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落とし物

エインが森の中で倒れる数時間前、二人の少女が森の中にいた。


二人とも年は6,7歳といったとこだろうか。


「ほら、早く早く」

「そんなに急がなくても……」


特に森の中であることに対して、不安や恐怖を感じているようには見えない。その雰囲気はまるで家の庭を走る少女のようだ。


「別に木の実は逃げないよ……」

「早く終わらせないと、遊ぶ時間が無くなるじゃん」


少女たちは二人とも背中に大きな籠を背負っている。どうやら、二人だけで野草や木の実といった食べ物を採りに来たようだ。

森の中には彼女たち以外は見当たらない。子供が入っても安全とされている場所での散策なのだろう。だが、子供だけというのが危険なことにかわりはない。よほど二人が信用されているのか、何か二人だけしかこれなかった事情があるのかは分からない。


「ククリの木まで競走ね。よーい、ドン!」

「あ、ポーラ!」


ミア、ポーラと呼ばれた少女たちはそのままククリの木まで走っていく。

ミアと呼ばれた少女は年の割には大人びて見える。腰まである美しい銀髪をなびかせ、どこか諦めたようにポーラの後を追う。見た目の割には脚力はそこそこあるようだが、ポーラのほうが速い。

対してポーラは栗色のくせ毛を肩のあたりで切りそろえている。余裕はあるようで時々後ろを見てミアの様子を確認しながら走っている。


「遅いよ、ミアー」


後ろを走っているミアに対して軽口をたたく。だが、ミアはその挑発を意図的に無視して―気にする余裕がないわけではない―黙々と走る。

予想より速く、追い抜かれそうだと思ったのだろうか。ポーラは少し速度を上げようとした。だが、後ろを気にしたままだったのがいけなかったのだろう、ポーラは足元の木の根に気づかず足をひっかけてしまった。


「あっ……」


完全に気を抜いていたポーラは踏ん張ることもできずそのまま倒れこむ。勢いよく転んだため、ポケットに入っていた何かが飛び出し、近くの草むらの中を転がっていった。ミアはポーラが転んだ隙に走りぬき、そのままククリの木に触れた。ポケットから落ちた「それ」に二人ともが気づかなかった。


「私の勝ち」


淡々とした様子で立ち上がっているポーラに向かって勝利を宣言するミア。意外と負けず嫌いなようだ。


「むー、ちょっとは心配してもいいんじゃない?」

「ポーラ、この前同じように競争したときわざと転んで私が心配している間にゴールしてたじゃん。今回はホントに転んだみたいだけど」

「……それを言われると、まあ確かに」


どこか釈然としない態度だが、ミアの信頼がない理由も今回転んだ理由も自分にあるため納得してそれ以上反論はしなかった。


「それで、怪我はどう?」

「んー、大丈夫」

「ならいいけど」


ポーラはかなり派手に転んでいたが、受け身をうまく取れたことと森に入るために厚めの服装をしていたことが良かったのか、そう大きなけがはない様だ。


「あそこで転ばなきゃ私が勝ってたのに……」

「ちゃんと前を向いては知らないからだよ。おかげで今日はミアが勝てたから、ミア的にはうれしいけど」


お互い、競走の結果に不満を漏らしつつも木の下に落ちているククリの木の実を籠の中に入れていく。


その後も、その周りにあった薬草や食用の野草などを必要な量を手分けしながら手慣れた様子で集める。作業は小一時間ほどで終了した。


「ふぅ、意外と早く集まったね。これなら戻ってもまだ遊ぶ時間があるね」

「予想より多く使ったものの補充だし、周りに誰もいなかったから結構な量おちていたしね」

「さあ、早く帰って遊ぶぞー!」

「だからって走らないでね。また転んだりして集めた木の実をもう一回拾い集めるの、ミアはいやだよ」

「さ、さすがにそんなことはしないって」


二人は軽口をたたきながら、落としたものに気づくことなくもと来た道を引き返した。


 □ □ □


ミアとポーラは森を抜けると、その近くの村に入った。


「おや、おかえり。早かったね」


村の入り口の番をしている若い男は二人を見かけるとそう話しかけた。

めったにないことではあるが、森から獣が飛びだして村を襲うこともある。そのために監視と、可能であれば撃退するための番をする当番がこの村では決められていた。こういった制度はこの村だけのものではなく、この世界の多くの村が似たようなシステムを取り入れえている。それだけ外敵の脅威があるという表れでもあるが。

