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魔物

「魔物……」


ルルは、ミアの言葉に呆然とする。

魔物は、魔力を持った獣の通称だ。自然界に存在する生物が何らかの要因によって魔力が活性化した状態のものを指す。基本的に元の生物より頑丈で脚力や筋力などが異常なほど発達しているのだ。

魔獣は発見され次第、冒険者に討伐依頼が出る。相手によっては国の騎士団が出向くことも珍しくはない。


それが今、ルルたちの目の前にいるのだ。


「ルル、その木剣をくれないか」


そんな状況の中、比較的冷静でいたエインはルルの持つ木剣を譲ってもらうよう提案する。


「え、あ、うん。どうぞ」


未だ軽く放心しているルルは、深く考えることもせず素直に木剣をエインに渡した。木剣を受け取ったエインは睨むようにして魔物のほうを見る。


「ルル、ミア。二人はここから逃げて」


木剣を受け取ったエインは、二人に対してそういった。

ルルはその言葉を聞いて、ようやく、エインがしようとしていることに気づいた。


「二人はって、エインはどうするのよ?」

「ルルとミアが逃げるための時間を稼ぐ。その間に二人で村に戻ってシエンさんや村の人に知らせてほしい」

「……分かったわ」


ルルは一瞬拒否しようとも思ったが、エインの提案を受け入れることにした。自分がここにいても何もできない。だが、ここから村まで一番早く行けるのはこの三人の中では間違いなくルルだ。


「ミアは残る」


ミアのその言葉にエインは困惑した。


「の、残るって……」

「近道はルルしか知らない。ミアはルルよりも足が遅いからミアがついて行ったら知らせるのが遅くなる」

「で、でも……」


自分では説得できないと思ったのかルルのほうに視線を向け、助けを求める。


「まさか、ミア……。戦うつもりなの?」


エインの意をくみ取り、ルルはミアにそう尋ねる。


「それが一番、ミアたちが生き残れる可能性が高いなら、そうする」


ミアのその言葉にエインは驚きをあらわにした。ここに残るとはいっても、まさか戦うつもりがあるとは考えていなかったのだ。


「……絶対に無茶はしないでね」

「だったら、早くシエンさんたちに知らせて」

「分かったわ」

「お、おい……」


ミアが戦うことにあたかも同意してるかのようなミアの言葉にエインはより困惑した。


「危ない!」


エインが今度は自分で説得しようと考えたとき、ルルの焦った声がした。

とっさにその場から横に跳躍し、地面に転がる。すると、さっきまで自分がいたところを魔物が突進していった。

すぐに、ミアとルルの居場所を探すと、どうやら自分とは反対側に飛んだようで離れた位置に転がっていた。


「くそ!こっちにこい!!」


エインが声を上げると、その声に反応し魔物がエインのほうを向き、そのまま突進してきた。

その突進も同じように地面に倒れこむようにして回避する。


「ルル、行って!」


魔物が攻撃を仕掛けてきた以上、これ以上相談はできない。エインはルルに村に戻るように指示を出し、ミアとルルのほうに視線を向ける。

ルルは黙ってうなずき、エインたちがもともと来た方向に消えていった。ミアはルルとは違う方向に逃げ、草むらの中に身を隠した。

ルルとミアが逃げたことを確認すると同時に、魔物がさらに突進してきた。ルルたちを確認しつつも、魔物から意識をそらさなかったため、エインは今度は余裕をもってよけることにする。


「しまっ……!」


しかし、その突進の速さはこれまで感じていたよりも速い。これまでは突進をよけることで精いっぱいで突進の速さを感じる暇もなかったのだ。

想像以上の速さの突進を受け、余裕をもってよけたはずが、結果的にギリギリで避ける形となり、エインはしりもちをついてしまった。


「くそっ!」


さいわい、魔物は急停止はできないようで何もない空間を突き抜けていく。エインはその間に立ち上がり、体制を立て直す。


(今まで、避けれたのは完全にまぐれ。偶然だ。そもそも、魔物なんて僕が勝てる相手じゃあない。無理をせず、余裕をもってよけるんだ)


