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状況把握

「……ううん」


まぶしい日の光を浴びて、エインは目を覚ました。


(ここは……)


未だに意識がはっきりとしないエインであったが、ぼやけた視界は見たことのない景色を映していた。


(今まで何してたっけ?……確か森を走っていたような)


エインはそこで、自分が逃げていたことを思い出し、思わずとび起きた。

意識を無理やり覚醒させたエインは周囲の状況の把握を試みた。


「あ、起きた」


その瞬間に、エインは少女の声を耳にした。

反射的に声の方向に目を向けるとそこには自分よりも年下かもしくは同い年であろう少女、ミアが本を膝の上に置き座っていた。


「君は……?」


ミアはその問いに答えることはせず、読んでいた本を静かに閉じた。


「気分はどう?」

「え、えっと……」


自分と同じくらいの年のようで、それでいて自分より大人びているミアを前にエインは明確な回答ができず、どもってしまった。状況を飲み込め切れていないことも要因の一つだろう。


「とりあえず、リューナを呼んでくるからここで待ってて」

「え、あ、ちょっと……」


エインはリューナを呼ぶために席を立ったミアを呼び止めようとしたが、その言葉が届く前にミアは部屋を出て行ってしまった。。


一人になったエインは意識が覚醒したばかりでまだ少しもうろうとしている頭で自分の状態を考え始めた。だが、判断材料がほとんどない。せいぜい、ここが牢屋ではなく、自分が生きており、なおかつ自分と同い年くらいの少女がいるという時点で自分が追手につかまったわけではなさそうだと予想するくらいだ。ここがどこなのか、自分は現在どのように扱われているのかなど、重要なことはリューナと呼ばれる人が来たときに尋ねることにした。


 □ □ □


「おはよう、気分はどう?熱っぽいとか頭が痛いとかはない?」


ミアが連れてきた女性、リューナはミアがした質問をより明確にしたことをエインに尋ねた。


「あ、はい、少し頭がボーっとするくらいですかね」

「そう、食欲は?」

「……そこそこ」

「そっか。じゃあミア、ルーモを剝いてあげて」

「分かった」


それだけ返事をしたミアはそのまま部屋を出て行った。

ルーモとはこの地域でよく食されている果実のことだ。甘みの中に少し酸味があり、嗜好品として食べられている。栄養価が高いわけではないが、その食べやすさから病人食としても食べられている。


「えっと、とりあえずありがとうございます。助けていただいて」


助けてもらった、というのは状況証拠からの推測でしかないがエインは間違っていないと確信していた。それと同時に話のつかみを得ようという意図もあり、エインは先にお礼を言うことにした。


「いいのよ、ここは孤児院だからね。子供を助けるのは当たり前」

「孤児院ですか。ということはさっきの子は孤児……」

「ミアのことね。お察しの通りよ。というかあの子自己紹介しなかったの?」

「ええ、名前を聞く前にあなたを呼びに出て行ってしまって……」

「ああ、なるほど。っと、私も自己紹介はまだだったわね。私はリューナ。この孤児院の院長をしているわ」


そう自己紹介をされ、自分もしようと思ったところでエインはリューナが修道服を着ていることに気づいた。


「院長……ですか?でもその服って確か……」

「ああ、これ?私、一応フェシル教のシスターでもあるのよ。というか本業はそっちで、孤児院長はそのついで、と言ったら聞こえは悪いけど副業みたいな感じてやってるわ」

「ああ、なるほど」


実際エインが住んでいたところでも教会と孤児院が一緒になっているところはいくつか知っている。あまり一般的ではないが全くないというわけでもないのだ。


「それで、まずあなたの名前を聞いてもいいかしら」

「ええ、私はエイン・ミクトランと……」


いつもしているような自己紹介をしてエインは失敗に気づいた。「ミクトラン」という家名を名乗ることが許されている家はこの世界で一つしかない。それはこの世界において常識ともいえると様なことだ。それをあっさり初対面の相手にばらしてしまったのだ。

助けてもらった相手であることに対して疑いはないがそれとこれとは別問題だ。幸い自分のことはあまり市井には広まっていないはずだ。なんとかごまかそうと思い、必死に思考する。


「エイン・ミクトラン。ミクトラン王家の第5王子だけど知名度は他の王族と比べて低い。確か年齢と彼自身があまり表に出たがらない性格のためほとんど情報が来なかったはず。年齢は、誕生日までは知らないから正確には分からないけど7、8歳だったはず。確かにあなたの見た目と合致する。そんな人物がどうしてあんな森の中にいたのか気になるところだだけど」


ミアは、おそらく一般的に公開されているであろうエインの情報のほぼすべてを的確に説明しながら部屋に入ってきた。その手には一口サイズに切り分けたルーモと呼ばれる果実が盛り付けられた皿がある。


「えっと……」


ここまで情報を並べられると全くと言っていいほど反論の糸口が見当たらない。かといって下手に隠すこともあまり得策ではないだろう。答えかねたエインは黙秘することしかできなかったがここでの黙秘は実質的に肯定と変わらない。