この村では、ミアたちのように森で採取を行うことはよくあり、だれが出て行ったかを確認する役目もある。


「ただいま、ゼン。今日は他に人もいなかったし、そんなに量も取ってないから早く終わったよ」

「それはよかった」

「あと、遊ぶ時間のために早く終わらせた!」

「ははは、まあ子供は遊ぶのも仕事のうちだしね」

「そう、仕事のうちなのだー」


ゼンと呼ばれた若い青年とポーラはまるで兄弟のように冗談を言い合い、笑いあっている。だが、いつまでもそのままではいられない。ミアはゼンとポーラの会話に割り込むことにした。


「ポーラ、早く戻ろうよ」

「あ、そうだね。じゃあね、ゼン。ばいばーい」

「気を付けてねー」


その場を後にしたミアとポーラに対してゼンは手を振りながら、少し残念に感じていた。


「うーん、まだミアちゃんとは話せないなぁ」


ミアは子供にしては警戒心が強く、事務的な日常会話なら問題なく話せるがさっきのポーラのように雑談を話すことは少ない。村の大人ではもちろん、子どもでもそんなに話すことがない。


(それこそ、大人はリューナさんくらいとしか親しく話すとこも見ないし)


ゼンもいまだミアと話したことがない。事務的な会話なら何度かあるが、それすらもそう多くはない。ポーラとはよく話すためかえってミアと話していないことを意識してしまうのだ。


「おーい、そろそろ交代だぜ」


そんなことを考えていると、いつの間にか番の交代時間になっていたようだ。

ゼンは交代した相手と軽く雑談をかわし畑仕事に戻っていった。




「リューナ、ただいま!」

「ただいま」


ミアとポーラは村にある唯一の教会に入った。小さい村に似合わず、その教会は意外と立派だ。村人全員が入ってもまだ余裕がありそうな大きさで、どちらかというと新しい教会のようだ。教会に入る、といっても二人は礼拝堂ではなく裏口から入った。


「あら、おかえり。早かったわね」


二人の帰宅の声を聞くと、奥から修道服を着た女性、リューナが出迎えた。年は20代前半といったところだろうか。どこかおっとりした雰囲気の彼女がこの教会唯一のシスターであり、また唯一の教会関係者でもある。さらには、この教会が経営している孤児院の院長も兼任している。そして、ミアとポーラはその孤児院に所属している孤児なのだ。


「遊びに行ってくるねー」

「あ、ポーラ!」


教会に到着すると背中に背負っていた籠を玄関に置き、そのまま遊びに行ってしまった。確かに遊ぶ時間のために早く終わらせていたがこんなにすぐに出ていくのはさすがにミアの予想外だった。


「あらあら、元気いっぱいね」

「はぁ……とりあえずミアは取ってきたものの処理をするね」

「あ、待って、ミアちゃん」


諦めたようにポーラがおいていった籠を持ち、自分の籠は背中に背負いながら作業台へと運ぼうとしたが、リューナはそれを制止した。


「木の実とかの処理は私もやるわ」

「え、でも……」


基本的に採取の当番は木の実や野草を採取して持ち帰り、それの下処理まで終わらせるのが仕事だ。それを放って遊びに行ったポーラは後でリューナに叱られるだろう。そうじゃなかったらミアが、とミアは考えていた。だから、リューナにやってもらうことに少し抵抗があった。


「いいのよ。他の子たちは昼寝中だし私も暇だったのよね」

「……珍しいね」


教会唯一の関係者でシスター、孤児院の院長もしているリューナはやらなければいけない仕事がたくさんある。大抵はリューナが仕事をしている間に他の子供たちが料理、洗濯、掃除といった家事を行うのだ。


