限界
遅くなりました。もっと早く更新したい……
ミアの一撃をまともに食らい、魔物は草むらの中へと飛んでいく。
今の一撃に確かな手ごたえを感じながらも、ミアの表情は硬い。
その理由は魔物のタフさに起因する。魔物は普通の生物であれば間違いなく致命傷な一撃を食らっても、まともに生命活動を行えるほど生命力が高い。もちろん、その生命力も魔物によってかなりの差はあるが、たったの一撃で魔物が死んだという例はどの書物にも存在していない。
ましてやその攻撃が、強化していたとはいえ、もとは力のない子供の打撃だ。派手に吹っ飛んだということは、その分の力がダメージとして入っていないということでもある。さらにミアはその鋭い感覚で魔物がまだ草むらの中で動いていることが分かっているため、ミアは安心することはできていない。
だが、視界が悪く動きづらい草むらの中に飛び込んで追撃するのは愚策だ。そもそもこのまま逃げてくれればミア的にはその方がありがたく、わざわざ深追いする理由もない。
「み、ミア……。やった……のか?」
ミアが魔物を殴り飛ばしたことを確認し、エインがミアに話しかける。エインとしては予想もしていなかった状況であるために、その言葉は恐る恐る、といった感じである。
「まだ。相手は生きているし、まだこっちに向かってきそう」
「……」
ミアの様子から、若干予想はしていたが、ミアが放った強力な一撃でまだ生きているというのはエインにとって信じがたいものだ。
エインが隠れている位置がミアと魔物から多少離れていること、そしてエイン自身は生物の気配を察知するという技能を持っていないため、魔物がミアの攻撃で吹っ飛んだという事実しか認識していないのだから、仕方のないことだろう。
「!」
ミアの予想通り、魔物は草むらの中で立ち上がりそのままミアに向かって突進してくる。エインとの会話中も魔物から一切意識をそらさなかったため、その突進の予兆は完全にとらえることができていた。
だが、その初速はミアが想像していたよりもずいぶんと遅い。ミアの攻撃により若干体に支障が出て突進の速度が遅くなることは想定内だが、その速度の減少が思ったよりも大きい。どうやらミアが想像していたよりも大きなダメージが入ったようだ。
ギリギリによけ、そのまま反撃しようと考えていたミアだったが予想外の遅さにタイミングがずれてしまい、結果としてかなり余裕をもって突進をよけることとなった。
突進をよけられたことで、魔物はミアからかなり離れた場所で停止する。
攻撃を受ける前と比べ、突進のスピードが遅くなっている。また、それにもかかわらず停止するまでの距離は長くなっている。ミアの攻撃によってかなり大きなダメージを受けていたようだ。
(このくらいなら!)
ミアは魔物の突進スピードから、迎撃を行えると判断する。攻略法が見えてはいるものの、魔物を睨むその目に油断はない。
そもそも、どちらかといえばミアのほうが有利かもしれないが、突進スピードが遅くなったとはいえ一撃で致命傷を受けることには変わりないのだ。
「!」
魔物が再度、ミアに向かって突進してくる。ミアはそのスピードをしっかりとらえながらも、反撃は試みない。
魔物の中には高い知能を持つものも存在するのだ。それを知っていたミアはもし草むらから出てきた際のスピードがブラフだった可能性を考慮し、最初の突進は完全に避けきることにしたのだ。また、その突進をしっかり観察することで反撃のタイミングをとる目的もある。
(大丈夫)
その突進が予想とほぼ変わらないスピードであることを確認し、魔物のスピードを確信する。自分の後ろに駆け抜けてようやく止まった魔物に目を向け、突進の初動を見逃すまいとにらみつける。
魔物がミアに突進を行う。それを今度は紙一重で回避する。
「はぁ!」
結果、自分のわきを通り過ぎようとする魔物に対し、掌打を放つ。
掌打によって、魔物は真横に吹っ飛ぶ。
その吹っ飛び方はエインを襲っていた魔物をミアが吹っ飛ばした時とほとんど同じだ。
魔物はその掌打を受けてもほとんどダメージが入ることはなく、吹っ飛ばされても問題なく立ち上がる。
(やっぱり、急所に入れないと効果が薄い)
まともにダメージを与えることが出来たのが、今のところミアが眉間に放った攻撃のみ。急所であればミアの攻撃も効果があることが分かったが、だからと言って他の部位でも同じように攻撃が通るわけがない。
だが、確実に弱点だといえる顔面は当然攻撃が難しく、反撃のリスクも高い。
(まずい、もうそんなに時間もないのに……)
自分の体に意識を向け、あと3分も戦えないことを確認し、焦りが芽生える。ミアの反撃の意味が薄くなったことで、魔物の攻撃を避けることにのみ集中し少しでも消耗を抑えるように立ち回る。
魔物の突進をいなしながらも、どうにか突破口を探す。いくつかアイデアを出しては自分の中で否定していく。
(やっぱり、魔力の強化をどうにかしないことには……魔力?)
