日陰者
一年近く前までは、俺も、『アイツ』も、みんなも、ただの高校生だった。けど、今は違う。俺達は戦争に巻き込まれ、人型兵器に乗り、兵士として戦うことを余儀なくされ、そして戦火の中で多くの友達を失った。そんな戦争も、ついには最終局面をむかえた。
敵の主力を退けることに成功し、後は退却戦の殿として、国内に残った残党を殲滅するだけである。ただ、その場は、俺達が住んでいた町。戦争の初期に占領され、町には、逃げ遅れた人達が多くいる。ついに彼らの救出と、町を奪還する時がきた。
ただし、町にいるのが残党とはいえ、敵のエースであるアルハルト少尉率いる大隊と、彼の愛機の特殊な人型兵器が一機、また一般的な人型兵器も十体以上いることが確認されている。基本の人型兵器は五メートルもないが、彼の機体は二十メートルをこえていた。俺達が過去の戦闘でかなり苦しめられたモノだ。
俺達は、これからソレを倒しに行くのだが、恐らく『アイツ』以外、だれも、ソレを倒せるなんて思っていない。俺達は英雄にはなれない存在だから……。
作戦開始十日前、俺は野外テントで元クラスメイトの佐久間と話していた。俺は佐久間を好意的に見ているが、佐久間は『アイツ』が好きなんじゃないかと、最近不安になっている。
「天宮君は、今度の戦闘はどうなると思う?」
天宮。それが俺の名前だ。
「簡単に言えば、如月をメインにして、俺達は捨て駒ってとこだよな」
自分で言っておいて、胸にグサグサ刺さる言葉だな。自分で言った言葉に傷つくようじゃ、英雄にはなれないよな。
今度の作戦は、アルハルトを倒せるかどうかで決まるようなものだった。『アイツ』がアルハルトとの戦闘に専念出来るよう、俺達はその周りのザコを掃う必要があった。だから、メイン以外は別に俺達でなくても良かった。
「あまり、良い言いかたじゃないけど、そうよね。でも、この作戦が成功して、私達の故郷が戻ってくるなら、私はそれでもかまわないかな」
「でも、如月任せってのは癪にさわるなぁ。俺達が何もできないみたいで」
「彼にしか出来ないことなんでしょ。なら私達も自分にしか出来ないことをしようよ」
捨て駒って代えがきくものなんだがなぁ。まぁ、いちいちツッコまなくてもいいか。
『アイツ』……、如月も、俺達と同級生だった。でもアイツは、誰も扱うことの出来なかった機体を乗りこなし、アルハルトと何度も戦って生き延びてきた。アルハルトは如月をライバルと認めているらしい。そして何度も作戦を成功させ、そしてその数だけ、俺達の命を救ってくれた。だから俺達はアイツを英雄視していた。
そういうことがあり、いつからか俺達は、如月がいれば大丈夫だと考えてしまうようになった。一度、アイツが行方不明になった時、俺達の部隊は壊滅しかけた。新型の人型兵器に乗り、アイツが帰ってきたため難を逃れたが、アイツがいなければ、俺達は何もできないのがわかってしまった。
だから今回の作戦においても、通常のビーム兵器がまったく効かない対ビーム装甲のアルハルトの機体に対し、その装甲すらも破壊しうる強大なビームを放ち、その機体を完全に蒸発させることが可能な武器は、アイツにだけ支給された。別に、俺達の機体で、扱えないモノではない。コストが掛かりすぎるわけでもない。俺達が期待されていないのだろう。まぁ、そもそも、そんな銃を凡人に与えて、町が壊滅するリスクを、避けたいだけかもしれないが……。それでも、俺達には『使えない』と烙印を押された気分だった。
「でもさぁ、後年、このことが教科書に載っても、アイツの名前しか載らないんじゃ寂しいだろ」
ため息をつきながら、いつものように砂糖多めのコーヒーを、佐久間に渡す。
「いいよ。別に教科書に載るために戦うワケじゃないし」