エインは今までの認識を改め、避けることのみに専念することにした。


「来いよ、化け物が!」


エインは魔物を威嚇するように大きな声を上げ走って移動する。万が一にでもミアが隠れている草むらや、ルルが逃げて行った方向に魔物の突進が行かないように立ち回る。

それに対して、イノシシ型の魔物はエインに突進をするのみだ。

エインは魔物に近すぎない、完全によけきる自信がある位置を意識して立ち回る。しかし、あまり遠すぎても別の方向に突進する可能性もあるため、かなりシビアな位置取りだ。

エインとして幸運だったのは魔物の攻撃が突進くらいしかなかったこと、そして突進後にそのまま突き抜けていくため、体制を立て直す時間があったことだ。その大きなアドバンテージを使ってエインは魔物と対峙することができていた。


しかし、魔物の攻撃が突進のみとはいってもその威力はとんでもない。大きな体でとんでもない速さで迫ってくるため、一回でも食らえばその時点でアウトだ。まともではなく、掠る程度であってもその後の突進を回避することができなくなるくらいのダメージを負うことは目に見えている。

それらが分かっていて、ミアのほうに行かないよう気を配りながら避けることはエインの体力と精神力を容赦なく奪っていく。


(このままじゃジリ貧だ。どうにかしないと)


その状況を正確にとらえていられるからこそ、エインは焦ってしまう。


(避けるだけじゃだめだ、隙を見て反撃するんだ)


エインはその手にある木剣を強く握る。気持ちを切り替え、魔物と対峙する。

すると、エインはそれまでの逃げるような避け方ではなく、カウンターを意識した避け方に切り替える。これまで何度も突進を避けていたため、体制を大きく崩すことなく避けることに成功していた。

ほぼ完璧に避けられるようになったエインは、ついに木剣での反撃を試みる。


(少しスピードが落ちている?)


その突進はそれまでのものより、若干遅く感じた。実際、その感覚はあっており、エインは反撃のチャンスであると判断した。


「うおおおぉぉぉ!!」


魔物の突進を、体制を崩すことなく避け切り、その体に向かって木剣を縦に振るう。特に狙いを定めず、できる限り強い、しかし次の突進のも対応できるほどに余力を残した一撃だ。


その攻撃に確かな感触を感じる。若干ではあっても、確実にダメージは入っただろう。


(よし、このまま……!!)


木剣を振るったのち、喜びに浸りつつもすぐに体制を立て直す。


だが、エインが魔物のほうに視線を戻したとき、すでに魔物はほぼ目の前まで迫っていた。


「!?」


魔物はエインの攻撃をくらったあと、それまでよりも手前で急停止をしていたのだ。そのまま足を軸に体を反転させ、ドリフト気味にエインに迫っていた。

エインは先ほどの突進が若干遅かった理由を理解しつつも、驚きによって体を一瞬硬直させてしまった。


「がッ……!」


魔物の突進をまともにくらい、エインの体は数メートル吹っ飛んだ。魔物側も少し無理をした突進であったため、その速さはそれまでの突進に比べてかなり遅い。それでもエインはまともに起き上がれないくらいのダメージを負った。


エインを突き飛ばし、そのまま追撃の突進をする。意識が朦朧としつつも魔物の行動を認識したエインは、とっさに木剣の両端をつかみ、体の前方に構える。


「っ……!」


声にならないうめきをあげ、弾き飛ばされる。木剣でガードしたことで多少、威力は弱まったが、気休め程度でしかない。木剣は真っ二つに砕け、エインは死んでいないと表現するのがふさわしいくらいのダメージを負う。


おそらく、骨の何本かが折れ内臓もいくつか傷ついているだろう。満身創痍の状態で、なんとか魔物を視界に収めようともがく。

魔物の姿をとらえたときには、すでに避けようのない距離まで近づいていた。


(これは……死んだかな……)


不思議と死に対する不安感や恐怖はなかった。感じる暇もなかったのかもしれない。

反射的に衝撃に備え、体を丸めて力み、目をつむる。

すると、ドゴッと何かが衝突したか、殴られたような音が聞こえた。


(痛みが……ない?)


自分が突進を食らったのかと思ったが、考えていた衝撃はない。恐る恐る目を開けると、目の前にはミアが立っていた。


(ミ……ア…?)


ミアの存在を認識し、すぐに「危ない、逃げろ!」と叫ぼうとするが、ヒューヒューとしか音が出ない。


「大丈夫」


エインが何を言いたいのかを察し、ミアはそう返答する。エインがミアの視線を追うと、ダメージを追って倒れた魔物が立ち上がろうとしていた。


「すぐに片づける!」


その言葉は今まで聞いたミアの言葉の中で最も力強い言葉だった。


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