焦り
「あ、ちょっと待って」
チルル自慢をしていたルルは、いきなりミアを止めた。
「何?」
「そこ、右に行くと近道なんだ」
ミアはそういわれて、右のほうに目をやる。
うっそうと茂っている森が目に入った。
「そこを突っ切ると、すぐが薬草の群生地なんだー」
「何で知っているの?」
いぶかしげにミアが問いかける。
「え、いやー、この間薬草取りに行ったときにね?」
「よく迷わなかったね」
「私の方向感覚を甘く見ないでほしいね!」
そういって、自慢げに胸を張る。
「で、どうする?」
ルルの提案に、ミアはそっと息を吐き受け入れることにした。
「まあ、早く薬草が取れることに越したことはないし。でも、リューナに報告はさせてもらうから」
「げっ……」
救いを求めるようにエインのほうを見る。
「おとなしく怒られて」
「裏切者ー!!」
そうして、ぶつぶつ文句を言いながらもルルを先頭にして森の中に入る。
「でも、ミア、良かったのか?迷ったらより遠回りになるし、そもそも危険じゃ……」
エインとしてはミアがルルの行動を許容したことが意外だった。ミアの性格ならばリスクを考えてルルの提案を却下すると思っていたのだ。
「実際ルルの方向感覚はかなり正確。それは孤児院のみんなが知っていること」
「そんなにすごいのか」
エインの驚きに無言の首肯を返す。
「あとは、森に入った方がこれの効果が分かりそうだったから」
そういって、ミアは自分のリュックに視線を落とす。
「これって……ああ、リューナのペンダントか」
「これで全く獣に会わないんだったら、本物」
ミアは、興味がある事柄やものに対してはとことん追求する性格だ。そのためには多少の危険に対しては目をつむる。過去にはそれによって痛い目を見たことも少なくないが、それで治ったら苦労はないのだ。
「ちょっと意外だな」
「そう?」
「ミアは、物事に対してもっと慎重だと思ってた」
ミアの知らなかった一面を知ることができ、エインは少しミアとの距離が縮まったように感じた。
「なになに、二人とも。何の話してるの?」
「別に」
「あ、ずるい。私も混ぜてよ。ちょっと、ミア!」
「あはは」
そうして、今度はミアも入れた三人で楽しく会話をしながら進むのだった。
しばらく進むと、森は真っ暗になっていた。軽く周囲を見渡せばほとんど変わらない、木々が生い茂っている景色のみ。もし、ここで迷えば冗談じゃなく遭難するだろう。
「ルルは方向感覚が鋭いって言ってたけど、本当に大丈夫なのか?」
急激に不安になってきたエインが、確認するように問いかける。
「もっちろん!私に任せなさい!!」
不安がさらに倍増した。
「み、ミア」
「ミアも、すでに方向は分かっていないから」
エインは分かりやすく絶望した表情をする。
「大丈夫、ルルの方向感覚は人間じゃない」
「ミア、それって褒めてるんだよね?」
「当然」
ミアの余裕のある態度に若干、安心するエイン。だが、それでも不安はぬぐえない。
「そんなに不安?私、森の中で迷ったことないから、大丈夫だよ!」
無言でミアのほうを向く。
「ん、事実」
「なんで、ミアに確認するの!?私ってそんなに信頼ないかな!」
「い、いやぁ、そんなことなないよ」
ルルから視線をそらしつつそう答える。
「そういうのは私のほうを向きながら言いなさい」
「あはは……」
「笑ってごまかすな!」
ここで以外にもミアがルルに対してフォローを入れる。
「ルルの方向感覚は実際にすごい。この森の近道をいくつも見つけてる」
その一部は多少の危険はあるが、そこそこ整備されて使われていたりする。
「それは……すごい、のかな?」
「うん、それでいて、本人は一回も森で迷ったことがない」
孤児院やそれ以外の子どもたちは、まれに一人で森に入ることがある。大抵は村が総出で捜索に当たり、やっとのことで発見される。そして、森の怖さを知り、一人で森に入ることはしなくなるのだ。しかし、ルルの場合は捜索隊が出る前に帰ってくるのだ。場合によっては森に迷ったほかの子を連れて帰ってくることもあり、すでに何回も一人で森に入っている。今ではルルが一人で森に行っても「ああ、またか」「どうせ