本当に興味のなさそうな顔をして、淹れたてのインスタントコーヒーをすする。嫌そうな顔をしていないので、砂糖の量が適量だったのだろう。
「ホンット可愛げないよなお前。少しは、名を残したいとか思えよ」
「天宮君の価値観を押し付けないでよ。私には私なりの考え方があるの」
そう言い、コーヒーを飲み干す。砂糖が溶けきれてないか不安だったが、見た所、不安は的中していたようだ。佐久間の眉間に、軽くしわがよっている。
「やっぱり可愛げないなぁ」
俺は今、嘘をついた。
「でも、天宮君の言いたいこともわかるよ。彼一人が努力したわけじゃないしね。それに、いつも守られているのってなんだか嫌だ」
佐久間は言い終えると、またコップに口をつけて上を向いている。必死にコップに残った砂糖を取ろうとしているのだ。
(甘党すぎるだろ)
こういう場合、スプーンを渡すべきか、砂糖をコップ一杯渡すべきか、いまだに答えを出せないでいる。
「ああ、俺も『守られてる』って思うと辛い時がある」
いつからかアイツは、俺達を友達ではなく、守るべきモノとして見ていた。俺は、それがすごく辛かった。いままでの俺なら、我慢できた。ただ、今回俺が我慢できなかったのは、大丈夫、いざって時は、俺が『いつもみたいに』みんなを守ってやるからさ、という言葉とアイツの戦い方だった。
敵をあまり殺さないアイツの戦い方。人型兵器の、目の役割をはたす頭部、腕部や脚部、武器だけを狙い、胸部にある操縦者の乗るコックピット部を狙わない。その姿に、憧れと嫌悪をいだいた。まるで、敵を殺すことでしか、生きのびられない俺達を批判されているようで……。
俺だって本当は殺したくはない。だが技量が足りない。技量があればと思う。ただ技量があっても、俺は敵にとどめをさすと思う。投降するというなら話は別だが、アイツの殺さない精神のせいで、武器を隠し持っていた敵に、仲間が殺されたことがあるからだ。いつも、その死を上回る戦果で、結局は忘れ去られている。それが嫌だ。
俺は、アイツの英雄じみた行動のために死にたくはない。その気持ちが、今回の俺を変えた。ただ、もう一つ理由がある……。
「如月君の機体のビーム砲を使うと、私達の町、なくなっちゃうのかな?」
炊事場でコップを洗いながら会話を続ける。他にも人が何人かいるが、聞かれて困るようなことは言わないので、気にしていない。
「わからない。けど、もうすでに俺達の町は焦土と化しているんじゃないか」
「それでも残っているモノがあるなら救いたいよ、人も、建物も、思い出も」
救いたい。その言葉に俺は動かされたのかもしれない。ただ、佐久間にいいところを見せたかったという下心のほうが、俺にはしっくりくるが……。
『本気か? と言うより正気かい? お前さん』
電話の向こうからオッサンの声が聞こえる。俺が戦場で会った、中古の人型兵器を密売している男だ。
「ああ、初期型の人型兵器と、実体弾のとにかく貫通力のある奴を用意して欲しい」
『そんなもので、町が救えると言うのかい?』
「わからない。ただアイツのビームによる被害を抑えることは出来ると思う」
『そうか、なら代金は、出来具合できめてやるよ。金払うために、しっかり勝ってこいよ』
「ありがとう」
これで準備は整った。ただ、これから俺がすることは、褒められるものではないし、途中で死んだら最高にカッコ悪いことだった。
作戦開始後。
『敵、人型兵器が行動開始しました』
まだ若い女性オペレーターの声がコックピット内に響く。
言われなくても、見えてるよ。遠くにアルハルトのデカい機体もな。
一応、レーダーでも確認し、佐久間機と通信する。
「佐久間、近くの三機を落とすぞ。俺は右方向から進む。囮になるから、隊を率いて、左から挟撃してくれ」
『了解。気を付けてね』
