風邪
翌朝、エインは昨夜にシュウとした相談を思い出しながら食堂に向かった。
「おはよう」
食堂にはすでに、何人かは席についていた。
同じ部屋で寝ているリオンとオルトはエインが起こしてから来たため、そう時間をおかずに来るだろう。
「あれ、チルルは?」
エインは昨日、遅くまでシュウと話していたためか、珍しく寝坊気味だ。時間がなかったため日課の剣術稽古を行わず直接食堂に来ていた。チルルはかなりしっかり者で起きる時間もそこそこ早い。いままでエインが食堂に来た時にチルルが来ていないことはなかった。
「おっす、エイン。チルルは風邪だってよ」
そう話しかけてきたのはシュウだ。台所から現れ、食卓に皿を並べていく。
「おはよう、シュウ。今日はお前の担当だったっけ?」
エインは剣の修業などでシュウとともに行動することが多くなり、必然的にかなり親密な間柄になっていた。そのため孤児院に来たばかりの時に比べて、かなり砕けた口調になっている。
「そうだったんだよ。わざわざルルに起こされてさ……」
そういってシュウは台所の方に目をやる。エインがつられてそちらを向くと、ルルがスープをつけ分けているところだった。すると、視線に気づいたのかルルはエインたちのほうに睨むように目を向けてきた。
「しゃべってないで、早くこれら運んでよ」
「やべっ。すまん、エイン」
「いいよ、しっかり働いてこい」
しばらくして、シュウが食器を運び終え朝食の準備が整った。それとほぼ同時にオルトとリオンもやってくる。
「それでは、いただきましょう」
いつも通りにリューナの宣言を聞いてから食べ始める。この時点でミアがいないのもいつも通りだ。
「そういえば、さっきチルルが風邪って言ってたけど、大丈夫なのか?」
周りがうるさいくらいに雑談している中で、エインは隣に座って黙々と食べているルルに話しかける。
「うーん、やっぱり微妙よね。この間ポーラに教えてもらったようにやったんだけどな……。他に何かコツとかあるのかしら……」
「おい、ルル。エインが聞いてるぜ」
どうやら自分で作った食事がまだポーラのようにうまくできていないことを悩んでいたようだ。
ルルの正面に座ったシュウが呼びかけることでようやくエインに気づいた。
「え!ごめん、ちょっと考え事をしてた。で、なんだっけ?」
「いや、チルルの風邪は大丈夫なのかなって」
「ああ、そのことね。昨日の夜から調子悪そうで、早く寝かしたんだけどね。まあ、時期的にもただの風邪だと思うし、ちゃんと薬を飲ませれば大丈夫だと思うわ」
「そっか、あんまりひどい風邪じゃなくてよかった」
だが、この会話にリューナが申し訳なさそうに入り込んできた。
「えっと、ルル。薬のことなんだけどね」
「どうしたの、リューナ?」
「さっき確認してきたら、どうやら薬草がなくなってたみたいで……」
「えっ!ホントに?」
「うん、以前までは結構あったんだけど、全部エイン君に使っちゃってたのよ」
エインが見つかってから目を覚ます間に、結構な量の薬草を使ってしまったらしい。
それを隣で聞いていたエインは申し訳ない気持ちになる。
「すみません、僕のせいで……」
「いいのよ、実際にすごい熱だったんだから。それにあの後薬草の在庫を確認し忘れてた私が悪いんだし……」
リューナはエインは悪くないというが、エインはどこか自分を攻めてしまう。
それを察したのかリューナはそうだ、と言ってエインに提案した。
「ねえ、朝食が終わった後、薬草取りに行ってくれないかな?」
「僕が?」
「うん、お願いできない?」
「でも、一応この後洗濯の当番だし、それにどこに薬草が生えているかも知らないし……」
エインにとってもこの提案は受けたいところだが、やらなければいけないこともあるし、薬草が生えている場所も分からない。自分が行ってもより周りに迷惑をかけそうだ、と考え辞退しようとした。
「洗濯なら私が全部やっておくよ」
そういって、横から口出しをしてきたのはポーラだった。今日はポーラとエインが洗濯の当番なのだ。
「え、そんな、悪いよ」
「いいって、いいって。行ってきなよ」
「ホントに、いいの?」
「エインだってずっと薬草がどこにあるか分からないままじゃダメでしょ。もしかしたら同じような状況で動けるのがエインだけ、なんてこともないとは言い切れないわけだし」
「そうね、今日はミアが午前中は何もないはずだから、ミアに案内してもらったらいいと思うわ」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
こうして、エインはミアとともに薬草を取りに行くことになるのだった。
□ □ □
「そういうわけだから、案内よろしくね」
「なんで、ミアが……」
朝食が終わるのとほぼ同時にミアが食堂に姿を現した。
朝食での会話を軽く説明されたが、ミアはどこか不満気だ。
「別にミア一人で行けばいいこと」
「でも、もしかしたら私が言ったようなことだって起こるかもしれないよ?」
「……」
「それに、私は二人にはもっと仲良くなってもらいたいの」
そんな状況になるような病気が、はたして薬草で治るような病気なのか、という突っ込みをしたかったがそこを深めても意味はさほどない。
それに、ポーラが説得する理由も分かっている。ミアとエインは特に仲が悪いわけではないが、どちらも積極的にかかわろうとはしない。というよりはミアがコミュニケーションを苦手としている節がある。事務的なことなら問題ないがプライベートな関りを持つのは不慣れなのだ。
さらに、一番初めに王子であることを知ってしまったがゆえに、エインに対し強く警戒心を持ってしまったのも原因だろう。
「私の時は、私のほうからミアに話しかけてたけど、エインはそうじゃないんだから。お互いに歩み寄らなきゃ」
「ポーラ……」
「がんばってね!」
ミアは、はぁ、と一つため息をついて結局は了承した。ミア自身も何か思うことはあったのだろう。
こうして、ミアはエインと一緒に薬草採取をすることとなった。
「それじゃあ、早速いっちゃおー!」
「ポーラ、ミアはまだ朝ごはん食べてない。行くのはそのあとにする。エインに伝えておいて」
「……はーい」




