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救援

「ミア!」


草むらの中に潜んでいたエインは、ミアと魔物の戦闘、その一部始終を目に焼き付けていた。

そして当然、明らかに魔物に対して優勢だったミアが突然倒れたことも。


エインはその状況にどう動くべきか、否、動くか動かないかを悩んでいた。

エインとしてはミアを助けるために魔物に立ち向かう、もしくは魔物の隙をつき、どうにかミアを救出したい。だが、先ほど木剣という武器を持っていても全く歯が立たなかった相手だ。その木剣もおられてしまい、今のエインは完全に丸腰だ。先ほどまでミアは今のエインと全く変わらない状況で魔物を圧倒していたが、それを自分ができると思うほどエインは自惚れてはない。さらには、先ほどもらった魔物の攻撃のダメージも抜けきっていない。コンディションとしては最悪もいいところだ。


それらの理由に加え、エインはミアがいなければ魔物に殺されていた。そのことで魔物に対する恐怖心も大きい。

結果的にエインは悩むという選択をしたことで、動かずじっとしているしかなくなった。

だからと言ってエインがミアと魔物から目を離すことはしない。それ故に、魔物が動き出したことにも気づくことができた。


(まずい!)


魔物は右の後ろ脚にダメージを負っているにもかかわらず、上体を起こし後ろ足のみで立った。そしてその前足はミアを踏みつぶさんとしている。

魔物の体格からどんなに少なく見積もっても100kg以上はあるはずだ。その重さで手加減なく、全体重をかけられたらミアのような小さい子供ではひとたまりもない。


(くそっ、間に合え!!)


その時のエインに魔物に対する策も、そして恐怖も存在しなかった。ただ、自分の恩人であり、友人でもあるミアを助けたい。その一心から気が付いたら飛びだしていたのだ。


しかし、エインと魔物の間にはかなりの距離がある。ミアがエインのほうに魔物が行かないよう、できる限り離れて戦闘を行っていたからだ。元々子供であり、また体に残るダメージによってなんとか走れる、程度の状態にしかないため、エイン自身も間に合わないと心のどこかで諦めていた。


だからこそ、魔物が踏みつぶすその瞬間に走りこんだ存在に気づくのが遅れた。


その人は魔物ののしかかりを、腰を落とし、両手をつきだすことでとどめることに成功した。

エインはその状況を飲み込むことができず、呆然としている。しかし、呆然としながらも前に進んでいるのは、エインのミアを救出したいという心の表れだろう。


「おい、エイン!さっさと来てミアを連れてってくれ。マジで重いんだよ、こいつ!」


その言葉に我に返ったエインは、急いでミアのもとに向かう。


「ぐう……きっつ……」


実際その人物、シエンもミアを移動させたいのだが、少しでも体制を変えたり気を抜いたりすればそのままミアと一緒につぶされてしまう。結果、エインがミアを移動させるまで魔物を支え続けるしかなかった。


「ミア!」


エインはシエンの様子を気にする余裕もなく、ミアに近づいて飛びつき、その体を抱きしめる。そのまま勢いに任せてミアともども地面を転がり、魔物ののしかかりから離脱する。


「よくやった!」


シエンは支えていた魔物から手を放し、その場から跳躍して離脱。魔物は何もない地面をしっかりと踏みしめることとなった。


「大丈夫だったか……と聞きたいがこの状況を見る限り、大丈夫じゃなさそうだな」

「はい、僕も魔物の攻撃を食らってしまって、そしたらミアが助けてくれたんですけど、いきなり倒れて……」

「チッ、やっぱ戦っちまったか……」


その言葉に、暗に「戦わずに逃げるべきだった」と言われているような気がしてエインはとっさに謝ってしまう。


「ごめんなさい……」

「あ、いや、お前じゃなくてミアなんだが……まあいいや。それで、ミアはこの魔物に対してどうやって戦ってた?」


ミアが戦っていたことには疑問を抱かず、むしろ参考にしようとするその姿勢は冷静に見ればおかしなものだ。

だが、エインはミアが助かったこと、冒険者のシエンが来てくれたことで安堵と興奮が入り交じり、冷静とはいいがたい状況だ。


「えっと、なんか魔物の右側の後ろ脚を攻撃していましたけど……。結構魔物にもきいていたようで動きがすごく鈍くなりました」

「……マジか、魔物の弱点でも見つけたのか?って、そうじゃなくて立ち回りだ」

「あ、基本的に突進くらいしかしてこないので、それをよけて反撃してました」

「了解、お前はミアを連れて下がってろ」

「僕も!……いえ、分かりました」


自分も一緒に戦うと言いそうになったが、おそらく今のエインでは足手纏いにしかならない。ミアが心配だということもあり、エインはその思いを飲み込んでシエンの指示に従った。


「こんなことに子どもを巻き込むなんてなぁ。そもそも俺ら冒険者は子どもを守ることが役目だろうが」


シエンは今の状況に対して臆することなく、自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。


「ってぇことであんま時間がねーんだが、引っ込んでくんねーかな、魔物さん」


その言葉を理解したわけではないだろうが、魔物はまるで己を鼓舞するかのように高らかに吠える。


「ハッ、やる気満々かよ!」


その魔物の様子に、シエンは自分の腰に下げた愛用の剣を抜き、戦闘態勢をとる。


こういった不測の事態もシエンは何度か体験したことがあり、その顔にそこまでの焦りはない。また、いつ不測の事態があってもいいように、シエンは常に帯剣する癖をつけており、今回もそれが功を労している。


態度はひょうひょうとしているものの、その顔は真剣そのものだ。

そもそもの話、魔物討伐はどのような個体であっても、1体に対して5人以上のパーティーで挑むのが普通だ。シエンも過去に何度か魔物の討伐は行ったものの、すべてパーティーを組んで討伐している。一番少ない時でも3人はいた。3人で討伐したときは周りがかなり騒ぎ、それが冒険者としてのシエンのランクを上げる直接の要因にもなっている。


(そんな相手と1対1とかやりたくねーんだけど)


そこで、ふとこの魔物を押さえていた2人に意識を向ける。エインがミアを抱えて近くの草むらの方に移動している。シエンの邪魔をしないように、安全な場所に避難するようだ。


(こいつら、2人だけで少なくとも20分くらいは戦えてたんだよな……)


ルルがシエンたちにこの状況を伝えたのは大体10分前。その間ずっと戦闘していたのかは分からない。しかし、ここからルルがシエンたちにこの状況を伝えに来るまでに子どもの脚で、近道ではあっても森の中を走ってきたと考えれば、どんなに少なく見積もっても10分はかかる。


(こんな小さい子どもたちができて、俺ができないなんてかっこ悪すぎでしょ。冒険者としても大人としても、男としても!)


ミアの異常性を棚に置き、自分を鼓舞するために自己暗示をかける。幸いなことに、この魔物はシエンが戦ってきた魔物と照らし合わせて下級の魔物だろうことが分かる。また、明らかに弱ってもいるため倒せる可能性はある。


(えーっと、右の後ろ脚付近だっけか)


さらには弱点も大まかな位置が分かっている。それだけでも勝率は高い。


正直に言えば、シエンは魔物を倒す必要はない。むしろミアのことを考えれば。時間をかけて殺すよりはとっとと追い払ったほうが良い。

しかし、相手はやる気満々だ。今でも、かなりのダメージを負っており、にもかかわらず逃げないということはおそらく殺すしか選択肢がない。

そこまで、考えてシエンは腹をくくった。


「先に行かせてもらうぜ!『炎弾』!」


冒険者シエンによる、魔物の討伐が始まった。


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