悩み
それから3日が過ぎた。
エインの生活は基本的には変わりがない。だが、いつもやっていた朝と午後、もしくは勉強会後の練習にシュウが加わり、二人の特訓をシエンが指導するようになった。
現役の冒険者であるシエンは実力は言わずもがなだが、教えることもうまかった。積極的にやり方を見せたりすることはないが、模擬戦の相手をして相手の短所を指摘する。そしてエインたちがそれを直し、また挑む。これの繰り返しだ。
まともな指導者がいなかった二人は、この3日間で格段に動きが良くなっている。
「シエン兄ちゃんが来てくれて本当に良かった」
「喜んでくれると嬉しいよ」
「やっぱりこのあたりじゃ冒険者の数も全然だし、リューナも俺たちの修業を見てくれないしさ」
確かに、シュウはエインとあった初日に、リューナが剣の修業に助言をくれる、とか言っていたか。
「リューナが修業を見てたのかい?」
それに対して、シエンは不思議そうにシュウに尋ねた。
「シュウ兄ちゃんが言ったんじゃんか。リューナの助言は聞いとけって」
「ああ、そのことか」
「リューナって剣に関しても詳しいから、とか」
「いや、そんなことは言ってないよ。リューナの助言っていうのは将来の職業のこと」
「職業?」
シュウが多少不機嫌になりながらシエンに尋ねる。それに対し、シエンは苦笑しながら答えた。
「リューナは人の才能を見出すのがすごいんだ」
「才能……ですか」
「そう、なんでも『この子にはこれが合いそうだなー』って思って孤児たちに仕事を振っていると自然とそういうのがわかるようになってきたんだって」
「へぇー」
「僕も、はじめは騎士を目指していたんだけどリューナが冒険者のほうがあっているって言ってね。当時は騎士になるために実力を上げる、そのために冒険者になった方がいいって言ったんだと思ってたんだけど、いざなってみると僕は確かに騎士より冒険者のほうがあってたよ」
「あんまり、違いが判らないんですけど……」
エインが住んでいたミクトラン王国には冒険者は存在していない。ゆえにミクトラン王国では騎士と冒険者はほとんど同一の存在として見られているのだ。
「僕も少なからずそう思っていたんだ。戦いを生業にしているのには変わりないからね。でも、冒険者は騎士とは比較にならないほど自由なんだ」
「自由……」
「そう、拠点の場所もお金の使い方も、以来だって僕が選べるんだ。それらをがちがちに縛る騎士団では、僕は合わなかっただろうな」
どうやら、シエンはかなり気まぐれな性格のようだ。この孤児院にいた頃も趣味や好みがころころ変わっていたり、その日の気分によって仕事もかなり差があったらしい。今回エインたちを指導しているのも気分で決めたようだった。
「この辺のことはずいぶん後になってリューナに聞いてね、はたから聞いていれば当たり前に騎士に向いていないことが分かるけど、自分ではなかなか気づけないんだよな」
「なるほど……」
「そういった意味で、リューナの助言は聞いとけって言ったんだ」
そういって、話を切り上げ、シエンは腰を上げた。
「じゃ、休憩は終わりだ」
□ □ □
それからしばらくすると、エインたちは修業を終え、孤児院に戻った。まだ夕食には時間があるが、今日はエインが食事の当番だ。台所に行くと、すでにポーラが調理を開始していた。
「あー、遅いよエイン」
「ごめん、ちょっと長引いちゃった」
「言い訳はいいから、早くエプロンつけて。ちゃんと手は洗ったよね?」
エインはポーラに言われるがままに調理の準備をする。基本的には調理はポーラが行い、その都度エインがいくつかの工程を手伝う形だ。まだ孤児院に来て日も浅く、そもそも孤児院に来る前は料理などしたこともなかったエインにとっては料理を覚えることにかなり難儀していた。
「ねぇ」
料理もひと段落し、少し休憩をしていた時、ポーラはいきなり声をかけた。
「なに?」
「んー、おせっかいかもしれないけどさ」
「うん?」
いつもはっきりと口にするポーラには珍しく、少し発言をためらっていた。少し不振に感じつつもエインは先を促す。
「なんか悩んでるんだったら、相談してもいいんだよ」
「……」
エインはポーラの言葉に対し、とっさに反応できなかった。
「悩みって……」
「別に、話さなくてもいいんだけどさ。誰だって、他人に知られたくないこと、あるだろうし。でも、ものによっては他人に話すことで楽になったり、解決したりする悩みも多いんだよ」
悩み、と言われてエインが思い浮かべることは一つしかなかった。
先日、シエンに言われたことだ。
『復讐』、そのことを意識していなかったわけではない。時々思い出しては自分に問いかける、ということはこの3日の間に幾度となく繰り返えしてきた。
未だに、エインの中で自分はどうしたいのか、という問いに答えは出ていない。しかし、だからと言って簡単に相談できる事柄でもない。
「僕は、自分がどうしたいのかが、分からないんだ」
そして悩んだ末、エインは相談することにした。自分で抱え込むことにどこか疲れていたのだろう。エインはゆっくりと相談事を口にした。
「自分がどうしたいか?」
「僕は『復讐』したいのか、そうじゃないのかが分からないんだ」
その言葉に、ポーラは驚いた様子もなくただ静かに聞いていた。
「『復讐』ね。なんでって、聞いてもいい?」
ポーラの質問に対し、エインは一瞬躊躇するそぶりを見せたがそのまま話し始めた。
「僕はミクトラン王国の王子なんだ」
「王子……?」
それまで、特に大きく反応ることのなかったポーラが初めて驚いた表情を浮かべた。
「どうやら、この間クーデターが起きたようでね。僕が森の中に倒れていたのは追手から逃げるためだったんだよ」
「そうだったんだ……」
「ここに来てから、自分でも不自然なくらいに剣に打ち込んでてね。そしたら、この間シエンさんに修業を付けてもらっていた時、言われたんだ。僕の剣は殺すためのものだって」
「……」
ポーラは無言でエインの言葉に耳を傾ける。
「復讐のための力が欲しかったのかな、僕は。でも、全然意識してなかったんだ。その時初めてそのことを突き付けられてね」
いまにして思えば、エインが復讐のことを意識したのはもっと前だったかもしれない。ずっと目を背けて、シエンのせいで直視せざるを得なくなってしまった。エインは話しながらそう考えていた。
「復讐は何もいいことはない。何も生まないし、自己満足でしかない。そもそも、だれに復讐すればいいのかすら、僕にはわかっていないんだ。でも、多分僕の中に復讐心と呼べるようなものは確かに存在しているんだ」
だからこそ、分からない。と、エインはそういった。その表情はどこか安心している。後悔は見られない。
だから、エインは聞けたんだろう。
「僕は、どうしたらいいと思う?」