「……特に何も」

「嘘ね。いつも以上に警戒してたわよ。まるで、初めてポーラにあったときみたいに。それとも自覚なかった?」


エインが起きてから、正確にはそのあといろいろと話した後からエインに対するミアの態度は明らかに硬かった。それはリューナ以外の孤児院の子供たちの総意見だ。


「……彼を警戒はしている。でもそれ以上に彼が持って来そうな厄介ごとがめんどくさそう」

「それは、彼がミクトランの王子だから?」


リューナの問いに対し、ミアは静かに首肯する。


「まあ、それに関しては私も同意見よ。明日からでもミクトランに関する情報収集をするわ」

「お願い」

「それで、微妙に論点をずらしてきたけど、実際のところエイン君のことはどう思ってるの?」


エインに対する警戒はすなわち何かミアがエイン個人に対して思うことがあるということだ。エインの立場という風に話をずらしたが、リューナには通用しなかった。


「……まだわからない、かな」


しぶしぶといったようにミアは話し出す。どうせ追及されるのは避けられないのだ。今ここで話してしまった方が面倒は少ないだろうという判断だ。


「わからない、というと?」

「仮にクーデターがほんとに起こっていたとしても、ミクトランがどうなっているのかはさっぱりわからない。最悪の場合、ミクトラン王国の王族で唯一の生き残りになっている可能性だってある」

「それは……そうかもね」


現状、エインが言っていた情報でしか判断ができない。エインのみが狙われた可能性もあるが、第5皇子を狙うことには違和感しか感じない。王位継承権も低く、国民からの人気はおろか、知名度も低い。はっきり言って殺す価値がないのだ。

ならば、他の王族全員を殺す、という目的がありその対象の一人となったと考えることのほうが自然だと言える。そして、この目的がほぼ達成されているとするならばエインが最後の生き残りであっても何の不思議もない。


「今の彼はミアから見れば、まだ自分の状況を把握するのが精いっぱいでこれからのことが考えられない状態。でも、現在自分の状況を完全に把握しきったとき、彼がどんな判断のもとで行動するのかわからない」

「さらに言えば、彼を探しにミクトランの騎士がやってくる可能性もある、といったところかしら」

「そんな感じ。状況とエインの判断によってはこの孤児院やミアたち自身が巻き込まれる可能性もある」

「それを一番危惧しているのね」


リューナの言葉に対し、ミアは首を縦に振って返答する。

ミアの意見を聞いたリューナは下を向いて何かを考え始めた。しばらく考えたのち、自分の中で結論が出たのかミアに向き直る。


「どちらにせよ、ミクトラン王国の情勢がわからないことには何とも言えない状況ってことに変わりはないわね。早めに情報を仕入れることにするわ」

「その方がいい。……ふぁぁ……」


意外と長い時間話し込んでいたのか、既に一時間以上が経過していた。さすがに限界が来たのかミアは返答とともに大きなあくびをした。


「もう時間も遅いし、ミアも眠そうだから今日はもう寝ることにしましょう。すべては明日から」

「うん……分かった。おやすみなさい」


ミアはうとうとしながら図書室を出て自分の寝室に向かう。


「……なんか本当に眠たそうね。どこかで倒れられても困るから、私もついていくわ」

「うん……」


結局、ミアは寝室に行く途中の廊下で倒れてしまい、リューナはミアを寝室まで運んだのだった。

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