すぐに戻ってくる」と誰も焦らなくなっている。そして、その期待通りひょっこりと帰ってくるのだ。
ルルのそういったエピソードは多数存在し、その話に飽きるころには森の出口が見えていた。
「とうちゃーく」
予定の道から逸れて、10分くらいたったところで薬草の群生地に到着した。
「意外と広い草原なんだな」
「そうよ、走り回ると、気持ちいいの!」
「さっさとやる」
「分かってるって」
そういって、ミアとルルの二人は黙々と薬草を採取する。
一方のエインはといえば、かなり苦戦していた。
「エイン、それはただの雑草」
「え、違いが分からないんだけど」
「ここ、葉っぱのところをよく見ると違う」
薬草と他の植物の違いが分からなかったり。
「あー、エイン。ダメだよ、ちゃんと根っこまできれいにとらなきゃ」
「え、だめ?」
「周りの土を軽く掘ってからとるんだよ。根っこもできるだけきれいにとれるようにね」
薬草の取り方を注意されたり。
「お、思ってた以上に難しい」
「弱音を吐かない」
「結構この体制も疲れるんだけど」
「剣で鍛えてるんでしょー。頑張って!」
「剣を振るうのとは全然違うんだよー!!」
最終的に目的の量を取り終えるころには、エインは疲労困憊状態だった。
「はあ、はあ、つ、疲れた」
「情けない」
「ミアは厳しいね。反論できないけど」
剣術では使わない筋力をいつもはしない使い方をしていたからだろう。エインは帰る前に休憩させてくれと二人に頼んだ。
「まあ、仕方ないわね。10分くらい休憩しましょうか」
「早めにここにつけて良かった」
「ふふん、感謝しなさい!」
「……なぜかルルには感謝したくない」
「ひどくない!?」
エインとは違い、まだ体力が余っている二人は元気な掛け合いをしていた。
「!」
(なに、今の気配!?)
そろそろ、エインの体力も回復し、出発しようかと考えていたミアはこれまでに感じたことのない奇妙な気配を感じた。
(それに、結構近い!こんなに近くに来るまで気づかなかったなんて!)
ルルと軽く遊んでいたことや、ここに来るまでに獣の気配を一切感じなかったことが災いしたのだろう。完全に油断しきっていた、ミアはここにきて焦りを感じ始めた。
「どうしたの、ミア?険しい顔して」
「何か、来る」
「何かって、なにが?」
ミアの焦りに気づいたのか、ルルとエインが心配そうにミアを見る。
「分からない」
「獣じゃない?ここに来るまで会わなかったけど、別にこの辺だったら出てきてもおかしくないし」
「獣の気配とは全然違う。なんていうか、より濃密な気配」
ミアは普段、あまり感情を表に出さない分こういう時には無駄に周りを焦らせてしまう。基本的に必要なことしか言わないのも焦りに拍車をかける。
「……よくわからないけど、早く帰った方がいいんじゃない?僕も十分に休んだし」
「そ、そうね。ねえ、その気配はどっちからしているの?」
「ミアたちが通った方から」
「なら、近道じゃない、いつもの道で帰るべきね」
ルルが、そう提案するがすでに手遅れだった。
「なっ!」
森から飛び出てきたのはイノシシだった。
「なによ、あれ……」
普通のイノシシであれば珍しくもない。だが、そのイノシシはこれまでルルやミアが見たことのあるそれの、二倍近い大きさだ。
「ばか、避けろ!」
ルルがハッとすると、イノシシがとんでもないスピードで迫ってきていた。
「っ!」
エインはルを突進するように突き飛ばす。二人が草原に倒れこむと先ほどまでルルが立っていた場所に目をやると、イノシシはそこを猛スピードで駆けていく。
「大丈夫だったか!?」
「え、ええ。でもイノシシってあんなに速かったかしら」
想像以上の速さに震え声になりながら、そう口にする。
「違う、脚力が魔力によって大幅に強化されてる」
その疑問に答えたのはミアだ。二人が倒れこんだのは、ちょうどミアが経っていたところに近かったのだ。
「魔力って……それじゃあ!」
ミアは、神妙な面持ちで深く頷く。
「あれは多分、魔獣」