エピローグ もう一度、約束を
二話同時更新です。ご注意ください。
夏祭りの翌日。
璃々香のお母さんから電話があり、「午後にでも璃々香に会いに来てほしい」と言われた俺は、一抹の不安を抱きながら父さんの運転で病院に向かった。
父さんが一緒なのは、昨夜、事情を話して帰りを伸ばしてもらった時に一緒に行くと言われたからだ。
ただ、父さんは璃々香の両親と面識がないので、ばぁちゃんも一緒だった。
病室の入り口で、璃々香の両親に見舞いの言葉と花束を渡す。父さんたちは璃々香のお父さんと廊下に残り、俺は璃々香のお母さんに導かれて病室に足を踏み入れた。
「――璃々香、ユキくんが来てくれたわよ」
璃々香のお母さんの隣に立ち、ベッドの方へ視線を向けた。
「!」
ここに来るまで、もしかしたら覚えていない可能性を考えていたが、そんな不安はすぐに吹き飛んだ。
ベッドのヘッド部分を上げ、身を起こしていた璃々香は俺の顔を見た瞬間、笑みを浮かべたからだ。
「ユキくん……」
微かな声は、聞きなれたモノ。
「璃々香………俺のこと、覚えてるか?」
恐る恐る、尋ねると璃々香は笑みを濃くして頷いた。
それだけで言葉に詰まり、俺は唇を噛みしめる。
「………お母さん」
「ええ。分かっているわ」
ゆっくりしていって、と璃々香のお母さんは笑い、花瓶を手に病室を出て行った。
「……ユキくん」
名前を呼ばれ、引き寄せられるように璃々香に近づき、置かれたイスに崩れ落ちるように座り込む。
「本当に、覚えてるのか? ……俺と神社で、」
「うん。ちょびと一緒に……色々話をしたよね? 花火も見て……」
笑みを浮かべる璃々香は、俺が知る顔そのもので、
「っ!」
ぐにゃり、と視界が歪んだ。
何故か涙が溢れて来て、鼻の奥がつんっと痛くなった。ベッドの端に両手を置いて、顔を俯かせる。
「璃々香っ――よかったっ………俺っ」
「………ユキくん」
そっと璃々香の手が俺の手に触れる。
「ありがとう。来てくれて……嬉しかった」
「っ――あれは、ちょびが、連れてってくれたからっ」
顔を上げると、璃々香も目を潤ませ、今にも泣きそうな顔をしていた。
「うん。ちょびの、おかげだね」
「……ああ!」
「ちょびのおかげで……ユキくんに会えた」
でも、と璃々香は目を伏せる。
その桜色の唇が震え、ぎゅっと噛み締められた。
俺は右腕で目元を拭い、
「璃々香……コレ……」
ベルトポーチから、透明な袋に入った〝アレ〟を取り出した。
「――それ、は……」
璃々香は俺が差し出したモノ――古びたリボンとそこについている鈴を見て、大きく目を見開いた。
「あの、花火の後――足元に落ちていたんだ」
「……う、そ……」
ソレを両手で受け取った璃々香の手は震え、
「ちょび……ちょびっ」
胸に抱え込んで、目を閉じる。
ぽろぽろ、と目の端から涙を流し、声を出すことなく泣いた。
「一緒に……一緒に、ちょびのお墓を作りに行こう。璃々香」
「……えっ?」
璃々香は濡れた顔を上げて、真っ直ぐに俺を見つめて来た。
「ちゃんと、小母さんたちに話してさ」
大きく目を見開いて、ぽろり、とまた涙を流し、
「―――うん。一緒に行こう」
璃々香は目を細めて、にっこりと笑った。
+++
―――チリィーン、
と。涼やかな鈴の音色に、俺は目が覚めた。
ガタンゴトン、ガタンゴトンと電車が揺れ、傾いていた頭を動かすと首が痛い。
ふと、外には以前に見た風景が広がっていて、もうすぐ着くのだと分かった。
視線を手元に落とせば、ボストンバックに付いた二センチほどの大きさの鈴が見える。
さっきの音は、ソレが手に当たったのだろう。
―――『新しい鈴、持ってきてね』
あの不思議な体験をした夏。
帰り際、璃々香はそう言った。
約束を破った償いとして、〝新しい鈴〟を持ってきてほしい、と。
……気にいって、くれるかな。
オモチャについていた鈴のような軽い音色ではなく、涼やかな音色を響かせる鈴。
いざ探そうとしたら、なかなか、いい物が見つからなくて、やっと見つけた物だ。
『次は終点――』
車内アナウンスに、俺は鈴に触れて、また外へと視線を向けた。
璃々香に携帯番号は教えていたので、ちょくちょくと電話はかけあっていた。
あれから璃々香も携帯を買ってもらったようで、冬休みに訪れた時にはメールとラインの交換もした。
ただ、山に入ることは止められたので、璃々香の家かばぁちゃん家で遊ぶことが多かったが。
その時には、既に鈴を見つけていたけれど、何となく、ちょびのお墓を作りに行った時に渡したくて持って行かなかった。
そして、今回の春休み。やっと、山に――神社に行くことの許しがもらえたのだ。
電車が駅に着き、降りた途端に、
「―――ユキくん!」
名前を呼ばれて視線を上げると、改札口の向こうで満面の笑みを浮かべている璃々香が目に入った。
俺は笑みを返し、小走りに改札口に向かう。
―――チリィーン、
と。ボストンバックに付けた鈴が鳴った。