「どうぞ」

「へ?あ、ありがと……」


反論することができず黙っていたエインに対し、その原因を作ったミアはリューナに言われた通りルーモを渡す。


「えーっと、今の情報は正しいってことで話を進めさせてもらおうと、思うんだけどその前にミア、ちゃんと自己紹介しなさい」

「分かった。ミア。この孤児院でお世話になっている孤児。7歳。よろしく」

「う、うん。よろしく」


かなり淡白な自己紹介をされ少し反応に困るエイン。だが、確かに必要な情報はこのくらいだろうから、特に何も言えなかった。


「もう少しなんかないの?ほら趣味とか、好きな食べ物とか」

「別に知られて困るようなことはないけど、ここに住むわけでもない王子様に話すことはこのくらいでいいかと」

「まあ、そうなんだけど。いいわ、話を戻しましょう。まだいくつか聞きたいこともあるし」

「そうですね、お願いします」


とにかく、今のエインの必要なのは情報だ。それがわからない限りは動きようがない。ただ、リューナたちがいうことが本当のことのみだという確証もなければ裏を取ることもできない。自分の判断だけを頼りに情報を仕入れるしかなさそうだ。


「じゃあ、まずここはどこですか?」

「ここ、というのは孤児院とかいうことじゃなくてどの地域かってことよね。ここはヴァルスリア王国の東の端にある村よ。一応ギリギリだけどマルス辺境伯の領地ってことになってるわね」

「……ヴァルスリア王国ですか!?」


てっきりミクトラン王国内の地域だと思っていたエインは、ここがヴァルスリア王国内ということは全く想定していなかった。


「そうよ、一応あっちの森がヴァルスリア王国とミクトラン王国の国境になってるわ。奥の方まではほとんど行かないから、正確な国境にはなってないけど」

「ということは僕……いえ、私はあの森の中で倒れていたってことですか」


確かに追われる前に滞在していた場所はヴァルスリア王国との国境と近い。森の中で方向も分からず走っていたことを考えればありえない話ではない。


「そうそう、ちょっと森の中で落とし物をしてね、一昨日の朝に森の少し奥の方に探しに言ったらあなたがいたのよ」

「一昨日……じゃあ僕……私は二日間も寝ていたんですか!?」

「言いづらいんだったら『僕』でいいわよ。寝ていたのは正確には二日と半日ね。もう今はお昼に近いし。死んだように眠ってたから、実は死んでるんじゃないかと疑うくらいにぐっすりだったわ」

「それは……ご迷惑をおかけしました」


二日以上寝ていたのだったらもしかしたらヴァルスリア王国でも何か噂ぐらいはあるかもしれない。現在ミクトラン王国がどうなっているのかを質問しようと思った矢先、今度はリューナから質問が来た。


「ねえ、なんで森の中で倒れていたか、教えてもらえないかしら。言いたくないのならいいんだけど……」

「僕……僕もあまり状況をよく把握できていないので正確なことは分からないのですが……多分、ミクトラン王国でクーデターか何かが起こって、それで僕を殺すか捕らえるかするために追手が来て……」

「クーデターねえ、そんな話は初耳だけど、ミアはなんか聞いた?」

「……ミクトラン王国内で政治関連の権力争いが長く続いていることは知ってる。でもクーデターは知らない。そもそも王子様が森で倒れていたのが一昨日だったことを考えればいくら近いとはいえ他国であるヴァルスリア王国に情報があることは考えにくい」

「それもそうね。こちらから聞くことはこのくらいかしら。あなたからはまだなにかある?」

「いえ、特にはないです。しいて言えばこれから僕はどうすればいいのかってことですが……」


知りたいことはたくさんあるが、リューナが知っている様子ではない。であればとにかくこれからの行動を考えるべきだろう。


「これからねえ、あなたはどうしたいの?」

「……ミクトラン王国の情勢がわかるまでここにいさせてはもらえないでしょうか?ヴァルスリア王国に身よりはないし、ミクトラン王国に戻るのも難しそうだし……」

「かまわないわよ」

「本当ですか!」


断られることもあるだろうと考えていたエインは色よい返事をもらえたことに安堵した。


「ええ、でもここでは子供たちはみんな立場は変わらないわよ。しっかり働いてもらうから」

「……働くって例えば?」

「掃除、洗濯、まき割り、庭掃除、料理などなど……。一般的な家事よ」

「やったことはないけど、教えてもらえれば」

「わかったわ。じゃあしばらくはここで生活をするってことで。よろしくね、エイン」


リューナは最後に少し力強くエインの名を呼んだ。ここで生活する間はお客でもなく、エイン・ミクトランでもない。ただのエインであるということを暗に伝えたのだ。そして、それはエインも分かっている。


「はい、お願いします。リューナさん」


そう言って、エインは今度はミアのほうを向き改めて自己紹介をする。


「しばらく、世話になります。ミア」

「どのくらいの期間になるかはわからないけど、よろしく、エイン」


こうして、孤児院にまた一人孤児が増えることになった。

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