ごめんな、佐久間。お前まで騙してしまって。でも俺達の思い出を残すために、俺ができることは……。
「佐久間、こちら如月。天宮機がロストしたというのは本当かっ?」
『敵の…… 敵の攻撃をうけているって通信があった後、信号が途絶えて……』
佐久間は涙をこらえながら、如月の問いに答える。
「生存が確認できてないのか?」
しばしの沈黙のあと、コックピット部が炎上する天宮機の画像と、本部から天宮の死亡を告げるデータが、如月の機体に送られてきた。
「あっ天宮、嘘だろ。お前が死ぬなんて。オッ俺が、俺がすぐに、ここにきていたら……」
その言葉に、佐久間は嫌悪感を抱いた。
『やめてっ! 天宮君が死んだのを自分のせいにしないで。なんでも自分が解決できると思わないでよっ! 彼はあなたに『守られている』のが嫌だったのっ』
「……すまない佐久間」
『私に謝らないで。もし私に詫びたいのなら、この町を壊さないで』
「それは…… 無理だ」
『どうしてっ!』
如月機の画面に、ついにこらえきれなくなり、涙を流した佐久間が映っていた。
『天宮君との思い出も消すの?』
「消したくないさっ! でも、あいつを、アルハルトを倒すには、他にはどうしようもないんだよっ!」
如月はそう告げると、佐久間機との通信を切り、アルハルトのいる方向に向かっていった。佐久間は、画面から消えた如月に対して強い怒りと悲しみを覚えた。
(ごめんね、天宮君。私たちの思い出、残せそうにないよ…… )
「ほんとに動くのかねコイツ?」
自分の目の前に二十年ほど前に製造された、初期型の人型兵器が寝転んでいた。兵器に寝転んでいたと言うのは変だが、格納庫に一体だけ忘れ去られて、ふて寝しているようにしか見えなかった。
先程まで乗っていた機体は、適度に被弾した後、爆弾をしかけ、爆破した。操縦者の着るスーツには、心臓が動いているかどうかで、生存を確認する装置がついているが、それも破壊した。作戦を抜けるには、他にも方法はあるだろうが、死んだふりをすることくらいしか、考えられなかったからだ。
その後は、地形を覚えているため、敵に見つかることなく、格納庫までたどりついた。この格納庫は、民家の密集地帯にあり、もともとは自動車の修理工場だった。
密売人のオッサンが、どうやってここまで運んだかはわからないが、感謝だな。
不満があるとすれば、コックピットに残された書置きと、この人型兵器の頭部である。
『おまえさんの顔は、英雄にはむいてない。なら、せめてコイツだけでも英雄の顏にしてたほうがいいだろ。』
無意味な装飾、無意味なカラーリング
どうして俺の好みがわかるんだ。それにどうせなら体のカラーリングもしてくれよ。
実際、派手なカラーリングを施して敵に見つかる危険性は避けないといけないのだが、如月機はそれを無視しているため、アイツに見た目でも勝ちたいという気持ちが強かった。
初期型を選んだ理由は、ビームなどとは違い、アルハルトの機体に風穴を開けられるだけの、実体のある弾を撃つことに特化している機体だからである。後継機は、スピードを重視し、走行中も使える打撃力のあるビーム兵器の開発などにより、反動の大きい実体弾の装備が出来なくなっている。選んだというよりは、選ばざるを得なかったといった方が正しい。
初期型はバーニアをふかして、空中に数秒留まることはできても、後継機のような飛行能力もなく、速度は劣り、動作も機敏とは言えないが、初期型の利点は、実体弾装備と、後継機のようにスピードに特化しない分持つことの出来る厚い装甲と、後継機に比べて小さいことにある。今回、アルハルトの巨大な機体に近づくには、なるべく小さいほうが都合がよかった。懐に入り込み、ビーム兵器が効かない装甲に実体弾を撃ち込む。