「ゆっくり休めばいいのに」

「私もそう思うんだけど、何もしないでいることに慣れてないのよね」

「慣れる、慣れないの問題なのかな?」


二人はとりとめのない会話をしながら、作業台に向かった。




「そういえば、あれはどうしたの?」


ミアとリューナが黙々と作業していると、リューナが突然そう言いだした。


「あれって?」

「ほら、森に行く前に渡したペンダントよ」


リューナにそう聞かれ、ミアはもらったペンダントのことを思い出した。


「あの、青い宝石みたいなのがついてるやつだよね」

「そうそう、あれ。まだポーラが持ってるの?」


たしか出発前にもらって、ポーラが自分が持ちたいと言っていた記憶はある。そのあとミアは見た覚えがない。


「たぶんそうだと思う。もらった後はミアが見た覚えはないし」

「そっか、それでどうだった?」

「どうだったって言われても……きれいだった?」

「そうじゃなくて、あれの効果があったのかどうかが聞きたかったのだけど」

「効果?」


なんか聞いてたっけ?と記憶をたどってみるものの、ただリューナが自分にいきなり渡していたことしか思い出せない。


「あれ、言ってなかったっけ。あのペンダントには獣除けの効果があるらしいんだけど」

「獣除け?」

「そうそう、もともとは私の知り合いが作ったものなんだけどね。獣が嫌いなにおいなのか何なのかはわからないけど、そんな感じのものが出てるらしいのよ。それでその実験も兼ねて渡したんだけど……言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「そっか、ごめんね。それで、どうだったの、実際のところ」


そう聞かれて、ミアは今日の森であったことを思い出す。だが、そもそも今日通った道は子供が通っても安全な道だ。危険な地形でもなければ、危険な虫もいない。当然、そこで動物を見かけることはまれだし、見かけてもウサギやタヌキといった小動物程度だ。


「特に変化はなかったけど。そもそも動物も少ない場所だし」

「まあそうよね」

「……でも、確かに動物の気配を全く感じなかった……かも」

「え?」


ミアは、動物の気配にかなり敏感だ。森の小動物の気配も察知していたし、リューナと一緒に入ったときに一度だけミアが大型の獣の気配に気づき、なんとか逃げ帰ることができたこともある。

そのミアが気配を全く感じなかったということは、獣除けのペンダントの効果があった可能性がある。もちろん、ただの偶然、もしくは勘違いの可能性もある、というよりその可能性のほうが高いが。


