帰還
シエンはエインがおぶっていたミアを自分の背中に背負い、立ち上がる。
「行くぞ」
「は、はい」
ふと気になって、エインはシエンがさっきまで戦っていた魔物に目を落とす。
「……魔物、どうしましょう」
「かなり金になるのは確かだが、それを持っていける状況だと思うか」
「無理ですね」
「もったいないが、回収は明日以降だな」
回収する気はあるんだ、と思いつつエインはシエンの言葉にうなずく。
その様子を見て、シエンは歩を進める。
シエンもエインも魔物との戦いで大きく消耗している。特に元の体力の少ないエインはシエンが魔物と戦っている間に少しは体力を回復させていたが、緊張状態にいたためその回復量もないに等しい。
それが分かっているシエンは急ぎたい気持ちを抑えてエインを気にしつつゆっくり進んでいく。
シエンはエインのことを気にしつつも周囲への警戒を怠らない。進む予定の道は村の人間であればほぼ全員が通ったことのある道だ。当然その分安全が確認されているが、それは先ほどまでいた草原でもいえることだ。ならば不測の事態もあり得る状況にいるシエンに安心できる要素は全くない。
シエンは様々な方向に気を付けながら進んでいくのだった。
□ □ □
結局、シエンが危惧していたようなことが起こることなく二人は無事に村までたどり着いた。
「シエン、エイン。無事でよかった」
村に入るとき、その入り口ではリューナが心配そうに待っていた。
「ああ、俺らは問題ないが……」
言葉を濁すようにしてシエンは自分の背中のミアに視線をやる。
「やっぱり、ミアも戦ったのね」
「ああ、正直ミアが魔物を弱らせていなかったらもっときつかったかもしれない。情けない話だがな」
「とにかく、ミアの治療をするわ。話はそのあと」
リューナにせかされ、シエンは急いで孤児院まで戻る。エインは無事に村に帰ることのできた安心感からその場にへたり込んでしまい、しばらくは動けそうになかった。
「エイン、あなたもできるだけ早く孤児院まで来てね」
リューナはエインのことも心配ではあったが、ミアを優先してシエンの後を追った。
□ □ □
ミアの治療、とはいっても外傷は特にない。ところどころに擦り傷や切り傷はあるため、その治療もいるがリューナはそれより先にミアの内部器官の状態を確認する。
「……とりあえず、今のところ命に別状はない……と思うわ」
「それは良かった、ミアに死なれちゃ目覚めが悪い」
「そうね、それでどんな状況だったのか教えてもらっても問題ないかしら」
リューナはミアの胸の上に手のひらを置き、何か集中している。
「大丈夫か?他人の魔力を操るなんざ、正直俺じゃよっぽど集中しねーとできないんだけど。話を聞きながらなんて無理なんじゃ……」
「あら、私をなめてもらっちゃ困るわ。魔力操作術であればこの国で五指に入るといわれた女よ」
他人の魔力ならなおさらね、とリューナはすこしおどけた様にそう口にした。
「まあ、それならいいんだけど」
そうしてシエンは自身がその場で見たことをリューナに話す。その間もリューナはミアの治療に集中した様子であった。
「このくらいだな。これ以前ならエインか、それこそミアに聞いてくれ」
「そう。ありがとう。あなたが居なかったらミアたちはもしかしたら……」
「そんなもしものことを話してもしかたないだろう。ミアは大丈夫なんだろ」
「ええ、だからありがとうって言ったのよ、シエン」
リューナの心のこもった感謝の言葉にシエンはどこか照れくさかった。
□ □ □
「おかえり、エイン」
エインが孤児院に戻ってきたとき、エインはリューナに出迎えられた。
「リューナ、ミアは……」
「大丈夫、だいぶ安定したわ。少なくともこのまま眠ったままということはないと思うわ」
「そっか」
リューナの言葉にエインはほっと胸をなでおろす。
「ミアのことが気になるかもしれないけど、今はもう食事の時間よ。みんな、食堂に集まってるわ」
「……」
「おなかがすいているときには暗い考えしか浮かばないわよ。ほら、早く」