しかし、問題は、対巨大人型兵器の対策に専念しているため、自機と似た大きさの機体に遭遇するのは避ける必要があった。
「漁夫の利を狙うか」
上空を飛行する如月機が、ターゲットを有効射程距離内におさめる。
「こちら、如月。アルハルト機に対し、接近を開始する。射線上の機体は離れろ」
腰にマウントさせている大型のビーム砲ではなく、両手に持っている、一般的に配給されているビーム兵器で、アルハルトの周りの敵に攻撃を開始する。必要最低限のビームで、アルハルトの付近にいる機体を破壊する。これで、アルハルトと如月の間には、誰もいなくなった。そしてこの時、アルハルトに接近する機体がいたのだが、隠れながらの行動のため、二人とも気が付かなかった。
「来たか、如月っ! 決着をつける時が来たな」
アルハルト機の放つ巨大なビームが、上空に浮かぶ如月機をかすめる。如月機は、何事もなかったかのように、体勢を整え、右手に持っている銃をアルハルトに投げつけ、敵の眼前にきたところで、左手の銃でそれを撃った。爆発がおきたが、それが効いてないのはわかっている。ただ、目くらましの代わりになるため、爆発の光が消えないうちに、大型のビーム砲を右手に換装させる。
「それでこそ、私のライバルだ」
再び如月機に、銃を向ける。幾度の戦いで、ライバルの癖をつかんでいるため、恐らく次は外れないだろう。
しかし、アルハルトはミスを犯していた。アルハルトの失態は、上空に浮かぶライバルに気を取られ、地を這うかのように接近する天宮機に気が付かなかったことだ。いや、気にしてなかった、といった方が良いのかもしれない。
大抵のビーム攻撃にはビクともしない、専用の機体に乗っている安心感がそうさせてしまった。そして、その敵が実体弾を装備していることに気づき、アルハルトは驚愕した。
「何ぃっ! なんだこの機体はっ?」
アルハルトがひるんだその隙に、天宮は、コックピット部に狙いをつける。
「すまないな、決着の邪魔をしてしまって。だが、これが戦争ってもんだろ?」
天宮機はコックピット部に、実体弾を撃ち込む、まだ動きが止まる様子がないため、リロード後、再び同じ個所を狙う。しばらくするとアルハルト機は行動を止め、主を失った機体は少し前のめりになった。そしてレーダーからアルハルト機の反応が消える。
敵ながらも、尊敬したエースのあっけない最後に、天宮は素直に喜べないでいた。それに自分の行動は、あまりにも卑怯な気がしてならなかった。自分は戦士に対して、無礼だったからだ。
(でもこれで、ビーム砲による町の被害は抑えられたよな。なら英雄だな。ああ、佐久間や、如月や、みんなに、なんって言おうかな?)
如月機が大型のビーム砲をアルハルト機に向ける。
「んっ? 如月何する気だ?」
その声は如月に届かず、ビーム砲の直撃による、アルハルト機の爆発に天宮は巻き込まれ、天宮の意識がとんだ。
「こちら、佐久間。この付近に敵の兵力は残ってないと思われます」
佐久間の乗った人型兵器は、如月の放ったビームで崩壊した町を散策していた。
『こちら、本部、了解した。念のため、周囲に爆発物などが残されていないかを、確認してから帰還願う』
「了解」
了解とは言ったものの、十数年間生まれ育った町の、無残な姿をあまり見たくなかった。
道に、民間人の死体があまりないのは、敵であったアルハルトが、あらかじめ避難させていたからだと、捕虜が語っている。
「なんでかな、町が戻ってきたのに、あんまり嬉しくないよ」
自分達が通っていた高校も、遠目から見ても、もう使えないことが嫌でもわかった。
(如月君は射線上に、自分たちの思い出の場所があると、知ってて撃ったのかな……)
「ん?」
全壊している校舎の近くに、コックピット部から上だけしかない、旧型の人型兵器を見つけた。
(なんで、こんな古い機体が?)
