紹介
「なら、他の子たちにも紹介しないとね」
エインが孤児院の世話になることが決まると、リューナはそう切り出した。
「ミア以外にはどのくらいの子供がいるんですか?」
「今はミアを抜くと8人がこの孤児院にいるわ。あなたと同い年の子がミアのほかに一人。あなたの年上に当たる子が二人。あとはあなたよりも年下ね」
「……思ってたよりも多いんだな。聞いているとここは都市部ではないようだし、孤児もその分少ないのかと思っていたけど」
「うーん、都市部の孤児院からあぶれてこっちに来た子もいるし。まあ、この孤児院が少し特殊なのもあるけどね」
孤児院の情報についてエインがリューナに質問していると、ミアが席を立った。
「?ミア、どうしたの?」
「そろそろ、夕ご飯の支度をしないと」
「あら、もうそんな時間?夕ご飯はエインの分もつくってね。夕ご飯の時にみんなに紹介するから」
「分かった」
ミアは短く返事を返すと、そのまま部屋を後にした。
しばらく、ミアが出て行った扉を眺めていたエインはさっきから思っていたことをリューナに問いかけた。
「……僕ってミアに嫌われてるんでしょうか」
「どうしてそう思うの?」
「なんか、態度がそっけないっていうか、あんまり歓迎していないように感じて……」
先ほどから、何度かミアに話しかけてはいたが一言二言で会話を終わらせてしまう。これまでこのような会話の流れをあまり経験していないエインにとって嫌われているとしか感じない内容だった。
「ああ、あの子は誰に対しても最初はあんな感じよ。私や孤児院の一部の子は生まれて間もないころから一緒にいたから普通に会話するけど、それでも口数は少ないわね」
「そうなんですか」
「ええ、あなたに対する警戒心は結構強そうだけど、ゆっくり警戒を解いていけばいいと思うわ」
□ □ □
「ただいまー」
エインとリューナがとりとめのない会話をしていると、少女の声が聞こえた。
「あら、帰ってきたみたいね」
「この孤児院に住んでいる子どもたちですか?」
「ええ、仕事が終わって午後が自由時間になっていた子たちは大体外に遊びに行くわ。ミアは読書も多いけど」
そういえば、とエインは自分が起きたときのことを思い出す。
「僕が起きたときも本を読んでいたようでしたね」
「今日はあなたの看病もあったしね。この孤児院っていうか教会の図書館って結構たくさん本があるのよね。あなたも気になる本があったら読んでもいいわよ」
いくつかの足音が部屋に近づいてきた。さっき帰ってきた子供たちがこの部屋に向かっているようだ。
「ただいま!あれ、起きたんだ」
自分と同じ年くらいの少女が真っ先に入ってきた。その少女、ポーラはエインが起きていることに気づき声を上げた。
「よかった、全然起きないから心配してたんだよね」
「あ、えっと…ありがとう。今のところ体調はいいよ」
いきなり話しかけられたことに驚きつつも、エインは笑顔でそう答えた。
「よかったー、全然起きないから心配してたんだよ」
「ポーラ、もうご飯の時間だからそのくらいにして食堂に行きなさい。その時にこの子に自己紹介してもらうから」
「わかった、またあとでねー」
そう言ってポーラは、食堂に向かっていった。
「さあ、私たちも行きましょうか。場所がわからないと思うから、私についてきて」
「ありがとうございます」
そういってエインは頭を下げるが、リューナは少し不満そうだった。
「えっと、なにかダメなところでもありましたか?」
少し不安になったエインは思わずそうリューナに尋ねた。
「うーん、ダメってことではないんだけど……なんか、エインの態度って少し硬いっていうか、他人行儀じゃない」
「えっと……」
「確かにほとんど初対面の相手に対して緊張するのは分かるけど、これからは期間がわからないとはいえ一緒に住む家族なんだから、もうちょっと親密にしてほしいなぁって。そう、例えば敬語をやめるとか」
「……」