まさか、と思いつつもその思い付きが意外にも理に適っている。
ミアはその目を自身の魔力によって強化し、魔物を目を凝らして観察する。
(やっぱり!)
ミアの目には魔物の体内の魔力の流れが写っていた。
魔力によって体全体が強化されているとはいえ、その強化場所にはムラがある。より強く強化されている箇所もあれば、その逆も当然存在している。
(右後ろ脚の付け根当たり。あそこが魔力が薄い)
ミアはその魔力のムラから、魔物の弱点を見出していた。
なお、ミアは魔物の眉間に攻撃し、ダメージを与えることに成功しているが、弱点といえるほど弱い強化はされていない。むしろ他の部位よりも強く強化されている。どうやら、もともと弱点であった場所であったため、ダメージが通ったようだ。
ミアが魔力の流れを把握すると同時に、魔物がミアに迫っていた。
だが、すでに魔物の攻撃を完全に見切っているミアは、危なげなくその攻撃を回避する。
「フッ!」
すれ違いざまにミアは左に体をずらし、魔物の右側へ体を移す。そのまま最も魔力による強化の甘い右後ろ脚の付け根に全力の拳を叩き込む。
確かな手ごたえを感じるその攻撃はそれまでとは違い、魔物を吹き飛ばす一撃ではない。その分右後ろ脚の付け根、その一点にダメージが集中する。
吹き飛ぶことなくそのままミアのわきを走り抜けた魔物は、体制を崩し転倒する。
なんとか立ち上がろうとする魔物だが、右側に一度バランスを崩してしまう。明らかに大きなダメージが入っている。
それを見たミアは初めて攻撃に移る。体制を立て直す前に、魔物に距離を詰めさっきと同じ、右後ろ脚の付け根に拳を入れる。
「ハァ!」
しかし、魔物の動きを予測しきれず、体をずらした魔物のわき腹に拳が当たる。
そこまでのダメージがないことを感じ取り、すぐさま魔物と距離をとるように後ろに跳躍する。
すぐに魔物に意識を向けると、予想通り魔物は完全に体勢を立て直していた。
懲りることなく突進を繰り出してくるも、そのスピード、威力は明らかに大幅に落ちている。この魔物の最大の武器である突進、それを支える足の付け根という場所を攻撃されたため、その攻撃力は大幅に減少したのだ。
ミアにとってその突進は止まっているも同然の速度。余裕をもって躱す、こともせずに逆にその突進に飛び込む。
そして、体をずらし同じように右後ろ脚の付け根に攻撃を加える。
ミアの攻撃によって体を支えることすら困難になった魔物は倒れこむようにして地面を滑る。
(やった!)
魔物の様子から、ミアはすでにまともに戦えないダメージを負ったことを確信した。
(このまま押し切……)
しかし、ミアは魔物にとどめを刺すことなく意識を失ってしまうのだった。