佐久間機は銃をかまえたまま接近する。識別信号が味方のものとわかり呼びかけるが、応答がない。
(無人かな?)
「今時、こんな古い機体で戦闘に出る人がいるわけないか。まさか敵の残した爆弾じゃないよね?」
独り言を言ったつもりだったが、この言葉に対して応答があった。
『爆弾さ、それも厄介なやつ』
聞き覚えのある声だった。そして、聞きたくても、二度と聞けないと思っていた声。
「天宮……君……?」
人型兵器から降りた佐久間の前に、瓦礫に座る、ボロボロで、ところどころ出血している天宮がいた。
「生きて、生きてたんだね」
「あんまり、良い状態じゃないがね」
佐久間は、手持ちの救急セットで天宮の応急処置をする。命に係わるケガではなさそうだ。
「ごめんな、佐久間。カッコつけたかったんだよ俺」
「文句は後で言うし、聞きたいこともあるけど、どうしてさっき、如月君や、本部には生存を伝えるなって言ったのか聞かせて」
天宮は自分が乗っていた人型兵器に目を向ける。
「あれの中に、俺がアルハルトを倒した記録が残ってるんだよ」
「えっ? アルハルトは如月君が倒したって本部が……」
「記録を見ればわかる。だが、今は話を続けさせてくれ」
佐久間がコクンと頷いたのを確認した後、天宮は話し始めた。
「俺はアルハルトを倒した。奴の機体が機能停止するのも見た。その後に、如月がこっちに向かって撃ってきた。まあ、機体の方はアイツが倒したって言ってもいい。その間のタイムラグが問題なんだ」
「どういうこと?」
「機能停止から、砲撃まで、およそ一五秒間。如月が、アルハルト機の機能停止と、俺の機体の存在に気づいてから、撃ってきた可能性があるんだ。まぁ、中に俺がいるとは思わなかっただろうけどね」
「そっそんな、如月君を疑うの?」
「できれば、機能停止に気が付かずに撃ったと思いたい。ただ、今回の敵は如月のライバル。他の奴に撃たれたくなかったとも考えられる」
佐久間が悲しそうな目をする。だが、まだ言い続ける必要がある。たとえ彼女に嫌われようとも。
「だから、あの機体に乗ったままだとアイツに消される心配もあった。今から帰るには、俺があの機体に乗っていたことがバレるのはまずいんだ。まだ未確認機の段階だから、撃墜してもアイツは言い訳できる」
天宮は佐久間の、自分を見る目に、仲間を疑うものにたいしての怒りではなく、まるでその不遇を嘆いているかのようなものを感じた。
「もし、もし仮に如月君が、天宮君を消そうとしたのだったとしたら、天宮君は如月君をどうするの?」
天宮にとって聞かれたくない質問だったが、自分の思った通りのことを告げるしかないと、決意し、佐久間に告げる。
「どうもしない、いや、どうしようもない」
「えっ?」
予想外の答えに、佐久間は返答に困った。
「殺すとでも言うと思ったのか? 悪いのは横取りした俺だし、大体、アイツは俺と知ってて撃ったわけじゃないしさ。俺があの機体に乗っていたのが知られなきゃ、今までと変わらないさ」
「なんだか、良い人すぎるよ、天宮君」
佐久間の困ったような笑顔が、天宮の鼓動を早くする。
「でも、どうして本部に伝えてはいけなかったの?」
「……俺が爆弾だからさ。平和をかきけす……ね」
佐久間の笑顔が消え、鼓動もだんだんとおさまる。
「さっきも言ったが場所がいけなかった。あの古ぼけた機体に、俺が乗ったままだったら、当然取り調べにあう。そしたら、作戦を無視した若造が、アルハルトを倒していたことが露見してしまう。軍にとっては、英雄が倒したことにしておきたいからな。それに、下手をすれば、さっきの俺みたいに、英雄を疑う奴がでる」