「そっか、じゃあ効果があったのかもしれないわね」

「うん」


それからはほとんど会話することなく、二人黙々とした処理を行ったのだった。




「「「ただいまー」」」


下処理が終わって、ミアとリューナがそろそろ晩御飯の支度をしようかと思ったとき、外で遊んでいた孤児院の子供たちが帰ってきた。


「ポーラ、シュウ、ルル、おかえり」

「おかえり」


三人の子供、ポーラ、シュウ、ルルはみんな土で服が汚れていた。いつも外で遊んだあとは皆こんな感じだが。ちなみに一番汚れていたのはポーラだ。


「早く着替えてきなさい。そろそろお夕飯の支度をするから手伝ってね」

「今日の当番はルルだからね」

「えー、めんどくさいなぁ」

「がんばってねー」

「うまい、飯期待してるよ」

「……私はそんなに料理うまくないこと知ってるくせに。大体、料理当番って言ってもミアたちのお手伝いって感じだし」


この孤児院では家事は当番制だ。今日の当番はルルだけだ。だが、基本的に料理を作るのはいつもはミア、たまにリューナで、他の当番はその手伝いをしているくらいだ。


「シュウは何するの?」

「外で剣の修業だ」

「えー、つまんないの」

「俺は将来騎士になるんだ。最強の騎士になるために修業は欠かせないぜ」


シュウはそういうと走り去っていった。おそらく自分の部屋の木刀を取りに行ったのだろう。


「ふーん、なら私はチルルと遊んでよーっと」


そういってポーラは孤児院にいる一つ下の女の子、チルルの部屋へと向かう。


「あ、そうだポーラ。いまペンダント持ってる?返してほしいんだけど」


部屋に向かおうとしたポーラに対し、リューナはそう声をかけた。


「ん?ペンダントって?」

「ほら、木の実拾いに行く前に渡したじゃない?」

「あー、そういえばそうだったね」

「いまある?」

「あるよー。ずっとポケットの中に入れてたし」


そういってズボンのポケットに手を突っ込む。だがそこにはなかったのか、反対のポケットを探る。


「あれ?」

「……どうしたの?」


ポーラは自分の体中をまさぐって、確認するがどこにもない。ポケットに入れた記憶は確かにあるし、そのあとはペンダントのことをすっかり忘れていたため出した記憶もない。


「どこかに……落とした?」

「え?本当にないの!?」

「うん……」

「首にかけていなかったの?」

「首にかけて歩いたりすると揺れて鬱陶しそうだったから……。ちょっと遊んでたところに行ってみる!まだ落ちてるかもしれないし!」

「もうすぐ日も落ちそうだし、気を付けてね。ダメだったら、また明日探そう」

「うん」

「あと、分かってると思うけど村から出ちゃだめだからね」

「分かってるよ。行ってきます」


リューナは不安ではあったが、村の中なら安全と判断し探しに行くことを制止しなかった。ポーラたちがいつも遊んでいる場所も大体は知っているため、あまり遅くなっても迎えに行くことは難しくない。


「なにかあったの?」


ポーラがいきなり玄関に向かっていったのを見て、エプロンを付けたミアはリューナの後ろから声をかけた。


「うん、どうもポーラがさっき言っていたペンダントを落としてしまったみたいで」

「えっ、大丈夫なの?もう太陽沈みかけてるよ」

「さすがに暗くなる前には呼び戻すわよ。それに村の中しか探さないだろうし」


それを聞いて、ミアは森の中で競走したときのことを思い出した。


「そういえば、森でミアとポーラが競走したときポーラが転んでた。その時に落ちたのかも」

「えっ、そうなの?……でも夜の森はいつもの道でも危ないから、探すのは明日にしましょう」

「うん」

「とりあえず、ポーラが戻ってくるまでに食事の準備はしちゃいましょうか」

「そうだね」


そうしてミアはキッチンに戻り、晩御飯の準備に取り掛かる。そのあとを追うようにして、ルルもキッチンに入るのだった。




「……ただいま」


晩御飯の準備がほとんど終わり、ルルが食器を並べているとポーラが帰ってきた。しかし結局見つからなかったようであまり元気がなかった。


「もう少しで、ご飯だから元気出して」

「……うん」


ミアが話しかけても生返事しか返ってこない。よっぽど落ち込んでいるようだ。


「ポーラ、おかえり」


食堂でポーラの帰りを待っていたリューナは、落ち込んでいるポーラに優しく声をかけた。


「……ただいま。リューナ、ごめんなさい。見つからなかった」

「いいのよ、また明日探しましょう。今日行った森の中に落としたのかもしれないし、そっちも探しましょう」

「うん」


目に見えて落ち込んでいるポーラだが、リューナはあまり驚かなかった。ミアからきいていたし、仮に遊んでいる最中でもこの薄暗い中で見つかる可能性は低いと考えていたのだ。


「あ、そうだ。今日はポーラが好きなシチューよ。御代わりもいっぱいあるからね」

「シチュー!?やったぁ!」


だから、落ち込んでいるであろうポーラを元気づけるためにミアはポーラの好物を作ったのだ。一緒に作っていたルルも異論はなかった。


「私もジャガイモ切ったりして手伝ったのよ!」

「ありがとう、ミア!」

「ミアだけじゃなくって、私も頑張ったんだから!お姉ちゃんにはありがとうはないの?」

「あー、うん。アリガトウ、ルルネエチャン」

「ふふふ、もっと感謝していいのよ!」


ちなみに、ルルは現在の孤児院の中ではシュウを除けば最年長だ。いろんなところでお姉ちゃんをしているがミアとポーラには適当にあしらわれている感じだ。基本的に、ミアやポーラ以外の子供たちもシュウは呼び捨てだがルルは本人の要望に合わせて『お姉ちゃん』と呼んでいる。


「ルルお姉ちゃん。いいから早く食器並べて」

「う……。ミアはいつもながらマイペースね」

「早くしないとせっかくの料理が冷めちゃう」

「分かったわよ!」


今日の晩御飯はいつも通りの明るくて楽しい食卓だった。

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