決着
シエンが魔物に向けてはなった魔法『炎弾』は炎の塊を発生させ、それを対象物に向けて飛ばす魔法だ。
炎系統の魔法の中では最初に教わることの多い基本的な魔法であり、炎魔法の素質があるものであればほとんどのものが使うことができる。
シエンもその例にもれず最初に覚えた魔法であり、それゆえに最も得意としている魔法でもあった。
魔物は『炎弾』をよけようとはせずに自ら『炎弾』に向かって突進する。
「うげ!」
魔物の突進の威力は『炎弾』を圧倒的に上回り、そこにあった炎は完全にかき消される。
そして魔物の突進は、その直線上にいたシエンに向かっていく。
もともと、シエンも魔物に対しても有効打になるとは微塵も思っていなかったためちょっとした牽制になればいいと思って放った魔法だ。故に、それ自体が有効打にならないことは予想通りであったがまるで気にする様子もなく突進してくるのはさすがに予想外だった。
だが、シエンは魔物が突進を繰り出すと同時に行動を開始していた。魔物の弱点である右足、そこを狙うためにシエンは左斜め前に出る。
「『炎弾』!」
魔物の突進のタイミングに合わせ、再度『炎弾』を放つ。先ほどとは異なり、右足に狙いをつけた攻撃だ。
『炎弾』以外にもシエンが使える魔法は存在する。しかし、発動から着弾までの速度が最も早いのは『炎弾』をおいてほかにはない。
そもそも、シエンはどちらかといえば魔法ではなく剣術で攻めるタイプだ。魔法は牽制や補助として使うことがほとんどで、魔法そのものに決定力は求めていない。それ故に使いやすい『炎弾』をとりわけよく使うようになったのだ。
何度も、実践で使っているためタイミングも計りやすい。魔物の動きを見るためには都合のいい魔法なのだ。
「ちっ!」
しかし、その『炎弾』は魔物の前方を通り過ぎる結果となった。狙いが逸れたわけではない。タイミングが全くつかめないのだ。
足を怪我してる魔物はその突進力を失っており、またその怪我の痛みによって長い距離を走り続けることができない。普通であれば減速することができない状態であっても、魔物の意思にかかわらず足が悲鳴を上げて転ぶようにして減速してしまう。
(タイミングを計るのは厳しいか……。でも!)
魔物が転び、『炎弾』が魔物に当たることなく通り過ぎると判断したシエンは、剣を使っての接近戦を試みる。
「フッ!」
魔物が転んだ時、魔物は右後ろ足を引きずるようにして地に付した。そこはエインが言っていた弱点と思われる個所とも一致する。
シエンは魔物の右後ろ脚にめがけて剣を構えて突進する。その速度は普通の人間では不可能な速度だ。
『身体強化』。体内の魔力を意識的に循環させ、肉体を魔力によって強化する魔法の一種だ。その特性上、よほどうまいものではない限り、体全体を強化することになる。その中には先頭に必要のない部位も多く、余分な魔力を消費してしまうためあまり好まれて使われるものでもない。また、強化した体に振り回されないように自分の体をコントロールする必要もあり、その労力と効果が見合っていない魔法だというのが大半の評価である。しかし、完全にものにしてしまえばその効果は絶大だ。事実としてヴァルスリア王国で上位といわれるような騎士や冒険者の半分近くは『身体強化』を行えるとされている。
シエンは『身体強化』によって人間離れした速度を緩めることなく魔物に迫り、剣を突き刺す。
しかし、その感触は想像以上に硬く、その刃が魔物の足を貫通するには至らない。
(ずれたか!?)
その痛みに、暴れようとした魔物を蹴り飛ばし、強引に剣を引き抜く。
(面倒なことを考えるのはやめだ!)