「じゃあ、天宮君はみんなに、アルハルトを倒したって言わないの? 本部に帰ってしまえば、さすがに如月君も天宮君を消そうとは思えないはずだよ」
その時、天宮が見せた悲哀に満ちた顔を、佐久間はなぜか美しく感じた。
「タイミングが悪かったというか、やっぱり凡人が英雄になるなんて、夢でしかなかったんだよ。本当は如月が憎い。アイツがあとで撃たなければ、俺はすべて手に入った。でも、もういいよ。今更混乱をおこすわけにもいかないしさ」
「天宮君……」
「あーあ、英雄にもなれない、町も救えない、教科書にも載れないんじゃ、ダサすぎるよな」
町を救えないという言葉に、佐久間はピンときた。まさか……。
「まさか…… 今回、如月君より先に、アルハルトを倒そうとしたのって、私が町を救いたいって言ったから?」
一瞬、天宮の動きが停止した気がしたが、天宮は赤面しながら、嫌そうな顔をする。
「はぁ? 勘違いしないでくれよ。別に佐久間のためじゃないよ。俺のためだよ」
「本当?」
「当たり前だろ。佐久間にいいところを見せて、良い感じになれたらと思っての行動だから、ひいては俺のためっ!」
今度は佐久間が赤面した。
「馬鹿……」
「本当に、いいの? 破壊して」
再び自分の人型兵器に搭乗した佐久間が、あまり広くないコックピットに同乗している天宮に問う。
「いいさ、残しておいたら面倒なことになる」
天宮は、名残惜しいというそぶりも見せず断言した。ここでは……。
「わかった……」
二人の乗った機体が、半壊した天宮の機体に銃口を向ける。
「トリガー…… 一緒に押す?」
「いいのか?」
「うん」
一筋の光が、崩壊した町に、きらめく。その光が、天宮という男の栄光を、未来永劫、歴史に残さないものにした。
『こちら、本部。先程、ビームが見えたが、敵でも残っていたのか?』
「いえ、爆発物らしきものがあり、小型のものだったため、処理班を呼ぶよりは楽だと思い、つい撃ってしまいました」
『なに? 気をつけてくれたまえ。高性能のものだったら、我々にも被害があったのかもしれんのだぞ』
「すいません」
『何事もなかったからいいものを。まぁいい、早く帰還したまえ、戦勝祝賀会がもうすぐ開かれる予定だ。もちろん主役は、如月君だがね』
「了解です」
通信を切った後、佐久間は天宮のほうを向く。
「撃っちゃって良かったの? 祝賀会、如月君が主役らしいよ」
「それより、おれの生存を伝え忘れてるぞ」
「あっ」
「まぁ、帰り際に見つけたことにしとけばいいさ。それにさ、小型って言うなよ。時が経てば、大型の爆弾だよ」
そう言った後、天宮は寂しそうな顔をした。
「やっぱり後悔してるじゃない」
「否定しない。むしろ肯定する。結局、俺は何も得ることが出来なかった。みんなの英雄になることも、アルハルトを倒したという名誉も、全部如月にもってかれた。それに、なに一つアイツに勝てなかった……」
「私のことはノーカウントなの?」
少々ニヤッとした顔で佐久間が問う。
「加えていいのか?」
「うむ。許可する」
「如月のほうがいい男だぞ? アイツもお前のこと意識してるし」
「私達の思い出、消しちゃったから……嫌い」
「しかたなくかもしれないんだぞ?」
「どちらにしろ、その一発が天宮君を苦しめることにつながったんだもの」
「でも、お前、アイツのこと、あの、その……好きなんだろ?」
「勘違いしないで……。それに天宮君は、私の思いを叶えてくれようとしたから、私にとっては英雄だよ」
佐久間の顔がさっきよりも赤くなっているのを見て、天宮は自分の先程言ったことを、訂正することにした。
