返答
「僕は、どうしたらいいと思う?」
抽象的な、その質問に対する答えは意外なほどあっさりしたものだった。
「復讐すればいいんじゃないかな?」
「……は?」
ほとんど、間を開けずあらかじめ決めていたかのようなその答えにエインは思わずあっけにとられてしまった。
「な、なんで?」
「うーん、私からしてみれば復讐してもしなくてもやることは変わってないから」
かなり適当な答えにエインは少し腹を立てた。
「そりゃ、ポーラにとっては関係ない話だろうさ」
「ああ、そういうことじゃないよ。多分だけどさ、エインは復讐はいけないことっていう考え方にとらわれ過ぎているんだよ」
「というと?」
「確かに、人に対して復讐すること、つまりは殺すこと。これはいけないことだっていうのは誰でもわかっている。その価値観は別にエインも変わらないでしょう?だからこそ悩んでいたわけだし」
「まあ、な」
「私はね、教えてもらったことと自分の気持ちや現実が違った場合は、教えてもらったことのほうが間違ったことなんだと思ってるんだ」
そのせいでリューナに怒られることも多いけどね、とポーラは少し恥ずかしそうに口にする。
「だから、私は自分の気持ちに素直になってみることをお勧めするよ」
「でも、それは……」
「いけないこと?そんなもの、周りがそういっているから私たちもそう思い込んでいるだけじゃん」
「そうかもしれないけど……」
「それにさ、」
「教えてもらったことが、絶対正しい、なんてことはないんだよ」
その一言はとても重く聞こえた。まるで、ポーラがそれを実感する何かがあったかのように。
だがそれは一瞬のことでしかなかった。エインがポーラの雰囲気に変化に気づいた時にはすでに、いつものポーラに戻っていた。
「そもそもさ、エインはたとえ復讐しようがしまいが剣は振り続けるんでしょ」
「それは、そうだよ」
「私たちのようなか弱い人から見れば、剣を振るうことは人を殺すことと同じに感じるんだ」
ポーラの言葉にエインは返答することが出来なかった。エインにとっての剣は全く目的のないものだった。ある程度目的を持って振るったのはこの孤児院に来てからだ。さらに言えば剣が人を殺すものであると考え出したのはシエンに指摘されてからだ。だからこそ、自分が人を殺すための技術を鍛えている、という意識は低かったのだ。
「……」
だからといって、今エインが自分自身でやっている事を否定することを否定する気もない。少し悩んだあと、エインは開き直る事にした。
「そっか、そうだよな。僕がやっていることは人を殺すための練習なんだ」
「そうそう、まあ人だけじゃなくて獣とかもなんだけど、少なくとも『殺す力』を得るためのものだと、私は思うよ」
「ありがとう、ポーラ。なんかすっきりしたよ」
「お役に立てたのなら、何より」
エイン自身も、これが開き直りや考えの放棄に近いものであることは自覚している。とんでもない極論を言っているという自覚もある。しかし、それと同時に胸のつかえのようなものが取れたのも事実だ。
「じゃあ、すっきりしたところで盛り付けするよ」
「え?」
「え?じゃないよ。まだ、食事の準備は終わってないんだよ。ほら、さっさと盛り付けして」
そう言われてエインは、まだ食事の準備中であることをようやく思い出した。時間的にはもう誰か一人くらい食卓に来てもいいころあいだ。
「うわ、そうだった」
「基本的に料理は私がやったんだから、盛り付けはエインが頑張ってね」
「え、ちょっとくらいは手伝ってくれたり……」
それに対するポーラの返事は無言の笑顔のみ。エインはおとなしく一人で盛り付けることになった。
□ □ □
(そっか、そういう風に考えたんだ)
エインが盛り付けを始めているとき、ミアは食事の部屋の前、その入り口付近に隠れるようにして立っていた。
ミアがエインたちの話を聞いたのは偶然だ。今日読んでいた本が思ったよりも早く読み終わり、時間を持て余してしまったために早めにここにやってきたのだ。そして、それはエインがポーラに相談し始めるのとほぼ同時だったのだ。
隠れることはなかったかもしれないが、エインはポーラを信頼して相談していたことは間違いないだろう。そんなときに他の誰か、特にこの孤児院の中でも未だに距離が離れているミアがいたら絶対に話すことはなかっただろう。
さすがに相談が終わった直後に入ると、聞かれていたことがばれてしまうと考えてミアはしばらくこのままでいることにした。
(なんで、わざわざ聞いちゃったかな)
他人の相談事、というのは誰でも気になるものではある。しかし、ミアたちのような孤児たちはその相談が普通の子供に比べても重いものが多い、とリューナが言っていた。そのためこの孤児院では相談部屋という部屋も存在している。それでなくても今回のように誰かに相談する、という場面に出くわすことはまれにあり、それに気づいたら静かにその場から立ち去るのがこの孤児院の暗黙の了解となっていた。
ミアもこれまでそのようにしていた。他人の相談を盗み聞ぎするのはこれが初めてのことだった。
「おや、人の相談を盗み聞ぎなんて。ダメだよー、知ってるでしょう?」
「そういうあなたはどうなんですか、シエンさん」
自分の行動に若干後悔し始めていたミアに話しかけたのは同じく盗み聞きをしていたシエンだった。
「……もうちょっと驚いてくれてもいいんだよ?」
シエンはミアより少し後に来ており、ミアにも隠れるように盗み聞ぎをしていた。ミアからしてみれば完全に死角だし、気配も消していたはずなのだ。
シエンは冒険者であり、獣に気配を悟られないように動くことはよくあること。それをいくらそこそこ近いところにいたとはいえ、あっさりばれてしまったのだ。シエンは今まで培ってきた自信が崩れていったのを感じた。
「こんなに近ければわかりますよ。それで、あなたはいいんですか盗み聞ぎなんかして」
「そんなにわかりやすかったかな……。うん、エイン君が悩んでいたことは僕も知っていたからね。知っていたというよりは剣を合わせていてそう感じたってだけなんだけど」
「そういうのってわかるものなんですか?」
ミアが読んだことのある本にも、小説や伝記のエピソードとしてそういった話が存在している。実際に剣を持ったことすらないミアとしては疑問に感じていたことだ。
「まあなんとなくね。特に僕は一度、彼の本気の剣を受けたことがるし」
「はぁ……」
「ミアだって、完全にわからないってことはないでしょう。こういった感覚は剣以外でもあるわけだし」
「……ミアは、人を傷つけるような技術は持ってないですよ」
「護身術なんてものは、ないんだよ。あのとき、何かを守ることは別の何かを傷つけることなんだといったのは、ミアじゃないか。そもそも、無手であれば僕より……いや、そんなことはどうでもいいか」
シエンは、ミアの顔を横目に見て途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。
それは、ミアが一番聞きたくない言葉であることはよく知っているからだ。
「じゃあ、話を戻して……ミアはどうして盗み聞ぎをしていたのかな~?」
「うっ……」
「ダメなんだよー、そんなことしちゃ。言い訳があるなら聞いてあげるよー」
シエンの口調はそれまでとは打って変わった、からかうようなものとなっていた。
話題が変わったことはミアにとってありがたいことだが、変わった先を考えるとどっちもどっちだ。
□ □ □
「えっと、だから、その……」
「うんうん」
「二人とも、なにしているの?
結局ミアはリューナや他の孤児院の子供たちが来るまで、しどろもどろとした言い訳を続け、シエンはそれを見て面白がってからかい続けたのだった。