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ルル

「はぁ、はぁ」


エインが魔物との戦闘を開始したころ、ルルは森の中を全速力で走っていた。

その足取りは、迷いなく、これまで一度も止まらずに走りぬいている。周りの風景が全く変化しない中で目的地まで迷わず行ける自信がルルにはあった。


(早く知らせないと。エインが、ミアが……!)


全く舗装されていない、足場の悪い森の中だ。進んだ距離に比べて、体力の消耗は激しい。慣れない森の中を、転んだり、足をくじいたりしないように注意を払っているのも、それに拍車をかける。


幸い、来た時と同様に今まで獣の気配はない。また、魔物が後ろから追ってくるような気配もない。だからこそ、ルルはただ前に進むことに全力を注ぐことができていた。


「クッ、はぁ、はぁ……」


しかし、その体力も限界を迎え、ルルは走るのをやめてしまう。だが、足を止めるようなことはせず、体力の回復を待ちながら歩いて村まで向かう。

苦しい呼吸を整えるように深呼吸を繰り返し、前に進む。足元も確認し、油断して転んだりしないように注意を払うことも忘れない。


(エイン、ミア、大丈夫かな)


歩きに切り替えたことで、二人の心配をする余裕ができた。冷静に考えて、魔物など子供が一人や二人で立ち向かって勝てる相手ではない。本来は二人ともルルと同じように逃げるべきなのだ。

だが、おそらく3人全員が同じ方向に逃げたとしてもすぐに追いつかれて結局同じ状態になる。むしろ、逃げることによる体力の消耗や、森の中で戦闘になった場合の視界や足場の悪さを考えると今よりも悪い状況になっていたとしても、不思議はない。

現在通っている道はルル以外は正確に把握できていないため、遭難する可能性も高い。

結局、今の状態のほうが幾分かましなのかもしれない。


「ふぅ……」


呼吸が整い、ある程度体力が戻ったことを確認したルルはその歩みを速めていく。

そして、走り出そうと思った矢先に左側から、がさがさと何かが動くような物音が聞こえた。


「!?」


獣に会うことは不思議ではない。人が通ることのない森の中だ。獣の一匹や二匹はむしろいない方がおかしい。

普段使うような道なら、そんなに凶暴な獣は姿を見せないが、ここは別だ。事実、さっきの魔物は森の中から現れている。


ルルはとっさに、音にした方からは死角になりそうな草むらに身をひそめる。どんな獣なのかを確認しようかと考えるが、それを否定し、身をかがめたまま、物音を立てないように徐々に前進する。

仮にクマなどの凶暴な獣だった場合、とどまっていた方が危険だろうし、何より早く村に知らせたいという考えが先行し、移動を決断したのだ。


しばらくはそのまま身をかがめて前進する。かなりゆっくりとした前進のため、ある程度は体力が回復する。

そのまま、しばらく進み、十分離れたところで周りの気配を探る。


(よし、大丈夫そうね!)


ルルは周りに獣の気配がないことを確認し、草むらから出て走る。

そのまま草むらの中を走っても良かったが、より足場のよさそうな場所を走ることにしたのだ。


「はっ、はっ、はっ」


体力が回復したため、その息遣いは整っている。できるだけそのペースを崩さないように歩を進める。

だが、障害物や足元の木の根っこ、濡れた落ち葉などにより、どうしてもペースが安定しない。また、本人の焦りや先ほどの獣に対する軽い恐怖心などから、どんどん息遣いが乱れていく。


「はぁ、はぁ」


その速度は目に見えて落ち、注意力も散漫になる。また、足を上げることもつらくなってきたため、木の根っこに気づくことなく、躓き、転倒してしまった。


「うわっ!」


完全に予想外な出来事に体制を立て直す間もなく地に伏せってしまう。

ルルは足元を見て、ようやくそこにある木の根を認識した。


(全然気づかなかった……)


転倒時に反射的に受け身は取れたものの、ひっかけた右足は足首に違和感を感じ、左足も膝の部分に痛みを感じる。顔をかばうようにして地面についた手のひらや肘も擦りむいたようだ。


「はぁ、はぁ」


寝返りを打ち、うつぶせの状態から仰向けになる。呼吸をなんとか整えようとするが、立とうという意欲がわかない。気を張り詰めて走っていたがために、一度足を止めてしまったことで心情的に立てないのだ。また、体全身の痛みもそれに拍車をかける。


(ダメ、もう足が動かない……)