「訂正。自分、天宮は、如月より多く、佐久間を赤面させたという点で勝利いたしましたっ」
「なによそれっ!」
その後、戦勝祝賀会は、赤面した二人が加わり、大いに盛り上がった。
作戦終了から二日たち、俺は人型兵器のツケを払うためにオッサンの兵器密売店に訪れていた。
「でっ、結局、どのくらい払えばいいんだ?」
オッサンの砦で本人を前にしているので、緊張している。恐らく俺の顔はこわばっているだろう。
「本来なら、法外な値段をつけたいんだが…」
そうつぶやくと、ドスのきいた顔から、とぼけた表情に変化した。
「ワシ、お前さんに何か売ったかい?」
ボケたのかオッサン、と言いたくなったが、嫌な予感がしたため、合わせることにした。
「そういえば、別になにも買ってないよな」
その発言を聞いて、オッサンは微笑んだ。
「そうだ。そう、反応しないといけない。あの場に、初期型の人型兵器なんてものはいなかったんだろ?」
この言葉に、驚いた顔をしそうになったが、堪えた。
そうか、この人はなにもかも、知っている。
「今時そんなモノに乗ってたら、命がいくらあってももたないよ」
機体になにか細工をしてたんだなこの人。
オッサンは立ち上がり、後ろにあった一般家庭用の金庫を開け、中にあった一つのメモリーカードをとりだした。
「お前さんの機体のデータが、逐一、こっちのコンピューターに送られるように、設定してあったんだ。それを見て、最初、お前さんは死んだと思ってたが、急にやってくるもんだから、未練でもあって成仏できないのかと思ったよ」
メモリーカードを俺の手の上にのせる。
「俺に渡してくれるのか」
「これを使って、如月って奴をゆすろうかとも思ったさ。でも、お前さんが生きてたってことは、死人に口なしじゃあなく、自分の戦果を故意に隠してるってことだろ。ならアイツを脅かしていいのは、ワシじゃあない、お前さんだ」
「うまくいけば、この方法が一番、金が手に入るかもしれないのにか?」
「金がすべてじゃあないのさ。ただ、アイツみたいに光まみれの奴に隠されて、陰に泣く者の力になりたかった、それだけだよ」
「オッサン……。ありがとう、でも……ゴメン」
間を措かず、メモリーカードをへしおった。だが、オッサンはさも当たり前のモノを見ているかのような、涼しい顔をしたままだった。
「いいんだよ。所有権はお前さんにあるんだ。そうすることもお前さんが来たときからわかってたよ。だから、売買もなかったことにしてやるんだ。それにまだまだお前さんは若い、復讐なんて考えずに、スッキリと気持ちのいい生き方をしてもらいたい」
「あんた、良い人だな」
「そりゃあ、お客様は神様ですから、大切にしますよ。英雄になんてなられたら、私とかかわらなくなるでしょう。これからも、この罪にまみれた、密売人の私と、ドロドロと、汚い生き方をしようではありませんかぁ」
「本性どっちだよっ!」
「しかし、本当に生きててよかったよ天宮」
如月が肩をポンポン叩いてくる。オッサンの密売店に行った日から四日たつが、その間こいつは何度も同じことを言ってきた。
俺はお前に消されかけてんだよ。
怒りを抑え、にっこりした顔で如月のほうを向く。
「まぁ、日ごろの行いが悪いから、天国にも行けず、地獄からも疎まれてるからな、俺は」
「もっとポジティブに考えろよ」
そうか、これからもコイツと、今までと変わらずに付き合わないといけないのか……。
「それはそうと、最近、佐久間が俺に対してよそよそしい感じなんだが、天宮は理由知らない?」
「単に、軍のエースになったお前に、話しかけづらいだけだろ」
「気にしなくていいのに」
お前が町を破壊したからだろうがっ!