この魔物の主な攻撃方法は突進のみ、しかもその突進の根幹ともいえる脚力は怪我により元々の半分以下しかないだろう。
これまでは、魔物に対して慎重に、なおかつエインからのアドバイスを念頭に置いて戦闘を行っていたシエンだが、そもそもこんな戦い方をすることは少ない。敵が魔物であるため、必要以上に慎重になっていたが、本来はこんな綿密な戦略は考えずに突っ込んでいき、相手の行動の癖を見極めて攻め立てる、そんな戦闘スタイルなのだ。
「炎弾!」
足の痛みからかその場に立ち尽くしている魔物に対し、『炎弾』を繰り出す。
驚き、焦ったようにそれを回避するも、俊敏な動きができず、直撃は免れたものの体をかすめる結果となった。
「そらっ!]
その回避行動の後、瞬時に反応できない魔物に対して、シエンは剣で切りかかる。狙いは特に定めていない、おおざっぱな攻撃だ。
その攻撃は、魔物の背中を斬りつける。
「ちっ!」
しかし、その皮膚は硬く、刃が少し食い込む程度にとどまった。外敵から攻撃されやすい背中は特に頑丈なようだ。
だからと言って、弱点の足を狙うのはシエンの気質に合っているとはいいがたいし、何より非効率的なように感じる。
(なら、これならどうだ)
一度、魔物から距離を取りそのまま剣を下段に構える。
「しっ!」
その構えのままシエンは魔物に突進し、切り上げる。狙いは腹部だ。
シエンの読みはあたり、背中に比べて明らかに刃の通りがいい。
(これならいける!けどまあ……)
刃の通りがいいというのは、あくまでも背中よりはだ。魔物ではない普通の獣を斬るよりも圧倒的に硬い手ごたえだ。
この世界での剣の主な役割は人を殺すことだ。次点で獣の討伐。魔物の討伐は考えられていない。
今の攻撃が通ったのは、シエンが剣に速度を与えたことと、シエンが身体強化で腕力を強化していたから。一言で言えば力技だ。魔物の硬さから言えば、力づくで岩を斬ったようなものだ。そうなれば当然、剣は刃こぼれし、切れ味は落ちる。
(魔物が死ぬのと、剣が完全にダメになるの、どっちのほうが早いかね)
□ □ □
「はぁ、はぁ」
数十分後、草原には息も絶え絶えに地べたに座り込んだシエンと傷だらけの魔物の姿があった。
シエンが持っている剣は根本付近で折れており、その先は魔物の足に深々と刺さっている。
その魔物もまだ息はあるようだが、すでに足を動かすこともできず、ただ死を待つだけであった。
「……シエンさん、あの、大丈夫ですか?」
全く動く気配のない魔物とシエンにしびれを切らしたエインは、ミアを背負ってシエンの下にきた。
背負われているミアは全く起きる気配もない。一応息はしているようだが、その呼吸は徐々に細くなっていっていた。
「……ミア、大丈夫そうか?」
魔物との戦いに夢中になり、ミアのことを完全に忘れていたシエンはエインにミアの容態を問いかける。
「一応、息はありますけど……」
「そこに寝かせろ」
シエンは草むらを指さし、エインに指示する。その指示に従い、ミアを背中からそっと地面に寝かせる。
シエンは地面に寝かされたミアの胸に手を当て、集中するように目を閉じる。
「あの……」
いきなり、ミアの胸に触れたシエンに対し、少し抗議するように声をかけようとしたエインだが、その表情に気圧され口を閉じる。
しばらくして、シエンはゆっくりとミアから手を放したかと思うと、そのままミアを抱き上げた。
「エイン、帰るぞ」
「えっ……」
エインはそばでずっと見ていたにもかかわらず、全く状況が理解できない。
「応急処置はしたが、かなりやばい。リューナならもうちょいましだろう。とにかくミアを死なせないためにも、とっとと村に帰るぞ」
「は、はい!」
エインたちは疲れた体にむち打ち、急ぎ気味に帰路につくのだった。