エインやミアのことを考えると、立たなければという気持ちは湧いてくる。しかし心のどこかで『自分は頑張った、休んでいい』という悪魔のささやきが聞こえてくる。せめぎ合いをするまでもなく、ルルは悪魔の声に身をゆだねてしまう。


(……そういえば、前にもこんなことあったな)


その時は今とは違って、ルル自身が命の危機だった。それを、真っ先に察知したミアが助けに来てくれたのだ。

あの時、ミアが気づくのが遅かったら、おそらくすでにルルはここにはいなかっただろう。殺されるか、奴隷になっているか。どちらにせよ、今ルルがこうして楽しく生きていられるのは、あの時ミアが自分の命を顧みずに助けてくれたおかげなのだ。


(また、あのときみたいにミアは戦うのかな?)


ルルたちを助けたときが、ミアがまともに戦った最初だ。その時の反省からか、ミアは一時期シエンに体術を教わっていたことをルルは知っている。


(もう、あれを使わせちゃ、ダメ!)


ミアは異常なほど自己評価が低い人間だ。だからこそ、誰かのために平気で命を投げ捨てる。それはきっと、今回も同じだろう。


(はやく、知らせなくちゃ!)


ミアがあの力を使う時間が長ければ長いほどミアの死亡率は上がる、とシエンは言っていた。すでに使っている可能性があるが、ルルが速く知らせることができれば、まだ助かるかもしれない。


「うっ……!」


ルルは自分を奮い立たせ、いたむ体を押さえながら立ち上がる。右足をくじいてしまっているようで、走ることはできない。ルルは木の幹などに手をつきながら、確実に一歩づつ前進する。


(お願い、ミア。無事でいて!私も頑張るから。だからお願い。どうか死なないで!)


 □ □ □


ルルが再び歩き出してから、しばらく後、シエンは村の幼馴染であるゼンと薬草取りに出かけていた。


「お前も忙しいよな、ついこの間帰ってきたかと思えば明日にはもう出ていくんだろ?もっとゆっくりすればいいのに」

「これでも大分ゆっくりしたんだよ。予定より長くこっちにいたんだし」


二人で軽く会話しながら群生地に続く道を進む。エインは旅のためにいつも薬草を持っていたのだが、それが切れていたことに気づき取りに行くことにしたのだ。エインたちについでにとって来てもらおうにも、すでに出発した後だったし、村人の誰かから買うくらいであれば自分で採った方が早いのだ。

シエンが村を出るときにゼンを見つけ、特にやることのなかったゼンがそれについてきたのだ。


しばらくとりとめのない近況報告などを話しつつ、道を進む。

すると、いきなり草むらから何かが飛びだしてきた。


「うおっ、なんだ……ってルルじゃないか!どうしたんだ、こんなボロボロになって!」


その何かの正体はルルだった。所々服が破れており、露出している部位は所々出血している。

ゼンはすぐにルルに駆け寄る。すると、安心したのか、いきなりルルがその場に倒れこむ。


「おっと、あぶね!」


ギリギリのところでゼンがルルを抱き上げる。獣が出てくることを警戒していたシエンは、剣に置いた手を戻しルルに駆け寄った。


「ゼン、シエン!ミアがエインが、薬草の群生地で魔物に襲われて!私はそれを伝えるために逃げて、二人はまだそこにいて、それで」


焦りや安心、疲れなどの複雑な身体状態から、ルルは断片的な情報をまとまりなく伝える。分かりづらいが、シエンとゼンはなんとかルルたちが魔物に襲われて、今なおミアとエインはその場にいることを把握する。


「もしかして、戦ってるのか!?」

「エインは足止めで戦うって。ミアも多分……」


事態の危うさを把握したシエンはとにかく行動を起こすことにする。


「ゼン、ルルを連れてそのことを伝えに村に戻ってくれ!」

「わ、分かった。シエンは……」

「とにかく、そこまで行って二人を回収してくる。あわよくば倒したいが、きついだろうな」


魔物が発見された場合、最低でも4,5人のパーティーが討伐に出向く。魔物の種類や強さによっては、町が総出で討伐することもあるくらいだ。


「ミアが残ったってことは、騎士団が出るほどではないだろうが、おそらくは俺の手に余る。二人の回収を最優先にする」

「了解した。無理はすんじゃねーぞ!」

「ああ!」


ゼンがルルを抱いて走り去るのを確認し、シエンも群生地へと急ぐ。

二人が無事であることを願って。そして……。


(ミア、早まるんじゃねーぞ!)


ミアが戦闘を行っていないことを願いながら。


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