そう思いつつ、せっせとダンボールに荷物を詰める。俺は軍人を辞めた。そもそも、学徒動員みたいなものだったため、戦争が終わった今となっては、軍人を辞めるか続けるかは自由だった。
「如月は、軍人続けるのか?」
「辞めたい、けど辞められない。しばらくは、英雄としてPRすることになってる。それに戦争が終わったと言っても、疲弊した国を狙う国も多いからね。軍も俺を手放せないんだよ」
「大変だな」
本心で同情した。ずっと同級生として会えるものだと思っていたこともある。
「これも英雄のさだめさ。つねに人々の期待に応えなくちゃならない」
そうか。もしコイツが撃たなかったら、俺もこの立場に立たされていたのか。
「……」
「なんだよ、天宮。急に黙っちゃって」
「いや、本当に大変だなと思って」
「君と代わりたいくらいだよ」
同情したのが馬鹿みたいじゃねえか
もちろん代わることは出来ない。俺がアルハルトを倒した証拠がこの世に存在しないからだ。そして、自分はこれからは、憎しみと同情の気持ちをもって如月を見ていくのだろうと思った。
「天宮君、準備終わった?」
佐久間が私服姿で、現れる。
「おお、今終わったところ。悪いな如月、手伝ってもらっちゃって」
「いや、いいさ。ご褒美に佐久間の私服姿が拝めたからな」
俺は佐久間の顔を素早く見る。赤くない。
「如月君、戯言はやめてよね。でもこれからは聞かなくてもいいから、許してあげる」
「きっついなぁ」
如月は、耳元に口を近づけてきて、小さな声で
「なっ。最近、俺に対して冷たいんだよ」
とつぶやいた。ここで、いたずら心がめばえた。
「そうかなぁ。じゃあ、俺も試そうか?」
そう言ったあと、佐久間に近づいて残念そうな顔をする。
「どうしたの? 天宮君」
「これからは、佐久間の軍服姿〝は〟見られないと思うと、ちょっと寂しいな」
「なっ何を言ってるの」
佐久間の顔を見る。赤い。
「勝ったっ!」
突然の大声に、如月はとまどっただろうな。
「またその話……」
如月は、赤い顔をしながら多少あきれ返った表情をする佐久間を見て、俺と佐久間の間でなにかあったことを悟ったのか、憂鬱そうな顔をしていた。
「じゃあね、如月君」
荷物を車に積み終え、如月と別れる時が来た。如月に手を軽く振って佐久間はすぐさま、車に乗り込む。
「おっおう……」
佐久間のやけにあっさりとした別れにいささか拍子抜けしたのだろうか、如月は軍の英雄らしからぬ間抜け面をしている。
そんな如月を見て、俺はニヤつきがとまらない。
「なぁ、天宮」
「なんだ如月?」
「普通、こういう時って、ヒロインは、英雄と結ばれるものじゃないのかな?」
如月の発言に、少し驚いたが、今までに誰にも見せたことがないくらいの笑顔で返してやった。
「なら、間違ってないだろ」
「それってどういう……」
「じゃあな、如月。元気でな」
如月が何か言ってきたが、無視して佐久間のもとに向かう。正直、今となっては、英雄とか、戦果とか、アイツが知ってて撃ったのかどうかとかどうでもよかった。二人で生きていくために、町を再建すると誓ってから、教科書に載るために頑張る気もなかった。今はただ、二人で、アイツがいなくても出来ることと、アイツに出来ないことをしてやろうと思っている。
如月と共に戦った二人の名など、未来には残らないだろう。これはスポットライトのあたらない者の物語。だが、そういった者のおかげで、劇はおもしろくなる。
そして、スポットライトのあたることがない、彼らの人生という名の物語はまだまだ続く。