エインはリューナに引かれるようにして食堂に向かう。
「ミアのことも気になるだろうし、あなたたちが魔物にあった時の状況も知りたいけど、今日は疲れているでしょう。食べたら休むといいわ」
幸いにして、エインに食事後の役割はない。そもそも薬草を取りに行くときにポーラに洗濯当番を受け持ってもらっていたのだ。実質今日のエインの役割は薬草採取だったので幸い、というのは少しおかしいかもしれないが。
そこまで思い出したエインは、そういえばと思い出す。
「チルルは大丈夫だったの?」
今日薬草を取りに行った理由はチルルの風邪を治すためだ。エインは魔物のことですっかり忘れていたのだ。
「大丈夫、もともとそこまでひどいわけではなかったから。それに、薬草が手に入ったからといて薬がすぐに作れるわけではないの。急げば明日にはできるけど、正直ミアやあなたの方が今は優先」
「そっか……」
エインはリューナの言葉にほっと胸をなでおろす。
「さすがに、まだ寝ているけれどね」
そんな会話をしているうちに食堂にたどり着く。
エインが入ると、孤児院の子供たちは一斉にエインの方を向く。エインのことを確認すると、皆一様に何か安心したように視線を目の前の料理に戻す。
リューナがいつも座る席とは別に一つだけ食事が用意されている空いている席があった。特に疑問に思うこともなくその席に着く。
「……」
「とりあえず、みんなにも教えておくけれどミアは大丈夫よ。今はまだ眠っているけど。だから、安心してもらっていいわ」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた空気がいくらか弛緩したようにエインは感じた。
「それじゃあ、いただきましょう」
□ □ □
夕食後、リューナに言われたようにさっさと寝ようと思い、エインは席を立った。
「エイン、少しいい?」
そのエインに話しかけてきたのはルルだった。
「う、うん……」
そう返事をすると、エインはルルに引っ張られていく。
しばらくして、着いたのは勉強部屋だった。
「ごめんね、無理に引っ張っちゃって。でも、今はエインと二人きりで話がしたかったの。ここなら来る子もいないだろうし」
ルルが少々ばつが悪そうにそういうと、エインに席に座るよう、身振りで伝える。
「えっと、ありがとね。今日は」
ルルはエインの隣に座って、そう口に出した。
「今日って、どのこと」
「全部。エインが無事に帰ってきてくれたこと、ミアを助けてくれたこと、私を助けてくれたこと。あとは、一緒に来てくれたこともかな」
「……最後はともかく、僕が無事に帰ってこれたのはミアとシエンさんのおかげだし、ミアを助けたのはシエンさんだし。僕ができたことなんて全然ないよ」
「そ、そんなことはないよ。少なくとも、私が無事だったのはエインが逃がしてくれたからだよ。それは間違いないし」
「でも……」
「そんなこと言ったら、私だって二人を置いて逃げちゃったことは今でも少し後悔してるんだから。私に何ができたわけでもないけれど、自分だけ逃げちゃったのは事実なんだから」
「……」
エインは納得はできなかったが、これ以上は堂々巡りになりそうだということは感じた。
「……それに、お互い何もできなかったわけじゃないでしょ」
「えっ」
「エインは魔物と戦ってミアを守ったり、シエンが来るまでの時間稼ぎができた。私はシエンを呼んでくることができた。私たちが頑張ったから、だれも死んじゃいないじゃない」
「でも……」
「あんまり、自分を責めすぎないでね。そんなこと言ったらみんな何かしら後悔しているんだから。できなかったことは、今度ちゃんとできればいいのよ」
まだ、何か言いたそうなエインの言葉を遮り、今までは違った少し重い声のトーンで、そう語りかける。
ま、今度なんてないのが一番だけど、とおどけたように言ったルルはどこか強がっているようにも見えた。
「ありがとう、ルル。少し気分が軽くなったかも」
「それは、私もよ。ありがとう」
二人は、少しハニカミながらそういい、各々の寝室に戻るのだった。