「別に今すぐにとは言わないわ。あなたのペースでいいからちゃんと私たちに歩み寄る努力はしてねってそういうこと」
「……頑張ります」
「うん、頑張って。じゃあまずは食堂でみんなに自己紹介よ。第一印象は大事なんだから」
「……がんばります」
□ □ □
食堂では、十人ほどの子供たちが働いていた。ある程度年齢の高い、とはいっても十歳くらいだが、その子たちはキッチンで最後の仕上げをしているようだ。その中にはミアの姿がある。他の子供たちはできた皿を机に並べている。ポーラはこっちの手伝いをしているようだ。
「僕も何か手伝った方が……」
「勝手の分からない人が手伝っても、作業が遅れるだけよ。あなたは今日が初めてなんだからおとなしく座っていなさい。あ、今のうちにちゃんと自己紹介の内容考えておいてね」
「……分かりました」
エインは暗に邪魔をするなと言われたように感じた。実際間違ってはいないのだが。
しかし、王子であった頃は周りが勝手にいろいろとやってくれていた。そのときと変わらない状況ではあるが少し居心地が悪い。どちらかといえば自分でいろいろしたかったエインは、自分でできることは許可があれば自分でするようにしていたのだ。しかも、自分と他の子供たちは一緒だと言われたばかりだ。自分がまだ部外者であることを実感してしまい、なんとなく居心地が悪かった。
「じゃあ、今日はここがエインの席ね」
食事の準備であわただしくしている中でエインは指定された席に着いた。指定された席は縦長のテーブルの上座側、いわゆるお誕生日席だ。
しばらく言われたように自己紹介で何を言おうか考えて座っていると、徐々に周りで動いていた子供たちが席に着き始めた。各々が席に着き、最後にキッチンから出てきたミアが着席する。全員が席に着いたことを確認し、リューナは口を開いた。
「それでは、今日からこの孤児院に入る新しいお友達を紹介します」
リューナは少しおどけたように子供たちに向かって話しかける。
「とは言ってもみんな知っているよね。三日前に来てずっと今まで寝ていました」
お寝坊さんだ、とからかうような言葉がかけられた。その方向を見ると、4歳くらいの男の子と目が合った。男の子はエインに対して楽しそうに笑う。どうやら、この男の子が今ヤジを飛ばしてきた子のようだ。
「あんただって、人のことは言えないでしょーが」
「うっ……」
それをたしなめる、というよりはからかい返すようにポーラがそうヤジを飛ばす。
「はいはい、今は彼の紹介だからね。まあ、彼が今日のお昼過ぎくらいに目を覚ましてね。事情を聴いてしばらくここで暮らすことになったの。というわけでエイン君、自己紹介をどうぞ!」
リューナにそう言われ、エインは少し緊張した様子で、しかし気負った様子はなく立ち上がった。
周りにいる子供たちはエインに注目するもの、早く食べたいと考えいることが明らかなもの特に興味もなさそうにそっぽ剝くものと様々だ。
それに特に感じることもないのかエインはそのまま自己紹介を始める。
「エインといいます。これからしばらくお世話になります。よろしくお願いします」
「……え、それだけ?もっとなんかないの?」
無難というよりは味気ない自己紹介をしたエインに対して期待のまなざしを向けていたポーラは、拍子抜けしてしまった。
「えっと……」
「ほら、趣味とか、何が好きとか。ていうか年齢くらいは教えてよ」
確かに、自己紹介としては味気なさすぎるか、と感じたエインは聞かれたことだけは答えるべきだろうと考えた。
「歳は7歳になったばかりです。趣味は……特にこれといってないです。好きなもの……も特にない、です」
自分で言っていて、自分がいかにつまらない人間かを再確認してしまったような気がして少し気分が落ち込んでしまった。
「うん、じゃあ自己紹介も終わりということで夕食にしましょう。エインに質問がある子やお話がしたい子は食事の後でね」
夕食のメニューはエインが食べたことのないものがほとんどだったが、とてもおいしく感じた。




